つながり 二口 節子
私がこの会に初めて参加した日から一年が過ぎようとしています。
この会に参加したいと思ったのは、同じような子育て世代のお母さん達と出会いたいという気持ちと、子育てのヒントになる様な事が学べたらという思いからです。今は主に読書会や水彩に参加させて頂いています。オイリュトミーになかなか参加できないのが残念ですが… 今、読書会で読んでいる「神智学」では、難解な内容を目の当たりにすると、理解不能で、一人だけついていけてないのではと感じて、場違いかなぁと思ったり、ここに居てもいいのだろうかと思う事もあるのですが、それでも、この会に足が向くのはどうしてでしょうか…
それは、つながりを感じられる時があるからだと思います。
この会に参加したいと思ったのは、同じような子育て世代のお母さん達と出会いたいという気持ちと、子育てのヒントになる様な事が学べたらという思いからです。今は主に読書会や水彩に参加させて頂いています。オイリュトミーになかなか参加できないのが残念ですが… 今、読書会で読んでいる「神智学」では、難解な内容を目の当たりにすると、理解不能で、一人だけついていけてないのではと感じて、場違いかなぁと思ったり、ここに居てもいいのだろうかと思う事もあるのですが、それでも、この会に足が向くのはどうしてでしょうか…
それは、つながりを感じられる時があるからだと思います。
例えば、ドイツにいた時初めてホメオパティーを体感しました。それは、私ではなく、どちらかというと、子供達なのですが、日本でほとんど毎回のように抗生物質を処方されていた上の娘が、ホメオパティーの処方で、三年余りのドイツ生活の間に1回しか抗生物質のお世話にならずにすんだのです。当時私のホメオパティーに対する知識は、西洋漢方と言われる物で自然の物を原料としているという程度でした。それでも、実際に試してみて、(抗生物質が不要になった事もあり、また、ホームドクターとの信頼関係もあったとは思いますが)、良いものなのではないかという感触を自分の体験から得ました。それが、シュタイナーとつながっていた事は嬉しい驚きでした。
そして、中学時代から続いている合唱。それは、単なる私の趣味で、好きだから続いているものと思っていましたが、今は私は合唱をする事で癒されてきたのかなぁという気がしています。この会に来て、ライアーを聴かせて頂いたり、ピアノを習っている方の話を聞いたり、音楽に触れる機会を頂いて、自分も久しく触っていなかったピアノを弾いてみたり、楽譜を探してみたり、合唱をまたやりたい気持ちが盛り上がってきたりと刺激を頂いています。また合唱もシュタイナー教育とつながっていた事は喜びでした。
このシュタイナーの会、自力整体、それからSST※のコミュニケーションを考えるワークショップ等、今私が惹かれている集まりに参加していると、よくその間のつながりを感じることがあります。似たような話をシュタイナーでも聞いたなぁとか、逆にシュタイナーの会で耳にした事が自力整体の時に話されたりとか、この会に参加してから、その様な体験をする事が多いのです。私がなぜこれらの事に惹かれているのか考えてみると、心地良いと感じる事、気持ちが楽になる事を大切に考えているからだと思います。そしてそれは、人が人間らしく生きる事を根底に考え出された事だと思うのです。そういう物の間には、例えその切り口が、教育であったり、身体、コミュニケーション等異なるものであったとしても、その幹の部分の考え方には共通するものがあって、つながっているなぁと思わせられます。
ある時、私が通っている自力整体の人達の間で「POWER OF NOW」という本が話題になった事があります。直訳すると「今の力」ですが、「今、この瞬間、ここに在るとき」という事について書かれた本なのです。そして丁度同じ頃、読書会でも、「今、ここに在る」という事を考えさせられる様な箇所を読んだのです。不思議な一致でした。
また最近、読書会でオーラについて読みました。私は今まで、目に見えない事は受け入れられない方でした。オーラについては今でも半信半疑です。この読書会で、そういう事もあるのかなぁ…オーラが見える人もいるのかなぁ…くらいの気持ちにはなりましたが、自分の今の実生活とは無関係だと思っていました。でも、丁度その1,2週間後に知人がオーラの見える子供に会った体験を綴ったメールを送ってくれました。もちろん、私が最近「神智学」でオーラについて学んだ事等知らないし、彼女も初めての体験だったと思います。今迄、オーラの事なんて考えた事もなかったし、話題になる事もなかったのに、この短期間の間に2度もオーラについて考える機会を与えられたのです。
これらは、単なる偶然でしょうか?そうとも言えると思います。でも、私はそこにつながりを感じますし、それをシンクロニシティ(共時性)=意味のある偶然だと感じます。そう思うと、何か私がその事に今出会う必要があった様な必然性を感じます。そう感じられると、過去にやってきた事や、今やっている事はつながっていて自分にとって、必然で意味のある事だと思えてくるのです。その必然がどういう事なのか、どういう意味なのかというところ迄はまだ行き着いていませんが、そう思えるとなぜか嬉しいのです。
ただ、シュタイナー教育を学んだり、その中で共時性を感じる事があると、今までの物質的、現実的なものの見方しかできない意固地な私の考え方が、ちょっと柔軟になり、感覚的になるように感じます。今は、それが私の必然なのでしょうか…
ただ、シュタイナー教育を学んだり、その中で共時性を感じる事があると、今までの物質的、現実的なものの見方しかできない意固地な私の考え方が、ちょっと柔軟になり、感覚的になるように感じます。今は、それが私の必然なのでしょうか…
もちろん、子育てのヒントになる様な事に出会えるのも嬉しい事ですが、今はこの様な不思議なつながりに出会えるのが嬉しくて、この会に参加させて頂いています。
今回、この原稿を書いてみて、なかなか今の自分の思いと等身大の言葉や表現を見つけるのが大変でした。つい大きい事、偉そうな事を書いてしまいがちになる自分をなるべく身の丈に近づけながら書いていく作業でしたので、ぎこちない表現やわかりにくい文章もあったのではないかと思いますがご容赦下さい。でも、私自身、書く事で整理できた点もありました。この原稿を書く機会を頂いたことに感謝しています。
SST(Social Skill’s Training):もともとは統合失調症の人の為に考えられたコニュニケーションの方法だが、私達の日常生活にも役立つと考えられている