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クトゥルフものと言えなくもないもの。
クトゥルー神話のものが少しだけ(例えば名前だけ)登場するものは
クトゥルフ関連もの


概説

クトゥルー神話とは、ゴシック作品(怪奇幻想作品・超自然文学)の一種です。幻想文学においては20世紀最大の小説家(=純文学においては三流俗悪作家)と言われるハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品に由来するもので、宇宙的恐怖を基本としています。この神話郡はすなわち、人類の誕生以前に宇宙や異次元から飛来してきた生物や異星人たちが地球を支配していたおり、彼らの存在自体が人類にとって恐怖であるという事を前提にし、現在も多くの人々の手で書き継がれているゴシック・ロマンスです。

ラヴクラフト自身は「わたしの小説のすべては、人間一般のならわし、主張、感情が、広大な宇宙全体においては、何の意味も有効性ももたないという根本的な前提に基づいています」と述べています。これらの点から、ギリシャ神話の厭世的・悲観的な側面がクトゥルー神話に受け継がれていると指摘もされています。

クトゥルー神話は作品中に様々な固有名詞がちりばめられています。かつて地球を支配していた宇宙から来た怪獣神クトゥルー、魔道書ネクロノミコン、架空の町アーカム・・・。これらは作品において記号として作用しています。これらの固有名詞を作中に挿入するだけで、その作品はクトゥルー神話と呼ばれるものになります。そこには作品世界に対する共通認識はありません。シェアード・ワールドと異なり、書き手たちが互いに世界観を共有する必要が無いのがクトゥルー神話なのです。
従って、設定なども書き手によって変わってきます。コリン・ウイルスンの「精神寄生体」と「賢者の石」はクトゥルー神話の古典に数えられていますが、彼の作品ではクトゥルーはあくまでモデルは居ても実在ではありません。
それでも「アリ」なのがクトゥルー神話なのです。その結果、クトゥルー神話と呼ばれる作品群は途方もない拡散力を持ち、「クトゥルー神話」自体がゴシック文学上の一つのジャンルになってしまったと言っても過言ではない現状です。

クトゥルー神話の特徴は商業主義に妥協しないアマチュアリズムと遊び心にあります。
初期の頃の書き手たちは読者に媚びる事より、自分たちで納得の行くだけの作品を仕上げようとして苦労しました。そして今日では自費出版(個人誌、同人誌)やネットでの発表が主体で、それらを、アンソロジストたちが採取しては本として出版しています。そこにはアマチュアもプロも関係ありません。面白い作品を英語で書けさえすれば、何者であろうと書き手の一人として認知されるというわけです。
そして、遊び心についてですが、そもそもクトゥルー神話自体が遊び心の産物なのです。ラヴクラフトたち書き手が互いに創造した神々を交換しあったり、相手の神様に自分の神様が関わっているといった設定を書簡で楽しみ合ったのです。同人サークルで会員全員で設定を出し合って一つの世界を創造したり・・・というものがあったりしますが、それに近い遊び方だったのでしょう。そうした設定の多くはリン・カーターたちが拾って使用するまで設定のみに終わってしまっていましたが、それでも一部は作品に反映されたりしていきました。
そして、この遊び心の最たるものは、先人たちの作品の取り込みにあります。既存の作品の設定の一部を取り入れたり、書き手たちは続編的なものを書いて行ったのです。こうしてクトゥルー神話化した作品例としてはアーサー・マッケンの「パンの大神」、アンブローズ・ビアスの「羊飼いハイタ」、クラーク・アシュトン・スミスの「ヴルトゥーム(小説)」、ラヴクラフトの「エーリッヒ・ツァンの音楽」など様々な作品があり、今後も増加する可能性があります。

現在クトゥルー神話は、始まりの地であるホラー小説から出発してゲーム・コミック・映像など、様々な分野に拡がることで文学上の一ジャンルと言うより、文化上の一ジャンルと呼ぶべきものになりつつあります。


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