ミステリーの醍醐味

    

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CMWC NONEL COMPETITION6

ミステリーの醍醐味

作:嵩宮鈴子
「書けない。」
ため息とともに大きな声で私は嘆いた。
腕を伸ばしてのけぞると、年期の入ったリクライニングチェアは激しくきしんだ。
今日は連載原稿の〆切日だ。〆切日とは小説家にとってまさに窮地と言える。推理作家である私、愛知和夫の信用にかけて〆切に遅れるなどとは決してあってはならない状況なのだ。
「今回のスペースに穴を開けたら、次回の連載の話は頓挫するぞ。」
声ががらんとした部屋に響いた、思わず自分のわざとらしさに咳払いをしてしまった。
しばらく考えて受話器を取り上げた、とりあえずは時間稼ぎだ。
「あっ、もしもし愛知だが。ああ編集長どうも。実は今日の最終回の原稿の件だがね、こっちのメールの調子がイマイチ良くないんだよ。そう、もう書き上がってはいるんだが、データが送れそうになくて。それで大変申し訳ないのだが誰か寄越してもらえないかな。あっ、ついでにパソコンをみて欲しいのでメカに強い若手を指名してもいいかな。そうだこの前入ったばかりの前園君といったかな、彼を頼むよ。まだ私自身会った事ないし、初めて会う人間と話すといいアイデアも湧くというものだ。」
聞き取りづらい雑音の激しい電話の奥で、編集長は同意の返事をした。
受話器を置いてすぐ、私はパソコンをたちあげた。

一時間半後―
一台の黒いキューブが軽井沢の愛知和夫の自宅の前に停まり、若い男が降りてきた。東京からもの凄く飛ばしてきたため少しばかり疲れたが、そうも言っていられない。なるべく短時間で仕事を済ませなければならない。そう、とにかく時間がないのだから。何としてでも急いで原稿を受け取らねば。
前園は、キューブのサイドミラーで手早く前髪を整えると玄関までの緩いスロープを軽快に登って行った。
家の中に入っていくと、家政婦らしい女性に連れられて二階あがった。書斎に入るとそこには初老の男性が一人で困った顔をしてこちらを見ていた。まさかこの後とんでもなく驚かされるとは夢にも思わず、俺はそのじいさんにのんきに笑いかけた。
するとじいさんは一切笑わず一枚の紙を渡してきた、戸惑う若造になおも無言でその紙を見るよう視線で訴えてきたので、仕方なく目を落とすとそこには信じられない事が書かれていた。


田島書房 是北さま
地位出版 前園さま

愛知和夫です。
お二人とも、遠くからわざわざお越しいただいた所申し訳ありませんが、
今日はおふたりに原稿を持ち帰っていただく訳にはいかなくなりました。
実は、本日二つの連載の最終回を書き上がる予定になっておりました、二つのストーリーを完結しなくてはいけない訳です。しかし、私も年なんでしょうな。なかなかアイデアが出てこない。そこである提案をしようと思うのです。
先程までに書けたのは一つの解決編のみです。しかし、登場人物の名前を差し替えれば、あなたたち両社の連載のどちらも完結できるものに仕上がっています。
そこで、この原稿のデータをかけておふたりにゲームをしていただきます。
勝った方にこのデータをお渡しします。
ルールはいたって簡単です。私を見つけだしてください、それだけです。
また条件をフェアにするため、私はある場所から両者がこの部屋にそろうのを見届けてから逃走または隠れる事にします。
あきらめて穴埋め原稿を手配するのも結構ですよ。
それでは、がんばってくださいね。



俺はあぜんとして動けなかった。
それを見ていた是北という男はソファにどかっと座り込み口を開いた。
「実は、僕は先生の担当長いんだがこう逃げ出すのはしょっちゅうで、まったく参ったものだ。さてこうしていても始まらないどうするかね。」
「やるしかないでしょうね。まったく悪趣味な作家だ。」
俺はつぶやくとじいさんも頷いた。

二人で、どれくらいの時間屋敷中を探しまわっただろう。疲れて前園はソファに座り込んだ。相変わらず是北と言うじいさんはくるくると動き回っている。まるで今時の若いもんはと言わんばかりだ。
前園は、腕時計に目を落とす。焦りが汗と共に吹き出してきた、まずい時間がないぞ。このじいさんなら、力ずくで原稿を奪い取る自信は十分にあるが…。肝心のもの自体が見つかりそうにない。
その時だった、ある事が頭をかすめた。
誰だったか言っていた、愛知と言う作家のトリックは常に人の盲点を突いてくると。
そうか、だから彼は電話で前園を寄越せと言ったのだ。前園が愛知の顔を知らないから…。
思わず奇妙な笑いが前園の口から漏れた。それは実に意味深で不気味な笑いだった。「愛知さん、俺はあなたに勝ちましたよ。」
聞こえるか聞こえないかの声で前園はつぶやいた。
そのおかしな笑い声に反応するかのように是北のじいさんは振り返った。
「是北さん、このゲーム僕の勝ちです。いいえ愛知さん。どうです、僕はあなたを見つけましたよ。さあ、急がないと本当に〆切に間に合わなくなります。原稿を僕に渡してください。」
是北、いや愛知は豪快に笑い出した。それは観念の意味のこもった笑いであった。前園はまた腕時計を眺めて言った。明らかに苛立を込めた言い方だった。
「さあ、原稿をください。茶番は終わりです最終回に穴を開けたら、本当に新しい連載の企画もおじゃんになりますよ。」

愛知和夫は、笑いをようやく抑えた声でこう切り出した。
「茶番は終わり…?そのセリフそっくり君にお返しするよ。君は先程からやたらと時間を気にしているね、それは何故だい?」
「何故って、決まっているでしょう。あなたの〆切の…。」
愛知は制するように手を出すと静かに言った。
「君が焦っているのは、本物の前園君がここへ来る前に姿を消さなきゃいけないからではないのかい?偽前園君。君に原稿を渡す訳にはいかないよ。何故なら君は僕の原稿とともにどこかへ隠れるつもりだろうからね。目的は僕の連載に穴を開けて、僕の信用を失墜させる事にある。」間をおいて続けた。
「どうだい違うかい?」
若い男は声を失った。自分が間抜けに口を開けている事を理解するのにやや時間がかかった。
「何言ってるんですか。僕は前園ですよ、あなたに電話で呼び出されたから編集長に命じられてここへ来たんです。そんなのあなた自身が分かっている事じゃないですか。僕が前園じゃないって証拠でもあるんですか?ないなら失礼します。全く冗談じゃない。」
愛知は何気なく移動して部屋の出口をふさいでいた。
「最近ね、電話にやたらと雑音が混じるようになったんだ。それが盗聴されているときの症状だと気づくのにそんなに時間はかからなかった。日頃からそういう事には敏感でね、仕事柄かな。」愛知は続ける。
「すぐに、部屋中を探した。そしたら部屋中から盗聴器が発見されたよ、たしか3カ所だったよ。見つけられていないものもあるかもしれないけどね。」
男はつばを飲み込んだ。3カ所…ぴったりである。
「でも、それはそのまま置いておく事にした。興味が湧いたんだよ、こんな老いぼれの小説家の私生活を知ってなにが楽しいのかって。若い娘さんならまだしもね。」愛知は笑ってみせた。若い男はくすりともしない、先程にも増して蒼白になっている。
「最近になるとパソコンがいじられている形跡もでてきたんだ。なぜか朝になるとパソコンのデータが消されていたりする。君は知らなかったようだね、僕は執筆はワープロなんだよ、使い慣れてるからね。編集に送るときだけメールを使うんだ。だからパソコンをいじられても何ら困りはしない、けれどこれで犯人の目的はどうやら僕の原稿らしいという事が分かった。」
もはや、若い男はうつむいて微動だにしなかった。
「同じ頃、東京の編集者から僕の後釜にと、自分の原稿を何度も持ち込んでいると言う若者の存在をちらほら聞かされるようになった、新人賞をとった作家らしいが自作の発表の場がなかなか見つからず焦っているらしい事もね。そして彼がやたらと僕にライバル心を抱いている事も。そこで僕は彼をストーカーの目星をつけておびき出す罠を張ったのさ。」
「盗聴を逆手に取る事、餌は相手が欲しがっている僕の原稿。どう、完璧だろう?君に聞かせる目的の電話をかけた後、すぐにメールで原稿を送って、パソコンの調子が戻ったので先程の電話の内容は忘れてくれと打った。先方は、メールのチェックが頻繁なので編集社の人間がやってくること自体おかしいということになるね。さっきのゲームは、僕のほんのご挨拶だよ。君はすばらしい推理力を持っているじゃないか、いくらでもいい作品を書けると思うよ。」いつの間にか西日が夕日に変わっていた。
「東京に帰って作品を書きたまえ。」

「愛知先生参りました。」
首をうなだれている若い作家に向かって、初老の作家は片目をつむって言った。
「笑いたまえ。境地の時こそ楽しまなくてどうする?ミステリーの醍醐味はそこにあるんだよ。」と。

【了】

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