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穏やかな春の外洋。洋上を小型のタンカーが進む。積荷は材木。船尾の甲板に、逞しい若者が佇んでいた。さっきからずっと空を見つめている。青い空を。「!」猛禽類を思わせる姿の、金属質のボディを持つ巨大な“鳥”に似た物がこちらに向かって来る。嘴を開き、きぃ、と鳴いた。男の脳裏に、奇怪な動植物の怪人が、怪人に村ごと襲われる東南アジア風の人々が、「やめろ!」と叫ぶ自分の声がフラッシュバックする。我に返り、再び空を見上げると、そこには何も飛んではいなかった。「幻か…そうさ。ここまで飛んで来られる筈がない」アジア系の船員が男に近づき、コーヒーを渡しながら声をかける。「ヤマト、もうすぐ着くぞ。」(←英語)「ありがとう。」「毎日空を見ているが、何かあるのか?」(英語)男は、明神大和は、空を仰いだ。「…あぁ、OWLさ。」「ははは、気は確かか?フクロウは海にはいない。」その時、船首から声がした。「おい、ヤマト!空ばかり見てないでこっちに来いよ。お前の故郷が見えるぞ」大和はその声を聞き、船首に向けて駆け出した。遠くに陸地が霞んでいる。「帰ってきたぞ!…もうすぐ日本だ!」笑顔になる明神。その姿を見て船員が囁きあった。「全く変な奴だ…ずっと空ばかり見てやがった」
―その頃。日本。薄暗いビルの一室。十人程の男女が、同じ白い服を着て黒い箱を取り囲んでいた。部屋には祭壇があり、箱をを天に掲げた女性の彫刻が祭られている。一人、服の上から銀のネックレスをした30歳程の男がいる。スポーツ刈りで鼻の下にヒゲを生やしている。他の、やはり若い男女に向かって言った。「もうすぐだ。この汚れた国にもオウルが降臨する。オウルを迎える為、アポストルが必要だ。勇気ある神の使徒となる者はいないか?」長髪の男が一歩前に出た。「私にその役目を」「ならば祈れ。キューブの祝福を受けるのだ」「はい」男はひざまずき、黒い箱…キューブに手を乗せた。男が手を乗せたキューブの上面が消失する。内部から光と煙が。男は光と煙に包まれる。愉悦の表情。長髪の男は叫んだ。 「素晴らしい…変わる。変わる。変わる」男の顔がぐねぐねと変型していった。頭から左右に角が突き出す。内側から光を放ちながら、水牛と人間が混ざり合ったような怪人へと変貌していった。ネックレスの男が目を細める。「素晴らしい…新たな使徒の誕生だ。我らNOIZの新たなる使徒の…歌え!アポストルの誕生を祝福するのだ!」両手を開き、己の力を誇示する水牛の怪人。それを囲む信者が、讃美歌に似てはいるが…どこか歪んだ曲調の歌を合唱し始めた。-------------------------------------------
〔モノローグ〕なあ、あんた。仮面ライダーってのを知ってるか?俺がガキの時に流行ってた都市伝説でな。正義の為に戦う、大自然の戦士……それが、仮面ライダーだ。俺が相談事務所なんていう旨味のない仕事をやってんのも、そいつに憧れてたからなんだ。……馬鹿みたいだって?そうだよな、まともな大人ならこんな、なんでも屋紛いの仕事なんてやってらんねぇよな。でもよ、ただ夢を否定したり、絵空事を信じなくなるだけが大人になるわけじゃないって、俺はそう思うんだ。それによ、俺は見つけたんだ。――本物の、仮面ライダーを。
-------------------------------------------雑居ビルの一室。ドアに架けられた「甲賀相談所」の看板。事務所の一角が応接スペースになっている。向かいあう女性と若い男。女性は眼鏡をかけている。若いが化粧っ気はあまりない。男はこの相談所の客のようだ。女性に質問をする。「で?探偵事務所とは違うんですか?」野暮ったい、ゆったりとした口調で答える女性、申川悦子。「ええ。最初は、そうだったようです。しかしですね、競争が厳しいんです。この業界。うちの所長が、甲賀大と申しますが、方針でですね、合法、非合法スレスレのですね、まあ色々と、あれこれと、手を出すうちにですね、今みたいな、相談所という…形になってしまいまして。中途半端ですよねえ。」 溜息をつく悦子。若い男は「はあ…」とうなずくしかなかった。
その時、事務所の奥から、ノーネクタイに、くたびれたスーツの男が出てきた。頭はぼさぼさ。どう見てもいかがわしく、頼りなさげな男。所長の甲賀大である。悦子が振り向く。 「お起きになりましたか?お客様です」「ん?ん~。オレ、出かけるから」「あら?お食事ですか?では先に、お客様のお話を聞いていただけますか?」「いや。大事な友達が帰って来たんだ。迎えに行く。えっちゃんが話だけ聞いといてよ。」「お早くお帰りください」出ていく甲賀。悦子が振り向くと、客はもじもじしながら言った。「あの…いいです。僕帰ります」立ち上がる男を引き留めようとする。「ま、ま、今、お茶入れますから…」-------------------------------------------
電柱に寄りかかり、ぼんやりと空を見上げている甲賀。くたびれたロングコートと深い皺を眉間に刻んだ顔立ちからか、TVドラマに登場する風刺化された探偵のように見えた。もっとも、男が暇つぶしにと口に含んでいるのは煙草ではない。禁煙用のガムだ。煙草を燻らせる渋い探偵の姿を夢想していた幼少期と、助手の喫煙禁止令に従ってガムを噛む今の自分。ずいぶんとまあ、差がついちっまたなぁ……と男が陰鬱な気分に沈んでいる時――「待たせたな……甲賀」更に物憂げな、しかし懐かしい声が聞こえた。「おお…大和、久しぶりだな、おい。随分変わったなあ」半年ぶりの再開。「そうか?そうかもな。」目線を下に落とし、シニカルな笑みを浮かべる大和。再び記憶がフラッシュバックする。襲わる村人。猛り狂う怪人。そして、怪人の首を、一瞬で斬り飛ばしてのけた、青い仮面の… 「な、大和ちゃん、久しぶりなんだ。ゆっくり飯でも食いながら話を聞こうじゃないか…」「あ、ああ。」「で、すげえネタってやつもな…」-------------------------------------------
土手原。草の上に直に腰掛ける大和と甲賀。コンビニ袋に大量のおにぎり。包装を外し、海苔を巻きながらぼやく甲賀。「豪華なランチだなあ…」「済まんな。ずっと食いたいと思ってたんだ。生きて帰れたらな」「まあ…今日び、ゲリラに誘拐されても自己責任で済まされちまうご時世だ。良く帰って来たぜ。なあ…もう無茶は止めてだな、俺と一緒に…」「ゲリラか。ゲリラは人間だからな」「どういうこった?」「いや、うん……安心した」河原を散歩する主婦らを眺める大和。「安心……? そりゃ、なんでまた」「変わってないからさ。この国も、まったく変わっていない。平和なままだ……」「…………」 心から安堵するかのように、微笑み、晴れた空を見上げる。 それは戦場の現実に毒された日本人が、安穏とした故国を皮肉っているようには見えなかった。まるで、そう、まるで長い間、遠い異国に囚われていた者が、何一つ変わっていない故郷を見て、感慨に浸るような――そんな風に、甲賀には見えたのだ。「なあ大和、お前」「これを見てくれ」差し出される何枚かの写真。「へ? なんだこりゃ?」等身大のモンスター“怪人”の写真だった。それに襲われるアジアの現地人。怪人と戦う刀を持った仮面の人物…「なんだこりゃ?ハリウッドの新作か?お前のネタってこれかよ?」-------------------------------------------
大和は、なおも行き交う人々を眺めながら言った。「映画じゃない」「じゃ、ドラマか?」「実際に、あったことなんだよ…」「おいおい…」そんな二人のやりとりを遠くから監視する男女の姿があった。男が携帯電話をかける。同時刻。高層ビルのワンフロア。電子機器やモニター、コンピューターが置かれた広い一室。数人の男女が機器をいじっている。大音量で流れるアップテンポの音楽。部屋の中央で、レオタードを着た男が音楽に乗って、ダンスともエアロビクスともとれる動きをしている。 「ほっ!ほっ!ほっ!」それを呆れた表情で見つめる女性。20代後半程か。白人とのハーフの様な、はっきりした顔立ちだ。机の上の電話が鳴る。機器を操作する手を止めて、スーツの男が受話器を取った。僅かな受け答えの後に、受話器をレオタードの男に渡した。「うむ。俺だ。真名だ。聞こえんな…おい!ミュージックストップ!」音楽が止む。電話を続ける真名命。「ふむ。上出来だ。そのまま明神大和の監視を続けたまえ。その、接触した男の身元も洗え。必要なら、こちらのデータバンクへのアクセスを許可する」受話器を置き、笑いだす真名。「ふっふっふっ。やっと、エグゼキュト日本支部も熱くなってきた。OWLに明神大和、か。なあ、マリア、君の出番も、もう少しだ」嬉し気な様子の真名に、壁際の女性、マリアが感情を押さえた口調で言った。「嬉しそうね?OWLが現れたら、この国も地獄になるよ。それでもお前は嬉しいか?」「ふふ…嬉しくは無い。嬉しくは無いが、胸が高鳴るよ。男なら、自分がどこまで鍛えられたか、他人よりどれだけ力があるのか試したくなるものさ。マリア」
口をぽっかりと開けて、同じく血に染まった母を見下ろしている。伏せられた顔から、どす黒い血と肉を地面に零した母を。ほんの僅かな前まで、母であったはずのモノを。 一拍ほど遅れて、すさまじい悲鳴が上がった。 一つや二つではなく、次々と悲鳴が重なり合い絶叫へと変じていく。 あまりにも非現実的な光景に、誰一人としてまともな対処を行えなかった。「くっ! 甲賀!! 建物の陰に隠れろ!!」「大和!? お前なにを……!」 一方的に言い放った大和は、信じられないほどの素早さで向かっていった。 屍骸を揺さぶりながら「おかあさん?」と呼びかける童女と、無慈悲にも銃口をむける怪物へ。大和は「こっちだ!!」と敢えて怪物に呼びかけ、注意を自分へ移させる。いつの間にか拾っていた空き缶を投げ飛ばし、銃身に当てた。照準のずれたショットガンは見当違いの方向へ散弾を吐き出し、その隙を突いた大和が怪物に体ごとぶち当たった。だが怪物は微動だにせず、がら空きの背中へ銃床を振り下ろす。「がっ!」 苦しげな声を漏らして崩れ落ちた大和に、怪物は機械的な動作で狙いを定めようとする。「大和ぉ!!」 絶対に間に合わない、そう知りながら、それでも大は駆け出した。 せめて、先ほどのように怪物の注意が自分へ向いてくれればと願う。 獲物を捉えた怪物が、躊躇無く引き金を――「アップ ヨアーズ!(クソ食らえ!)」 ――引き絞る瞬間に、新たな銃声が怪物の顔面を吹き飛ばした。獰猛な排気音と共に、絶体絶命の危機を引き裂いてKLX250をベースにしたオフロードバイクが飛び込んだ。車上に、ライダーの姿は無い。「んな馬鹿な?!」-------------------------------------------
もはや悲鳴に近い大の叫びを無視するかのように、起き上がった怪物に巨大な砲弾と化したバイクが激突した。 為す術もなく時速200kmの鉄塊をぶち込まれた怪物に、数発の弾丸が放たれる。 そして、バイクの車体に直撃し、引火したガソリンが――爆発した。「ジャックポット!(大当たり!)」 ボンッという想像していたよりも迫力の無い、それでいて遥かに内蔵に響く爆音に腰を抜かした大の耳に、雑な発音のスラングが聞こえた。「騎兵隊のご到着――って、かっこつけれるような雰囲気じゃねえなあ」「あ、あんた。つか、その格好?」「おう? 解ってくれるか一般ピープル? 最高にイカしたスーツだろ?」 言葉もなかった。 スーツはスーツでも、男が着用しているのは俗にパワードスーツと呼称されているれっきとした兵器なのだ。 SF映画に登場するような、装甲とフルフェイスのヘルメット。 生身の部分が覗いているのはバイザーぐらいだ。「お、やっと追いついたか」「追いつくって――おぅわああっ?!」 謎のパワードスーツ男に続いて、重厚な走行音と共に自動車が現れた。兵士輸送用の歩兵戦闘車である。石のように固まっている大を尻目に、男と同じくパワードスーツに身を固めた兵士たちが迅速に展開していく。「衛生兵! そこのヒーローさんが抱えてるお嬢ちゃんを保護しろ! 遺体は丁重に扱えよ! 俺のすぐ隣で腰抜かしてるオッサンは確保しとけ!! アルファ・チームは住民の誘導を! ブラボー・チームとチャーリー・チームは周囲警戒! 調整に手間取ってるCLOWとデルタ・チームの到着を待つぞ!」 軽薄な科白とは裏腹に、男の指示は素早く冷静であった。もっとも、彼らの至上命令を知っていれば、大はさらに驚愕させられただろう。-------------------------------------------
彼らの本来、成すべきことは『一般市民の護衛』ではなく『あるモノの回収』であったのだから。「あんた……何者だ?」「演技するこたねえさ。あの地獄の生き証人、明神大和」「やはり、知っていたのか……」 爆発の衝撃で失神した童女を抱えた大和は、観念したかのような表情で男の言葉を受け入れた。「お、おい。あの地獄とか、なんなんだよ? だいたいあんたらはなんなんだ? なんで日本にそんなもん持ち込めるんだよ?」「……オッサン、下がりな」「な!? さっきの……!」 道路の、あるいは建物の上の光景が揺らぎ、爆死した怪物と酷似した異形の兵隊が出現する。 まるで世界を醜く歪ませ、蝕むように。 だが、彼らは先ほどのように攻撃を仕掛けてはこなかった。「はんっ、『ごみ掃除』は人間にってか……反吐が出るね」「あの時と同じだ……『戦闘員』は人間を生き物ではなく、ただの障害として数えている……!」 苦々しげな二人の言葉の意味を、大は完全には理解できない。 それでも、激しい嫌悪感を共有していた。 『戦闘員』と呼ばれた生物は、あまりにも非現実的すぎた。 ありふれた光景に佇んでいる分、その異質さが際立っている。 とても同じ自然から生まれた生物とは思えなかった。「隊長、センサーに感あり……OWLです!」「民間人の誘導、及び作戦ポイントへの展開、完了しました」 隊員たちの報告を受け、隊長と呼ばれた男も配置に着く。 だが、まるで人間たちの存在など最初から眼中に無いかのように、戦闘員は一様に空を見上げている。「OWL……! 来るのか!!」-------------------------------------------
「オウル?」「チョーキィ(真っ白)……英知を孕んだ真っ白な鳥!」「スペシャルゲストのご到着ってわけだ……」 男の軽口にも、先程のような余裕は失われていた。 大は、なんとなく……いや、本能的に空を見つめた。 この場にいる誰もが、決して交わることのない人間と怪物たちが、この瞬間だけは同じ空を見つめていた。 そして――智恵の巨鳥は降臨する。 雲を引き裂き、青空を虹色に染め上げ、世界を形作る空間すら歪ませて。 異形の崇拝者たちの謳う冒涜的な賛美歌に、無力な人間たちの原始的な畏怖の念に迎えられ。――神さまはいつだって ぼくたちの頭から生まれてくる 美しくもおぞましいOWLの囁きに紛れた、その言葉が届いたのは、憎悪と恐怖に駆られる男……明神大和だけだった。
人の気配が消えた町並みの中を、瞬く翼を生やした影が横断していく。 けたたましい音をばら撒きながら地上に影を映したヘリは、脇腹にハブステアリング機構のバイクを抱えながら、空に浮かぶ巨鳥へ向かってゆく。 ヘリの側面には、Executeという文字が描かれていた。 開け放たれたドアからボディスーツを着込んだ女性が、半身を粘つくような気流に晒している。 腰のベルトには古めかしい日本刀が提げられ、左腕には四本の爪を鎖でぶら下げた滑らかに輝く腕輪が嵌められていた。 仮面ライダーCLOW――マリアだ。「真っ白な、フクロウ……」 形の良い艶やかな唇から、言葉が漏れる。 それは仇敵を憎むようにも、古い友人を懐かしむようにも聞こえる言葉だった。 そのことに気づくものはいない。 彼女自身と、彼女を形作る『何か』を除いて。「CLOW。OWLが出現した。この空域にはこれ以上、接近できない」「……見れば分かる。予定どうり、この場から展開する」 ヘリに同乗したCLOW専用バイクEX-A12の整備士が彼女へ目を向けると、そこには怪しげに艶光る紫紺の戦士の姿が在った。 日本刀は漆塗りされた鞘が変質している以外に変化は無いが、腕輪の方は大きく変形している。 巻きつく蛇のように篭手となって彼女の腕を覆い、爪はより鋭く尖り、手に干渉しない位置から生え出していた。「……相変わらず、味気ないな」「何のこと?」いや、独り言だ、と整備士は肩を竦め、調整用のパソコンの電源を落とす。 まるでそれを待っていたかのように、コード類がEX-A12の油臭い内臓から吐き出され、整備ハッチが閉じてゆく。-------------------------------------------
思わず眉を顰める整備士を尻目に、CLOWはEX-A12に跨った。 シートが最適な形状へ歪んでいくのを感じながら、ハンドルを手の平で撫でる。すると、眠りから醒めたかのようにガスタービンの心臓が生き生きと鼓動し始め、甲高い嘶きが喧しいヘリを牽制する。液晶パネルの計器類が浮かび上がり、鋭い双眸が爛々と輝き、倒すべきを敵を睥睨する。機体を戒めていた拘束は次々と解かれ、彼は喜びに全身を震わせた。「空中の磁気干渉が濃くなってきた。我々はここで帰投する」「別に。最初から期待していない」 彼女の冷淡なセリフ回しには慣れているのか、整備士は親指を突き出し、厳めしい顔には似合わない笑顔を作った。「グッドラック、マスクドライダー」 短い祝詞を受けて、異形の戦士と機械仕掛けの騎馬はその身を宙に舞い躍らせる。 この国の男は、幼稚なおとぎ話を信仰しているのだろうかと、取り留めの無いことを考えながら、彼女は前方から接近する敵の気配を感じていた。 点火された降下用ブースターの振動と襲い来る風の中、CLOWは淡々とした調子で愛馬の名を呼ぶ。「いくぞ、『ブラウニー』」 主へ応えるように、ブラウニーは咆哮する。 まるで、生きているかのように。 OWLの降臨により、周辺の光景は大きく変容していた。 OWLを取り巻くかのように雲が裂け、広大な壁のようになって渦巻いている。 円形に縁取られた空は太陽の、赤から紫の光が混ざり合うことで白く変色していた。 絶え間なく空を飛び交う螺旋状の雷が複雑に重なり合い、魔術に用いられる七芳星を想起させる。 鳥の腹を覆っていた幾重もの翼が開かれ、肉と数万枚もの翼で飾られた骸骨が自らの胎を引き裂き、血の通わない子宮から、明滅する血管を這わせた漆黒の箱を産み落とした。「キューブ、投下確認」「DワンよりAワンへ、CLOW降下、こちらは帰投するとのことです」-------------------------------------------
「おい、こいつらの移送はどうした?」 賛歌する声が一つ、また一つと甲高い威嚇の咆哮に変じてゆくことに冷や汗を流しながら、男は部下へ詰問する。 隊長用のスーツと違い視界を頭部CCDカメラで確保し、バイザーを装甲化しているため、顔はまったく見えない。「ええ……ですが、上層部からの指令が――」「黙りな」 一方的に言い捨てた男は、マグナムを構え――躊躇無く部下の脳髄を吹き飛ばした。「な?! おま」「よく見ろ、戦闘員の擬態だ」 死体となったはずの部下は、かろうじて残った顔の半分を、発達した奇形の顎で突き破り始めていた。「俺の隊は上司のことをザ・ファームって呼んでんだよ。覚えとけ」戦闘員の衣服と装甲が引き裂かれ金属質の体が露出し、男に襲いかかろうとした瞬間、四方からの射撃で八つ裂きにされる。「くそ、ぬかったな。顔がよく見えねえってのも考えもんだ」「もう勘弁してくれ……」 衝撃的な光景の連続に耐え切れず、大が死骸から目を逸らした時、奇妙なものが見えた。 あの騒ぎの中でも、大和はただひたすらOWLを見上げ続けていた。「おい……大和?」 大の呼びかけにも応えず、大和はOWLを、魅入られたかのように凝視している。 あの場所で見せつけられた忌まわしい光景が、絶叫が、奇怪な哄笑が大和の中で再現される。胎児の如く産み落とされる漆黒の箱。 世界を歪める異形の怪人たち。 塵のように『駆除』されていく人々。 屍で埋め尽くされた大地。 異臭を放つ赤黒く生暖かい川。 人間ではない何かの嗤いを含んだ耳障りな賛美歌。-------------------------------------------
その場にいた者が呆気にとられた隙を狙っていたかのように、大和が駆け出す。 咄嗟に銃を向ける者もいたが、再び地面に突き立ったモノによって阻まれる。 それは残骸ではなく、紫の矢によって針鼠のようにされたコンテナであった。「まずい! 覚醒する前に破壊しろ!!」「退け!」 すさまじい勢いで降下するCLOWは男の指示を一蹴し、ブラウニーの前輪をコンテナに叩きつけた。 吹き飛ばされたコンテナが残骸をばら撒きながら店内に飛び込み、その中から黒い影が現れる。 ブラウニーの衝突で哀れなガードレールを歪ませながら、CLOWはその影に矢を放つ。 音速に達する金属の矢を頭部に受けながら、影はそれに構わずCLOWに突進した。 ブラウニーを巧みに操り敵の猛撃を避けながら、CLOWは仮面の下で眉をひそめる。「こいつ、獣化している?」 ガードレールを濡れ髪のように突き破り、進行上にあった建築物まで貫いた影が、ゆらりと振り返り、純白の仮面越しに白濁した眼でCLOWを捉える。 簡潔な言葉で描写するならば、それは牛と人間を混合した怪物だった。 異常なほどに筋肉が発達した濃褐色の上半身を、膝の辺りから先細りになってゆく細い足で支えている。 ベルトのバックルには、CLOWと酷似した複眼の意匠が施されていた。 アスファルトを金属質の蹄で踏み割り、左腕を覆う赤い翼をはためかせ、同じく、首筋から生えた螺旋状の翼が形作る角を輝かせ、真っ直ぐにCLOWへ向ける。 蒸気のように息を噴出し、眼球をぎょろぎょろと動かし涎を垂れ流しながら痙攣する様は、彼の正気がとうに失われていることを如実に表していた。「アポステルを爆弾代わりに……? あの男、脳みそまで狂人らしくなったのか?」 牛の使徒――ブークアポステルの背後に見え隠れするモノを嘲りながら、翼に変形した髪から羽のように連なった矢を半自動的に番え、篭手と四つの爪であったクロスボウを片手で構える。「だが、都合はいい」 仮面と翼が轟き、ブークアポステルの体を苗床として侵略してゆく。-------------------------------------------
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