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マジカリング - 005

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5.『リング』
カトレアは、ディルの様子を聞きながら魔法管理室の前に立っていた。
魔法管理室――局長であるカトレアだけにしか入れない、危険な魔法が封印されている部屋である。
IDカードをリーダーに通しながら、カトレアは否応なしに聞こえてくる剣戟(けんげき)音を耳にしていた。
だが、おかげでディルが善戦していることがよく分かる。
続いて指紋、声紋のチェック。さらに目の網膜の照合など。
ひと通りのパーソナル・チェックを終えて、ようやくカトレアは部屋に入ることができた。
部屋の中は、以外にも整然とした空間が広がっていた。
部屋には、ジュエリー・ショップにあるようなガラスケースがひとつ。
この中に、銀色に輝く腕輪が保管されていた。
おそらく、これが彼らの言う「リング」なのだろう。
「『転送』開始」
カトレアは、持ってきたパソコンの端末をガラスケースにつないだ。
このケース、実はケースなどではなく立派な『転送』装置である。
パソコンで温度、気圧、湿度、風向き、魔力濃度などのデータを分析し。
多くの魔法管理局支部の中で最も安全な場所、およびそこまでの角度や距離を求める。
一ミリの狂いもなく、支部に送らなくてはならないからだ。
あとは、カトレアがガラスケースに手を置き『転送』の鍵言葉(キーワード)を言うだけ。
だが、それには数分――パソコンが答えを導くまでにかかる時間を必要とした。
まだ、ディルと侵入者の戦いは続いている。
『転送』を一刻も早くすませ、ディルの援護をしなければ。
カトレアの中に、義務感だけが募っていく。
だが……、どんな時でも冷静でなくてはならない。
最悪の事態に備えて。
だが、カトレアの予期した「最悪の事態」はすぐやって来てしまう。
「プロード!」
「しまった!」
男のキーワードが、そしてディルの叫び声が、カトレアの耳に届いてきた。
建物内に響く爆発音とともにパキンという、乾いた音が響く。
おそらく――剣が折れ飛んだ音。
そして、何かが倒れる音。
まさか、ディルが……!?
「ディル? ディル!?」
『遠話』で何度も呼びかけるが、ディルから返事はない。
ディルの身に何が起こったのか、カトレアははっきりと悟っていた。
だが、この『遠話』の魔法では呼びかけることしかできない。
残酷なようだが――今は『転送』に集中しなければ。
「リング」が奪われれば、もっと大変なことが起こってしまう……。
カトレアは、『遠話』では何も出来ないことが、そしてすぐに助けに行ってやれないことがただもどかしかった。
「終わった!」
パソコン上に「終了」の文字が浮かぶと当時に、カトレアは緊急用の魔力封鎖カットのボタンを押した。
魔力封鎖とは、テレポート系の魔法で建物に侵入されるのを防ぐためのシステム。盗難防止などの目的で広く一般に普及している。
システムが発動すると、先程のカトレアのように建物内での移動はできるが、外から中、中から外の移動はできなくなる。
魔力封鎖を解いたのは、これから行う『転送』も「テレポート系の魔法」に含まれるためである。
そんなとき、再び『爆発』が巻き起こる。
今の音、『遠話』で聞こえたんじゃない。まさか、直接!?
もう……たどり着いたっていうの!?
信じたくはなかった。
だが、仮面の男は、もうカトレアの目の前にいた。
「リングを……」
生まれた一瞬のためらい。
「センド!」
そののちに、カトレアは『転送』のキーワードを発動した。しかし、それと同時に、仮面の男が「リング」に向かって飛びこむ姿が一瞬目に映った。
「……えっ、いったい何が……」
何が起こったのかは、まったく分からなかった。
ただ、リングと仮面の男は、その場から姿を消していた。
だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
ディルの身に何があったのか。
今はそれだけが気がかりだった。
倒れているディルを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
カトレアは、ディルのいる場所を、自分が案内した場所を正確に記憶していたからだ。
「ディル!」
カトレアはディルを抱き起こした。
「ディル! ディル!」
冷静沈着なはずのカトレアが、取り乱して何度もディルの名を呼んだ。
ディルは、身動き一つすることはなかった。

「リング」は穏やかな空間の中、どこかを目指していた。
まるで、「リング」自らの意志で動いているかのように。
「どこ……?」
目指す場所には「リング」の「望みし者」がいる。
「リング」は、時間も場所も分からない世界を捜し続けた。
「……やっと、見つけた」
やがて、「リング」は自らが「望みし者」の存在を確認した。
と同時に、「リング」は空間の出口を作り出した。
「……見つけた」
「リング」は出口をくぐって、穏やかな空間を抜け出した。

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