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「はっ……、はっ……、はっ……」

桑原鞘子は走っていた。

「あたしはやれる!あたしは出来る子だ!」

時折、自らを鼓舞する言葉を叫びながら走っていた。
走っている内に頭からズレてきた66式鉄帽は手に持ち替え、鞘子は走り続けていた。
何故彼女は走っているのか、その理由を説明するためには、
正午にあった放送のさらに少し前まで、時間をさかのぼる必要がある。

「キリノ、タマちゃん、ミヤミヤ、ダンくん、どこ?」

放送前、彼女は鷹野神社付近で双眼鏡片手に室江高校の仲間を探していた。
コンパスや筆記用具、時計、それに地図と名簿は折りたたんでポケットに突っ込み、
その他のポケットに入らない支給品は、双眼鏡と66式鉄帽以外、
デイバックごと鷹野神社に隠しておいた。
最初は、元いた場所で例の拡声器の声を聞きつけた人が来ないか待っていたのだが、
しばらく待っても、あの山に入っていった二人の男子以外、誰もやっては来なかった。
きっと、島の南側であの声を聞いたのは、鞘子とその男子二人だけだったのだろう。
そこで鞘子は、もっと眺めのいい場所はないかと、少しずつ移動しながら仲間を探した。
幸い今の季節、山や林の木々は、そのほとんどが葉を落としており、
双眼鏡を使えばかなりの広範囲を見渡すことが出来た。
そうして鞘子が仲間を捜していると、鞘子の位置から見て西の方で何かが動いた。

「あ!あれは!!」

それはかなり遠くで、肉眼では豆粒ほどにも見えなかったが、
双眼鏡を使ってやっと人だと分かった。
どうやら、歩いている人が二人、ちゃんとした道を歩いている訳ではなく、
道無き道を進んでいるようだ。

そして、その二人の内のひとりに、鞘子は見覚えがあった。

「タマちゃん!!」

見間違えるはずがない。
室江校剣道部のエース兼コーチ兼マスコットの、ここ半年以上ほとんど毎日会って苦楽を共にしてきた仲間の川添珠姫。通称タマちゃんだ。
そのことが分かっただけで鞘子の心臓は高鳴り、目頭が熱くなった。

(くぅぅー、やっと室江のメンバー見つけたよ!)

今回のプログラムのルールなら、同じ学校出身者は確実に安全だろうし、
ルールなど抜きにしても、珠姫ならきっと殺し合いなんかしないだろう。

「あ、あれ?」

しかし喜びもつかの間、珠姫達の姿は、すぐに鞘子から見えなくなってしまった。
鞘子とその二人の間には、たくさんの木々が生えており、いくらほとんどの木が葉を落としているとはいえ、かなり見通しが悪かったのだ。


「待ってー!」

走り出そうとした鞘子だったが、すぐにピタッと足を止めた。

「落ち着けあたし!考えろあたし!」

鞘子と珠姫達の間の距離はかなり離れており、珠姫達も移動していたことを考えると、
今から珠姫達が見えたところへ駆けつけても、その場にたどり着く頃には、
珠姫達は、どこかへ行ってしまった後だろう。

「えっと、えーっと!」

はやる気持ちを抑えながら、鞘子は地図とコンパスを取り出した。
珠姫達が見えたのはおそらく、地図でいうとG-3かG-4の南側あたりだった。
そこを、鞘子から見て右、つまり北側へ向かって移動していた。
ということは、彼女たちが向かっていたのは……。

「平瀬村分校跡…かな?」

半分は勘だったが、珠姫達の見えた場所と移動していた方向から、
鞘子は彼女たちが平瀬村分校跡に向かったものと判断し、今度こそ走り出しだ。


その途中で放送があり、鞘子は無視するわけにもいかず、生唾を飲み込んで放送を聞いた。
名簿の順に読むという死者の発表で、室江が飛ばされた瞬間は涙が出るほど嬉しかったが、
その後読み上げられた死者の数には、信じられないくらい驚いた。
しかし今は、立ち止まっていられない。
禁止エリアも、鞘子には当面関係なさそうな場所だったので、放送が終わると、
鞘子は再び走り出した。

「待っててタマちゃん!待っててみんな!」



平瀬村分校跡では、川添珠姫が栄花段十郎を保健室に運び込み、手当てをしていた。
本当は、段十郎の傷を水で洗ったり、腫れているところを濡れタオルで冷やしたりしてあげたかった珠姫だったが、水道が使えないのでそれは諦めた。
しかし、その保健室には消毒液や包帯、絆創膏などの道具と、ベッドや椅子などの備品が、
この分校が使われていた頃のままの姿で残されており、
珠姫はそれらを使って、何とか段十郎を手当てをしていた。

手当てといっても、出血しているところは、タオルやガーゼで血を拭き取ったあと消毒し、
絆創膏を貼ったり包帯を巻いたりして止血する。
腫れたり、痣になっているところには冷湿布を貼る、といったことしかできなかったが、
やらないよりはマシだろう。

途中で放送が流れた時は、さすがに珠姫も段十郎の手当てを中断し、放送の内容を書き取った。
珠姫は、最初言葉と出会った時にもう死んでいた相馬光子を見ているので、
もう何人かは死んでいる人いるのかも知れないと予想はしていたが、すでに10人もの犠牲者が出ていることに驚愕した。
一人も殺さず正義の味方として、このプログラムを破壊すると、この島で最初に目覚めた時、
珠姫は心に誓ったが、現実には言葉ひとりにすら手を焼いている状況だった。
その間に、相馬光子を除いても9人、珠姫の知らないところで死んでいったことになる。
今回の放送時点では室江校剣道部の仲間は無事だったようだが、
こんな事ではプログラムの破壊どころか、仲間を守ることすら出来ないかも知れない。

(やっぱり、無理なのかな……)

やはり、国家権力を前にひとりの高校生ができる事など、たかが知れているのだろうか。
珠姫は自分の無力さを痛感し、同時に少し弱気になっていた。
放送が終わると珠姫はそんな弱気を振り払うためにも、段十郎に声をかけ、手当てを続けた。

「栄花くん、大丈夫?」

段十郎に意識はなく、当然反応も無かったが、脈や呼吸はしっかりしているし、
それほど苦しんでいる様子もないところを見ると、重傷ではあるが、
今すぐ命に関わる怪我という訳でもないようだ。
そのうちに、段十郎はすやすやと寝息を立て始め、珠姫はそれを見て少し安心した。

それまでの間、桂言葉は珠姫を手伝う事も、邪魔する事もなく、
珠姫が段十郎を保健室に運び込むのも、段十郎に手当てをするのも、ただ黙って見ていた。

放送の時も、言葉は無表情で、禁止エリアをメモしたり、死者の名前に線を入れたりした。
自分と同じ榊野学園の加藤乙女と西園寺世界の名前が呼ばれた時も、それは変わりなく、
ただ作業的に、加藤乙女と西園寺世界の名前に線を入れていた。

もちろん、言葉は考える事をやめてしまった訳では無い。態度や表情に出さないだけだ。
珠姫が段十郎を手当てしている間も、言葉は言葉なりに頭を働かせていた。
考えていたことは、もちろん伊藤誠のことだ。
誠は無事だろうか?
誠と合流するにはどうしたら良いだろうか?
こういったことが、言葉の思考の大半を占めていた。
放送も、誠の名前さえ呼ばれなければ、他はどうでも良かった。
禁止エリアは、誠を探す上で必要だからメモしただけ。
名簿に線を入れたのは、もし誠が優勝を目指していた時に必要になるかも知れないから。
全ては誠のためだった。
そして今現在、言葉が考えているのは、自分自身の現状についてだった。
誠を捜し出して守るのは、言葉自身の役目なのだから。

(良くないですね……)

盾代わりに良いし、利用してやろうと思って珠姫に従うことにした言葉だったが、
怪我人である段十郎との合流は誤算だった。
言葉としては、一刻も早く誠を捜しに行きたいところだったが、
珠姫と段十郎が合流したおかげで、今は保健室に足止めされてしまっている。
それに、先ほど逃げた、優勝を目指していると言ったあの男のことも気になっていた。
もし、自分達がこうしている間にあの男が誠を襲ってたら、そう考えると言葉は
居ても立ってもいられなかったし、今更ながら追わなかったことを後悔していた。

(もう、いっそのこと……)

用済みというわけではないが、珠姫と段十郎が自分にとって足枷となるのなら、
早い内に排除した方が良いのかも知れない。

言葉はそう考えはじめ、段十郎の手当てをしている珠姫の背中を見つめた。
言葉の瞳に、漆黒の闇が広がっていった。

「ん?」

そんな言葉の視線に気づいたのか、珠姫が後ろを振り返り、
言葉は目をそらすように、窓の外へと視線を向けた。
窓の外には小さな校庭が広がっており、言葉がその校庭を眺めるふりをすると、
ちょうど誰か校庭に入ってくるのが見えた。

「どうしたんですか?」
「誰か来たみたいですよ」
「え、本当ですか?」

珠姫の質問は、自分に向けられていた視線のことだったが、
言葉は、分校の敷地に入ってきた人物のことを答えた。
その言葉の声に誘われて、珠姫も保健室の窓に近づいた。

(サヤ先輩!)

その人物は珠姫と同じ制服で、赤毛のロングストレートヘアー、
そう、珠姫と同じ剣道部の先輩、桑原鞘子だった。

(よかった、サヤ先輩、元気そう)
(あとは宮崎さんとキリノ先輩を見つければ、剣道部のみんなが揃うな)
(プログラムを壊すのが無理でも、せめて剣道部のみんなは守りたいな)
(あれ?サヤ先輩、デイバック持ってない。どうしたんだろう?)

鞘子の姿を見て、停滞気味だった珠姫の頭に色々な考えが浮かんできた

「私、行きますね」

言葉はその間に、自分の刀だけ持って保健室を出て行ってしまった。

「待って下さい、あたしも行きます」

それを見た珠姫も、刀だけ持って言葉の後を追った。
段十郎を残していくのは気がかりだったが、刀を持った言葉を放っては置けなかった。



「タマちゃん!やっぱりタマちゃんだったんだね!」

そうして校舎から出てきた珠姫を見つけると、鞘子はすぐさま珠姫に駆け寄って抱きついた。

「会いたかったよー、タマちゃん」
「はい、あたしもです」

鞘子と珠姫のふたりの顔には、この島へ来て初めての笑みがこぼれていた。

「うー、タマちゃーん」
「あの、サヤ先輩、痛いです」
「あぁ、ゴメンゴメン」

感激のあまり珠姫をギューッと抱きしめていた鞘子だったが、
珠姫が声を上げたところで、やっと珠姫を解放した。

(また、川添さんの仲間ですか…)

そんなふたりを見ていた言葉の瞳には、より一層深い闇が広がっていった。

(やっぱり、私ひとりで誠くんを捜した方が効率が良さそうですね)

きっと、鞘子と珠姫のふたりは、段十郎が動けるようになるまでこの分校に留まるだろう。
そして、言葉を見張るという珠姫は、言葉の別行動など許さないかも知れない。
そんな風に考え、言葉は手に持っている刀にそっと視線を落とした。

「あら?タマちゃんそっちの子は?」
「あ、桂さんです」

そこでやっと、鞘子は珠姫の後ろにいた言葉に目を向け、紹介を求めた。

「どうも」

言葉もその声に視線を戻し、鞘子に軽く挨拶をした。
鞘子は、そんな言葉の目を見て、背筋が凍り付くのを感じた。
明らかに普通じゃない。鞘子は、何とも言えない混沌としたものを見た気がした。

「そっそう…、桂さん……」

それでも、珠姫が一緒にいるのだから害はないはずと考え、鞘子は何とかそう返した。
ちなみに珠姫は、最初に言葉と斬り結んで以来、一度も言葉と目を合わせていなかった。
普段から、珠姫は剣道以外ではあまり人と目を合わせない方だし、
一度、真剣で斬り合った相手と目を合わせるのは、何となく気まずかったのだ。

「あ、そうだサヤ先輩」
「ん、なあに?」

固まってしまっていた鞘子だったが、珠姫の声で我に返ると、珠姫に視線を戻した。

「ここの保健室に…」
ドン

(え?)

「ここの保健室に、栄花くんがいるんです」そう言おうとした珠姫だったが、
その瞬間、突然背中を押され、体重の軽い珠姫はそのまま鞘子の方へ飛び込む形となった。

カチャ

押された瞬間には、何が起こったのか分からなかった珠姫だったが、
その音が、言葉が刀に手をかけた音だという事は分かった。

(しまった!)

そこで珠姫は自分が言葉に突き飛ばされたということと、言葉の狙いを理解した。

(斬られる!)

そう思った珠姫だったが、その時にはもう珠姫自身ではどうにも出来ないほど
体勢が崩れた後であり、珠姫はそのまま鞘子の体に飛び込むことしかできなかった。

「タマちゃん!」

言葉に背を向けていた珠姫は、言葉の動きが見えなかったが、
鞘子は、言葉と目を合わせた後だったこともあり、言葉のことを視野に入れて警戒していた。
そんな鞘子の反応は早く、言葉に突き飛ばされた珠姫を抱きとめると、
次の瞬間には珠姫の体をグイッと引っ張り、体の位置を入れかえた。

ヒュッ
ガキィン

そして鞘子は、手に持っていた66式鉄帽で、言葉の抜き打ちを受け止めた。
言葉にとって予想外の、鞘子にとってはある程度予想通りの振動が、ふたりの腕に伝わった。

「うっ」
「この!」

さらに鞘子は、言葉が予想外の鉄同士がぶつかる衝撃に怯んだところに、
中学時代ソフトボール部のレギュラーだったその強肩を活かして、66式鉄帽を投げつけた。

「くっ」

言葉は、とっさにそれを刀の柄で受け止めたが、その隙に鞘子は後ろにいた珠姫の手を取り、
一目散に走り出した。

「逃げるよ!タマちゃん!!」
「……逃がしません」

鞘子の剣道部での実力は、団体戦での彼女の対戦順が示す通り中堅程度だが、
基礎体力や運動神経に関しては、剣道部どころか室江高校全体でもトップクラスだ。
鞘子は、その健脚でグイグイと珠姫を引っ張り加速していく。鷹野神社からここまで、
ずっと走ってきて疲れてはいたが、そんなことで彼女の脚は鈍らなかった。
言葉も、刀の鞘を投げ捨てるとすぐに後を追ったが、これは追いつけないかも知れない。

(あの人、思ったよりもやりますね)

追いかけながら、言葉は「サヤ先輩」について考えていた。
確かに体格は良いし運動も出来そうに見える。現に足は相当速い。
しかし立ち振る舞いなどから、剣の腕は自分より劣るだろうと、言葉は思っていたのだ。
しかし、先ほど自信を持って放った抜き打ちを、あの「サヤ先輩」は受け止めた。
あれが偶然でないとすると、自分の中での評価を改めなくてはならないかも知れない。
しかし、実は言葉の抜き打ちが防がれたのは、言葉自身に原因があった。
言葉の居合いはとても美しく、しかも剣速は尋常でないほど速い。
ソフトボールと剣道で鍛えた鞘子の動体視力でも、その刃を目で捉えることは出来なかった。
しかし、言葉の剣はとても綺麗であるが故に、多少武道をかじったことのある者であれば、
言葉が実際に刀を振る一瞬前に、その太刀筋が「視」えてしまうのだ。
少し前に、空手の経験がある花澤三郎を斬り損ねたのも、これが原因だった。

一方、鞘子と珠姫は言葉を順調に引き離し、このまま分校の敷地を出れば逃げ切れるかに見えたが、ふと、珠姫は保健室にいる段十郎のことを思い出した。
自分自身が斬られそうになったことで忘れていたが、もし、珠姫達が逃げてしまったら、
言葉の矛先は保健室で寝ている段十郎へ向かうだろう。

「サヤ先輩、待って下さい!校舎の中に栄花くんがいるんです!」
「え!?どわあああ!!」

この季節、地面には霜が降りており、昼の日光がそれを溶かして、
ところどころ、土のぬかるんだ場所が存在していた。
悪いことに、珠姫の制止の声を聞いて鞘子が振り返ったその瞬間、
鞘子の足は、そのぬかるんだ地面を踏んでしまい、鞘子は派手にすっ転んだ。

それでも鞘子は転ぶ瞬間、珠姫を巻き込まないようとっさに手を放した。
人は転びそうになると、何かに掴まろうとするものだが、鞘子はその逆をやってのけたのだ。
彼女の高い運動神経と、後輩を想う気持ちが成せる技だった。

「大丈夫ですか!サヤ先輩!」
「もう、逃げないで下さいね」
「……!!」

おかげで珠姫は無事だったが、その間に言葉に追いつかれてしまった。
鞘子は転んだばかりで、まだ起きあがれないでいる。
それを見た珠姫は、鞘に収まったままの刀を構え、言葉へ一歩踏み出した。

(サヤ先輩は、あたしが守る!!)

そのためには、相手に多少怪我をさせるのも仕方がない。手加減して勝てる相手じゃない。
守るべき人を背に、珠姫はこの島に来て初めて人を傷つける覚悟を決めた。

(川添さん、雰囲気が変わりましたね)

言葉は、ふたりに追いついた瞬間に斬り捨てようとしていたのだが、
珠姫の様子を見て一足一刀よりも半歩ほど遠めの間合いを取り、足を止めた。
最初に珠姫と斬り合った時感じた、どこか遠慮したような雰囲気が無くなっている。
どうやら、さっきので珠姫を本気にさせてしまったようだ。

「……許しません」
「そうですか」

最初に剣を合わせた時のように、珠姫は中段の構え、言葉は脇構えで睨み合った。

(絶対に勝つ!)

珠姫は、ここで負ける訳にはいかなかった。
珠姫がここで斬られるということは、珠姫、その後ろの鞘子、それに保健室の段十郎、
三人の死を意味する。
珠姫は、確実に言葉から勝利する方法を考えた。
珠姫と言葉が最初に剣を合わせた時、珠姫が言葉に負けていると感じた要素は二つ。
リーチと剣速だ。
この内、リーチは体格差と刀の長さの差であり、どうしようもない。
もっとも、珠姫の場合普段から自分より大きな相手とばかり稽古しているので、
体格差に関しては、特に気にならない。
刀の長さ関しては、最初に戦った時、間合いを見誤ったことで、頬と首にかすり傷を負ってしまったので注意が必要だ。
逆に言えば初見だった前回と違い、今回は刀の長さ分かっているので注意さえすればいい。
次に剣速だが、珠姫が負けている大きな原因は、珠姫が鞘付きのまま刀を使っているということにある(と、珠姫は思っていた)。
剣道家である珠姫の父は真剣も持っているので、珠姫も真剣に触るのは初めてではないし、
稽古では真剣並みに重い素振り用の木刀で、素振りをしたりもする。
だが、鞘がついたままの刀は、それよりももっと重かった。
しかし、今の時点では刀を鞘から抜くつもりは無い。
怪我をさせても仕方ないとは思ったが、殺してもいいとは思っていないし、
第一この状況では、刀を鞘から抜く暇は無いだろう。

(それなら……)

動きが最小限で済み、得物が重くても剣速が鈍らないであろう技。
珠姫は、そんな技を頭に思い浮かべ、すり足でジリジリと間合いを詰めていった。

(さて、どうしましょう?)

一方、言葉は冷静に状況を分析していた。
言葉も、最初に珠姫と剣を合わせた時、自分が珠姫に勝るのはリーチと剣速だと感じていたが、
その、最も大きな原因は、覚悟の差だろうとも思っていた。
人を殺すことの何の躊躇もない言葉と、明らかに人を傷つけることを恐がっている珠姫とでは、
振りの鋭さが全然違っていた。
だが、珠姫が本気になった今、この覚悟の差は最初に比べ縮まっているだろう。
しかし、プログラム開始直後から覚悟を決めていた言葉と違い、
珠姫が覚悟を決めたのはついさっきで、しかも、刀は鞘に収まったまま。
まだ、人を殺す覚悟までは出来ていないと見える。

(それでは…)

それなら、少し話をしてそこを揺さぶれば、珠姫の覚悟は簡単に揺らぐのではないか。
言葉はそう考え、口を開いた。

「私は…」
「きあああああああああ!!!」

言葉が、話術で珠姫の覚悟を削ごうとしたその瞬間、
珠姫の、本気の気合いの掛け声がその場の大気を振るわせた。

「……っ!」

剣道では、こういった声を上げるということを知っていた言葉だったが、
珠姫ほどの気合いを目の当たりにするのは初めてだった。
しかも喋ろうとした瞬間だった事もあって、一瞬息が詰まり、体も硬直してしまった。

ザッ

言葉が息を詰まらせたのは本当に一瞬で、それに伴う隙もほんの僅かなものだったが、
珠姫はその隙を見逃さず、一気に踏み込んだ。
圧倒的な速さと、踏み込んだ瞬間を悟らせない巧みさを併せ持ったその踏み込みに、
言葉は、全く反応できなかった。
そして、室江校剣道部員からアトミック・ファイヤー・ブレードと呼ばれている、
川添珠姫必殺の突きが、言葉に炸裂した。

「突き!!!」

ガチン

剣士と言えるほどの実力を持つふたりだったが、剣士としての格が違いすぎた。

その突きは、ワンクッションあった方が怪我が軽くて済むだろうという、珠姫の情けから、
言葉の首輪に命中した。
しかし、もちろん首輪に当たったからといって受けた方が平気なはずもなく、
言葉は2メートル近く吹っ飛んで、背中から地面に落ちた。

「…………」

言葉はそのまま仰向けに倒れ、突然目の前に広がった青空を呆然と眺めた。

「……!?ごほっ、ごほっ、げほっ」

しかし、すぐに突かれた喉が苦しくなり、両手で喉を押さえるとゲホゲホと咳き込みだした。
手に持っていた刀は、吹っ飛ばされた拍子に落としてしまっていた。

「げほっ、げほっ、ひゅー、ひゅー、ごほっ、ごほっ」

言葉は息がうまく出来ないらしく、苦しそうに咳き込みながら、
時折、喉からひゅうひゅうという音をさせていた。
珠姫は、そんな言葉の側に歩み寄ると手を差し伸べながら声をかけた。

「大丈夫ですか?」

しかし、その台詞とは裏腹に、珠姫の目は据わっていた。

「……!!」

言葉はそんな珠姫の目を見ると、珠姫の手は取らずに立ち上がり、
ヨロヨロとした足取りで、分校の敷地を出て行った。
珠姫はそれを追わず、黙って言葉の背中を見送った。

「行かせちゃって良かったの?」
「あ…、サヤ先輩」

その頃にはすでに立ち上がっていた鞘子が、珠姫に声をかけた。
そういえば、珠姫が覚悟を決めたキッカケは鞘子だったが、
その後、言葉に集中するあまり、珠姫は鞘子のことを少しの間失念していた。

「はい、……これでよかったと思います」

鞘子の声で現状を思い出した珠姫は、そう答えると
「一緒にいたら、きっとまたこういう事になると思いますから」と続けた。
言葉と一緒にいるのが珠姫ひとりなら、まだ何とかなったかも知れないが、
鞘子、段十郎と合流した今、彼らに危害が加わる可能性を考えると、
言葉と一緒にいるのは危険すぎた。

「それよりサヤ先輩、大丈夫でしたか?」
「ああ、平気平気。タマちゃんこそ怪我はない?」
「はい、あたしは大丈夫です」
「そっか」

珠姫と鞘子は、お互いの無事を確認するとホッとため息をついた。
そして鞘子は、地面に落ちている、言葉が先ほどまで使っていた刀を拾い上げると、
「えい、えぇい!」と、2、3回素振りをしてみた。
その刀は、竹刀はもちろん、ソフトボール部時代に振っていた金属バットよりも重かったが、
鞘子の体力ならば、何とか使うことが出来そうだ。
この先、もしまた誰かと戦わなければならない状況になった時、
珠姫だけに戦いを任せるわけにはいかない、という想いからの行動だった。
しかし、確かに棒状の武器が欲しいと望んでいたが、まさか真剣が手に入るとは。
正直、腰が引けそうな思いの鞘子だったが、珠姫の手前、なんとか態度には出さずにいた。
しかし、その珠姫はというと、何だか表情は冴えず、どこか不安げな様子だった。

「ん?タマちゃん、どうしたの?」
「サヤ先輩……、あたし、突きを使ってしまいました」

珠姫の突きは、年上で男の剣道経験者以外には使わないよう、父親から止められている。
それは、室江校剣道部内ではよく知られている事だった。
そして、言葉は年上でも、男でも、剣道経験者でもない。
確かにあの瞬間、言葉から確実に勝利するために突きは必要だったのかも知れなが、
しかし、本当に突きでなくてはならなかったのか?他の技でも良かったのではないか?
そんな思いが、珠姫の頭の中をぐるぐると駆けめぐっていた。

(タマちゃん……不安なんだね)

普段無表情なことが多い珠姫だが、考えてることが表情に出ている時は、それが分かりやすいのも、珠姫の特長のひとつだ。
鞘子は、そんな珠姫見ると再会の時とは違い、ゆっくりと優しく抱きしめた。
身長170センチの鞘子がそうすると、身長150センチに満たない珠姫の顔は、
うつむき気味だったこともあり、鞘子の胸に埋まってしまう。

「ありがとねタマちゃん、おかげであたし助かったよ」
「サヤ先輩……、はい」

珠姫はそのまま鞘子の胸に顔を埋めて、しばらく何事か考えているようだったが、
次に顔を上げた時には、不安げな表情は消えていた。

「サヤ先輩って、ちょっとお母さんみたいです」
「お母さんはよしてよー、せめてお姉さんとかさぁ」
「ん、そうですね」
「さあ、タマちゃん。ダン君のところへ案内してよ」
「はい、実は栄花くん、怪我をしていて……」

そうして、珠姫と鞘子のふたりは喋りながら、揃って校舎の中へと入っていった。

【G-3 平瀬村分校内/1日目 日中】


【川添珠姫@BAMBOO BLADE】
【状態】:健康 右頬と咽に薄い刀傷
【装備】:二尺七寸の日本刀
【道具】:支給品一式 確認済支給品0~1
【思考・行動】
1:鞘子を案内して段十郎の看病をする
2:千葉紀梨乃、宮崎都と合流
3:せめて、剣道部のみんなは守りたい
4:人は殺さない、乗った人は多少怪我をさせてでも無力化する
5:一人も殺さず正義の味方として、このプログラムを破壊したいけど……できるかな?
6:花澤を危険人物と認識



【桑原鞘子@BAMBOO BLADE】
【状態】:疲労(中)
【装備】:三尺五寸の日本刀
【所持品】:双眼鏡、66式鉄帽、地図、名簿、コンパス、筆記用具、時計
【思考・行動】
1:珠姫と一緒に段十郎の看病をする
2:千葉紀梨乃、宮崎都と合流したい
3:必要があれば、鷹野神社に置いてきた支給品を取りに行く

レミントンM700(5/5)予備弾丸20、その他の支給品(デイバック、食料、水、ランタン)
は鷹野神社に隠してきました。

【栄花段十朗@BAMBOO BLADE】
【状態】:重症 後頭部に強い打撲(手当て済み)
【装備】:
【所持品】、デイパック、筆記用具、時計、コンパス、地図、狙撃用スコープ
【思考・行動】
0:………
1:分校やその近くで争いが起きた場合、なんとかしてそれを止める
  そしてその方法を考える。それ以外での接触はなるべく避ける
2:室江高のメンバーと合流する。


※その他の支給品は用務員室に、
 モシン・ナガンM1891/30及び予備弾35発は分校跡のどこかに隠されています





「はぁ…、はぁ…、げほっ、げほっ、はぁ…、はぁ…」

言葉は分校の敷地を出た後、珠姫が追ってこないのを確認すると近くの気に寄りかかり、
珠姫の突きを受けて痛む喉を庇いながら、呼吸を整えた。

「はぁ……、はぁ…………」

努力の甲斐あって、言葉の呼吸は徐々に戻ってきた。

「まこ…、ごほ、ごほっ」

しかし誠の名を呟こうとした瞬間、喉の苦しさが一気に戻ってきて、言葉は再び咳き込んだ。

どうやら、しばらく声は出さない方が良いようだ。

(はあ、これからどうしましょう)

衝動的に珠姫から逃げできたが、支給品は全て分校に置いてきてしまった。
しかし、戻ろうとは思わない。言葉は、再び珠姫に会うのが嫌だったのだ。
珠姫の突きは、防具無しでそれを受けた言葉に、ある種のトラウマを残していた。

(もう、川添さんには会いたくないですね)

しかし、それならばこれからどうするか?今の言葉は丸腰で、このままでは誠と合流しても、
彼を守るために戦うことも出来ないし、地図やコンパスも無いので、誠を捜すことも出来ない。

(そういえば、あの人の)

言葉はそこで、この島で最初に会った相馬光子のことを思い出した。
確か、彼女の荷物は彼女の死体の側に置いてきたままだ。
そして、その荷物の中には拳銃があったはずだし、地図や食料もあるだろう。

(では、相馬さんの荷物をお借りすることにしましょう)

言葉はそう決めると、相馬光子の死体があるところまでの道順を思い出しながら歩き始めた。


【G-3 平瀬村分校跡付近/1日目 日中】

【桂言葉@School Days】
 [状態]:喉にダメージ
 [装備]:
 [道具]:
 [思考]
基本:全ては誠くんのために。優勝狙いだが最終的にどうするかは誠次第
1:相馬光子の支給品を回収する
2:伊藤誠、清浦刹那との合流
3:川添珠姫には近づきたくない
4:誠の無事と意思を確認するまでは積極的に戦わない
  ただし誠を害する可能性がある者は何をしてでも殺す
※誠以外の人間に対して心を閉ざしました。普通に会話はできます。
 しかし、今は声を出すと咳き込んでしまうかも知れません。
 色々と変化していますが、本質は変わっていません
※伊藤誠と合流するか、何か言葉にとって衝撃的な出来事があれば元に戻るかもしれません