伊織-ファインダー越しに-


「雨止まないわね…少し寒いわ…」
「そうか、伊織、室温を上げよう」
一眼レフのファインダーで切り取られた長髪の少女、伊織の視線は何処か心許無げで、窓から永遠に続くかの様な雨垂れに打たれる花々を見下ろし、顔を曇らせていた。
「カメラのレンズって本当に無表情で無機質なのね…ね、プロデューサー、夏の海の写真はどうしてるの?」
「一枚はほら、ここに…」
胸ポケットから焼け付く様な日差しの下に、屈託の無い笑みを浮かべ、可愛らしいピンクのセパレート水着に身を包んだ砂浜で、無邪気に小波と戯れる少女の写真を取り出す。
「プロデューサー以外は誰も知らない私の写真…ね?嬉しい?」
一寸悪戯っぽく俺を見上げ、少女はくすりと微笑む。
「さてね。今は伊織の誕生日のリクエストの写真を撮らなきゃな」
「プロデューサー、神様って居ると思う?」
「俺には神の姿は見えない。毎日が頂点を目指す為の戦いの連続だからな。神なぞ、平和な楽園に住む恵まれた連中の為だけの幻なのだろう」
「そう…。私は神様が居るのが当たり前だったわ。恵まれた境遇、倦む事無き父母から愛される満ち足りた日々」
「だが、ぬるま湯からはもう卒業して頂点を目指して戦ってるのだろう?」
「そうね…プロデューサーには色々仕込まれたわ、そりゃもー、嫌って言う程」
少女は顔をしかめて見せる。
「私はプロデューサーにとって一緒に戦うに足る一人前なのかしら?」
少女は真顔に戻って改まった口調で問い掛ける。
「そうだな、パートナーとしては合格だ」
さらさらの髪を軽く撫でてやる。
「有難う。私もプロデューサーと一緒に過せて幸せ」
目を閉じて少女は満ち足りた表情を見せた。
何枚か撮影をして居る途中、ふいに少女は小鳥の様にその華奢な身体を小刻みに震わせ呟いた。
「寒いわ」
「おかしいな、空調なら最強なんだが…」
「ばっ、馬鹿っ!こんな格好で寒くないわけないじゃないっ!鈍感っ!」
一転して少女は声を荒げる。
「写真はいいから、もっと話を聞いて、私の傍に来て、優しくして、私を抱きしめてよっ!」
激高した少女の瞳は潤み、頬はすっかり紅潮している。
「そうか。此れから何を囁けばいいのかな?愛しい御姫様?」
「判ってる癖に…この変態…あたしだけの下僕…♪」
俺の肩に手を伸ばし抱き付き、満足そうに伊織は柔らかいマシュマロの唇を寄せる。


最終更新:2008年05月30日 08:05