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マジカリング - 006

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magicberry

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6.「ロゼーラ」
フォールス・バードの北に、家業を営む小さなレストランがあった。
レストラン「ロゼーラ」――。
青い屋根に白い壁、ベランダの植えこみと鉢植えの緑。そして、木製のドア。全体的に、おしゃれな雰囲気の店だ。
だが、客どころか人の気配はまったくしない。
それもそのはず、今は明け方。
こんな時間に客が来ているはずなどない。
店の人だって寝ている頃だろう。
「ラララ……」
だが、店の奥、厨房の方から女性の歌声が聞こえてきた。
まさかこれは……「怪奇! レストランに響く奇妙な歌声」!?
ピアノと声楽の生演奏の入った、いかにも高級そうなレストランで。
一人の若い女性歌手が、自慢の歌を披露していた。
だが、あるときから彼女は声を失ってしまう。
彼女は苦悩の末に……。
自らの手で悲惨な最期をとげてしまった。
それからというもの、「彼女」は夜な夜などこかのレストランに出没し。
玉ネギを刻むのだという……。
ん? 玉ネギ?
そう。彼女は山と積まれた玉ネギを、慣れた手付きで手際よくみじん切りにすると。
バターをひいた大きなフライパンで、丁寧に炒めていく。
隣では、胴長の鍋で何かコトコトと煮込む音。
そして、厨房に全体に漂う美味しそうな香り。
もうお分かりだろう。
彼女は、この店のシェフ兼オーナー、エミリア・クレマティス。
決して、幽霊や妖怪や作者といった怪しい存在などではない。念のため。
エミリアは、白い服に白い帽子、淡い緑色のスカーフ――普通のコック姿。調理の邪魔にならないよう、肩までの長い黒髪をきっちりと束ねていた。
「ラララ……」
先程の歌声は、エミリアの鼻唄。
だが、鼻唄とは思えないほどよく澄んだ声だった。
エミリアが、こんな朝早くから料理の仕込みをしているのも。
この店の評判がよく、食事時にはいつも賑(にぎ)わい混雑するからにほかならない。
店が繁盛するのは、手頃な値段の値段と、エミリアの料理の腕前のおかげなのだが。
もう一つ、ちょっとした理由があるようだった。
それは……。

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