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クトゥルー神話の創始者はハワード・フィリップス・ラヴクラフトとなっていますが、ただ、この人物が作品を書き続けただけなら・・・それでも、おそらくその非凡な創造力から、20世紀最大の怪奇小説家の呼び名を獲得する事は出来たでしょうが・・・それだけで終わってしまい、しかもその評価は大分後になってからのものだったでしょう。
クトゥルー神話の誕生は、ひとえにラヴクラフトの茶目っ気、遊び心がもたらしたものです。手紙魔でもあったこの人物は多くの人々と文通し合い、中には同じく創作を心がける人々もいましたし、それで彼との交流で創作意欲を刺激され小説も手がけるようになった詩人のクラーク・アシュトン・スミスや同じ小説家のロバート・アーウィン・ハワードフランク・ベルナップ・ロング、それに当時は小説家の卵だったロバート・ブロックオーガスト・ダーレスヘンリイ・カットナー等が居ました。

もともと互いの生み出した設定を見せ合ったり、神々の名前や魔道書などを交換し合うだけだったお遊びは、中心人物だったラヴクラフトが死んでしまえば終わりでした。
ところが、ラヴクラフトに憧れ、ラヴクラフトの作品世界に入れあげたダーレスは、友人のドナルド・ワンドリイと組んでアーカムハウスという出版社を興し、ラヴクラフトの作品を残そうとしました。それだけではなくラヴクラフトの世界も残そうと考えたのか、他作家のもので、ラヴクラフトと互いに創造物の遣り取りの見られるものも一つにまとめ、クトゥルー神話と名づけたのです。

ダーレスは、ただ作品を残すだけでは満足しませんでした。ラヴクラフトの遊び方まで残そうとしました。そして、その見本となるような小説を次々と発表して行き、イギリスからクトゥルー神話に興味を持ち書いてみたいと希望する少年たち・・・後のラムジイ・キャンベルブライアン・ラムレイが現れると指導し、クトゥルー神話に新たな要素をつけ加えさせたのです。

そして、今日、クトゥルー神話は増大し続けています。