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目次

「戰爭責任」はない (H20.12.9)


 「戰爭責任」といふのは、一般的に戰爭を防げなかった責任といふ意味ではなく、侵略戰爭である大東亜戰爭を行つた責任といふ固有名詞みたいなものに、今の日本では、なつてゐる。

 そもそも戰爭に責任などない。やむにやまれずやるものであり、善惡を超えたのもであらう。
 さうでない戰爭もある。ヒットラーの仕掛けたものは、そんなものではない。スラブ民族やユダヤ人などを殺すためにやつた樣に見える。つまり、戰爭ではない。虐殺である。

 それで、ドイツ人は、あれはヒットラーが勝手にやつたことで、自分達には一切関係ないと主張した。自分達は強制されて仕方無く從つたまでで、また、さうしなければ殺されるのだからやむを得ないのだと。
 であるから、自分達に責任はない。とはいへ、同じドイツ人のやつた事ではあるから、金だけは払いませうといふ。
 本當は喜んで協力した者も澤山ゐると思ふが。

 日本も、實は同じ論法で、國民や天皇は責めを逃れてゐる。つまり、少數の戰犯を作ることにより、大多數は無罪となつた。これは、アメリカの差金である。さうすることで國民を親米にしようとしたのか。元々、國民は親米なのだが、一部分子が惡かつたのだと。

 これには二つの誤がある。先づ、戰犯などゐない。日本はやむを得ず戰爭に追ひ込まれたのであり、ヒットラーと一緒にされては困る。勿論、支那で泥沼の侵略を始めたのが惡いのであるが。それとて、先にやらねば、大國にやられてしまふといふ被害妄想が原因であらう。
 日本に戰犯がゐるといふなら、アメリカにこそ戰犯がゐる。アメリカは、やむにやまれずではなく、故意に戰爭に導いた節がある。それこそ犯罪である。

 第二に、國民も戰爭を嫌惡してはゐなかつた。軍部の獨走で始まつたかも知れぬが、國民も戰爭に協力した。勿論、勝てる筈ないと分つてゐた人もゐたらう。しかし、分つてゐても、やむにやまれず殆どの人は協力した。
 歐米列強の世界植民地化の策略に抗すべくアジアの片隅で孤軍奮鬪して來た日本人は、ここにきて、清水の舞台から飛降りてしまつた。さうなれば、つべこべ文句を言つてゐる暇はない。食ふか食はれるかの時に、理窟を言つてごねる馬鹿はゐない。といふより、日本全体がそこまで追ひ込まれてゐた。

 今の目で見れば何と愚かなと思ふ樣なことでも、それは済んだことであるからさう見通せるだけである。當時の人の気持になつて考へる必要があると思ふ。

ヒットラーと吉田茂 (H21.4.14)


 あるアメリカ人が言ふには、何のかんの言つても、戰犯は日本政府が犯罪人と認めたのであり、日本人が今頃になつて惡人ではないなどといふのはをかしい。

 確かに、吉田茂は認めた。認めたくてかどうかは知らぬが。しかし、それは吉田がやつたことで、國民には何の關係もない。少くとも、私には關係ない。こんなことを言つたら話にならぬと呆れられるであらうか。

 ドイツ人は、ヒットラーは、ドイツ人であるのに、自分達とは何の關係もない奴で、その行爲には自分達は一切責任はないといつて澄してゐる。賠償したりなど金は出してゐるが、責任を感じてではなく、ドイツ人として被害者の苦境を見るに忍びないから金位は出さうと言つてゐるだけである。
 これが通るのなら、同じ論法で、吉田茂が何を認めようが、あんな非國民のしたことは俺には関係ない、といつても通りさうである。

 しかし、そんなことが言ひたいのではなかつた。言ひたいのは、軍部が獨走して泥沼にはまつたのではあるが、國民も支持しての戰爭であつたと云ふことである。ドイツの樣に熱狂的に支持はしなかつたし、批判もあつたらうが、大多數の國民はやむを得ない戰爭として協力したのではなかつたか。
 戰犯をスケープゴートにして自分達は關係ないとドイツ人は澄してゐる。そんな見苦しい眞似を日本人はしてはいけない。

大日本帝國憲法の失敗-内閣と統帥權 (H21.5.2)


 戰前の日本は立憲君主制であつたが、天皇は形式的に裁可するのみで、臣下の決定を許否することはあり得ず、内閣が政治を行ふ體制であつた。當然、統帥權も内閣が持つてゐた筈である。ところがいつの間にか内閣から軍を獨立させてしまつたことが大きな過誤であつた。
 しかも、内閣は責任を果せなければ罷免出來たが、軍人は、役人と同じで、一旦採用したら罷免も出來ない。癌細胞の樣に獨立してしまひ、國家内に別の國家が出來た樣なことになつてしまつた。

 大日本帝國憲法は、天皇が黒田清隆首相に手渡すという欽定憲法の形で発布されたといふこともあつてか、天皇が大權を有してゐたことが強調され、天皇親政で民主的ではなかつたとされてゐる樣である。しかし、實際は國務は大臣に任されてゐた。また、立法は、貴族院は別として、公選された議員からなる議會の權限であつた。今日の體制と殆ど變らない。

 第一條で天皇が統治するとあるが、第四條では、統治は憲法の條規に依り行ふとあり、天皇も憲法に從ふべきことが明記されてゐる。
 第五條では、「帝國議会の協賛を以つて立法權を行ふ」とある。「立法權を行ふ」とは、少くとも今日では理解しにくい表現である。その前に「協賛」といふのも分りにくいが、協力するといふことであらうか。要は、議会に法律を作らせるといふことである。議會の議員は、少くとも衆議院は、天皇が指名した者ではなく國民の選擧で選ばれた者であるから、これを以つて民主制と言はなければ、何が民主制なのであらうか。
 第六條には天皇が法律を裁可するとあるが、これが形式に過ぎぬことは、第八條を見れば明らかである。すなはち、緊急時には天皇が法律に代はる敕令を發することが出來るが、次の會期には議會に提出する必要があり、またそこで承認されない場合は失效するとある。また、第九條にも天皇が法律を変更できないことが明記されてゐる。

 帝国議会については第三章第三十三條から第五十四條までと多くの條項がある。第三十五條には衆議院は公選された議員で組織されるとある。すなはち、民主制である。第三十八條では、法律案は政府または議員が提出すると規定されてゐる。「政府」といふ言葉は第八條で敕令が失效した場合にその事を公布する主體として初出する。ここで使はれるのが二囘目であるが、後の方にも何度か出てくる。定義ははつきりしないが、天皇のもとで政治を行ふ主體として使はれてゐる。

 行政に關しては規定が少い。政府といふ言葉は頻出するが、その内容は何も書かれてゐない。恐らくそれを構成する者といふ事であらうが、第五十五條に國務大臣が天皇を輔弼するとあるだけである。しかし、凡ての法律等には國務大臣の副署が必要とあり、ここにも天皇が勝手にはできない體制であることが表はれてゐる。

 氣になるのは、總理大臣の名前も權限も出てこないことである。そもそも、天皇の統治は立前に過ぎないのであり、實質は内閣が政権を持つ制度の筈である。内閣は天皇に對して責任を負ひ、また、内閣の權威を保證するのが天皇である。それなのに、内閣或は總理大臣の職務、權限が憲法に明確に規定されてゐない。國務大臣が天皇を補弼すると書けばそれで十分と制定當時の人達は考へたのであらうか。
 確かに、本當に天皇親政なのであれば、國務大臣とか輔弼するとか書く必要はない。天皇が政府を直轄し役人を雇ふだけである。敢て書いたのは、國務大臣といふ制度を確立して權限を持たせるためである。輔弼といふのは控へめな表現にしただけのことであり、眞意は天皇に代つて政治を行ふといふことである。
 内閣制度は憲法発布以前に発足しており、ここでは細部は書かなかつたのかもしれない。ひとつには、個人に權力が集中する樣な體制を避けたいといふ考へもあつたのかもしれない。内閣だけでなく、枢密院も含めた一種の合議制が頭の中にあつたのだらう。

 さらに問題なのは第十一條(天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス)と第十二條(天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム)である。何故こんな細かいところまで書き込む必要があつたのか分らぬ。これがこの憲法の出來の惡いところであり、後に統帥權干犯さわぎを引起すことになる。
 軍を正當化するために、天皇の名前が必要だつたのであらうか。士族は自分達の権限を奪われたと僻み、平民はなんで兵隊に取られるのかと不滿だつたらうから、天皇の權威で抑へつけようとしたのかもしれない。
 文字通りには天皇が軍を指揮するのであるが、この憲法の精神からすると、國務大臣は天皇を輔弼する義務と權限があるのであり、またそれは特定の分野に限定されてゐる譯ではないので、當然、統帥權に關しても輔弼しなければならないのである。すなはち、具體的な作戰などはともかく、軍を派遣するなどの統帥は國務大臣が行ふべきなのである。命令はすべて天皇の名で出されるが。

 實際、日露戰爭の開戰は五人の閣僚と五人の元老が出席した御前會議で決定されてゐる。ところが、次第にすべてを軍が握る樣になつてしまふ。
 それならば、天皇がそれを止めればよかつたのであるが、それは實際上出來ない相談であつたらう。天皇は臣下の決めたことを承認して權威を與へるだけで、それを否認することは全く想定されてゐなかつた。重要な問題の方針決定には御前會議が開かれたが、その場合でも、天皇が會議を主導することはなかつたのではないか。ポツダム宣言受諾のときには發言はあつたらしいが。

 その上に、大臣なら簡単に辭めさせられるが、軍人は普通の官僚と同じで、氣に入らなくともおいそれとは辭めさせられない。かくして、軍部は國家内に國家を超える體制を作つてしまつた。

 日本では、天皇親政は奈良時代までで、その後は傳統的に天皇は形式である。權力者の權威の裏付けとなるだけである。天皇に傷がついてはいけないので、政治など危ない世界からは離れてゐて戴かないと困るのである。

 それにしても、ロンドン軍縮会議のとき、野黨政友會の犬養毅が政府攻撃のために統帥權干犯を言ひだしたといふ。こんな憲法をないがしろにした男が、今でも憲政の神樣などと言はれてゐるのだから出鱈目である。植民地化の恐怖に戰いてゐた幕末から明治には忠臣が現れたが、ちよつと危險が遠のくと、たちまち内輪もめに明け暮れして仕舞ふのが日本人である。


大日本帝國憲法(拔萃)
http://homepage3.nifty.com/constitution/materials/mken.html より)

第一章 天皇
第一條 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二條 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス
第三條 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第四條 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ
第五條 天皇ハ帝國議會ノ協賛ヲ以テ立法權ヲ行フ
第六條 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第七條 天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス
第八條 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ發ス
此ノ勅令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ效力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第九條 天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス
第十條 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ條項ニ依ル
第十一條 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第十二條 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
第十三條 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス
第十四條 天皇ハ戒嚴ヲ宣告ス
戒嚴ノ要件及效力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第十五條 天皇ハ爵位勳章及其ノ他ノ榮典ヲ授與ス
第十六條 天皇ハ大赦特赦減刑及復權ヲ命ス
第十七條 攝政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
攝政ハ天皇ノ名ニ於テ大權ヲ行フ
(中略)

第三章  帝國議會
第三十三條 帝國議會ハ貴族院衆議院ノ兩院ヲ以テ成立ス
第三十四條 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
第三十五條 衆議院ハ選擧法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス
第三十六條 何人モ同時ニ兩議院ノ議員タルコトヲ得ス
第三十七條 凡テ法律ハ帝國議會ノ協賛ヲ經ルヲ要ス
第三十八條 兩議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決し及各〃法律案ヲ提出スルコトヲ得
(中略)

第四章 國務大臣及樞密顧問
第五十五條 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス
第五十六條 樞密顧問ハ樞密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ國務ヲ審議ス
(後略)

東郷大將の覺悟 (H21.8.21)


 東郷平八郎は、明治天皇に、來るべきロシアとの海戰について聞かれて、聯合艦隊の半分を沈められても必ず勝つと答へたといふ。もつとも、映画の中での描寫であるが。
 しかし、この言葉は核心をついてゐる。「肉を切らせて骨を切る」といふ。「虎穴に入らずんば虎兒を得ず」といふ言葉もある。眞劍勝負においては、身の安全を圖ることは、勝ちを捨てることである。安全に勝てる樣なら勝負ではない。相手も必死で來る戰ひに無傷で勝たうといふのは甘い。

 昭和の海軍は、大艦巨砲で勝たうといふ考へは兔も角、實戰においても安全第一で危險を冒すことがなかつた樣だ。唯一、田中少將といふ人が果敢に突撃したといふ話があるが。
 日本海海戰で勝つた驕りか、大事なことを忘れてしまつてゐたのではないか。身を捨ててこそ浮ぶ瀬もあれである。

日本は謝つてはいけない (H21.12.31-H22.1.12, 1.15加筆)


 日本は韓国や中國から謝れとよく言はれる。その度に慌てて遺憾の意を表明したりする。しかし、何かあるとまた同じことを言はれる。いくら謝つてもきりがない。何故か。
 謝つたところで、過去が元に戻る譯ではないし、消える譯でもない。謝られた方の腹の蟲が収ることもない。つまり、謝ること自體、元々、なんの效果も持たぬのである。從つて、いくら繰返しても終らぬのである。
 であるから、要求する方も、本當に謝つて欲しいのではなく、政治的な思惑があつて言つてゐるのであらう。一應さう思はれるが、政府の煽動に乘せられて、本氣になつてゐる人もゐるのかもしれない。
 日本人にも、眞劍に反省すべきだといふ人がゐる。例へば戰爭で誰々が亡くなつたのかとか、事實を確認するのは意味のあることである。しかし、それを反省するといふのは抽象的な言葉に過ぎず、その後に何らかの行爲が伴つて初めて反省したことになるのではないか。反省して謝つても、これは意味のある行爲ではない。何か獻身的な行動を起す積りなのであらうか。さもなければ、輕々しく反省などと口にすべきではない。

 それはともあれ、日本は謝るべきではない。謝るといふことは、眞面目にやつてゐなかつたことを認めることになるからである。結果はどうあれ、精一杯やつたことを主張しなければならない。さもないと、自分自身を否定することになる。

 アメリカの潛水艦が日本の水産高校の船を沈没させたことがあつたが、艦長は決して謝らなかつた。過失が全くなかつたとは言へぬであらうが、歐米では、ここで謝つてはいけないのである。海軍の責任になるとかいふ以前に、艦長自身の存在を懸けて、自分が誠心誠意やつてゐたことを強調するしかないのである。

 日本では、何かあつたら、兔に角、先ず謝ればよい。それにより相手との關係を圓滑にして、それから交渉する。互いに氣心が知れてゐるのである。基本的に、すべての人は眞面目に行動してゐる筈であるといふ前提に立つてゐる。
 しかし、そんな甘い考へが通用するのは日本だけである。世界では、いろんな民族が混じりあひ、せめぎ合ひながら暮してゐる。隣人は何を考へてゐるのか分らないが、相手から見た自分もさうであるから、兔に角、他人に對して自分が眞つ當な人間であることを常に主張してゐないといけない。隣人については、逆に、常に疑ひ、監視し、點檢してゐないといけない。

 日本人はさういふ經驗が全くない。外國人から輕くジャブを入れられただけで、さういふ言ひ難いことを言つて來るといふことは、本氣で毆りに來たのだと思つてしまふ。相手は、ちよつと樣子を見ただけなのに、日本人がすぐに恐縮して謝るので、面食らつてしまふ。それどころか、謝るといふことは、もともと自分達を騙さうとしてゐたからだと、怒り出してしまふ。
 笑ひ話の樣であるが、經濟の世界で實際に見掛けることである。經濟關係では、後でよく説明するなどして誤解の解き樣もあるが、政治の世界になると、こじれた關係を修復するのは容易なことではない。最初に毅然たる態度を取ることが肝腎である。しかし、今からでも遲くはない、毅然たる態度により日本の誠意を示すしかない。

 歐米諸國は、さんざん惡事を働いて來たのに、近代文明を傳へたとか、キリストの光明を與へたとか、逆に恩着せがましいことを嘯いてゐる。日本は、まさか、そんな厚かましいことは言はないが、ただ恐縮だけしてゐるのでは、歐米以上に惡いことになる。すなはち、惡いと分つてゐて惡事を働いたことになるからである。日本以外では、さういふ風に見られるのである。
 歐米の場合、本當に良いと思つてやつたのではないことは明らかであるが、彼らはあくまで善意だつたと主張してゐる。日本もその眞似をしろと言ふのではない。ただ、歐米の植民地支配に抵抗すべく、正に窮鼠猫を咬む思ひで立上つたことに、一片の眞實はあつたことは言はねばならぬと思ふだけである。もともとそんな力も経験もなく、やり方が拙劣を極めたのであるが。

 日本の抵抗もむなしく、ではなく、抵抗そのものが彼らの筋書に乘せられてゐるのであるが、結局、世界は歐米の世界制霸戰略通りに動いてゐる。近代化の名の下に歐米化がどんどん進行し、援助の名の下に經濟支配が浸透していく。
 それに加へて、近年は、グローバリゼーションの名の下に英米化、すなはち、金融資本主義化が急速に進行しつつある。金融資本主義徒とは、選民は天國に行くが、金を儲けない奴は地獄に落ちるといふ強迫觀念である(イエスはあの世での救ひなど約束しなかつた。喩へとして口にしたまでである。ただ、囘心すればこの世が即天國になると言つただけである)。ぶつたくつた金は、浪費してはいけない。慈善事業に使ふか、再投資するかしないとやはり地獄に落ちる。かくして選民達は際限のない競爭にあけくれし、この世を地獄にしてゐる。

 これに對して日本人は全く無抵抗である。それどころか、積極的に流れに乗らうとしてゐる。そして散々にやられてゐる。いくらやられても懲りない。懲りない筈で、やられたことにすら氣がつかない。
 元々、日本人は金が大事だなどと思つてゐない。日々あくせく働いてゐても、腹の底では金にしがみつく自分を馬鹿にしてゐる。損をしてもまた稼げばいいと思つてゐる。

 日本は積極的に歐米文化を取入れて來た。ことに最近はアメリカの要求は殆どすべて受入れ、永年の習慣も無理矢理變へられて來た。
 それでも日本人の特性は、本人の自覺しないところで殘つてゐる。本居宣長が言ふ樣に、「道あるが故に道てふ言なく、道てふ言なけれど、道ありしなりけり」なのであらうか。
 これからもこの「道」は殘つていくのか。アジアには謝り續け、歐米の戰略に對してはされるがままの無手勝流でも、この道がある限り、日本人は何とかなるのかもしれぬ。しかし、この道は本當にこれからも生き續けるであらうか。この道を生かし續けるものは何なのだらうか。

 私は樂觀してゐない。杞憂かも知れぬ。杞憂であればいいと思つてはゐるが。
 といふのは、例へば、言葉をおろそかにする風潮が益々盛んである。現代假名遣ひや常用漢字が定着してしまひ、怪しむ者は誰もゐない。カタカナ語を安易に使ふ。昔なら、漢字を使つて譯語を造つた筈である。漢字なら、初めて見ても何のことかある程度の見当はつく。カタカナ語では知らない人には全く分らない。つまり、隱語である。根本的に仲間内でしか通じない言葉である。人に分らせようといふ氣持がまずないのであらう。そんな志はないのである。
 隱語といへば、最近の日本語はすべてさうである。仲間内でなんとなく分つた積りになつてゐるだけで、誰も本當の所を理解してゐない。例へば、民主主義といふ言葉がある。これは何の譯語なのか。monarchy の譯は君主制で、aristocracy は貴族制であるが、democracy だけは民主制でなく民主主義と譯して誰も怪しまぬ。そして、政治体制であるはずの民主主義を、生活全般にまで浸透させねばならぬと思ひ込んでゐる。
 民主主義とか、自由とか、舶來の言葉、實は舶來ではなく日本人が譯語として発明した隱語なのであるが、これを絶對の眞理と信じて疑はぬ。歐米で近代以降流行つてゐるだけのものに過ぎないのであるが、歐米は絶對正しいと刷込まれてゐるのか、後生大事に祀つてゐる。
 困るのは、民主とか自由とか進歩とか唱へてさへゐれば、自分は絶對に正しいから、必ず勝利すると信じてふんぞり返つてゐることである。中立だの公正だのと言つてゐるが、政治の世界は公正などあり得ない、自分の主義主張を鮮明にするしかない。結局、何も考へてゐないのである。新聞にしろ、學者先生にしろ、兩者から批判される政治家にしろ、その點では皆同じである。
 昔は言靈のさきはふ國といはれてゐたが、いまや、自ら造つた言葉の呪力に痺れて身動き出來なくなつて仕舞つてゐる。

The Japanese - 階級のない民族 (H22.1.4, 2.28)


 テレビで偶々英會話の番組をちらつと見たら、日本人はお宮に參つた時にああする、かうするといふ類のことをやつてゐたが、英語で、'The Japanese' と言つてゐた: When the Japanese end a ceremony, they often clap their hands in a certain rhythm.
 英語で the Japanese といふ表現は offensive と言はれてゐる。the をつけていふのは、Japanese とか Russians とかに限られる。例へば、the French などとは決して言はない。といふ樣な話を聞いたことがある。しかし、それはアメリカでのことだといふ。その番組に出てゐるのはイギリス人で、イギリスでは普通にさう言ふのだとのことであった。アメリカは人種も多様であるから多樣性を認めないと差別になるかもしれないが、イギリスではそんなことはないのだといふ。分つた樣な分らない話である。

 多樣といふなら、イギリスも多樣である。上流、中流、下流と階級がはつきり分れてゐる。階級により、風俗習慣も異なる。それから見ると、日本人は階級がなく一樣であり、the Japanese と呼べる存在なのであらうか。そこまで日本のことを知つてゐるのか疑問であるが。
 それがアメリカではなぜ offensive と言はれるか。アメリカでも階級ははつきりとある。筆頭はWASPと呼ばれるイギリス系である。階級は、いつも、人種と結びついてゐる。アメリカでもさうである。ただ、最近は、他の民族出身でも、WASPの傳統に從ひ忠誠を誓ふものは仲間入りを許されるのであるが。アメリカでは、多樣性を認めないことは、WASPの獨裁を主張することに繋ると取られるのであらう。

 逆にイギリスでは何故構はないのか。イギリスでも元々は階級は民族と結びついてゐるが、同じヨーロッパ人と云ふことか、或は永い年月が經つてゐるせゐか、民族の對立はそれ程強調されない。支配側と支配される下層階級とが互ひに違ひを認め合ひ、適當に折合ひをつけてゐるので、特に多樣性を強調する必要がないといふことなのか。日本の樣な一體感に對して、憧れはしないが、それもひとつの行き方と、特に蔑視してゐる譯でもないよといふのであらう。
 アメリカでは階級間の折合ひがついてゐない。そもそも、階級が定着してゐない。それで常に餘計な心配が必要である。階級社會といふ點では同じことであるが。

 個人のレベルで云へば、人間は皆一樣ではない。そんなことは當り前で言ふまでもないが。

 ところで、民主制と云つても、歐米では、あくまで階級を前提としたものである。さういふ枠がある。フランスなどは貴族をなくしてしまつたが、支配階級は儼然として殘つてゐる。枠のない日本に民主制などを導入するものだから、をかしなことになつてしまつた。社會の安定性と云ふものが全くない。常に不安な状態で人々が暮してゐる。

植民地日本 (H22.4.8-18)


 日本は幕末から明治の植民地化の危機をなんとか逃れた。その後も、戰爭に負けはしたが、植民地にはなつてゐない。しかし、それはただ、搾取の仕方が、直接の政治的支配から經濟的、文化的支配に變つただけなのかもしれぬ。尤も、それも日本が激しく抵抗した所爲かもしれぬのであるが。

 ともあれ、政治的な植民地化は免れた。しかし、精神的にはどうなのか。思ひつくままに書けば、裁判員制度なんて、英米に固有の制度である。ドイツ式(?)の博士號、例へば工學博士をやめて博士(工學)としてゐるが、これもアメリカの眞似である。近年は完全にアメリカの植民地である。脅されて眞似するのもあるが、むしろ、これが世界の進むべき方向だ、乘遲れてはいけないと、嬉々としてやつてゐる。文化的に征服されるた植民地にはかういふ輩が輩出するのか。抵抗する輩は、田中角栄などの樣に、アメリカに蹴落されることもあらうが。アメリカの犬になり切つた小泉などは長期安定するが。

 日本語の文法も、ヨーロッパ語文法を無理矢理當てはめただけのものである。過去だの未來だのと、そんなものは日本語にはない。それを、「た」は過去の助動詞だといふ。過去を意味するのであれば、「明日は休みだつた」などと何故言ふのか。「た」は確かにさうだといふ氣持を表してゐる。確かなのは過去のことが多いから、ヨーロッパ語の過去形の飜譯に使はれるだけてある。
 さういへば、支那語には時制はないといふ。朝鮮語には過去形があるといふが、本當だらうか。

 問題なのは、植民地化の自覺がないことである。
 大東亞戰爭後、歐米列強は、軍事力による支配はもはや得策ではないと覺る樣になり、その結果、より巧妙に、經濟的支配を狙ふことになつた。それは、同時に、文明の征服でもある。則ち、世界を西歐文明一色に塗りつぶすことである。西歐文明とは、キリスト敎文明であり、現世を否定し、この世を神の國にしようとする文明である。神の國とは、つまり、死んだ人達の國なのであるが。
 その結果、人間は神の國を建設するための煉瓦の一個に過ぎなくなつた。目的のための道具に過ぎず、人生は生きるに値しないものに成下つた。もともと、この世には意味はなく、天國に入る資格を得るのが生きることの目的なのであるから、彼らにとつてはそれでいいのであらうが。
 この樣な大きな流れの中に巻込まれてゐることを認識すると同時に、現實の國際政治では、歐米は、單に、己の利益を主張するだけであることも理解せねばならぬ。彼らはそれも大義名分のために必要なのだと牽強附會するのである。

 そんな歐米に、少くとも支那だけは抵抗してゐる。朝鮮は、北朝鮮はそれなりに抵抗してはゐるが、韓國は分らぬ。
 日本は、支那と米國といふ二大侵略國家に挾まれて、苦しくなる一方である。友愛などと念佛を唱へてゐても國際政治は動かない。核を持たないのなら、それに代る戰略を持たねば、潰されてしまふ。いや、今の世界では、潰されはしないが、巧妙に搾取され、奴隷化されるのである。

 をかしな話であるが、現世利益にしか興味のない筈の日本人は現世にさへ執着せず、あの世での救ひしか眼中にない筈の歐米人は現世で生殘ることに熱中してゐる。日本人にとつて、この世は儚いものであり、懸命には生きるものの、どこか醒めた目で見てゐるところがある。歐米人は、地獄落ちの恐怖に戰いてはゐるが、先づはこの世で生延びることに執着する。彼らは、強い者が弱い者を皆殺しにする散々な世界に住んでゐる。そんな世界で、自分達の存在は永遠でなければならぬ。いつか消えてしまふものは、彼らにとつては存在ではない。

 この存在についての考へ方はどこから來たものなのか。初めてこの考へに接した時、正直いつて全く理解出來なかつた。たとへ果敢なく消えても、その時に存在してゐたといふ事實は消えないではないか。なぜ永遠に續かなければ「存在」とは言へぬのか。
 結局、自分達を記憶するものが全くゐなくなれば、かつて存在したといふ事實さへ消えたも同然といふことなのかと思つた。自分達が生殘り子孫を繁栄させないことには、いくら天國に行つても、祀つてくれる人がゐなくなる。自分が存在したことを記憶する人がゐなくなり、或はその記録を理解する人もゐなくなつてしまつたら、自分の存在は消え去つたも同然になつてしまふ。己が永遠に存在する爲には、己の子孫は永遠に續かなければならぬ。それならば、根本は、日本人の素朴な祖先崇拜と同じことになる。但し、永遠といふところを除けばであるが。
 そんな「異敎」の信仰が根本にはあるかもしれぬが、そこに永遠といふ頑固な思想が入り込んだのは、弱肉強食の歴史を拔きにしては考へられぬ。日本人は將來の危險までは考へぬ。精々孫やひ孫までである。日本は依然としてひとり極樂に住んでをり、歐米は、そして支那も、相變らず弱肉強食の地獄で戰つてゐる。

 歐米は、キリスト敎の衣を纏つてはゐるが、實質は徹底して現世のみの世界である。天國などといふ言葉はあるが、所詮、この世を自分達の天國にしようといふだけのことである。舊約の裁きの神に地獄に落されるのを心配しながらも、選民として世界を完全に支配しようと目論んでゐるのである。

 自由、平等だとか、公正だとか言つてゐても、あくまで自分達の仲間内でのことであり、「異敎」の人間にはそんな恩惠に浴する權利はない。「異敎」の人間は、搾取と奴隸化の對象に過ぎず、それも、自分達の文明を世界に拡げるといふ使命の爲だとうそぶいてゐる。過去の植民地化を正當化した論法を未だに蹈襲してをり、反省する樣子など微塵もない。反省したら最後、地獄落ちが決定するとあつては、絶對にそんなことはあり得ないのである。

統帥權干犯 (H22.8.29)


 統帥權干犯といふ言葉が昭和史に出てくる。立憲民政党内閣を攻撃するため、野黨立憲政友会の犬養毅が軍部に唆されて言ひはじめたとされてゐる。

 確かに、明治憲法では軍の統帥は天皇が行ふとなつてゐる。
   第十一條 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
   第十二條 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
   第十三條 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス

 しかし、統治そのものがすべて天皇の権限なのである。
   第四條 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ
   第十條 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス
       但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各〃其ノ條項ニ依ル

 とはいへ、すべて、議会の協賛と國務各大臣の輔弼により行ふのである。
   第五條 天皇ハ帝國議會ノ協賛ヲ以テ立法權ヲ行フ
   第五十五條 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
         凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス
   第六十四條 國家ノ歳出歳入ハ毎年豫算ヲ以テ帝國議會ノ協賛ヲ經ヘシ
         豫算ノ款項ニ超過シ又ハ豫算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ
         後日帝國議會ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
つまり、實際は、國務大臣と議会が統治權を代行するである。勿論、天皇の名に於いてであるが。そこには軍の統帥は含まれぬとは書かれてゐない。軍費についても、國の豫算は議会で決めるのであるから(第六十四條)、當然、内閣が提案し議会の承認により決定すべきものである。

 これに對して、統帥權については軍部が天皇を「輔翼」すると言つてゐた樣である。しかし、この樣な言葉も内容も憲法には出て來ない。軍はひたすら天皇の命令に從ふのみであり、その天皇を補弼するのは國務大臣であり、すなはち内閣である。

 ただ、内閣總理大臣についての規定が何もなく、國務大臣の一人でしかなかつたのが拙かつた。それが昂じて、軍部が大臣を出さぬとか辞めるとか言つて内閣を脅かす樣なことにもなつた。もつとも、これも、内閣が勝手に指名すればよかつたのでないかと思ふが。

 國務大臣の職務は第五十五條に規定されてゐるが、その選任方法は何も書かれてゐない。實際には、いはゆる元老などが協議して決めたのであらう。しかし、昭和になると元老は西園寺公望ひとりとなつてゐる。數が少いだけでなく、維新の激動を乘越えたといふ勳章もなく、威壓感が薄れたであらう。

 元老たちによる支配が明治時代の特徴であつた。彼らがずつと居座つてゐて、首相を決め、また軍も統率してゐたので、國としての方針がぶれることが少なかつたのではないか。一種の貴族制であり、最も效率的な政治體制かもしれない。昭和になるとその體制が崩れ、安定した支配者がゐなくなつた。これが政治の亂れや軍部の横暴の元となつた。
 今の世はどうか。議院内閣制といふことであるが、政權が安定せず、一貫した政策といふには程遠い、場當りの對應しか出來てゐない。そこで出て來るのが官僚なのであるが、それも何やら貧しい属吏ばかりの樣である。これでは本當にお先眞つ暗である。