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薄暗い部屋の中。 一人の男が、古ぼけたソファーに座ってテレビを凝視している。 映されているのはありふれたニュース番組。 聞こえてくるのは、若いニュースキャスターの声と遠い異国の情勢だった。「現在、入国が禁止されているジュワンでは宗教団体ノイズを自称するテロ集団と治安維持のために派遣された多国籍軍との戦闘が激化の一途を辿っているとのことです。なお、現地で行方不明となっているジャーナリストの明神 大和さんの消息は依然として判明していません。一年前に発生したテロ集団による現地住民の大量虐殺に巻き込まれたという可能性もあり、安否が気遣われています。また――」 そこで、音と映像が途切れた。 男が振り向くと、若い女性がリモコンをテーブルに置いている。 申川悦子。 相談所を営む男の助手だ。「陣内先生、目が悪くなりますよ。それに――」 部屋の電灯を付け、可愛らしい花の入った花瓶を手に取りながら、男を軽く睨む。「――相談所が休業の間、花の世話は自分がするって約束、しまたよね?」 花瓶の水を取り替えてやりながら、淡々とした調子で男を責める。 彼女と付き合いの長い、男……陣内 強には、冷淡な表情の下に隠された憤りが察せられた。「いや、面目ない。ちょっと仕事の方が手詰まりでさ。つい、ね」「万年、借金取りに追われている陣内先生が、私の仲介もなしに手詰まりするほど大変な仕事、ですか」「あー、それはね。俺の個人的な親交というかコネというか……」「この前の情報屋さんのガセネタに、いくら支払いましたっけ」「ええと、それは、えーと……」 途端に怪しくなる強の様子に、悦子はため息をつく。「そんなに大切なんですか、大和って人のこと」 的確な悦子の物言いに、強が押し黙る。 その通りだった。 相談所を休業にしているのも、そこら中を駆けずり回り、嫌味な連中に頭を下げて情報をかき集め、一時期はジュワンへ密入国しようとしたのも、全ては行方不明となった友人、大和のためだ。 「まあ、ね。あいつは俺のためにいろいろ無茶なこともやってくれたし、ガキのころからの付き合いだからな。腐れ縁ってやつさ」「それで、この有様ですか」 花瓶を置きながら、悦子は部屋を見回す。 台所には水浸しの食器が放置され、屑箱には空になったインスタント食品ばかりが捨てられている。走り書きが記された大量のメモが散乱し、机の上の灰皿には溢れ出さんばかりの吸殻が詰め込まれていた。 それらが、ここしばらくの間、寝食を削って大和を探し続けた強の内面を雄弁に語っている。「片付ける余裕がなくってさ。本当は、一秒も無駄にしたくないんだけどね……」「これじゃ、明神さんを見つける前に陣内先生の方が倒れますよ」「わかってるさ。でも、ね」 思いつめ、表情を曇らせる強の様子に、悦子は諦めたように頭を振った。 強に綺麗なお辞儀をして、手荷物を取り部屋を出て行く。 年下のお嬢さんに説教される自分の情けなさに嘆息する強。「あの」 強が振り向くと、出口から悦子が顔を出してこちらを伺っている。「無理しないでくださいね、叔父さん」 一瞬、呆気に取られた強だったが、悦子を安心させるように笑顔を作った。「大丈夫。いろいろ迷惑掛けてごめんな、えっちゃん。君は俺にはもったないぐらい、優秀な助手さ」 小さく頭を下げ、帰宅した悦子を見送った強は、部屋を見回して苦笑する。「久しぶりに、掃除するかな」 いつの間にかに、灰皿の吸殻は片付けられ、テーブルには布に包まれた手製の弁当が置かれていた。 申川 悦子の両親は、数ヶ月前に原因不明の事故で死亡している。
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大都会のビル郡に紛れ、その塔は天に向かって屹立していた。世界的に有名な企業、『ホーミングカンパニー』本社ビル。 祈りと生贄を捧げる祭壇のようにも見えるそのビルの、最上階。 そこがカンパニーの社長室である。その椅子に宗教団体ノイズの教皇が、アルカイックスマイルを浮かべて鎮座していることを、知る者は少ない。「鳥が、目覚めようとしている」 スーツ姿の教皇は、謡うように不可解な言葉を呟く。 背後の窓から臨む青空に、鳥の姿は見えない。「オウル、かい?」 背広を着た青年が、教皇に問う。 日本語の発音は完璧であったが、背や手足は長く、顔立ちもどこか日本人離れしている。「ああ、我らが偶像、そして知恵の鳥は、新たな息子を得た。誕生を賛美する祝福の歌が、私にも届いている……」 教皇の芝居がかった台詞回しにうんざりするように、青年は苦笑して肩を竦めた。「そうかい、彼が来るのか。で、どうするんだい? 君を裏切った娘のお友達も、そろそろ動き出すころだろう」「それだからこそ、使途を送ったのだよ。なに、直ぐに見つけてくれるだろう」「機械仕掛けの神を気取るか? 足元を掬われるよ」「いいや。私はただの傀儡。神の望むままに踊る人形でしかない」 微笑んだまま、悲観的な言葉を並べる教皇を、青年は嘲笑し、部屋を出ようとする。 その背中へ、教皇は言葉を送った。「君も、何れ知るだろう。その魂の座に刻まれた、二つの十字の意味を、ね……」 男が言葉を終えると共に、銃弾が背後の窓ガラスを打ち砕いた。 日陰に立つ青年の姿は、教皇からは見えず、また青年からも後光に照らされ、陰になった男の表情は見えない。 金属が擦れる音を伴い、青年が扉を開く。「俺の飛ぶ空は、俺が決める」 青年の声には、僅かなノイズが混じっていた。 一人残された教皇は、手元の電話を取る。「ああ、すまないね。私だ。部屋の窓ガラスに鳥がぶつかってね。割れてしまったようだ。修理を頼んでおいてくれたまえ。・・・・・・ん? ああ、心配することはないよ。どうも、私は鳥たちに嫌われているらしい。私はこんなにも、愛しているのに、ねぇ」 教皇の視線の先には、一つの写真立てがあった。 微笑む家族。 その隣で笑う男。 その顔は、教皇に良く似ている。
しっかりと電灯のつけられた部屋で、強はテレビを凝視していた。 今、テレビに映されているのはニュースではなく、ビデオの映像だ。 それは、明神 大和から送られた物だった。 ノイズのかかった画面には、茜色に染まった荒野が最初に写った。 そこにゆらゆらと揺れて、並び立つ人影が見える。 人影の体は異様に細く、尖っていた。 頭からは細く長い触角のような物が生え出し、顔面の半分を占める大きな目は夜の肉食動物のようにギラギラと輝いている。 手には多種多様な武器を持ち、その全てが、あるものは血に染まり、またあるものは硝煙を吹いていた。 人影は、たくさんの赤い塊を一箇所に集めている。 塊には手や足が生えて、それがかつて何であったかを無言のまま訴えていた。 ようやく、人影がカメラに、そしてそれを構えている者に気付く。 塊を捨て置き、ゆっくりとこちらに近付いてくる。 突如、カメラの映像が激しく揺れた。 撮影者が体勢を崩したらしい。 一瞬、見えたその顔は、紛れもない大和のものだった。 再びカメラが人影に向けられる。 その時には、人影は目前にまで迫っていた。「…………っ!!」 根は臆病な強が、悲鳴を上げなかったのはちょっとした奇跡だった。 画面を覆いつくすように写ったその姿は、やはり人間のものではない。 体は金属の塊が寄せ集められているようだった。 首から上は生身だったが、それも常軌を逸した姿だ。 その顔は蝗によく似ており、頭頂部から一対の触覚が生えている。 目は落ち窪み、奥底から赤い光が漏れ出ているのだ。 金属の手が画面を覆いつくし、蝗モドキが虫の顎を左右に開き、その内側にある人間に似た歯を剥き出しにして、ノイズの混じった奇声を上げる。 そこで、ビデオの映像は暗転した。 ビデオが終わる数分の間に、強は大和のメッセージを聞いた。 強はビデオを封筒に入れ、関係者以外には教えていない金庫に隠す。 花瓶の中に悦子へのメモを入れ、慌しい足取りで部屋を出た。 点けっぱなしのテレビから耳障りな音が響き、ノイズだけが映っている。 ――みつけた。ノイズ音に混じってその無機質な声が聞こえ、そこでテレビの電源が落ちる。
「エサに かかったか」 山道沿いの林の中。 そこで、瞑想するように屹立していた男が、呟いた。 大柄な体をサーコートで覆い、顔は不気味な覆面で隠れている。 彼を取り囲んだせむしの男の一人が、こくりと頷く。 その男も簡素なローブと覆面で体を隠している。 彼らの服には奇妙な紋章が縫い付けられていた。 翼を広げた鋼の鳥と、そこに被せられた交差する双剣。 宗教団体ノイズの抱える騎士団、『ノイズメーカー』の証である。「ゆこう。あのオトコは かならずあらわれる。あのニンゲンの テアシでもチギりとればな」 無機質な口調で、サーコートの男が残虐なことを平然と言う。 彼らの目的は、陣内 強を捕獲すること。 とある男を、誘き出すために。 異様な雰囲気の集団が歩き出すと共に。 強烈な閃光と爆音が彼らを包んだ。「エクゼキュトか!」男の鋭い声を掻き消すように、四方から放たれた銃弾が男たちを容赦なく貫いていく。八つ裂きにされたせむしの男が、どうっと音を立てて地面に倒れた。 暴かれたその姿は、人間のものではない。 大和が送ったように擬装されたビデオの、蝗モドキそのままの姿だ。 強装弾のシャワーに曝されながら、サーコートの男が虎のような咆哮を上げ、木々の陰に潜んだ襲撃者たちに飛び掛った。 だが、新たに飛来した攻撃に叩き落される。 滑らかに輝く、紫の矢。 それが木々の間から音速を超えて襲い掛かってくる。 男は俊敏な動作でその攻撃を巧みにかわし、避けきれない物はその豪腕で叩き落した。 銃弾と矢によって引き裂かれた衣服から覗く体は、やはり人間と呼べる姿ではない。 両腕は鏡のように磨き上げられた鋼の翼で覆われ、分かれた羽が太い指を覆い爪のようになっている。 覆面の破れた部分から剥き出しになった口には、禍々しい牙が並んでいた。「グオオォ!!」 短く吼えた男は飛び上がり、木から木へと飛び移って包囲網から抜け出そうとする。 追い縋る矢と銃弾は男を捉えられず、空しく木々を撃ち砕いた。「クロウ! このままだとアルファチームに追いつかれるぞ!!」「解っている」 焦りを含んだ襲撃者の呼び掛けに、冷淡な声が応える。 意外なことに、その声は若い女のものだった。 枝の上から飛び降りた女は、下で待ち構えていたバイクに騎乗する。「行こう、ブラウニー」 ただの機械に過ぎないはずのバイク、ブラウニーに掛けられた言葉は、先ほどの襲撃者に対するものとは違っていた。 まるで、姉が弟に話しかけるような親しみが込められている。 その言葉に応えたのか、ブラウニーは獣が咆哮するようにエンジン音を響かせて、林の中を駆け抜けていく。
一方、戦場からいくらか離れた山道では、一台のワゴン車が移動していた。 外装は一般の車両に見えるよう擬装しているが、ライフル弾に耐えれる程度の装甲を施されている特殊車両である。 その座席に、三人の男と強が乗っていた。 男たちの着ている衣服は特別高価というわけでもない、極めて平凡なものだ。 顔立ちこそ精悍ではあるが、中肉中背でそこら辺にいる一般人にしか見えない。 だが、案外そういうものなのだろう、と強は自分を納得させた。 スパイ映画ではあるまいし、秘密組織の構成員が『私は謎の組織のスパイでございます!』と宣伝するような目立つ格好をしているわけがない。 拘束される前まで、歩いていた自分の背後の若いカップルや営業マンも、この連中の仲間だったのではないだろうか? そんな益体のない妄想に耽っていた強に、横の男が声を掛ける。「いやぁ~悪いねー。急を要する任務だったんで警察を手配する暇も無かったんだよ。余裕があったらもっと穏便に済ませたんだけどさあ」 馴れ馴れしい態度がさらに『らしさ』を削ぐ。 この連中は本当に噂の秘密組織から派遣されたのだろうか? 実は自分に身勝手な恨みを持つヤクザの回し者なのか? 堂々巡りする強の思考を遮るように、男は彼の肩をバンバンと叩く。見かけと違ってかなり鍛えているらしく、非常に痛い。「そう緊張しなさんな。俺たちエグゼキュトは立派な合法組織。悪いようにはしないって。あ、一応、民間には情報規制されてっから、知り合いに話したりしないでくれよ?」 「は、はぁ……」 極秘の合法組織という胡散臭い肩書きの連中を信頼しろという方がおかしい。 そう突っ込みたい強だったが、悲しいかな、彼にそんな度胸はない。「真名さん、任務中です。口を慎んでください。それに、その男は民間人でしょう。無闇に情報を与えるのは都合が悪いのでは?」 前の座席でハンドルを握っている男が口を挟んだ。 真名という名前は、仮のものでしかないのだろう。 そうだ! もっと言ってやれ!! と、強は心の中で彼を応援する「まーまー。どうせ公然の秘密みたいなもんだろう。各国の諜報機関やヤーさん、マフィアなんかにはさ」 そんな秘密をぺらぺら教えるな!と強は叫ぶ。 やはり心の中で。「しかし……」「運転に集中しなって、君は新人なんだからさ。まあ、いざとなったら頭ん中いじくって放り出すさね」 渋る運転手に、真名は笑いながらとんでもないことをのたまった。 だらだらと嫌な汗が流れ、ごくっと唾を飲み込む。 だが、強はこの男たちからどうしても聞き出さなければならないことがあった。「なあ、あんたら」「ん?」「エクゼキュト、なんだな?」「……よく、調べたじゃないか。三流探偵にしては上出来だ」「余計なお世話だ」 声を落とし、本来の顔を覗かせ始めた真名に怯えながらも、強はなけなしの勇気を振り絞って文句を言う。EXECUTE(エクゼキュト)。 暴虐の限りを尽くす宗教団体ノイズに対抗し、某国が設立した治安組織。 その名や目的を知る者は決して少なくはない。 だが、詳しい実態や内情は解っていなかった。 人知れず謎を暴いた者がいるのかもしれないが、エクゼキュトの規模を考えれば、その末路はあまり気持ちの良いものではないだろう。「今回、俺たちはあんたを保護して、ついでに、親交のあった明神 大和の情報を聞き出すためにやって来たってわけさ」「保護、ねえ」「まあ、アンタからすりゃ誘拐みてーなもんだろうが、実際、アンタはかなりヤバイ連中に狙われてるんだぜ?」「……あんたらのことか?」「言うねえ」「大和はどこにいる? 今、どうなってるんだ?」「知らん。俺たちもそれを知りたくてアンタを連れて来たんだ」「そんな馬鹿な! あんたらのような組織が、たった一人の一般人を探せないって言うのか!?」 珍しく、激昂し真名に叫ぶ強。 だが、真名は懐に仕込んだレイヴァンのサングラスを掛けて、強から視線を逸らす。「一般人……一般人ねえ」「な、なんだよ。なにかおかしいことでも言ったのか?」「いや、なんというかねぇ。彼は一般人、そもそも人間と言える状態なのか、と疑問に思ってね」「…………なんだって?」 動揺する強を、真名はサングラスを僅かに下げ、真っ直ぐに見据える。 胡散臭い笑顔など、すでに消えていた。「忠告、いや、警告させてもらうよ。事が済んだらアンタは二度と、彼に関わらない方が良い。それが、アンタのためだ。それに、アンタを慕っている人を哀しませたくはないだろう?」 「えっちゃんの、越子ちゃんのことか! おい、俺はともかくあの子に手を出すっていうなら……!」「どうするっていうんだ?」「それは……」「自惚れるな。アンタは普通の人間だろう。無理はするもんじゃあ、ない」「だが、それでも俺は、あいつを……」「人には、それぞれ為すべき事がある。俺の尊敬していた人が遺した言葉だ。アンタがすべきことは悪戯に時間を浪費して、大事な姪っ子に心配を掛けることか?」「…………」「違うだろう? ま、俺に言えた義理じゃあねえが、だったらアンタは――」「真名さん! アポステルです!!」 真名の言葉を遮って、運転手の悲鳴のような声が車内に響いた。「確かだな?」「ブラボーチームから連絡がありました! こちらに接近しているとのことです!!」「ち、連中の電波妨害で遅れたか。センサーに注意しろ。青木! いざとなったら俺とお前で時間を稼ぐぞ!」 真名は素早く振り返り、冷静な口調で部下たちに命令する。 だが、事情を知らない強の混乱は収まらなかった。「おい! 一体なにが起きてるんだ! アポステルってなんだよ!?」「すぐにわかる! アンタは身を伏せて自分のことだけ考えていればいい!! 命を張るのは俺たちの役割だ!」「い、命って――」「駄目です! 奴が速すぎて、このままでは追いつかれ……!!」 葉が擦れ合い、枝がしなる音が聞こえる。 強は、車の前に舞い降りたそれを見た。 恐ろしげな牙を剥き、哀れな獲物を狩り取る為に、発達した豪腕を振り上げた化け物の姿を。「車を止めろ! 的になる!!」 だが、前に座った二人は真名の命令に反応せず、それどころかさらに車の速度を上げた。 二人の男が、真名の方を振り向く。 その顔を見て、さすがの真名も目を見開き、強は危うく失神しそうになった。 彼らの表情は強張り、目にはテレビの砂嵐のようなものが映り、開かれた口からはノイズ音が漏れ出している。「アポステルの攻撃か……!」 眉を顰め、真名は車から飛び降りた。 硬直していた強を連れて。「え…………?」 すさまじい速さで流れていく山道が、目に映る。「ひいぃーーーー!!」 ようやく悲鳴を上げ、葉の積もったやわらかい地面に倒れこんだ。「ぶほうっ!」 みっともない声を漏らし、地面から顔を上げた瞬間、真名に頭を掴まれ再び土とキスする羽目になった。 その頭上を、爆音と爆風、さらに車の破片が過ぎ去っていく。 手に取った銃を構え、燃え上がる炎を睨んだ真名と、慌てて身を起こした強の前に、それはようやく真の姿を露にした。 鍛え上げられた逆三角形の体は虎柄の毛皮に覆われ、先端に、牙を生やした口を備える尻尾がゆらゆらと揺れている。 燃えていく覆面が張り付いた顔は、虎を模した鋼の仮面に覆われている。 仮面から覗く爛々と輝いた目が、二人を睨み据えた。「走れーーーー!!」 真名が叫び、銃を発砲した。 強は戸惑いながらも、林の中へ走っていく。「オマエは イラナイ」 一瞬のうちに間合いを詰めたアポステルが、拳を放つ。 まともに食らえば即死しかねないその一撃を、真名は木を盾にしてかわした。 だが、拳圧だけで背中が引き裂かれ、血が飛び散る。「ぐぅ……!」 歯を食いしばり、懐に仕込んでいた切り札を投げつけた。 スタングレネードだ。「ゴオオアァッ?!」 眼前で炸裂され、僅かな間だがアポステルの動きが止まる。 地面を転がった新名は出来るだけ距離をとり、再び木の後ろに隠れて予備のマガジンを装填する。「さすがに、洒落になんねーなぁ……」 脂汗を流し、激痛に震える体を抑えつける新名に、回復したアポステルが迫る。 怒りを込めた唸り声を上げ、腕から黒い波動を放ち、高々と振り上げた。 新名が死を覚悟した時、エンジン音が林に木霊する。 アポステルが音のするほうへ、注意を向けた次の瞬間。オフロードバイクが恐ろしい速度で飛び込んできた。「グオッ!?」 スタングレネードで感覚が鈍っていたアポステルは、その突撃をかわすことが出来なかった。 前輪に叩き飛ばされ、あっけなく地面に転がる。 バイクのライダーは卓越した操作技術で反動を受け流し、片足でバイクを支え、アポステルを注視する。 突如アポステルを攻撃したライダーは、奇妙なことに、アポステルと全く同じ意匠のサーコートを羽織っていた。 その顔は、やはり覆面に隠されて窺うことは出来ない。「なんなんだ、アンタは……?」 新名の誰何の声に答えず、ライダーは右腕を僅かに上げる。 すると、どういった仕掛けなのか、服の裾から白い刃が飛び出した。 起き上がったアポステルが飛び掛るが、ライダーはバイクを捨て攻撃をかわす。 バイクを叩き潰したアポステルは、逆上してライダーに突進した。 矢継ぎ早に放たれるパンチの嵐をライダーは右腕一本で全て受け流し、アポステルの腹を左の刃で切り裂く。「グルウウウゥッ!」 裂かれた腹を押さえ、呻くアポステルは、再び跳躍した。 身構えるライダー。 だがアポステルは眼前の敵を無視して、彼を飛び越え林の奥に消えていく。「奴を追え! 先に逃げた陣内を人質にするつもりだ!!」 ライダーは僅かに頷き、常人離れした脚力でアポステルを追う。 残された新名は、木を支えにしてずりずりと座り込んだ。「まったく……友達思いな連中だ」 そう言って、苦笑した。
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