その横顔は、湧き上がる嬉しさを押さえきれない、という感じで。
一瞬、声をかけるのを躊躇ってしまった。
「秋山!!」
だが、「話したい」という想いは容易くそれを上回り、気付けば普通に名前を呼んでいた。
「何ですか?」
当然のごとく振り返った秋山は、口元を緩ませたまま。
戦い終わった達成感もあるのだろうが、ちょっと力抜けすぎではないか、とさえ思ってしまう。
「えーと。とりあえず、優勝おめでとうな」
「ありがとうございます!!」
深々と下げた頭を上げた瞬間、漆黒の髪がはらりと舞って。
目にかかってちょっと慌てる様子とか前髪を整えるようすとか、そんな彼にとってのいつもの仕草から目が離せない。
そう、ずっと前から。
「え、と…秋山。ちょっと、話したいんだけど」
「?まだ何かあるんですか??」
「…ああ」
秋山の周りには、優勝の祝福をしたがっているであろう後輩達が何人もスタンバって、こちらの様子を伺っている。
しかも、どんどんと人数は増えていくばかり。
…コイツらには悪いが、これ以上の話は他人に聞かせるわけにはいかない。
「来い!!秋山!!」
「え!!えぇ!!?」
僅かな隙をついて腕を掴むと、即ダッシュ!!
秋山の身体は自動的に俺について走る形になり、周りにいた人間は誰もが唖然としている。
よし、これで予定通り。
あとは…逃げ場の無い、俺の勇気次第の勝負。
さすがにピットの隅まで来ると、誰も人はいなかった。
その代わり、俺も秋山も随分と息はあがってしまったけれど。
「あっ…赤岩さん!!なんですか、いきなりっ!!」
両手を膝に置き、秋山は首だけでこちらを見上げた。
少しばかり俺より身長の高い彼に見上げられることなどほとんどないので、思わず息が詰まる。
この早すぎる鼓動は、走った疲れのせいか、それとも…。
「…秋山」
「だから、何ですかって」
優勝を決めた時の泣きそうな笑顔。
レース前の緊張の面持ち。
モーターやペラへと注がれる真剣な視線。
そして、この子供っぽいむっとした表情。
そのどれもが彼の一部であって…どれもが、鮮明に心に刻まれていく。
「秋山。これで、俺もお前も新鋭卒業だな」
「?そうですね」
「つまりは、もうリーグ戦にも出てこないってことだ」
「まあ、卒業ですし」
俺の言わんとしていることがわからず、首を傾げる秋山。
「?赤岩さん??」
「…俺の責任ってことはわかってるけどさ。でも、今更ながら後悔してしまうな」
「ひとりで話進めないでくださいよぉ…」
あまりにもったいぶった態度に勝利の喜びも消えうせたのか、彼の表情はすっかり不快そうなものへとかわってしまった。
ついでに言うと、起き上がったために目線も同じ高さに。
…残念。
「~…なんていうかさ。その…俺、は…」
「はっきり言ってくださいよ。まだ挨拶してない人だってたくさんいるんですから」
「ちょっと待てって。どういえばいいものか…」
「赤岩さんらしくないですよ。そんなにじ~っと考え込むなんて」
「………」
「ささっと言って、ささっと終わらせてください。ほら、早く早く」
「~…あーもうっ!!!だから、俺は俺が許せねえんだよ!!」
…なんで、こうなるのか。
「…意味、わかんないんですけど??」
「うるせー!!自分のせいとはいえ、俺は今B1だろ!?記念とかの斡旋もなくて、ほとんど一般だろ!?」
「ええ、まあ…そうですけど…」
「何か問題でも?」と疑問符を浮かべたまま見つめる秋山を見ていると、どうにも自分が抑えきれなくなってきた。
自分本位な考えだとわかっている。
だが、それでも「どうしてわからないんだ」という怒りにも似た感情が湧き上がってきて。
感情のまま、力いっぱいに怒鳴っていた。
「お前と走れなきゃ意味も何もねえんだよ!!!」
間を、置いて。
「…へ???」
秋山の口から出たのは、本当に間の抜けた、返事ともいえない声だった。
「あの…それ、どういう…??」
「だからっ…!!…たぶん、来期までもう一緒の斡旋なんて望めねえだろ?」
言った後から、だんだんと恥ずかしさが込み上げ、つい目を逸らしてしまう。
秋山もなんだか俯いているから、おあいこだ。
「…新鋭なら、まだA1とB1でも一緒に走れたんだけどな」
「赤岩さん…」
名前を呼ばれただけで、ドキドキする。
昔、まだ普通に学生生活を楽しんでいた時に数度味わった感情。
あの頃と違うのは、本気で心臓が破裂しそうなのと、相手が同性であるということ。
「秋山…俺は」
そして、ちゃんと言葉に出せるようになったこと。
「お前が、好きだ」
「正直に言っておきたかったんだ。また離れ離れになる前に…」
「…はい」
相槌をうってはいるものの、秋山の頭には半分の内容も伝わってはいないだろう。
だけど、今はこれでいい。
むしろ、興奮しすぎて忘れてしまったとしても、構わない。
これは…俺自身への、ケジメに近いから。
「引き留めて悪かったな。さ、戻ってやれよ」
軽く頭を小突くと、俺は歩を早めた。
これ以上秋山を見ていたら、それこそ離れるのが惜しくなってしまいそうだった。
エゴに付き合わせたために混乱しているであろう彼を、これ以上束縛したくもない。
だから…。
「赤岩さん」
そう呼ばれた時も、振り向くか迷ってしまった。
「戻ってきてくださいよ。絶対に」
「は?」
「A1の舞台…!!GⅠとかSGとか、来期まで待ってますから」
そして互いに向かい合った瞬間、驚きの目と決心の目が正面からぶつかった。
「次の、一緒に走るSG…俺、その時に返事しますから。それが…俺のケジメですから」
どうやら、俺は随分と質の良い目を持っていたらしい。
俺が真剣に好きになった人は、可愛くて一生懸命で強くて…そして、だれより男らしいやつだった。
「…忘れんなよ。その約束」
「…はい」
「とまあ、こういうわけなんですけど」
クッションに顔を埋め、恥ずかしそうに顔を赤くする。
「…どうしましょう、山崎先輩…」
「どうしようもなにも…返事、するんでしょ?時間もあるんだし、ゆっくり考えなよ」
「時間、か…でも、半年や1年なんてあっという間だし…」
思い悩む後輩に、微笑む山崎。
「まあ、一生懸命に考えることだね。こればっかりは、本人の問題だし」
『本人の問題』。
そういうわけで、山崎は黙っておくことにした。
(…直之も、たぶん赤岩くんに惹かれてるんだろうけどね…)
けれど、それこそ自分できづかなければ意味をなさないから。
「…でも、半年もないでしょ?」
「え?」
「だって彼…2ヵ月後の総理杯には出るんじゃ…」
「………あ!!!」