奇妙なクラブ

    

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CMWC NONEL COMPETITION 2

奇妙なクラブ


作:塩瀬絆斗
~前編~

 あ、ちょっと待って下さい。ここから先は“クラブ”の方のほうが話が分かると思うのですが……。クラブ員ではありませんよね? いえ、決して怪しい者じゃございません。おや、そのお顔は興味がおありですか? ……まあ、いいでしょう。聞くだけ聞いていって下さい。つまらない話は聞けないと思いますよ。なにしろ、全国から面白い話が集まっていますからね。ささ、どうぞ。お入りなさい。

 四月の初め、私はとある店のラウンジにいた。自由に話が出来る場所だ。ここは広い部屋になっており、壁は床から一メートルくらいの高さからガラス張りになっていた。白を基調とした場所で、とても明るかった。緑も豊富で、壁際にはたくさんの観葉植物が植えられていた。それらの葉は天井から降り注ぐ光を受けてきらきらとしていた。きっと、この光景を見たならば、隅々まで調べなくとも、清潔感に溢れた場所だということが分かるだろう。ラウンジの中には既に二、三の団体がおり、それぞれの話に花を咲かせているようで、時々どこからか笑い声が聞こえていた。膝上十数センチの高さまである白くて丸い大きなテーブルを灰色がかったソファが周りを囲んでいた。この空間の空気がきれいなのは、どのテーブルにも灰皿が置いておらず、壁には「禁煙」の文字が書かれた紙が貼ってあるからだろう。まさに、現代の健康への興味の表れといえる。私はここで、待ち合わせをすることになっていたのだが、相手はまだ来ていないようだった。そこで私は待つ間、どこかに腰を下ろそうとして、空いている場所を探していた。入り口近くに幾つかテーブルが空いていたが、一人で座るには勇気が要りそうだったので、奥のほうの空席を探した。
 そして、ある一つの団体が集まっているテーブルのそばを通りかかったとき、一人の男が唐突に立ち上がって上の文句で私の元に近付いてきたのである。男は見た感じ、三十代半ばだった。顔はいたって平凡で、主だった特徴はなかったが、真面目そうな印象があった。薄い血色のよさそうな唇が人の良さそうな微笑をたたえていた。しかし、口だけに浮かべられた笑みは心から笑っているようには見えなかった。彼は私を探るように見ていたが、その目は邪なものではなく、どこか好奇心の滲み出たような純粋さを思わせた。私は困って、待ち合わせをしているのだが、と言ったのだが半ば強引に彼の仲間に引き入れられてしまった。
 席には私を含めて八人がいた。皆何の共通点もないように思えた。というのも、年齢が皆ばらばらだったからだ(見た目の感じで、だが)。服の趣味も違うようだし、一口に“友人たち”と表すには少し疑問があった。私が何も言えず、もじもじしていると、さっきとは別の男が私に言った。その男は坊主とまではいかないがとても短い髪で、頬がこけていた。鼻筋は指でつまんで折れるのではないかと思うほど細かった。その痩せ具合は不健康的というよりは、むしろとても健康的なもので、顔色も優れていた。見た目では二十代後半だろうか。その彼の話ではこの“クラブ”は年に二回ほどここに集まって、クラブ員が実際に体験した面白い話をするもので、発足はインターネット上であった。これまで、六年間続いており、クラブ員は皆面白い話を見つけることが日常になっているようだった。特に、『ゲン』さんという、初期の頃からのメンバーで毎回実に不思議で面白い話題を提供してくれる人がいるということだ。
「いやあ、恐縮です。おかしな出来事に出くわすのが人よりちょっと多いだけなんですがね」
 頭を掻きながら、照れるようにしていたのは『ゲン』だった。中年の男で、気さくそうな感じだった。髪の毛はくしゃくしゃだったが、清潔にしてあった。鼻の頭を掻くのが癖のようで、今も人差し指で撫でるようにしていた。その癖のせいか、彼の大きくて丸い団子鼻は全体的に赤みを帯びていた。その鼻に見られるように、顔の部品は殆どが大造りで、豪快な印象を与えた。
「でも本当にすごいのよ。彼の持ってくる話題は。現実にはあり得ないような不思議な話とかね」
 七人の中に女性は二人いたが、そのうちの一人、中年の女がまるで自分のことのように笑って言った。恰幅のいい人で、ソファにでんと構えていた。その様はまさに肝の据わったおばさんという感じだった。顔もまさにその典型とでもいうべきものだった。ぷっくりと膨らんだ頬はいつもほのかに紅潮しており、元気溌剌なイメージだった。その彼女の隣ではまだ若い――十代くらいだろうか――男が頷くように微笑んでいた。顔は白く、どこか女性のような印象を受けたが、体格はがっしりしているようであった。中性的な美少年とでもいうのだろうか。でも、その表情には空虚さが見られ、人間的な美しさというよりは造形的な美しさを思わせた。それは特に細い顎のラインに顕著であった。次に大声で話し出したのは、そのような声を出すには不似合いな、眼鏡をかけた男だった。彼の顔の部品は全て尖ったもので作られたように見えるほどで、顔全体もなんというか、鋭利な感じがした。ただ、目だけはいつもパッチリと開いていて、辺りをぎょろぎょろと見回すあたり、いつも周囲の状況を気にしているようだった。
「いろいろな話でしたよね。人が消えた話、おかしな格好をした人が出てくる話、不思議な老人の話……。本当にどれも不思議な話でしたよね」
 その頃の話を思い出してか、隣の若い女性も頷いていた。小さくてきれいな顔で、そのつくりと表情には不思議と神秘的な魅力を感じた。そのため、事あるごとに彼女を無意識的に彼女を見てしまう自分がいた。彼女はまっすぐな長い黒髪を腰の辺りまで伸ばしていた。丸くて大きい澄んだ瞳はどこか寂しそうな印象を受けた。その瞳が暗い湖の底を思わせたからそう感じたのかもしれない。
 皆が昔話に花を咲かせていると、先程私を引き入れた男がパンパンと手を叩いて、注目を集めた。司会者、というか、“クラブ”の幹事なのだろう。
「はいはい。皆さんも新しい話を聞きたくてうずうずしているでしょう。それでは始めましょうか。今回は……確か、『ゲン』さんからでしたよね。いきなりですけどね。じゃあ、『ゲン』さん、お願いします」
 『ゲン』は幹事に促されると、頷いて、咳払いを一つした。皆の期待を一身に集め、彼は語りだした。

 四ヶ月くらい前のことです。これから私が話そうと思っている出来事が起こったのは。皆さんもご存知でしょうが、私は地元の商店街で小さな書店を経営しているんです。小さい頃から本が大好きで、ずっと本に関係した仕事に就きたいと思っていたんです。もうかれこれ五年くらい店をやっているんですが、あれほど奇妙な出来事に出会ったのは初めてでした。
 あの日はとても寒い日で、お客さんも疎らでした。余談ですが、小さい書店といっても、本当に小さな店を想像されては困るんですが、通路は六つありますし、そんなに小さな店ではないです。そして、ウチは「量より質」をモットーにしていて、常連の方もいるんです。経営も苦しいということはありません。……さて、そんな時、一人のお客さんが入ってこられました。店内には他に二、三人ほどお客さんがいらっしゃいました。私はいつものようにカウンターのところに座って、お客さんたちを眺めていました。それで、私は入ってこられたお客さんを――こう言っては語弊があるかもしれませんが――観察していました。その方は暫く店内の本を見て回った後、文庫のコーナーに足を運びました。すると、次々と本を抜き出しては戻していくのです。私は数年前に万引きに遭ったことがありまして、警戒しながら見ていたんですが、その方は一冊の本も盗むことはありませんでした。それで、何冊かの本を抜いては戻しして、満足したのか、何も買わずに店を出て行ったんです。私はあのお客さんが何をしていたのだろうと思い、今しがたおかしな行為が行なわれたところへすぐに行ってみたんです。まあ、軽く掃除をしようと思っていたので、そのついでだったんですがね。すると、そこには奇妙な行為以上におかしな風景がありました。何故か何冊かの本が背表紙を本棚の奥に入れてあったんです。つまり、開きのほうが表に出ていて本のタイトルが見えなくなっていたんです。これではまずいと思い、私はひっくり返された本を元に戻しました。その時は本当に変な悪戯だ、と思っていたんです。
 ところがですよ、ところが次の日、私がいつものようにしていると一人のお客さんが入ってこられて、“昨日と同じことをしていったんです!” ひっくり返された本も、冊数も同じ。私はささやかながら度肝を抜かれましたよ。こんなことがあり得るのか、と。
 しかしそんなことで度肝を抜かれている場合じゃありませんでした。その次の日も同じことが起こったんです。ひっくり返されたのも同じ小林良太郎の『鬼の森の謎』が四冊。勿論、傷などは少しもついておらず、新品のままでした。
 次の日もその次の日も全く同じことが起こりました。そして、この奇妙な出来事が起こってから一週間がたち、もはや日常となってしまったのですが、八日目からはそれらの出来事がぷっつりとなくなったんです。それが起こる気配もなし。完全に途絶えたのです。
 あの出来事は一日に二度は起きませんでした。つまり、一週間で七人の人間が全く同じことをやっていったんです。何も買わないところも同じ。例の本をひっくり返す前に他の本を見て回っていたのも、です。時間こそばらばらでしたが、本当に不思議な出来事でした。私は気になって同じ商店街にある別の書店――商店街には本屋は私のところと、そこしかないんです――に話を聞きに行ったところ、そんなことは起こらなかったというのです。私はその時は不思議に思ったというよりも、途方に暮れていました。何しろ何故こんなことが起こったのか、見当もつかなかったのですから。

 『ゲン』の話が終わると皆は物語の世界から帰ってきたような表情を浮かべていた。私も彼の話に聞き入ってしまっていた。不思議な話だったな、と思っていると、他の人たちは好奇心に目を輝かせて、何かを考えているようだった。そう、私も後から気付いたのだが、『ゲン』の話は結末を持っていなかったのだ。多分、この“クラブ”では先に結末を言わないようになっているのだろう。暫くすると、『ゲン』が全員の顔を順繰りに眺め始めた。
「皆さん、どうですか? 彼らは何のために本をひっくり返していったのかお分かりになりますか?」
 彼はこの不思議な話の結末を知っているのだ。見当もつかないような行動に果たして理由などあるのだろうか。他の皆の顔を見てみると、誰もが我先に真相を述べてやろうというような表情で思いを巡らせているようだった。私は、これはほんのお遊びだと思っていたのだが、彼らの表情からは真剣な雰囲気が滲み出ており、ただならぬ、というのだろうか、とにかくそんなような空気が辺りに漂っていた。
「もしかして」
 沈黙を破ったのは、あの恰幅のいい中年の女性――『マリ』だった。
「これは推測だけど……。確か、本をひっくり返されて、『ゲン』さんはすぐに元に戻したって言っていたわよね?」
 考え込んでいた人たちも彼女の話に耳を傾けていた。それはまるで、早くも解かれてしまうのか、という危惧によるものだと思われた。『ゲン』は『マリ』の問いに頷いていたが、肝心の彼女はその仕草を待ってはいなかった。
「お金をレジから盗んだんじゃないかしら。『ゲン』さんが本を戻している隙を狙って。ほら、店の中には他にもお客さんがいたって言っていたし……。一週間かけてゆっくりと盗めば気付かれないでしょ?」
 じっと見つめ、不安そうな表情を浮かべる人たちを後目に『ゲン』は笑いながら答えた。その表情を見るなり、安心したのか、自分の頭の中の整理に戻る者もいたように思う。
「いいえ。言い忘れていましたが、他にお客さんがいない時もその出来事はありました。それに、毎日レジのお金はきちんとチェックしているので、お金が盗まれていないことも分かっているんです」
「あら、そう……。残念だったわねえ」
 『マリ』は諦めたようにぷいとそっぽを向いてしまい、今までの真剣な表情はどこかへいってしまった。今その顔は、子供が親に叱られて、ふてくされた様子によく似ていたので、私は心の中で思わず噴き出してしまった。それとほぼ同時に口を開いたのは私をここに引き入れた男――『マサ』だった。彼はなかなか頭が切れそうだったので、私は彼がこの奇妙な話に決着をつけることが出来るのかもしれないと思っていた。
「嫌がらせじゃないでしょうか。例えば、以前首にされたバイトがそんなことをしたのでは」
「いえ。だいいち私はこれまでバイトなどを雇ったことはありません。それに、もしそんなのがいたとしたら、顔を見ただけで分かると思いますよ」
 『マサ』の導き出した答えは少々期待はずれだったようだ。しかも彼は気になることがあると一つのことしか目に入らなくなるらしく、変装をしていたのでは、という質問を投げかけていた。
「いいえ。そんなことはありませんでした。体型や身長、性別はばらばらでした」
 そもそももしバイトが嫌がらせをしたのなら、何故時間をかける必要があったのか説明がつかないし、それ以前にバイトの存在を否定されているのに変装していたんじゃないか、なんていうのは愚問だ。自分の考えを打ちのめされて参ってしまったのかと思いきや、『マサ』は『マリ』と違い、非常に執念深かった。次の憶測を述べだしたのだ。彼の顔には赤みが差し、冷静さを失っているように私の目には映った。
「じゃあ、こういうのはどうです? 受験を控えた学生が、自宅で勉強する際、集中力が散漫しないように背表紙を本棚の奥に隠れるようにしまっていて、そんな学生が偶然続いた、と」
 これもおかしい。確かに偶然としては非常に可能性が低いが、起きないとは言えない。それ以前に集中力が散漫しないように本の置き方を工夫する人間が本屋に来るとは思えないし、もし来たのだとすれば、家でそんなことをしている意味がなくなってしまうではないか。ちょうど『ゲン』が同じようなことを言って『マサ』の考えを却下していた。つくづく私は人を見る目が無いのだな、と思い、少し悲しくなった。
 次に暫くの間をおいて発言したのは坊主のような短髪で痩せた男――『アキラ』だった。自分の考えに自信があるのか、その顔は迷いがないようだった。
「多分彼らは何かのメッセージを伝えようとしていたんですよ。『鬼の森の謎』というと、ちょっとマイナーですが、小林良太郎のデビュー作で、森の別荘で起こった惨殺事件を解決していくという推理物です。そして、ひっくり返した本は四冊。これは“死”を意味しているんじゃないでしょうか。つまり、何かの事件が起こり、それを伝えようとしたのでは」
 本当に彼らは考えてものを言っているのだろうか。そんなことを伝えるのなら、なにもその本でなくてもいい。それに、本当に何かを伝えたいのなら、何故間接的にメッセージを残すのか、何故一週間の間続けたのか全く説明がつかない。
 だがしかし、……確かに彼らが馬鹿みたいに推測しているのは分からないでもない。何故なら、『ゲン』の話の内容において、奇妙な行為をした人間の性格など、殆ど全てのことが不明なため、行動の真意を突き止めるのは非常に難しい、いや、殆ど不可能といっていいからだ。本当に答えなど見出せるのだろうか。『ゲン』の話はその結末を推理させるにはアンフェアなのではないか。私の心の中に小さな疑心が生まれたのは言うまでもない。私は思っていることが顔に出やすい性質なので、この疑心が表に出ないように無表情を決め込むことはそう簡単なことではなかった。
『ゲン』が『アキラ』に、その推測が正しくないというようなことを言っていた最中、『アキラ』が笑みを浮かべ、手を叩いた。それは適当な答えを見つけられた、ということを物語るようであった。
「分かった。何かのサークルかなんかで暗号を作って、それを何の目的も無くやったんだとしたらどうです?」
「た、確かにあり得ないことじゃないですね。……でも、違うんです、残念ながら」
「分かりましたよ」
 大きな声が聞こえたのであの鋭利な男――『トモ』だとすぐに分かった。
「実に大変なことだったと私は推理しますね。殺人事件が起こったのです」
 殺人事件! なんと突拍子もないことを言うのか。『マリ』は彼の方を見て、なんでも殺人にしてしまうのは悪い癖じゃないかしら、とぼやいていた。『トモ』はそんなことはお構いなしといった感じであった。負け惜しみを言った者を嘲るように鼻で『マリ』を笑うと、『トモ』は眼鏡を中指で少し押し上げた。
「その本に殺人事件に関わるヒント――例えばトリックとか――か何かがあったとしたら? そしてその本を犯行現場から隠そうとしてやったのではないでしょうか。本をひっくり返したのは見せかけです。その七人は殺人事件の共犯者たちだったんです」
 なるほど、確かに考えられないことではない。ただ、何故犯人達は人目につくような方法を取ったのか。それは「本をひっくり返す前に他の本を見て回っていた」という、素振りを隠す行動(本をひっくり返すためだけに来たのを隠すこと)とは矛盾を生じているように思える。だいいち、何故見せかけを行なう必要があったのだろうか。これこそ説明がつかない。『ゲン』も同じように『トモ』の答えを否定していた。
 私は思わず、はっとしてしまった。というのも、私の隣に座っていた色白の少年――『ヤス』がボソッと意見を口にしたからだった。恥ずかしながら、私は一人で内心狼狽していた。そのため、あまり『ヤス』の言葉が聞き取れなかったが、だいたいこんな感じだったように思う。
「近所の本屋の嫌がらせなんじゃないですか?」
 『ヤス』は何度も咳払いをして苦労して言い終わったようだったが、これはすぐに『ゲン』によって否定された。というのも、彼は話の中で「同じ商店街にある別の書店に話を聞きに行った」と言っており、話を聞きにいけるほどの本屋が嫌がらせをするとは考えられないからだ。
 最後に推測を述べたのは、あのミステリアスな彼女――『ゆう』だった。彼女のそれはドラマティックなものだったが、そのようなことを口にするとは、予想もつかなかった。女性らしいといえばそうであった。
「もしかして、『ゲン』さんに好意を抱いている女性が気を引こうとして彼女の仲間と一緒にやったんじゃないでしょうか?」
 現実離れした話ともいえるが、ありそうな話ではあった。しかし、何故そこまで間接的な行為をしたのか。むしろ、そこまで間接的だと、相手には嫌われてしまうだろう。現に当の本人は悪戯だと思っていたのだから。
 こうしてメンバー全員が、頭を振り絞ってか知らないが、導き出した推測は全て否定されてしまった。すると、彼らは全員私の方に視線を向けたのである。その視線の注目の仕方は実に見事なもので、一斉に十四の瞳がこちらを向いたのだった。これはつまり、あなたも意見をどうぞ、ということなのだろう。私は半ば困惑した。何故なら、今まで他人の出した回答にけちをつけてばかりいて、ろくに考えてなどいなかったからだ。そもそも考えようにも、私の中で徐々に形を取っていった疑心が拒むようにして私の思考の前に立ちはだかるのである。
 一週間に現れた七人の人物。その全員が全く同じことをしていった。これは何か一つの意志に基づいていると考えられる。更に、『ゲン』の話を解くにあたって、説明されなくてはいけないことがあった。何故七人が本をひっくり返したのか。何故七日間だけそれが行なわれたのか。何故その書店で行なわれたのか。何故目につくようなことをしたのか。そして、七人の中の誰が首謀者なのか、それとも別の人間がそうなのか。
 一つ考えは浮かんだが、これは彼らに失礼だったので、私は言うことができなかった。それはこういうものだ。私の前にいる七人はその問題の本屋に一週間の内に現れた七人で、悪戯をして本屋の主人が困っているのを面白がって見ていた。ついにそれを誰かに話したくなり、こういうかたちで話した。……自分では結構いい線をいっているのだと思うのだが、やはり最後まで言うことは出来なかった。
「いや、分かりません。見当もつかないですよ」
 推測はいくらでも――それこそ無限とは言わないが――立てられるだろう。私の出した考えが彼らに失礼だったのもあるが、なによりこの、釈然としない気持ちが私の口を噤ませたのだ。
 私の情けない返事を聞いて、幹事の『マサ』は『ゲン』に目配せして先を話すように促した。皆の目は『ゲン』に釘付けにされていた。私は半ば疑惑の念を抱きながら、彼の話に耳を傾けた。

「先程、『アキラ』さんも仰っていましたが、ひっくり返された本、『鬼の森の謎』は小林良太郎のデビュー作です。この本は当時発売されたばかりのものだったんです。ところで皆さん、本棚に入っている本のタイトルが見えないように置かれていたらどうしますか? やはり元に戻してタイトルを見たいと思いますよね。つまり、今回の奇妙な出来事の真相はそういうことなんです。“タイトルを見せないことによってその本に興味を持たせるため”だったんです。どういうことか……、つまり作者思いの出版社の人間がチームでこの奇妙な行為をしたのです(ただ、ひっくり返された本は全て私が元に戻してしまったのですが)。これが真相だったのです。現にその出版社は私の書店から割と近いところにあり、このことを行なうにはとても都合がよかったのです」
 一同は水を打ったようにしんと静まり返っていた。まわりのテーブルの話し声が高くなっていた。クラブ員たちは、ある者は口を半開きにして中身が抜けたようになっていたし、ある者は眉間に皺を寄せて、『ゲン』の話した内容を反芻するように口元でもごもごやっていた。
 私はといえば、全くといっていいほど納得が出来なかった。何故そう思ったのかというと、まず一つ目の理由は、同じ店に何人もの人間が訪れていることだ。何故同じ店に? 商店街には他にもう一つ店があったのだから、当然そこでも奇妙なことは起こったはずである。しかし、話の中で『ゲン』は「その奇妙な出来事はウチでしか起こっていない」といっていたのだ。第二に、何故小さな書店にやって来たのか。たとえ作者思いの出版社の人間がいたとしても、やはり目的は「売り上げを増加させる」ことだ。それは小さな店一つでは到底なされないだろう。第三は、余計かもしれないが、ひっくり返された本を手に取った人間が興味を持つような魅力が『鬼の森の謎』という題名にあるのか。ひっくり返された本を手に取るとき、まず目にするのは背表紙だろう。そこに書かれた題名がつまらなければ、本をひっくり返した甲斐がないというものだ。
 以上の点から私は『ゲン』に疑いを持ったのだ。それは彼が話の真相について嘘を吐いているというものである。私の中の疑心はますます形を取っていき、ぶくぶくと膨らんでいった。そして、『ゲン』が嘘を吐いているということは私にもっと多くを語りだした。それはかなり重要なように思えた。
“『ゲン』は本当にクラブ員なのか”。疑問の余地が多分に残る答えを提示した彼。つまり、彼はこの話の結末を知らないことになる。ところで、いくら魅力的な謎でも真相が非合理的だと、納得がいかずつまらない、または気分を害されるということもあるだろう。今の『ゲン』はまさにそれで、答えがないのに面白い話とはいえないのだ。奇妙な謎を提示して、それに対して「何故?」と聞かれることは明白だろう。その問いに答えられないということは、クラブ員ならばあり得ないのではないか。“『ゲン』は本当にクラブ員なのだろうか”。ここまで彼は色々な面白い話をしてきたと言っていたが、それは本当のことなのか。
 ここで私はとんでもないように思えるが、最もあり得ると考えられる推測を得ることになったのだ。大袈裟かもしれない。今日は四月の初め、“April Fool”なのだ。思えば、私が一人の男に声をかけられたとき、私はただ彼らの側を通っただけだった。そして、強引に仲間に引き入れられたのだ。何が言いたいのかというと、私はもしかしたら、この七人にまんまとしてやられたのかもしれないのだ。この“クラブ”自体が嘘なのではないか。私はそれさえも疑わしく思った。


奇妙なクラブ2へ続く
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