ローゼンメイデン百合スレまとめ@ウィキ

【君に言えなかったことがある。】4

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rozen-yuri

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根拠のない言葉を伝えるわけにはいかない。

 その言葉を発するとどれほどの責任を負わなければいけないだろう。

 私の発言が彼女の人生を左右する。

 そんなはずはない、だって彼女と私はなんの関係もないのだから。


 ──ありがとう。君にお礼を言いたかったこと。


 あぁ、抜けるような青空だ。私の心とは裏腹にも。
「詩人じゃないか」
 どうやら声に出ていたらしい。蒼星石がニヤニヤしながらこっちを見ている。
 その笑い方は私の特権でしょう、と頬を突いてやる。
「君はそれでいいの?」
 目的語を省略するのは日本人の悪い癖だ。しかし、この場合は一つしかないので敢えて言わないのだろう。
「まぁね。楽しそうだしねぇ」
「真紅のことは?」
 そこは省略しないのか。敢えて直球で尋ねてきた蒼星石を少し睨む。
「もう、いいのよ」
 彼女は私を覚えていない。いくら私を説いてみせても以前の私たちには戻れない。
「彼女が離れたくないと泣いていたとしても?」
 蒼星石の表情をちらりと伺うがそこからは何も読み取れない。
 私が言うのもなんだがポーカーフェイスというのも面倒臭いものだ。
「嘘よぉ」
「本当」
「…………」
「本当だと言ったら?」
 君はどうするの。その蒼星石の口調は私を試したいらしい。
 真とも偽ともできない命題とは。かのデカルトもお手上げであろう。
「本当だとしたら……」
 私を忘れた恋人が私と離れたくないと泣いている。もしそれが本当ならば。
「変わらないわぁ。何も」
 怪訝な表情で眉に皺を寄せる蒼星石の額を一つ弾いた。
「私が誰かのために自分のしたいことを止める人間だと思う?」
 その言葉を聞くと、蒼星石はフッと軽く鼻で笑った。
「そうだね。君はそういう人間だ」
 彼女につられて私も鼻でフッと笑った。ドイツに発つまで後二日。

 旧約聖書にあらわれるアダムとイヴが食べた知恵のみはリンゴであるらしい。
「だからリンゴを食べると賢くなると言われてるですよ」
「ねぇ、翠星石」
「聞いてないですし」
 リンゴを剥いていた翠星石は真紅の呼び掛けにナイフを止めてこちらを振り向いた。
「何ですか真紅」
「貴女、以前私に水銀燈止めろと言ったわね」
 ドイツ行きの話らしい。確かに言ったので、こくりと頷いた。
「そして、そうすれば水銀燈が思い止まると言ったわね?」
 再び首を縦に振った。
「何故?」
「何故?、ですか?」
 真紅の問いの意味が分からなくて思わずおうむ返ししてしまった。
「確かにこの何週間かで私と水銀燈はとても仲良くなったと思うけれど、ただの友人よ?」
「えぇ、まぁ……」
「水銀燈は友人に止められたからってやめるような意志の弱い子には見えないわ」
「まぁ、確かに頑固ですねぇ」
「じゃあ、何故?」
 ギクリと心臓が鳴った。

 あの時はそう思ったから軽く言ってしまったが、真紅は自分と水銀燈が恋人関係にあったのを忘れているのだ。
「何故?」
 心底不思議そうにこちらを見る真紅に声がつまる。
 水銀燈から告げないでと言われているのだ。なのに勝手に告げる訳には行かないだろう。
「私には言えない理由?」
「いえ、そんなことは……」
「じゃあ、教えて」
 ググッと詰め寄ってくる真紅に思わず体を引いた。
 どうするかかなり思案したが、ため息を一つ吐き、真紅に向かい合った。
「それはですね」
「……」
「水銀燈から直接聞きやがれです」
「………………はぁ?」
「翠星石には荷が重くてとても言えんです。水銀燈に直接聞いてほしいです」
 翠星石は申し訳なさそうに、しゅんと肩を竦めた。
 真紅はまだ不満そうな表情だったが、浅くため息を吐いて、分かったわ、と呟いた。

 もう会わない気でいたが、明日起ってしまうと考えると、もう一度だけ逢いたくなってしまった。
 コンコンと病室をノックする。しかし、何も返ってこない。
 おかしい、いつもならすぐに真紅の声が聞こえるのに。
「真紅?」
 ドアをそっと開けながら首だけで覗き込む。やはり、返事はない。
「寝てるのぉ?」
 起こさないように静かにドアを閉め、ベッドに腰かけた。
 少しだけベッドが軋んだが、起きる気配はない。
「……真紅?」
 まるで眠り姫だ。
 夕日に照らされた美しい金の髪は痛むことを知らず、陶磁器のように白く滑らかな肌に整った顔パーツ。
 前髪をそっと掻き分け、形の良い額を露にする。
「思い出して……」
 床に膝を付き、柔らかい頬のラインをなぞる。
 美術家に描かれたような長い睫毛。瞳を閉じているとそれが一層際立つ。
「私を……」
 布団からはみ出ていた手をそっと包み込むと真紅の温もりが伝わってくる。
「全部、全部……お願い、言って、今までみたいに……」
「何を?」
 眠っている真紅から突然声が聞こえ、私は思わず顔を上げた。

 次の瞬間、真紅は体を起こしこちらを見つめていた。
「寝てたんじゃ……」
「騙すような形でごめんなさい。でも、どうしても知りたかったことがあるの」
「真紅……」
「教えてちょうだい。私は何を忘れているの?貴女の何を……」
 バン、と心臓に響くほど壁を叩いた。拳が痛んだが、それよりも真紅の言葉をどうしても遮りたかった。
「そんなに教えて欲しいなら教えてあげるわよ」
 そう言いながら、真紅の手首を押さえつけ、シーツに縫い付けた。
「な、っ……」
 何かを言おうとしたその口を強引に口で塞ぎ、深く舌を絡めとる。
「ん、……はっ」
 口を離すと、真紅は酸素を求めて大きく口を開いた。
「まさか……」
「これで分かったぁ?私達の関係」
 手首を相変わらず拘束したまま、舌だけで首筋をなぞる。
「や、やめ……」
「やめない」
 そう断然し、形のよい鎖骨をなぞる。
「っ……待ちなさい!」
 真紅の服のボタンに手をかけたとき、大きな制止の声が入った。
「血が出てるのよ」
 そう言いながら私の左手を握った。

 見てみると先ほど壁を叩いたときについたらしい小さな傷から少し血が出ていた。
「看護婦さんを呼んで……」
「いいわぁ、このくらいなら絆創膏あるし」
 そう言って、真紅の手を振り払おうとしたが、その手に強く力が入り、それができなかった。
「ねぇ、水銀燈。確かに私の記憶はないわ。でも、それでも貴女が良いと言うなら私は貴女とそういう関係でも……」
 それ以上続けようとする真紅の唇に人差し指で触れ、それを制し、首を振った。
「違う。真紅は私に同情してるだけ」
「違っ……!私は本当に貴女が……」
「真紅!!」
 今までで一番大きな声を出したためか、真紅はビクリと肩を揺らした。
「真紅、一時の感情で動いちゃダメよぉ」
 強情で頑固で女王様気取りで我が儘で、そして誰より優しくて──。
「おばかさぁん……」
 真紅が手術室で戦っていたときに呟いた言葉を投げ掛ける。

 私の頬と真紅の頬に同じものが流れる。これは涙なんかではない。
「その感情は私に同情してるだけよぉ……」
「違う……!お願い、信じて水銀燈……私は、っ」
 真紅の頬に手を当て、先ほどとは違う優しいキスをする。それ以上、真紅が言葉を紡がないように。
 蒼星石にはああ言ったが、実際に言われれば立ち止まりたくなる。私は弱い人間なのだ。
「貴女は本当におばかさぁん……でも、でも、そんな貴女だから、私は……」
 目から大粒の涙が流れる。それをあまり見られたくなくてベッドから降り、背中を向けてドアに向かう。
「そんな貴女を……、」
「待って、水銀燈!」
 ──ありがとう。
 そう呟いてドアを閉めたが、声にならなかった声は彼女に伝わったのかは分からない。
 ただ、この鉄の扉で遮られた私たちはもう二度と逢わないのだろう。
 そんな気がした。



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