引き続き、41氏による小説
夜の闇に包まれた、街の一角。
銃痕だけが残された無人の家屋と焼け焦げた自動車の残骸が並び、罅割れた道路には絵の具を撒き散らしたように赤い血がこびりついている。
ノイズのテロ行為による傷跡が色濃く残り、細菌兵器がばら撒かれ封鎖されたこの区画に、訪れる者は少ない。
電灯が消えた街は暗く、僅かな星明りだけが頼りだった。
その闇の中で、一人の少年がうずくまり、震えている。
少年が隠れた家屋はやはり無人であり、彼はそこの一室に置かれた机の下に潜んでいた。
「…………」
少年は、手で華奢な体をかき抱いて震えていた。
目と口をギュッと閉じて、冷や汗を流している。
ボロ布のような服ではあったが、その震えが夜の寒さのみからきたものでないのは、確かだった。
「あにき……あにきい」
たどたどしい日本語で、少年は何者かに助けを呼ぶ。
日焼けした肌や日本人離れした顔立ちから、少年が日本人ではないことが分かる。
そんな少年の耳に、足音が聞こえた。
少年は一瞬、ビクリと大きく震え、耳をそばだてる。
足音は、金属の擦れる音を混じらせて、ゆっくりと少年が隠れた家屋へ近付いていく。
少年は、必死に周囲を見回す。
だが、武器になるような物はなく、助けを呼ぶための道具もない。
今更、逃げ出しても、少年を追う者は決して逃がしてはくれないだろう。
そのことは、追跡者から逃げている少年が一番よく知っていることだ。
そうしている間にも、足音は少年に近付いてくる。
扉が軋む不気味な音と、廊下を歩く追跡者の足音が聞こえ。
一つ一つのドアを開けて、中の部屋を物色する。
一つ目のドアが開かれた。
ダブルベットが置かれ夫婦の寝室。
割れた写真立てには、微笑む若いカップルの姿があった。
少年の姿は、見えない。
二つ目の部屋。
砕け散ったガラスが散乱した居間だ。
画面が壊れたテレビが置かれ、引き裂かれたカーテンが寂しげに揺れている。
やはり、少年の姿はない。
三つ目の扉が、開かれる。
埃の積もった家具と玩具が置かれた子供部屋。
兄弟が使っていたらしい、ダブルベットが見える。
そしてノートと教科書、こっそり開かれた漫画が放り出されたままの学習机。
その机の椅子を収納するスペースから、少年の足が僅かに覗いている。
追跡者は、獲物を捉えた。
少年にも、それが分かった。
「…………あにきい!」
忍び寄る恐怖に耐え切れず、少年が叫んだ、その時。
すさまじい音が少年の耳に響いた。
銃声、踏み抜かれた床の上げる悲鳴、人間離れした絶叫、物の壊れる音。
少年は持ち主の安全を祈願する日本のお守りを握り締めて、恐怖が過ぎ去るのを待ち続けた。
目を見開き、だらだらと汗を流して硬直していた少年が、ようやく机から顔を出す。
「……あ?」
驚愕した少年には、そんな短い言葉を出すのがやっとだった。
硝煙が漂っている廊下には、惨状が広がっている。
床は砕け、無数の銃痕が壁に刻まれ、驚くべきことに壁には大穴が開いていた。
とても、生身の人間がやってのけることではない。
「に……にげなきゃ」
ようやく我に返った少年は、お守りを握り締め、廃屋から飛び出す。
「あにきの……あにきのいるところへ!」
辺りをきょろきょろ見回しながら、おっかなびっくりと夜の廃墟を走る少年。
そんな少年から離れた、家屋の上に。
少年の背へと、銃口を向ける者がいた。
襤褸を纏ったその異様は、間違いなく強を救ったグロウのものだ。
グロウは戦闘員の携行している物とそっくりの銃を構え、引き金を、引き絞る。
「…………」
だが、何を思ったのか、グロウは銃を下げた。
少年の姿は闇の中に溶け込んで、見えなくなる。
グロウは、小さく頭を振るい、少年の消えた闇を見つめる。
髑髏の下の表情は、見えない。
「……お前との、約束どおり」
グロウは、ノイズの混じった掠れ声で――
「……俺が」
――その言葉を。
「…………殺してやる」
確かに、呟いた。
自分自身に、言い聞かせるように。
夜明けの時間は、まだ遠い。
仮面ライダーGLOW 第二話「鳥と蛇の兄弟」