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マジカリング - 004

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magicberry

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4.『転送』
「……」
ディルは気配を感じて、思わず通路の陰に身を隠した。
壁に肩をぴったりとくっつけて、侵入者の様子をうかがう。
廊下のずっと奥に、男の姿がはっきりと見える。
黒い仮面に黒マント。「怪しい」という形容詞を、すなおに表現したような服装である。
そのさらに奥の床には、すでに三人の局員が倒れていた。
気絶しているだけか、それとも殺されたのかはここからではよくわからないが。あの仮面の男にやられたのは間違いない。
ディルは警戒した。
このまま出ていくべきか? それとも奇襲をかけるべきか?
だが、ディルはこのうちの一つを選ぶことを余儀なくされた。
(まさか……気付かれた!?)
ディルは、はっきりと自分に鋭い視線を向けられているのを感じた。
仮面をかぶっているのに視線を感じるというのは、変な話だが。
何かこう、殺気のようなものを向けられているような気がするのだ。
「出てこい」
男は、はっきりと宣言した。自分が、ディルに気付いていると。
「ちっ、まさかがホントになっちまったか……」
男の重く冷たい声に圧倒されながらも、ディルは堂々と男の前に姿を見せた。
「……ディル。侵入者は魔法を使う、とのことよ」
この雰囲気を察し黙っていたカトレアが、口を開いた。
この『遠話』の魔法、あまり大声で話すと「音漏れ」する危険があるからだ。
「気をつけろ、ってことだな! 了解!」
ディルは覚悟を決めると、非常時に備えいつも身につけている剣を構えた……つもりだった。
「ありゃ!?」
だが、腰に下げているはずの剣の柄(つか)に触れることができない。
「あれ? どこだ、オレの剣?」
ポケットの中や背中やら制服の中まで捜したが、ディルは剣を見つけることができなかった。
「そうだ! 確か……」
このときディルは、剣の所在を思い出した。

それは昨日のことだった。
「その剣、研いでおきましょうか?」
ディルの部下が恭(うやうや)しく尋ねた。
彼は、自ら「ディルの弟子」を名乗るほどディルの強さを誰よりも尊敬していた。
「あ、よろしく!」
ディルは、いつものように気がねなく部下に剣を渡した。
「じゃあ、後で取りに来てくださいね」
「おう!」
ディルは、あっさりと返事をした……。

「しまったーっ! 取りに行くの忘れた!」
おい、忘れるなよ。
と、思わず突っ込みたくなるようなボケっぷり。
「……」
一方、一連のディルの様子を聞いていたカトレアは、あまりの馬鹿馬鹿しさに何も言えなくなっていた。
「プロード」
そんなディルに、男はキーワードを解き放った。
間の抜けた雰囲気をシリアスに戻そうとしたのか、それともディルのふざけた態度に怒りを感じたか。
だが、ディルは男が魔法を使うことをすでに予測していた。
魔法が直撃するギリギリの瞬間を狙って、タイミングよく回避していく。
爆発音だけが、辺りにむなしく響いた。
「ディル、大丈夫!?」
「大丈夫だ。それより、静かにしてくれ。こいつ、何か言ってる……」
今の今まで、散々騒がしかったあなたに言われたくないわ。
内心で毒づきつつも、カトレアは再び沈黙を維持する。
「『リング』を……」
男のつぶやきが、カトレアの耳にもはっきりと届いてきた。
「『リング』……やっぱり……」
やはりこの男、『リング』を狙っている。だったら……。
管理対象物に対し、損傷・盗難などの被害が予想された場合、ただちに『転送』すること。
カトレアは頭の中で記憶したマニュアルを暗唱すると。
「ファーズ」
『遠移』のキーワードを使って、局長室から姿を消した。

仮面の男の剣が、ディルの眼前を通りすぎた。
まさに、紙一重。
武器なしで何ができる……男はこう言っているようだった。
「剣、斧、槍……何でもいいからないか?」
ディルは頭の中は武器のことでいっぱいにしながらも、男の攻撃を交わしていた。
「くっ……、こいつじゃ素手で倒せそうにないしな……」
並大抵の相手なら、体術だけでなんとかなるのだが……。
ディルは心の中でつぶやいた。
だが、困ったことに目の前の相手も並大抵ではない。
しかも、剣のある武器庫はここからずっと遠く。
「ちょっと待っててくれますか? 剣取りに行きますんで」
「はいどうぞ」
と、取りに行かせてもらえるはずもなく。
ディルは、ただ単調な回避運動を続けることしかできなかった。
だが、もう限界が近づいていた。
男の攻撃が命中するのも、時間の問題。
「どうしたら……」
ディルは、さらに男の攻撃を交わしながらキョロキョロと辺りを見まわした。
もしかしたら、そこらへんに剣が落ちているかもしれない。
しかし、落ちている、いや倒れていたのは三人の局員たちのみ。
やっぱり、そこらへんに剣など落ちて――。
「そうだ! こいつらなら……」
落ちているはずがあった。
彼らなら、間違いなく武器を持っている。まさに、灯台元暗し。
だが、武器を拾わせてくれる余裕すらないようだった。
しかし、ディルは無謀にも床に座りこんだ。
隙ありとばかりに、男の剣が迫る。
「ちょっと借りるぜ!」
倒れている局員の剣の柄を握ると同時に。
仮面の男の剣が、ディルのいた空間を薙(な)いだ。
そう。「いた」空間を。
このときすでに、ディルはうさぎ跳びの要領で、低い体勢のまま後ろに飛んでいた。
さらに、その勢いで抜刀し、さらに迫った男の二撃目をその剣で受ける。
キーンと、澄んだ金属音が響く。
手になじんでいない借り物の剣を、ディルは十分に使いこなしていた。
やはり、支部内で一、二を争うというのは伊達ではないようだ。
これで、まともにやりあえる!
ディルは、まさに水を得た魚のごとく、剣を男に向けて構えた。

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