CMWC NONEL COMPETITION

奇妙なクラブ2

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作:塩瀬絆斗

~後編~

「皆さんには失礼かもしれませんが、ここで言わせてもらいます。“クラブ”なんて本当に存在するんですか? 皆さんで私を弄んでいるんじゃないですか?」
 私が顔を熱くして最後まで言うと、一同は驚きの表情を見せていた。無理もないだろう。私は考えた末の結論のみを言い放ったのだから。皆私を凝視して、嫌な相手に出会ったような顔をする。これも当然だ。自分の存在を否定されて喜ぶ人間などいないだろう。私は言ってしまって、ひどいことをしたと今更ながら後悔した。居心地が悪く、どこかに行きたかったが、そんな気持ちを和らげたのは、『マサ』であった。
「あなたのお気持ちは分かります。しかし、私たちは本当に活動をしているのです。信じてもらうにはインターネットで見ていただければいいと思います。これは嘘ではありません。本当です」
 彼の目は私をこれ以上ないほどじっと見ており、それだけで私を射抜こうとしているようだった。彼の表情は確かに嘘を言っているようには思えなかった。まっすぐな瞳、きっと結ばれた唇。嘘を言っているようには見えない。私がそれから何も言えないでいると、今度は色白の『ヤス』が言った。彼は出来る限り私のほうに顔を近づけて、まるで泣きじゃくった子供を労る親のようであった。
「出来れば、何故そうお思いになったのか、お話いただけませんか?」
 私は頷き、その経緯を話した。そうやっているうちに、頭の中は冷静になっていき、あることが浮かんだ。
「確かに『ゲン』さんは嘘を吐いているんです。でも、全部が嘘という訳じゃないように思うんです。彼は奇妙な出来事が起こったとき、他の本屋に同じことがなかったかどうか聞きに行ったと言いました。そして、他の本屋ではそのようなことはなかったという事実を得ました。しかし、『ゲン』さんの導き出した答えはこの事実と矛盾しているんです。答えがあって、それに反する事実があるとき、答えが間違っていると考えていいでしょう。彼は奇妙なことが起こった後で、このことを皆さんに話そうと思ったと私は考えました。何しろ本当に不思議な出来事ですからね。話したくなるに決まっています。それで話すために事実を突き止めようとしたが、出来なかった。それで、“結論だけは自分で作り出す”ことにしたんです。『ゲン』さんは今までたくさんの面白い話をされていますので、それがプレッシャーになったのかもしれません。となると、“クラブ員だからこそ嘘を吐き、面白い話をしようとした”ということも充分に考えられます」
 『ゲン』は私の言葉を一言一言噛み締めるようにしていた。顔も目もこちらを見てはいなかった。とにかくじっとして、石のようなのだ。
「『ゲン』さん、あなたがその結論にたどり着くまでに犠牲にした事実が他にあったんじゃないですか?」
 『ゲン』の額からは脂汗が滲み出ており、それが光を受けててかてかと輝いていた。彼は漸く動き出し、ポケットから白いハンカチを取り出して額の汗を拭った。まだ何か胸に詰まっているものがあるらしく、言い渋っていた。急がせないように、私も皆も彼が話すのを待っていた。やがて、観念したように溜息と共に彼の口から真実の言葉が流れ出した。
「やって来た七人、彼らは皆素顔が分からないような格好をしていたんです。後はお話した通りです……」
 全員が溜息を吐き、張り詰めたものが一気に開放されていった。その空気を受けて、『ゲン』も肩の荷が下りたように安堵の表情をしていた。緊張で冷たくなった氷がやっと融け始めたのである。
 彼の告白はまた新たな事実を与えてくれた。つまり、それは“やって来た七人は『ゲン』に顔を見られてはいけなかった”ということである。これを手がかりにして今度は皆、一丸となって考えていこうという雰囲気になった。『マサ』はまた下らないことでも考えているのだろうか、顎に手を当てて熱心に考え込んでいるようだった。もう少しで答えが出そうなのか、その短い髪の毛をかきむしっていたのは『アキラ』だった。どっしりと腰を据えている『マリ』は、ぷんとした顔はもうしていなく、また新たに話を検証しているようであった。『トモ』はしきりに眼鏡をいじりだし、事は難解を極めているようだった。もう諦めてしまったのだろうか、『ヤス』はじっと下を俯いてどんな表情をしているのか、窺い知ることは出来なかった。『ゆう』はその長い髪を細くてきれいな指先で弄びながら、精神はどこか別の場所にあるようだった。
 しかし、『ゲン』だけは違っていた。暫く一同を見回し、何かを掴んだような表情をしていたのだった。その表情を見逃さなかった私は密かに彼を観察していた。すると、彼は口を押さえてそのまま息を吐くようにしていた。その顔はなんと笑いを堪えていたのである。私は思わず彼の顔に釘付けになってしまい、彼にこちらを見られていたことにも気付かなかった。彼は私から目を離すと、口を押さえていた手で握り拳をつくり、テーブルを軽く叩いた。
「皆さん、分かりましたよ。全ての謎が」
 あまりに唐突だった。何がこの状況で分かったというのか。皆目を丸くして彼を見つめていた。
「私が分からないはずです。何しろ、あの奇妙な出来事に答えはなかったんですから。しかし、真相を掴むことは出来ました。何故一連の行為は一週間だけ続いたのか。それは彼らが七人だったからです。七人が一日一人ずつ、同じことをしたのです。何故それは私の書店で行なわれたのか。何故目につくようなことをしたのか。それは“私がその行為を見なければいけなかったから”です。彼らは何故顔が分からないようにしていたのか。私に顔を見られてはいけなかったからです。そしてその七人全員が首謀者だったんです。ねえ、“皆さん”?」
 私たちは皆度肝を抜かれた。そう、“私たち七人”が、だ。『アキラ』は口をぱくぱくさせて、目も同様にぱちくりさせていた。彼は落ち着きを失っていた。
「な、何言ってるんです、『ゲン』さん? 私たちは六人しかいないじゃないですか。仮にあなたの仰ることが本当だとしても、あと一人、足りない」
 『ゲン』はもはや満面の笑みを浮かべていた。それはどこか不気味な印象を与えた。
「そこにいるじゃないですか」
 彼は私のほうにまっすぐ体を向き直した。
「あなたは待ち合わせをしていたんじゃなかったんですか? 何故、話を聞いている間、辺りを一切見なかったんです? 本当にあなたは待ち合わせをしていたんですか? だいいち、今思えば、あなたは初めからおかしかったんですよ。見知らぬ人間にいきなり声をかけられて普通“興味ある顔”をしますか? それを考えたとき、容易にあなたの存在が疑わしいものに見えましたよ。……しかし分からない。何故あなたたちはそんなことを私にしたんですか?」
 私は返す言葉もなく、相手の顔を見ることさえできなかった。今まで心の動きが表に出ないように、“あの日”のことを考えないようにしていたのに。私には砂粒ほどの演技力もないのだろうか。
 私たちは皆、俯いていた。私はうなだれつつも、目だけは周囲に注意を払っていた。誰かこのことについて話してくれるものがいないか、と思っていたのである。正直、私からは話し難い。
 きまりが悪いと、誰しも知らずのうちに癖が出るものだな、と感じた。『マサ』や『ヤス』は頭を撫でるようにしていたし、『マリ』は鼻水を啜るでもなく鼻を鳴らしていた。『アキラ』は眉毛を流れに沿ってしきりに撫でていたし、『ゆう』は先程と変わらず、髪の毛を指先で弄んでいた。ただ、『ゲン』だけは超然とした態度で存在していた。うなだれる七つの頭に、ぽこっと出っ張った一つの頭。『ゲン』は腕を組み、私たちを一人一人順番に見つめ、誰かが話し出すまでその機械的な動作を止めないように思えた。
 その圧迫は強く、暫くすると『マサ』は観念したように顔を上げ、座り直し、深々とソファに腰掛けた。彼の声は全てを悟ったような深みがあった。
「『ゲン』さん、人間というものは嫉妬深い生き物なんです。人の成功を少なくとも心の全てで喜んでいる訳じゃない。私はね、この“クラブ”を始めてあなたの話を長く聞いてきました。あなたの話はどれも不思議で、現実には起こり得ないと思われるものでした。だからかもしれません、あなたの話が全て、実はでっち上げなんじゃないかと思ったのは。それで試してみたくなったんです。“この人は本当に今まで不思議な出来事に会い、その全ての謎を解明してきたのか”ということを。今回、私たちがこれほどのことをしたのは、答えが到底発見できないような話を目の当たりにさせ、『ゲン』さんに本当に謎を解く力があるのかを見るためです。そしてあなたの本性を垣間見ようとしたのです」
 言葉の重さは考えている以上なのだ。『マサ』が言葉を重ねるごとに、『ゲン』の大きな体が縮こまっていったことがなによりの証拠になりはしないだろうか。彼は肩を落とし、大きな溜息を一つ、吐いた。そこだけ時間がゆっくりと流れているようだった。
「では、彼は一体……?」
 『ゲン』は私を指差していたが、顔は下を向けたままだった。彼の問いに答える『マサ』の声の調子は『ゲン』のそれとはだいぶ違っていた。
「今回新しく加入された『ヤマト』さんです」
 『ゲン』は揺れるように何度も頷くと、小さな声で言った。その様はとても惨めに見えて、哀れだった。
「では、私はあなたたちの期待に副うことは出来なかったということですね……」
「そんなことはありません」
 私はこれ以上人が哀れに思えてくるのは我慢ならなかった。
「『ゲン』さんは私たちの期待に大いに副って下さいました。現にあなたは私たちに真実を見せてくれたじゃないですか」


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