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「悪夢の一日前」


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「お願いだ、助けてくれ」

だが奴は冷たい目で俺をみる。それは生きた人間を見る目じゃない。

「何の事だね」
「とぼけないでくれ。3日前に俺にした注射、あれが理想郷への第一歩だなんてデタラメだろう」
「分からないな。言っただろう、あれは君達を幸せにする薬なんだよ」

奴が村に来たのは丁度1ヶ月前、最初は相手にする人間は殆どいなかった。そりゃそうだろう、奇跡とか、人知を超えた力、なんて話をする奴はペテン師と相場が決まっている。でも奴は語り続けた、毎日毎日村の広場で。そのうち立ち止まって話を聞く奴が少しづつ増えてきた。そしてある日、噂を聞いた領主がやってきて奴にすっかり感化されてしまい、それがきっかけで他の多くの村人達も。やがて殆どの村人は奴の信者になった。

「気がついているぞ!、あの薬はそんな物じゃない、もっと何か、そう、人を根こそぎ変えてしまうようなものだ!」

奴が村人達に理想郷を現実にする薬と称する物を注射し始めたのは10日前だった。その頃はほぼ全ての村人が奴の信者になり、人数が多いため数日にわたって注射を行う事になった。俺は最後のグループで3日前に注射をし終えた、全員に注射するのにちょうど1週間かかった訳だ。その日、俺はやっと皆と一緒になれた事で安心していたし、これで理想郷を実現するための力を手に入れられると信じていた。だが今日、俺は現実を見てしまった。

「何でそんな事を言い出すのか分からないが、安心したまえ。私に任せておけば全てが上手く進む」
「ウソだ!、俺は見たんだ。最初に注射された奴の背中から何か得体の知れないグニグニした物が飛び出しているのを!」

正直全くおかしいと思わなかった訳じゃない。最初に注射をした奴らは5日目位から少し様子が変だった。何かこう無気力な感じになって顔色も悪かったが、それでもうっすら笑ったような顔をするようになった。その顔はまるでデスマスクのように見えたが、何より気になったのはそいつらの目だ。何かを見ているようで実は何も見えていない、意思を感じないガラス玉のような目。だがそれも奇跡の力を手に入れるための一時的な状態だと説明されて、皆、納得した様子だった。もっとも俺を含めた全員が、納得するしか選択肢がなかったのかもしれない。既に村人の3分の2以上は注射が済んでいた訳だし、そこで何かおかしいと思っても、もう引き返せない所まで来ていたからな。こういう閉鎖された村社会では全員が運命共同体みたいなもので、半数以上が良しとする事態になったらそれは常に全員の合意になるんだ。

「ほう、もうそんなに成長したか、思ったより早いな。私の見込んだとおり、ここの村人達はあれの培養に向いていたようだ」

何の話か分からないが俺は奴の言葉を聴いた瞬間恐怖した。やっぱり全員何か別の物になってしまう、いや違う、本当に怖かったのは皆じゃなくて俺が、俺自身が俺じゃなくってしまうって思ったからだ。それは死の恐怖そのものだった。死んだ後、人はいったいどうなるのか、俺が俺じゃなくなったら、俺はその後どうなるのか。

「お願いです、何でもします、俺だけは助けてください」
「ほう、他の奴らがどうなっても良いと言うのか」
「はい、お願いです。俺は嫌です」
「そうか....。お前はそのままでも役に立てるかもしれないな.....。じゃあ一つテストをしてみようか」

その言葉を聞いて俺は心底嬉しかった。助かる方法があり、俺だけがそのチャンスを手に入れる事ができたんだから。正直に言おう、奴のその後の言葉を聞いても俺はまだ歓喜の中にいたんだ。

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