冷涼な風が吹き、木々が震える中、その場にいる少女二人は戦いの構えを取ったまま微動だにしない。戦いは完全な膠着状態に陥っていた。
 珠姫と言葉、この二人が出会ってからもう半時間ほどの時が経つ。そしてその中で剣を合わせたのはたった二回限りだ。
 まず最初の激突が二人が名乗りを挙げて同時に切り結んだとき。それから少し間を置いた二度目の衝突は突如遠方からサイレンの音が鳴り響いたとき。 それ以降は互いの隙を伺いながら、身動ぎ一つせずに構えだけとりその場に佇んでいた。
 珠姫は基本に忠実な中段の構えをとり、言葉は右脇構えの形だ。これまでに言葉は無く、ただ風が吹くのみだった。

 川添珠姫は焦っていた。まったくこちらから手を出せずにいたのだ。傍目から見たら拮抗した形になっているかも知れないが、その実こちらが明らかに不利な状態だ。
 珠姫は別段、剣の腕が言葉に劣っているわけではない。むしろ凌駕していると言ってもいい。これがただの、といっても前提がおかしいが居合と剣道の異種戦なら、最初にぶつかり合った時点で珠姫が勝利していたかも知れない。
 中学のときに始めた言葉の居合。彼女には才能があり、腕も相当なものである。しかし珠姫は物心ついた頃から剣を握っていたのだ。毎日、家の道場で大人を相手に稽古もしている。単純な剣速だけならば言葉が上かもしれないが、体力、筋力、足捌き、技量、そして圧倒的な経験の差。全ての面において珠姫は言葉の上を行く。

 ならば何故、苦戦を強いられているのか。

 それには複数の理由がある。まずはお互いに持つ得物の差。
 今、二人が使用しているのは本物の刀だ。珠姫がいつも使う竹刀とは使い勝手がまるで違う。そして言葉は居合の修練において、真剣を何度も握っており使い慣れている。握った事も無い道具を使う者と使い慣れた道具を使う者、どちらが有利かは言うまでも無い。これが一つ目。

 二つ目、攻撃範囲の差。珠姫と言葉の力の差はそれほど大きなものではなく、決して気の抜ける相手ではない。全力で掛からねば珠姫は一瞬で斬り殺されるだろう。現に先の二回の激突により右頬と咽に薄らとした一文字の傷がつけられている。そしてこの手加減ができない状況というのが問題だった。
 これが竹刀ならまだいい。力一杯相手にぶつけようと痛いで済むのだから。
 しかし珠姫が今持つのは真剣。鞘に覆われているとはいえ、それは高い硬度を持つ立派な凶器である。これを全力で、防具を着けていない目の前の華奢な少女に打ち込めばどうなるか――ただでは済まないだろう。これによって珠姫の攻撃可能な範囲は極端に狭まる。

 面に打ち込む?――不可。頭蓋を砕き脳に何らかの障害を招くかもしれない。
 胴に打ち込む?――不可。骨がへし折れて内臓を傷つける恐れがある。
 喉元目掛けて突き込む?――論外。間違いなく、命に関わる。

 実際にはどうなるのかは珠姫にはわからない。が、それらの可能性が無いとは言えない。足か、腕か。この二つしか選択肢は無い。少なくとも今の珠姫にはこれ以外の方法は思いつかなかった。そして珠姫の狙いは言葉に既に読まれていた。この状態で珠姫が一撃を加えるのは極めて困難だった。
 対して言葉は? ……どこにでも自由に打ち込める。遠慮など皆無だろう。腕を裂き、足を断ち、胴を薙ぎ、頭を割り、首を刈る。まさに選り取り見取りだ。防具もつけず、その白刃をまともに一太刀でも貰えば珠姫の敗北は確定する。

 そして最後の三つ目、それは覚悟の差。これが一番の問題だった。
 言葉は既に殺人に対する忌避感は失っているのか、振るう剣に一片の迷いも無い。対して珠姫には傷つける覚悟が、殺す覚悟ができていない。それをしようとも思っていない。だから剣が鈍る、動きが鈍る。これはこの場に置いて致命的な差だった。

 しかし――川添珠姫は諦めない。決して諦めたりはしない。今、目の前の存在を見逃せば室江高の仲間に危険が及ぶかもしれない。また、誰かの血が流されるかもしれない。
 だからこそこの場で無力化しなければならない。もう殺人を繰り返させないめに――珠姫が憧れる正義の味方として。
 そしてなにより、珠姫はこの強敵に勝ちたかった。それは純粋な、一人の剣士としての願い。
 静かに息を吐き気を入れ直す。そして精神を奮い立たせる叫びを挙げようとしたとき、

「参りました。降参します」

 相手の敗北宣言を聞く事になった。構えも解いて自然体になっている。
「えっ…………?」
 これには流石に珠姫も呆気に取られた。僅かに体勢が崩れるが、慌ててそれを立て直す。
 何故そんな事を? 珠姫は構えはそのままに疑問を声にする。

「……何故ですか?」
「こうしているのが馬鹿らしくなったので。それに疲れました。
 川添さんは見かけに寄らずタフですね」

 いきなりそんな事をいわれてもそう簡単には信用できるものではない。
 ましてさっきまで事実上の殺し合いをしていたのだから尚更だ。
 やる気がないのだったらと珠姫は声を出す。

「それでしたら私に刀を渡してください」
「嫌です」

 きっぱりと断られた。刀を鞘に収めながら――今までは身体の陰に隠れて見えなかったのだがやたらと長い刀だ。良くあんなものを使えるものだと思う――ついで言葉は一言。

「大切な人を守れなくなるじゃないですか」
「…………しかしあなたは人を殺した」
「あれは正当防衛です。川添さんはその場を見てないから
 信用できないかもしれませんが、私は殺し合いにはのっていません。
 まあ、こんな状況ですから疑うのも無理は無いかもしれませんが」

 あくまで淡々と言葉はそう口にした。
 確かに珠姫はたまたまこの場をを目にしただけ。事の真偽は定かではない。

「……じゃあ、何故私に剣を向けたんですか?」
「あれはあなたから仕掛けてきませんでしたか? 私は立ち去ろうとしましたよ」
「…………」

 言われてみればその通りだった。確かに自分が彼女を引きとめていた。……何故だか自分の方が悪い事をしたような気になったので、とりあえず頭を下げて謝る事にした。構えも解くことにする。

「……すみません」
「いえ、いいんです。誤解されても仕方ありませんし。
 ……それでは私は失礼します。
 私には守らなければならない人がいるので」

 そう言って言葉は踵を返し、この場を後にしようとするが、
 「……待ってください」それを珠姫は引き止めた。

「なんですか、まだ何か私に用でも?」
「私も桂さんについていきます」
「…………そうですか」

 振り返り言葉は珠姫に視線を送る。珠姫には言葉の発言が嘘か真か、判断はつかない。だからそれを確かめるために言葉の後についていこうと考えた。
 現状、室江高の人間がどこにいるのかわからないのだから言葉と一緒に行動しても問題は無い、と珠姫は考える。そして、もしも彼女が殺し合いに乗っているのならば今度こそ無力化しようと。……ただどうやって無力化するのか、その手段は考え付かなかったが。

「私の事が信用できないんですね」
「……失礼ながら」
「だから私が誰かを襲わないように見張ろうと」
「その通りです」
「……まあ、私は別に構いませんよ。
 川添さんと一緒なのは心強いですしね」

 あっさりと許可が下りた。戦うのに邪魔なので地面に置いておいたデイパックを拾い上げながら、言葉は続けて言った。

「そうですね、自己紹介は歩きながらするとして……
 まずはそこに落ちている荷物をどうするか考えましょうか」
「荷物?」
「そこに転がっている……相馬光子さんの荷物ですよ。
 川添さんも彼女の持ってた銃をバッグの中にいれてたじゃないですか」

 そう言われて珠姫は気が付いた。確かに足元にあった銃を拾い上げてデイパックの中に入れている。何故そんな事をしたのか、血に塗れた首なし死体を見て気が動転していたのだろうか。

「で、持っていきますか?」
「いえ……これは置いていきます」

 そう言って珠姫も自分のデイパックを拾い上げ、その中から拾った銃を取り出した。 そして同じく光子のデイパックを拾い上げてその中にしまう。

「どうしてです? 銃はともかく食料や水は貴重ですよ。
 私は今持っている分で充分ですから別にいいのですが」
「…………私は」
「私は?」
「…………いえ、なんでもないです」
「……まあ、いいですけどね」

 私は正義の味方ですから、その一言を言おうと思った。だが口にできなかった。今の自分ににそれを言える資格があるのかどうか。……あの教室で何も出来なかった事を珠姫は悔いていた。
 それと珠姫自身、何故荷物をを持っていきたくないのか、その理由が良くわかっていなかった。死人から物を剥ぎ取るのが嫌なのか、それともその行為がこのプログラムを認める行為のように思えたのか、珠姫の中で答えの出ない問いだった。

 そんな事を頭の端で考えながら吐き気を堪えて地面に転がっていた女の首を抱え、胴体の方へ持っていき(傍に落ちていた首輪も拾って)、その女のデイパックと共に亡骸に傍に添える。そして珠姫の支給品の一つである毛布を取り出して死体に被せた。身体を丸々覆うくらいの大きさはあった。
 どんな人だったにしろ、僅かでも弔いはしてあげたかった。埋葬する事はできそうにないので、毛布を被せて手を合わせるぐらいしか出来なかったが。それを見ていた言葉が声を掛ける。

「それではもうこの場にいる意味も無いですね」
「…………そうですね」

 不満げな表情を作りながらも、確かにその通りなので珠姫は頷く。
 実際、もうここでする事は何も無い。

「さて、どこに向かいましょうか。川添さんにお任せしますよ」
「なんでですか?」
「紛いなりにも川添さんは私に勝ちました。勝者の権利です」
「……それでは――」


 □ □ □


 桂言葉は川添珠姫に自分は殺し合いに乗っていないと言った。これは半分本当でもう半分は嘘である。
 確かに言葉は今の所は積極的に殺し合いをするつもりは無い。……殺し合いに乗った人間はその限りではないが。
 だが最終的には、このプログラムで優勝するつもりでいる。全ては愛する人の為に、愛しき人を守るために。この島からの脱出なんて絶対に不可能なのだから。
 しかし、彼が殺し合いを望んでいないとすれば? それは彼に対する裏切りである。
 桂言葉の全ては彼、伊藤誠のためにある。彼が望むのならばこの島にいる人間の一切を殺し尽くそう。望まないのであれば全てを投げ打ってでも彼を守ろう。
 だが今はまだその時期ではない。桂言葉にとって本当の意味でプログラムがはじまるのは伊藤誠と合流してからなのだ。
 誠と出会うまで、言葉は死ぬわけにはいかなかった。ちょうどいいことにとても強力な盾が目の前にいたので、利用する事にした。剣を合わせてわかったがどうやらとても正義感が強いらしい。邪魔者の排除には打ってつけである。しかし、珠姫を利用しようと思ったとき、相馬光子を殺したとき、チクチクと心が棘にでも刺さったかのように痛んだ。これではいけなかった。
 だから言葉は仮面を被る事にした。大きく分厚い膜を作り、自分の心を覆い隠した。この島でこれから出会うであろう幾人もの人々に情を移さないために、その時が来たときに迷わないように――桂言葉は心を閉ざした。


【H-4/森の中/1日目-朝】

【川添珠姫@BAMBOO BLADE】
 [状態]:健康 右頬と咽に薄い刀傷
 [装備]:二尺七寸の日本刀
 [道具]:支給品一式 確認済支給品0~1
 [思考]
1:どこに行こうかな?
2:栄花段十朗、桑原鞘子、千葉紀梨乃、宮崎都と合流
3:言葉を監視する。もし誰かに危害を加えようとしたら……
4:人は殺さない、乗った人は無力化する。……だがどうやって?
5:一人も殺さず正義の味方として、このプログラムを破壊する。

【桂言葉@School Days】
 [状態]:健康
 [装備]:三尺五寸の日本刀
 [道具]:支給品一式 確認済支給品0~2 
 [思考]
基本:全ては誠くんのために。優勝狙いだが最終的にどうするかは誠次第
1:ひとまずは珠姫に従う
2:伊藤誠、清浦刹那、西園寺世界、加藤乙女との合流
3:川添珠姫を利用し尽くす
4:誠の無事と意思を確認するまでは積極的に戦わない
  ただし誠を害する可能性がある者は何をしてでも殺す
※誠以外の人間に対して心を閉ざしました。普通に会話はできます。
 色々と変化していますが、本質は変わっていません
※伊藤誠と合流するか、何か言葉にとって衝撃的な出来事があれば元に戻る かもしれません

{備考}
相馬光子の死体には毛布が被せてあります。
相馬光子の支給品一式 ワルサーP38(9/8+1) 光子の首輪 ワルサーP38の予備マガジン×5
未確認支給品0~2(銃の可能性は低い)がH-4の森の光子の亡骸のそばに放置されています。

珠姫達がどこに向かうかは次の書き手さんにお任せします



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最終更新:2008年07月23日 01:28