写真事業縮小遅かったのでは?――富士写真フイルム社長古森重隆氏(そこが知りたい)
2006/02/12, , 日本経済新聞 朝刊
デジタル化、予想超え進む
富士写真フイルムが一月末、グループで五千人の削減を柱とした写真フィルム・カメラ事業の構造改革を打ち出した。国内の写真フィルム市場で約七割の圧倒的なシェアを握るが、デジタルカメラの急速な普及を受け事業縮小に追い込まれた格好だ。古森重隆社長に決断に至る経緯や今後の成長戦略を聞いた。
――リストラはいつ決めたのか。
「デジタル時代到来を踏まえ、二年くらい前から写真関連事業の抜本改革が必要だと考えてきた。中期経営計画をスタートした二〇〇四年度当初は、カラーフィルム市場の縮小は年率一割ほどと見て、写真関連製品を小売店に卸売りする特約店制度の廃止など流通改革を進めてきた」
「だがデジタル化の波は予想以上に早く、実際に市場縮小は約二割のペースで進行し、改革の時期をこれ以上遅らせることはできなかった。事業自体の縮小も避けて通れない道と判断した。(決断は)遅すぎた面もあったのかもしれない」
――先行してコニカミノルタホールディングスがカメラ・フィルム事業撤退を打ち出した。
「撤退するとまでは思っていなかった。当社は写真ビジネスを存続させるための計画であり、何か影響を受けたわけではない」
――中興の祖、大西実・元社長が進めた、写真フィルムで稼ぐ路線との決別か。
「大西さんの大路線からの転換と言える。ただ、アナログ写真文化を守る方針に揺るぎはない。事業縮小も市場規模に合わせた生産体制などの構築が狙い。写真フィルムはデジタルカメラの画像がかなわない表現力や芸術性を備え、需要はそう簡単になくなるものではない。事業をやめてしまうのはたやすい。当社は難しい道を歩んでいく」
――社名を変更するつもりはないのか。
「決めていないが、社名から『写真』の文字を取ろうかと思っている。富士フイルムの名称は世界に通用するブランド名として認知されており、社名変更するにしても従来と大きく異なる名称にはしないだろう」
――社員にリストラを迫る。自身の経営責任は。
「今のところ、社内でそういう声は上がっていない」
――これからは何で稼ぐのか。
「写真フィルムで培った独自技術などを活用して独自製品を生み出していくのが基本戦略だ。すでに印刷・医療の各分野ほか、薄型テレビのパネル用フィルムなど多数の成長事業を抱え、こうした分野を中心に経営資源を投入していく」
「〇四年度から一千億円規模のM&A(企業の合併・買収)を実行しているが、〇六年度も新規事業の育成も視野に同じ規模を実行する方針だ。〇六年度には研究開発投資を百億円増の二千億円に引き上げ、設備投資も二千百億円の水準を維持する。〇五年度の連結営業利益は七百五十億円の見込みだが、事業拡大によって、〇七年度には二千億円を確保したい」
聞き手から一言
新たな収益源育成が課題に
富士写真フイルムは写真フィルム市場で、強固な販売網を武器に圧倒的な力を誇ってきた。その歴史と事業規模の大きさが古森社長の判断に影響したことは想像に難くない。“代償”は大きく、リストラ費用は千六百五十億円にのぼる。
すでに連結売上高に占める写真フィルム関連事業の比率は約六%に過ぎない。とはいえ、収益は子会社の富士ゼロックスの事務機などに支えられている面もあるだけに、デジタル時代に対応した自前の柱をどれだけ育てられるか、が問われている。(田中良喜)
主に営業畑を歩み、2000年に社長就任。03年から最高経営責任者(CEO)を兼任。66歳。
富士写真フイルム会長大西実氏――電子部品を収益の柱に(トップに聞く企業戦略)
2000/07/19, 日本経済新聞 朝刊
富士写真フイルムの株価が軟調だ。年金債務償却による株式の信託拠出もあり、二〇〇一年三月期の連結純利益は千百七十億円と前期に比べて三八%増える見通しのうえ、カラーフィルムの国内シェアで約七割を握る同社の安定性に対する評価は高い。しかし、成長性を重視する株式市場では割安に放置されたままだ。大西実会長に今後の成長戦略を聞いた。
技術の独占はしない
――二〇〇一年三月期の会社予想を前提にした連結株価収益率(PER)は十倍台にとどまり、市場は富士写の成長性に疑問符を付けています。
「目に入ってくるイメージを撮影して、プリント・加工するというビジネスは情報技術(IT)の進歩でフィールドが大きくなっている。デジタル化の進展でアナログ市場が縮小するのでなく、これからはアナログ市場に加えて、デジタル化が事業領域をさらに広げることになる」
「既存事業やデジタル化への取り組みから生まれた電子部品も新たな収益の柱に期待できる。すでに収益に貢献している半導体製造用のフォトレジストや液晶ディスプレー用ワイドビューフィルムだけでなく、今後は自社開発したデジタルカメラの部品なども外部に販売していく」
「デジタルカメラの製品化にあたり、約二十年かけて電荷結合素子(CCD)イメージセンサー、メモリーセンサーなどの主要部品を自社で開発してきた。基幹部品で特色ある商品をつくるための自社開発であり、安いコストで部品を外部に提供できるならば一般消費者にもメリットが大きい。技術を自社で独占するという時代ではない」
――アジア、東欧圏などの新興市場をどう開拓していきますか。
「ブラジルでは欧米と同じように現地にフィルムの加工工場や現像所を設置して、フィルム・印画紙の販売を伸ばしてきた。しかし、中国では固定電話よりもインフラ整備が容易な携帯電話の普及が進んでいるように、デジタル化の影響で新興市場の開拓戦略もこれまでとは違ったものになる」
「デジタル化の進む市場では投資のテンポも重要な要素になってくる。当社の成長に必要な企業の合併・買収(M&A)を考えていくことも必要だ。毎年の設備投資だけでなくM&A資金にも連結ベースで約六千億円強ある現預金を活用していく」
人員配置を合理化
――どんな経営指標を重視していますか。
「二〇〇三年三月期に連結売上高を一兆六千五百億円(前期は一兆四千十八億円)、連結純利益千百億円(同八百四十九億円)に引き上げることを中期目標にしている。この目標を達成するためには、前期から見て売上高で年率六%、利益は年率一〇%強の成長が必要になる。新たな収益源に期待される電子部品などの伸びや日々のコストダウンで十分達成できる」
「当社は日々リストラを標ぼうしている。これは一般にいわれているような人員削減を指すのではなく、毎日の行動が本当に合理的なものかどうか疑問を起こしなさいということだ。一年間整理整とんを怠れば自分の机が汚くなるように、企業も改革していかないといけない。人員配置の合理化や生産工程の見直しなど売上原価、間接費を合わせて年間で約百億円、売上高原価率にして二―三%のコストダウンを毎年実施している」
NYへの上場検討
――株主への利益配分策は。
「配当政策は安定、漸増を基本に考えている。株主の期待には、配当よりもむしろバランスシートの改善や企業の現在価値と将来の期待価値を拡大していくことでこたえたい」
「IR(投資家向け広報)強化策の一環として、今後は決算発表を四半期ごとに行うことを検討している。また、世界の投資家が集まるニューヨーク証券取引所へ株式を上場することを検討課題にしている。一九六九年から米預託証券(ADR)を発行しており、米国で取引できるようになっているが、さらなる一歩としては株式上場を考えなくてはいけない」
(証券部 小林健一)