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◆SPJ5GSENNs氏その2

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
697名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/21(金) 21:55:56.63 ID:TsN1DEfyO
「Antartica Rules」
その名を知らない若者は、日本にはおそらくいないだろう。
全員17歳の男女5人組で構成された大人気バンドである。

隕石衝突の6日前、彼らは最後の日に無料ライブを行なうことを発表した…


709名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/21(金) 22:14:19.67 ID:TsN1DEfyO
「…んで、曲目を決めるわけだが…おい、裕也!聞いてんのか?おい!」
俺たちがライブまでの間寝泊りしているスタジオ。静かなその空間に、ベース担当の荒谷廣の大声が響く。
「聞いてるよ、どうせ俺はどの曲だってそらで弾けるんだ、聞かなくても別にいいぐらいだろ?」
俺、八坂裕也はだるそうに返事をした。
「いや、それがだな…唯や修一とも決めたんだが、次のライブは全曲お前ヴォーカルで行きたいんだ」
「は?」
その一言に、俺は不意打ちを受けたような感覚を覚えた。
「どしたの裕也、嬉しくないの?」
横から本来のヴォーカル担当である間宮唯が掛ける声すら、理解できないほどに俺は驚いていた。


715名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/21(金) 22:22:25.34 ID:TsN1DEfyO
このバンドが駆け出しだった時代、ヴォーカルは俺が担当していた。今の唯との立場がまったく逆になっていて、当時は彼女がギターを弾いていた。
転機が訪れたのは、徐々に人気が高まり、レコード会社に売り込みにいこうとしていた時のことだった。

「私も歌ってみたい」
唯の突然の一言。
まぁ一回やってみたら良いんじゃないかと、俺たちは彼女用の曲を作った。

それが、すべての始まりだった。


719名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/21(金) 22:36:07.07 ID:TsN1DEfyO
彼女には歌の才能があったのだろう、その曲は人気を博し、俺たちはレコード会社にスカウトされた。
その時の契約条件は簡単だった。

「ヴォーカル担当は唯にする」

こうして、俺はギター担当になった。皮肉にも俺のギターテクニックは絶賛され、カリスマギタリストと呼ばれるようになった。


「…ちょっと、裕也、聞いてる?」
唯の声ではっと我に返る。
「裕也、引き受けてくれないだろうか」
ドラムスの高坂修一が初めて口を開いた。
「俺たちはみんな、お前の歌が最高だと思ってる」
「だから、最後はあなたに思い切り歌ってほしいの」
そう言う唯のショートヘアが微かに揺れた。
「お願いよ…歌って」
「でもよ、ファンはお前の歌しか知らないんだぜ?」
「大丈夫、私たちが説明するから…きっと、みんな分かってくれるよ」
俺は納得し、練習を始めた。


742 名前: ◆SPJ5GSENNs [ちょっと続き] 投稿日: 2006/04/21(金) 23:11:21.74 ID:TsN1DEfyO
ライブ当日、午後六時。
野外会場は雲一つなく、絶好のライブ日和だ。
俺たちのライブに集まったのは、約七十万人らしい。

「よし!行くか!」
俺が声をかけると、他の三人はみんな頷いて、俺と一緒にステージにあがる。

爆雷の、歓声、歓声、歓声。
その中でスタンバイを初め、しばらくすると、普段と違うポジションに観客がざわめき始める。
それを感じ取った唯が、マイクを取った。

「みなさん!ライブへようこそ!」
歓声が上がる。
「みなさんに、一つお知らせです」
また歓声。
「今日のライブは、私たちの原点回帰をテーマに計画しました。だから、初めにヴォーカルを担当していた裕也が、ヴォーカルを務めます」
突然、歓声が止んだ。
かと思うと、

「ゥゥウウウウウウ…」
会場全体から、ブーイングが始まった。


748名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/21(金) 23:18:58.32 ID:TsN1DEfyO
「裕也は下がれ!唯ちゃんに歌わせろ!」
「俺たちは唯ちゃんの歌を聞きにきたんだ!」
俺の心に次々と突き刺さっていく怒号。さらに音量を増すブーイング。

今、俺は全てに敵視されていた。

「裕也…」
泣きそうな顔で、唯がこっちを見る。
「やっぱり、ヴォーカルはお前なんだな」
俺は唯にマイクを渡すと、一人ステージの奥に下がっていった。
急に響く歓声を背に。


756名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/21(金) 23:27:36.15 ID:TsN1DEfyO
それからはよく覚えていない。気付いたのは午後十時、三人がライブを終えて引き揚げてきた時だった。

「裕也…すまねえ」
廣が申し訳なさそうに呟く。
「別に良いさ」
そう答えた時、横から唯の声がした。
「裕也…これ飲んで」
手渡されたのは俺の好きなブラックコーヒー。彼女なりのお詫びのつもりなのだろうか。
「ああ、ありがとよ」
蓋の開いていた缶コーヒーを一気に飲み干す。
「あぁ、やっぱりコーヒーはいいな…」
そう言いかけて、俺の意識は急に途切れた。


16名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/22(土) 06:37:01.26 ID:HJ1QTkFHO
「ごめんね…」
私の口から、無意識にそんな言葉が漏れた。
「裕也、どうした!」
そう言って駆け寄ろうとする廣の喉元を、右手に忍ばせた剃刀で優しく撫でると、一瞬の猶予の後に辺りに血が飛び散る。
「あ…」
何か言おうとしたのか、口を開き掛けたまま廣は倒れ、そのまま動かなくなった。
「唯、お前…」
驚きの声を上げた修一を一瞥すると、私は剃刀をその喉目がけて投げた。


20名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/22(土) 06:57:05.97 ID:HJ1QTkFHO
しばらくして、静寂に包まれた楽屋。
私は、彼をベッドに寝かせ、その寝顔を見ていた。
幸せそうな寝顔。私を抱いた夜にすら、そんな表情を見せなかったのに。
「…これでいいんだよね…」

数ヵ月前に学会に発表された学説、「夢を見ている時、我々の魂は別世界にある」
それによれば、夢から覚めるのは魂が離れすぎると肉体に負担がかかるからで、夢を見ている間に肉体がなくなれば、永遠に夢を見続けられるということらしい。
その学説が正しいかは分からない。でも、それを信じるしかない。

「…私は夢を見たことがないから…わかんないけど」
眠っている裕也の頬を撫でる。
「人殺しは地獄に行くっていうし、夢を見てようと天国にいこうと、私とは会わないですむから…」
…あなたのバンドマン人生を狂わせた私とは、もう会わないですむから。
そう言って床に落ちていた睡眠薬入りコーヒーの缶を拾うと、私はステージに上がっていった。

11時、57分。


22名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/22(土) 07:04:49.62 ID:HJ1QTkFHO
外は静寂に包まれていた。
これが嵐の前の静けさというのだろう。

徐々に空が明るくなる。予定時刻の15秒前。
もう誰も何も言わない。皆静かに、終末を迎え入れようとしている。

このステージで、彼の歌を聞きたかった…私の未練なんてそれ位しかないのだろう。
「…さよなら」
両手を広げ、罰を受け入れる。

音の無い衝撃を、感じたような気がした。


26名前: ◆SPJ5GSENNs 投稿日: 2006/04/22(土) 07:14:27.57 ID:HJ1QTkFHO
拍手、歓声。
それは、音楽人にとってこの上ない喜び。
気付くと俺は、その中に立っていた。
辺りを見回せば、ステージの向こうには数えきれないほどの観客が見える。
「裕也、何ぼーっとしてるんだよ」
廣が横から声をかける。
「始めるぞ…」
修一の声。そしてドラムのカウントが始まると、俺は自分がヴォーカルマイクの前にいることに気付いた。
歌える。俺の歌が。
俺はギターを弾きながら、腹の底から声を出して歌いだした…


そう、一人、ギター担当の少女が足りないことに、誰も気付かないまま。

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