消えたマジシャン、残されたシルクハット2

    

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作:雨沢流那
(解決編)

「おいおい、どういうこったよ、解けたって。しかも、事件てどういうことなんだよ?」
 そう問い詰める宮越さんに向かって、私は血塗れた私の手を差し出した。
「これ、さっき絨毯を触った時についたんです」
「何それ?血!?」
「ええ、そうです。だから、これはただのマジックじゃなくて、事件かもしれない、いえ、事件なんです」
 雪子さんが心配げにこちらを見る。
「でも、確かにそんなもの今日のお昼にはなかったわ」
 私は、一つ大きくため息を吐いて言った。
「これから言うことは、想像に過ぎません。でも、そう考えると納得できるんです。聞いていただけますか?」
 みな、一様にうなずく。
「あ、でも、その前に歌乃都ちゃんを……」
 血という不吉極まりない前振りと、真剣な調子で話す私を見て、少し怯えたように雪子さんはうなずき、歌乃都ちゃんを部屋へ連れていった。
 五分くらいして、もう寝かせてしまったのだろう、再び雪子さんが顔を出した。
「さぁ、話を聞かせて下さい」
 待ちかねたように、隆雄さんが切り出す。
 そこで私はもう一度、ゆっくりと息を吐く。
「まず、確認しておきたいのは、先生は本当に先生の意思で消えたのか、ということなんです」
「え、っと、つまり、マジックやいたずらじゃないって事か?」
「ええ、そうです。きちんとした根拠のあることです。それは、この部屋がマジックのための密室足り得る理由です。どこにも抜け出す出口はない密室。でも、当然ながら、出口は一つだけありますよね? そう、このドア。本来だったら、鍵などついていないこのドアから大手を振って出られるはずなんです。でも、私と歌乃都ちゃんがずっといたせいで、密室になってしまったんです。もし私たちが一瞬でもここを離れていたら、密室は成立しなかった。つまり、この部屋が密室になったのは、先生の意思とは関係ないことだったんです」
「でも、だからといって先生の意志で消えたわけじゃないとは限らないんじゃないですか?」
 隆雄さんの言葉に、私はかぶりを振った。
「いえ、違います、もし先生が人間消失のアイデアを思いつき、部屋から消えてみせようと試みたとします。ならば、先生は私に一言、耳打ちすればいいんですよ。『おまえはずっとそこにいろ』律義な私は、先生の言葉通り、きっとトイレさえ我慢してドアの前に座りつづけたでしょうね。でも、先生はそんなことを言わなかった。つまり、先生は、人間消失なんてするつもりはなかった、ということになるんです」
「なるほど、納得だわ。で、どうなるんだ?」
 そう宮越さんは先を急かす。私はうなずき、
「ええ、つまり、先生は先生自身の手によって、マジック「人間消失」を行ったのではなく、何者かによって、人間消失をさせられたんじゃないか、という理屈になるんです」
 そこで、私は再び自分の手を見やった。
「そう、なんらかの危害を加えられて」

「ちょ、ちょっと待て、危害って何だ?どういうことだよ」
 慌てて宮越さんが言い寄る。
「それにさ、そもそも先生が部屋を出られないだけじゃなくて、誰だって部屋の中に入れやしないんだ。なのに、先生に危、危害を加えて、先生を部屋から抜け出させて、それに、そう、シルクハットをとらせて部屋の真ん中に置かせて……」
 私は、そう言う宮越さんを制して言った。
「一つ、推測があるんです。それを聞いて下さい」そこで、一度ゆっくりと息を吐く。「――人間では決して抜け出すことの出来ない密室。でも、誰かの手を借りれば可能かもしれない。最初私はそう思いました。でも、そうじゃないんです。誰かの手を借りても、あの天井の穴からは、どうやっても体そのものが抜けられない。じゃあどうすればいいか。答は簡単です。中に入っている、抜け出すものを人間でなくしてしまえばいい」
「人間でなくって……」
「そう、先生を――」
 そこで、私は私がこれから吐かねばならない言葉のあまりのおぞましさに、一度言葉を切る。でも、だから余計に黙ってはいられない。
「――先生を殺して、その体を切ってしまえばいいんです」
 残酷な私の言葉に場に衝撃が走った。
「ど、どうやって……?」
 宮越さんのその言葉に、私はつかつかと暖炉の方へ寄った。
「この暖炉と、天井の穴の位置。これがヒントです。多分、この人間消失を企画した誰か――犯人は、先生にこう言ったんです。『九時ちょうどになったら暖炉を覗き込め』きっと、メッセージがあるから、とか、何か隠してあるから、などといったんでしょう。私は、先生が部屋に入る時、先生が時間を確認したことを、九時少し前だったことを、はっきり覚えています。――そして、時間に合わせて先生が暖炉を覗き込む。――犯人は、この暖炉に細縄、もしくは丈夫なテグスか何かを仕込んでいたんです。ちょうど、暖炉の口を囲い、そのまま天井の穴に届くように。すぐ取れるような接着剤か何かで軽く止めておいたんでしょう。うまい具合に暖炉もこんな縄目模様ですから、ここを初めて訪れた私たちが、それに気付くことはありえません。そして、先生が首を突っ込んだのを見計らい、天井裏に潜んだ犯人は、手にした縄を思い切り引っ張る」
 その瞬間、ヒヤッと軽く悲鳴が上がった。雪子さんだった。私は、かまわず続ける。
「どうなるかは分かりますね。当然、先生の首は絞められます。いえ、その前に、おそらく暖炉で頭を打って、気を失ってしまうでしょう。そこで、おそらく首を絞めて……殺してしまったのでしょう。そして、縄をうまく操って、先生の体を暖炉から出し、犯人のところまで引っ張り上げる。そして、天井の穴のところで先生の腕を切り、先生の体を天井裏に引き上げてしまうんです」
「ちょっと待て、切るっつったって、血が出るだろう」
「ええ、……これも推測ですが、多分マントを使ったんじゃないかな、と。マントで、先生の体をくるむようにして切れば、血はマントが押さえてくれると思うんです。もちろん、それでも多少血が絨毯にこぼれたんですけれど」
 そこで、私は足元の赤い絨毯を見下ろした。
「そうか、ひょっとしたら、そのための赤い絨毯……ぱっと見て分からないように――。すごい、計算され尽くしてる……。
 思ったんですが、このトリックの秀逸な点は、二つあるんです。一つは、マジシャンが消えた、これはマジックだという先入観を与えることで、警察を介入させない、ということです。死体ごと消してしまえば、殺人事件にはならない。絨毯の血痕とか、天井裏とか、きちんと調べられたら困りますから。そして、もう一つ。そう、先生が消えた、引退したんだと印象づけるための、ポツンとおかれたシルクハット。犯人は、部屋に入ることなく先生を操作し、めったなことではとらないはずのシルクハットを、とらせたんです」
「操作って、どういうことだよ」
「簡単なことですよ。先生がシルクハットをとるのは、眠る時、お風呂に入る時、お客を驚かす時だけじゃないんです。この狭い暖炉に首を突っ込むのに、シルクハットをとらずには出来ません」
 私の言葉に、場がざわめく。
「それで、それで犯人は誰なんだよ!」
 みなの視線が私に集まる。私にはもう、はっきりと結論が見えていた。ゆっくりと、話し始める。
「犯人の条件。まず一つは、アリバイです。私はもちろん、歌乃都ちゃんと一緒にずっと居間にいました。宮越さんは、ずっと一緒にいたわけじゃないけれど、姿を消したのはトイレに立ったわずか五分程度。こんな時間では、犯行は不可能です。また、暖炉の細工も、天井裏に忍び込んだりも、お客である私たちには難しい。そして、もう一つの条件。それは、先生の体を持ち上げることの出来る力です。当然、女性である雪子さんには不可能。そう、犯人は、隆雄さん、あなたです」
 私の言葉を受けた隆雄さんは、一瞬たじろぐ。でも、すぐに反論がかえってくる。
「ちょっと、待って下さいよ。言いがかりです。証拠もない。そもそも、なぜ内部と決め付けるのか、泥棒か何かが侵入してきただけかもしれない」
「証拠なんて、一時間くらいではろくに血も拭き取れていない天井裏を調べれば、いくらでも出てくるでしょう。それにね、赤松さん夫妻のどちらかでしか犯人足り得ない理由が、もう一つあるんです。――それは、歌乃都ちゃんです。最初に言いましたね? この部屋が密室である成立条件。あれは、先生の意思によるものじゃない。犯人の意思によって、密室とされたんです。でも、どうやって。もちろん私は何の指示も受けていません。――そう、答は簡単。隆雄さんは、歌乃都ちゃんに、私と居間でずっと遊んでおくように、と言ったんです。だから、私と歌乃都ちゃんは密室を作るためにずっとあの場所にいたんです。きっと、これは内緒だよ、と言ったんでしょう。でも、雪子さんが聞いたらどうでしょうか。これはとっても大事なことだから、と断れば、きっと教えてくれるでしょう。――おねえちゃんと一緒に居間で遊んでおきなさい、と頼んだのは、パパだ、って」
 その瞬間不意に隆雄さんはウォオと激しく雄たけびを上げた。突然の変貌にみなたじろぎ息をのむ。そして、鬼のような形相となった隆雄さんは、普段の紳士然とした様子からは想像も出来ない声で叫ぶ。
「くそくそくそっ!いまいましいやろうめ!何が密室だ!何が犯罪だ!違う違う違う! 偉大なる先生は、人生最後の大トリックで、消えたんだ! 先生は偉大なんだ! 素晴らしいマジシャンなんだ! ……だからだからだから、俺がプロデュースしてやったんだよ! もうマジシャン辞めるとか、俺が金を出すって言ってるのにもうマジシャンできないとか言うからさぁ、仕方ないから、その引退にふさわしい大トリックで、華やかにサヨナラしてやったんだよ!!」
 そう叫び、声高に笑う。その様子に、私は寒気を押さえられなかった。
「先生は、先生は、世界中の誰も為し得なかった畢生の大マジックでこの世から姿を消したんだよ! こんなマジックは、金輪際誰も出来やしないんだよ!はっはっはっはぁ」
 私たちには、何も出来なかった。静々と雪子さんが部屋から立ち去り、駆け出す。警察に、電話するのだろう。
 後はただ、赤松隆雄の汚れた笑い声が、部屋にこだまするだけだった。

 次の日、右腕をちょん切られた無残な姿となった先生は別荘裏の物置から発見された。華麗なるマジシャンのあまりに無残な最期に、私たちは、泣いた。
 何がどこで間違ってこんな悲劇が起きたのか、結局私たちには分からなかった――。



                   END
                           12月5日 雨沢流那
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