花澤三郎は、怒っていた。激しく、憤っていた。眉をつり上げることもなく、
唇を噛むこともなく、眼を大きく見ひらくこともなく……彼の眉も、唇も、眼も、
ただそこに配置されたまま、動くことなく固まっていたけれど、その能面のよう
な顔の内側には、自らに対する怒りが渦巻いていた。
  
 不甲斐ない。その思いは花澤の胸から消えることがなかった。十人もの人間が
この島の中で命を失っているというのに、そしてその中には彼の先輩であった桐
島もいたというのに、まだ彼は誰も殺すことができずにいる。
  
 覚悟は確かにできていたはずなのに、最後の最後で躊躇う自らの弱さを彼はな
じった。なじることしかできなかった。自身の理性にかかった何か、解きがたい
呪縛の前に、花澤は無力だ。それは、今この場でなければ、誇るべきことでこそ
あれ、恥じるべきことではなかったが。
  
 だが、それでも花澤三郎もまた、歩みを止めない。殺しという一線を越えるこ
とのできない己に如何ともしがたい怒りを覚えながらも、前へと進む。
  
 そうして、長い道のりの果てに、花澤は新たな出会いを得た。初めは遠く霞ん
でいたシルエットは次第に大きくなり、その男が自分と同じ……言うなれば、不
良、と世間から呼ばれる人種であることに気づく。喧嘩の後のような、傷ついた
身体を晒しているその男の歩みはしかし、とても確かだ。
  
 ……そこで、花澤は銃を構えるべきだった。
  
 もしその距離で構えていれば、もしその距離で撃っていれば……弾が当たらな
かったとしても、彼が越えられずにきたあの一線を越えるための助けにはなった
はずだ。未だ、彼は自分が支給されたその武器、本来は『当たり』であるはずの
銃火器を、一度も撃ってはいないのだから。

 ……そこで、花澤は銃を構えられなかった。
  
 だから、花澤は男と対峙してしまった。花澤のような人種が対峙してしまえば、
純粋な力と力でぶつかり合うことを絶対に避けられないだろう男と。
  
「……よぉ」
「……」
「俺は軟葉の伊藤、アンタは?」
「……鈴蘭の花澤、花澤三郎」
  
 伊藤真司は花澤三郎に話しかける。ただ真直ぐに、花澤の眼を見ながら。そう
いう伊藤の態度はいつでも、自分と対する者を己の拳のみでの戦いへと誘ってし
まう。それが、伊藤真司という男なのだ。
  
「なぁアンタ、花澤クンだっけ……随分物騒なモン持ってねーか?」
「それが、どうした」
  
 そう言って睨みつけながら、花澤は銃口を伊藤に向けた。心のどこかで、この
男を撃てない自分を知っていたけれど。
  
「……危ねーな、下げろッて」
  
 言いながら、伊藤はSPAS12の銃身をわし掴んで無理矢理、銃口を下に向
けた。不思議と、恐れはなかった。心のどこかで、この男は自分を撃たないと知
っていたから。
  
「……アンタ、乗ってんのか、こんな下らねー殺し合いに」
「だとしたら?」
  
 銃身を伊藤に掴まれたまま、凄まじい力で花澤はもう一度銃を持ち上げてみせ
る。再び胸元を狙おうとしたその銃口は、逆にグイッと伊藤の手で天に向けて押
し上げられた。伊藤が花澤に向かって、深く一歩踏み出す。二人の距離が縮まっ
た。
  
「俺が気に入らねーンなら、“こっち”で来いヨ」
  
 不適な笑みを浮かべた伊藤の右拳が、花澤の胸をトン、と叩く。花澤が閉ざそ
うとする、心の中の何かの扉を叩くように。
  
 花澤は答えない。答える代わりに、左肩だけで背負っていたデイパックを振り
落とし、銃を握る手の力を緩める。そのタイミングで銃身を引いて奪いとる伊藤。
その肩からも荷物が滑り落ち、散弾銃が打ち捨てられる。
  
「「……うらぁあああああ!!!」」
  
 花澤が握る右拳。繰り出されるその固く速い正拳突きは、見事に伊藤の左頬を
とらえる。だがそこで倒れる伊藤ではない。踏みとどまり、背筋に溜めた力の全
てを乗せた右拳を放つ伊藤。すんでのところで直撃を避けた花澤だったが、その
風圧は彼の頬に引きつれるような痛みを残す。
  
((コイツ、強ぇ……!))
  
 一瞬の攻防で互いの強さを認め合った男たちは、躍る心をおさえられなかった。
知らぬ間に、どちらの口許にも小さく笑みが浮かぶ。本当に強い相手との戦い、
それは彼らにとって至上の幸福だった。
  
「がぁ……っ!」
  
 身体の軸を右に傾けた花澤の左足の蹴りが伊藤の側頭部を強襲する。咄嗟に右
腕で頭を庇った伊藤だったが、ほとんど骨が折れそうなほどの衝撃を味わう羽目
になった。それでも何とか持ちこたえ、左のアッパーを花澤の腹部にぶち込む。

「ぐっ、」
  
 呻く花澤の隙を見て、その身体を支える右足を両腕で刈る伊藤。そのまま二人
は地面に倒れ込んだ。しかし、花澤が鮮やかに身をかわしてうつぶせたために、
伊藤はマウントポジションをとることに失敗する。右足に絡まった伊藤を蹴りあ
げて剥がしながら、花澤は体勢を整えた。その間に、伊藤もまた素早く身体を起
こす。が、しかし、その瞬間、伊藤は花澤の雄叫びを聞くことになった。
  
「うぉりゃあああ!」
  
 花澤は地面を踏みしめて飛び上がり、前方の空間へと飛び込むように回転した。
その勢いのままに、花澤の踵が伊藤の顔面にドウ、と打ち込まれる。
  
「グ、ハッ……!」
  
 一年戦争で秀吉を葬った、あの強烈な浴びせ蹴り。鼻をへし折られた伊藤はも
う一度後方へと倒れ込んだ。その鼻腔からは、血液がボタボタと絶え間なく流れ
落ちる。
  
 ぐらつく視界の中、それでも伊藤は立ちあがった。またもそこに花澤の鉄拳が
打ち込まれる。倒れる伊藤。のしかかり、マウントをとろうとする花澤だが、そ
れは叶わない。なおも諦めることをしなかった伊藤が、仰向けに倒されたままで
蹴りを繰り出したのだった。みぞおちに決まったその一撃のため、身体を前に曲
げた花澤の頭をガシッ、と掴むと、再び立ちあがった伊藤は、花澤に力の限りの
頭突きをくらわせる。ゴガアッ、と鈍い音が響いた。
  
「、がっ!」
  
 痛みに声をあげる花澤、またもそのみぞおちを狙って飛び出す伊藤の右膝。花
澤の身体が、くの字に折れる。伊藤は追撃の手を緩めない。勢いをつけて花澤の
身体を地面に押し倒す伊藤。しかし、花澤はマウントを許さない。巴投げの要領
で、伊藤の身体はぐるりと回転し、地べたにガゴッ、と叩き付けられた。
  
「ぐぁああっ!」
  
 空中で体勢を崩し、受け身もとれずに右から地面に落ちた伊藤は、先ほど花澤
の蹴りを受けとめた右腕を、自らの身体の下敷きにしてしまう。痛みに伊藤の動
きが止まった。
  
 ……そこが勝負の分かれ目。ついに花澤が伊藤の身体に跨がり、マウントポジ
ションをとることに成功する。そこから先は一方的だった。引っ切りなしに打ち
込まれる花澤の拳が伊藤の顔を腫らしていく。吹き上げる鼻血。それが返り血と
なって花澤の眼に飛び、視界を遮るまで……いつしか気を失った伊藤を殴りつけ
続けた花澤の拳は、決して止まることがなかった。
  
 ……互角、とは言えない。
  
 だが、圧倒的な力の差はそこにない。もしも伊藤の身体が万全であったのなら
結果は違っていた、かもしれない。勝負には『もしも』も『かも』もないのだと
しても。

  
-----


 ……花澤三郎は、ただ、呆然とそこに立ち尽くしていた。
  
 目の前には今まで彼と殴り合っていた伊藤真司が倒れている。長い髪を力いっ
ぱい逆立て、花澤に向かってきた男は強かった。紛れもない強敵だった。
 この男がもし、花澤に出会う前に怪我を負っていなかったら、勝負の行方はわ
からなかっただろう。少し前に彼が殴り飛ばした七原とは強さのレヴェルがまる
で違ったし、栄花と比較しても伊藤の強さは抜きん出ていた。伊藤ならば、鈴蘭
にいたとしてもその名を県下に知られる男となっただろう、と花澤は思う。もし
機会があるのなら、彼は万全な状態のこの男と戦ってみたかった。ただ純粋に、
本当の拳で語り合ってみたかった。
  
 ……しかし、ここでこの男の命を絶ってしまえばその機会は二度と訪れない。
そして、この場所ではそんな機会などあってはいけないのだ。敗北はそのまま死
に繋がるべきであり、そうでなければいずれ花澤自身に死の危険は降りかかるだ
ろう。
  
 花澤は銃に手をかけた。4キロ近くあるそれが持ち上がる。伊藤の心臓に向け
て落とされた銃口。トリガーに指をかけて花澤はしかし、逡巡した。
  
 ……花澤三郎は、伊藤真司を撃てない。
  
 花澤は伊藤をいくらでも殴りつけられる。いくらでも蹴り倒せる。だがその命
を奪うことは、どうしてもできない。
  
 花澤がこの島に来るまでに経験してきた喧嘩は、力と力の純粋なぶつかり合い
だった。それは本気の戦いではあったけれど、今この場で強いられる、相手の全
てを終わらせるための戦いとは全く質の違うものだ。
 花澤がこの島において、幾度となく相手の命を奪う機会を得ながら一度も殺人
を犯せなかった理由は、まさにそれだった。彼のくぐり抜けてきた喧嘩と、彼が
なすべき殺人は、どちらも暴力に起因するという点で似ている。けれども、その
本質はあまりにも違いすぎた。
 花澤が重ねてきた喧嘩は、相手の尊厳を認めた上でのものだ。強い相手なら、
その力を尊び、認めるのが彼らの矜持である。だが、他者を殺害するためには、
その他者の尊厳など、力など認めてはならない。ただ、冷徹に、終わらせねばな
らないのだ。
  
 ……殺すなら、考えてはいけない。加藤乙女の命を奪った周防美琴のように、
考える前に手を動かさなければならない。
  
 なのに、花澤は殺害しようとその手を伸ばす前にいつも迷う。その命を奪う前
に、相手の尊厳を、相手の力を見てしまう。今も伊藤の力量を知って、万全な状
態での邂逅を求めてしまっている。
  
(っ、チクショー……!)
  
 花澤は、またも同じ過ちを犯そうとしている自らに腹を立てた。出会った他校
の人間を殺す、そう決めたのに。幾度も、幾度も、自分はこうして迷っている。
花澤は撃てない銃を振り上げ、地面にその銃口を叩きつけた。それがくぐもった
音をたてて湿った黒土に埋まるさまを見て、彼は余計に苛立つ。
 そのとき、刺さった銃口のすぐ横にあった伊藤のデイパックが目に入った。そ
んなふうに気がそれたのは、若干の逃げがあったからかもしれない。花澤は銃口
を引き抜くと、その荷物に手をかける。殺す、殺さない、その葛藤から逃れるよ
うに。

 開けてすぐに目についたのは、結束バンドの束が入った袋だった。どうやらこ
れが伊藤の支給武器らしいと知った(実際は、バッグの底にもうひとつ別の支給
品が詰め込まれていたのだが、花澤は気づかなかった)花澤は、それを自分のデ
イパックに放り込もうと手を突っ込み、すぐそばに入っていた紙とともに引っぱ
り出す。
  
 そのとき、地図につけられた印を見た花澤は、自分のいる場所が次の禁止エリ
アからそう遠くないことに気づいた。最初は、ああ、こちらに向かって歩いては
拙い、と思っただけだったが、ふとあることを思いつく。
  
 ……それは、最低の発想だった。花澤三郎の男としての矜持をすべて地に落と
す、最低最悪の。
  
 自嘲しながら、彼は倒れている男の学ランの襟を掴んだ。動かぬ伊藤の身体を
引きずって、花澤三郎は午後3時からの禁止エリア、J6を目指す。
  
-----
  
 はぁ、はぁ、と苦しげに息を吐きながら周防美琴は道を行く。必死で走って近
くの民家数軒をのぞいて回った周防だったが、水を貯蓄している家になかなか当
たらない。海に行けば水はたっぷりあるだろうが、海水では川田の傷にしみる。
しびれを切らした彼女は、確実に水があると知っている場所を目指すことにした。
すなわち、伊藤を置いてきたあの民家だ。場所は些か遠かったが、水があるかな
いかもわからない家をやみくもに当たるよりは、まだそちらのほうがマシに思え
たのである。
  
 しばらく全力で駆けた結果、何とか目当ての家へとたどり着いた周防は、乱暴
に扉を開け放った。伊藤が苦々しい思いで開けた、あの扉を。そして一直線に台
所に向かい、水の詰まったポリタンクのひとつを手にとると、重いそれを担いで
すぐに家を飛び出た。

 ……その帰りの道中、彼女はおかしな光景を目にする。
  
(あれは……?!)
  
 誰か、大きな男が大きな荷物を引きずっていく。その姿が彼女の目に入った。
引きずられていくその荷物は、よく見れば人間の男。その男の風貌に周防は見覚
えがあった。あの高く高く逆立てた髪。時代を間違えたとしか思えない長ラン。
  
「……伊藤!」
  
 思わず上げた声はしかし、誰に届くこともなく木々の囁きに飲まれる。周防は
迷った。川田の元に戻るのをやめて、あの伊藤を引きずっている男を追うべきだ
ろうか、そう自問したが、彼女はもう一度唇をきつく噛んで、診療所を目指して
走りはじめた。その胸の内は複雑だったが、そこで止まるには、置いてきた川田
の状態の異様さが、あまりに脳裏に鮮明だ。心の中で伊藤に何度も謝罪しながら、
周防は診療所へ戻る道を急いだ。
  
(ごめん、伊藤、もう一回戻ってくるから……!)

  
-----

  
 伊藤を引きずってJ6にたどり着いた花澤は、気を失ったままの伊藤の身体を
適当な木にもたせかけ、幹の後ろにその腕を回すと、両手の親指を結束バンドで
ひとつにまとめた。
 電設工事用の結束バンドは、一度それで結んだものがばらけないように工夫さ
れている。外からバンドを噛んでいる爪を浮かせて抜き取ったり、刃物でバンド
が切られれば別だが、これで結ばれた者にとってはどう足掻いても外せないとい
う、悪魔のごとき代物だ。たった数センチの細いバンドが締めつける両手の親指
は、伊藤がたとえ目覚めて引きちぎろうとしても、決して外れはしないだろう。
下手に縄などで縛りつけられるより、よっぽど質が悪かった。

 禁止エリアの発動までは、もう1時間もない。このまま伊藤が目を覚まさなけ
れば、花澤三郎の初めての殺人が成功するだろう。自らの手を汚さない、初めて
の殺人が。
  
(……最低の、男だ)
  
 花澤三郎はいま、最低の男になろうとしている。自ら、そう望んで。自分の手
を汚さずに、人の命を奪う卑怯者。まったくもって最低だ……だが本当は、こん
な場所で犯す殺人に最高も最低もない。どう足掻こうと結局、最低にしかなりよ
うがないのだ。
  
(あの人が見たら、何て言うんだろうな)
  
 坊屋春道がこんな自分を見たら、一体なんと言うだろう。花澤は思う。きっと、
殴り飛ばされるような気がした。気持ちがいいくらい強い、最高の拳で。
  
(それでも、俺は……俺は、最低の男になってみせる)
  
 花澤三郎は目を伏せて小さく笑った。瞼の裏に、あの男のスカジャンの背に舞
う昇り龍が浮かぶ。あの男はきっと、殺さないだろう。だから自分のような人間
が必要なのだ。15時が少しずつ近づいていた。花澤は、意識を失ったままの伊
藤の顔をもう一度だけ目に焼きつける。自分が最低のやり方で葬ろうとしている
相手の顔を。
  
 ……そうして彼は、そこから去った。
  
 その瞬間、花澤三郎は、彼の誇りの全てを捨てたのだ。あの最高の男と仲間た
ちとともに生き残る、そのためだけに。しかしそれは同時に、鈴蘭の男としての
花澤……つまり、誇り高き鴉としての花澤三郎の死をも、意味していた。


-----

  
「川田! 大丈夫か?! 遅くなってごめんな!」
  
 バン、と周防は診療所の扉を開け放ち、寝台の上に丸まっている川田の元へ向
かった。川田は浅い息をつきながら、頭を抱えて震えている。周防はポリタンク
のフタを開けると、近くに置いてあった盥に水をバシャリとあけ、タオルを突っ
込んで絞ると、川田の後頭部に当てた。充血した目を見開いたままで、顔色も悪
く、返事も返してこない川田の様子に周防は不安を覚えるが、どうすることもで
きない。ただ、タオルを押さえながらそっと背を撫でてやるより他になかった。
  
「……川田、聞こえてるか?」
  
 川田は答えない。しかし、周防の手の優しい動きに安心したのか、少しずつ身
体の震えが落ち着いてきているようだ。しばらくの間、周防は川田の背をさすり
続けてやった。
  
「……川田?」
  
 いつしか、川田の呼吸は静かになり、震えもおさまっていた。その様子に安心
して、周防は川田の顔をのぞきこむ。頬には血の気が戻りはじめており、見開か
れていた目はつぶられている。川田はつかの間の眠りについたようだった。周防
は、眠りに落ちた川田の身体からそっと手を離して、ほっと息を吐く。
  
(よかった……これなら、しばらくここに寝かせとけばよくなるかもしれない)
  
 そうして一息ついたところで、今度は先ほど見かけた伊藤の姿が周防の胸をよ
ぎる。このまま、川田を置いてあの場所に戻るべきか、それとも川田の様子を見
るべきか。再度の選択を迫られた周防は、しばしの逡巡の後、もう一度タオルを
水で冷やしなおして川田の頭に当てた。それから、先刻放送のとき、自分のもの
と一緒に印をつけた川田の地図をとりあげ、文字を書き込んだ。

【← 知ってるやつ見かけたから、このあたりにちょっと行ってくる】
  
 彼女の書き込んだその矢印が指している場所は、I6の南。そして、それを書
き込みながら、周防は何かひどく嫌な感覚を覚えた。
  
(ここ、次の禁止エリアの近くだ……)
  
 まったく、女の勘は鋭い。伊藤真司が今、木の幹に括りつけられたまま気を失
っているのは、そのエリアなのだった。
  
  

【川田章吾@バトル・ロワイアル】
  
【状態】後頭部に強い打撲 発熱 眠っている
【装備】金属バット(元は周防美琴の支給品)
【道具】デイパック、支給品一式 タバコ コンドーム一箱 鍋のふた
【思考】
基本:
自分の記憶の破綻に気づき、混乱している
1:頭が痛い痛い痛い
2:おれはだれなんだ ここはどこなんだ
3:けいこ
  
補足:
川田は放送のため、自分の記憶の破綻に気づきました。そのため、自分が何者な
のか、ここがどこなのか、何もかもがわからなくなっています。今は若干落ち着
いて眠っていますが、目覚めたときに元の川田に戻れるかどうかはわかりません。
  
【I-7/診療所/1日目-午後】


-----

  
 全てが決まるはずの午後3時0分、花澤三郎はすでに禁止エリアから遠く離れ
たところにいた。彼は、自分がセッティングした時限殺人の結果をあえて見ずに
進んだのだ。花澤自身は、そういう行動をとった自分自身の心の動きには全く気
づいていないが、実のところ、それすらも逃げだった。
  
 結果を見なければ、少なくとも次の放送までは、殺しの一線を越えたと信じた
ままでいられる。それは、自分の手で他人を殺すことのできないままでいる花澤
がとった、次に進むための方法だった。最低の殺人であったとしても……いや、
最低の殺人であったからこそ、自分の心にかけられた理性の枷を壊すことができ
るかもしれない……そういう、姑息な考え。
  
(……次は、殺せる)
  
 あんなやり方とはいえ、人ひとりを殺せたのなら、次は撃てる。次はきっと、
この手で殺せる。花澤はそう思った。
  
(殺せる、殺せる、ころせる……!)
  
 花澤は笑った。やっと殺せる自分を手に入れた、その暗く湿った喜びに、笑い
が止まらなかった。そこに、鈴蘭のあの激しい一年戦争を制した、強く曲がらぬ
男の姿はもはや存在しない。
  
「俺は、殺せる……!」
  
 鴉のあの艶やかな黒い翼は、今や灰色にくすんで泥にまみれている。翼を支え
た肉は腐れて溶け出し、空洞の骨にしつこく絡んで粘りつく。爛々と輝いた黒い
瞳は、ぶよぶよと白く濁って何も映しはしない。地に堕ちて死んだ鴉が撒き散ら
すのは、鼻の曲がりそうな腐臭のみだ。
  
 ……咲き誇る鈴蘭の花を枯らす鴉の死骸。花澤三郎は、最低の男になった。



【花澤三郎@クローズ】
[状態]:喧嘩のダメージ(中度) 疲労 興奮状態
[装備]:ショットガン(SPAS12) アーミーナイフ
[道具]:
デイパック・支給品一式、単車のキー、ランダムアイテム1(武器ではない)
結束バンドの束
[思考]
基本:仲間を生かして帰す
1:殺せる、殺せる、ころせる……!
2:最低の男になってでも、仲間と生き残る
  
【I-7/道/1日目-午後】

  
-----
  

 周防美琴は、吹きつける潮風をかきわけるように走った。あの地図を見たとき
に感じた、何とも嫌な感じがただの思い違いだと、早く信じさせてほしかったか
ら。走ってくる途中に落ちていた、口の開いたデイパック。あれは一体誰のもの
だろうか。もしかしたら、伊藤のものだったかもしれない……そう周防は思う。
  
 伊藤真司。周防がこの島で目覚めてから出会った、初めての男。本当なら、彼
女が伊藤の元に向かう必要などないのだ。これは、学校対抗の戦いなのだから。
伊藤など、たった数時間前に出会っただけの人間で、彼女が何かをしてやる必要
などない相手だ。
  
 それを言うならば、川田の面倒を見てやる必要も彼女にはなかった。むしろ、
頭痛で倒れているなら好都合だ。捨て置けばいつか、誰かに襲われて勝手に死ぬ
かもしれない。そうすれば彼女と仲間たちが生き残る確率は上がる。

 わかっていながら、周防は川田を看病したし、伊藤の姿を求めて走った。そう
いう矛盾の全てを抱えたまま、彼女は前進した。彼女にその道を選ばせた、伊藤
真司の元へと向かうために。
  
 ……伊藤真司は、田中良を救えなかった。
  
 だが、その同じ伊藤の手が、周防美琴の進む道を変えた。彼女はその身の内に
大きな矛盾を抱えてでも、これ以上人を殺さずに生き残ることを選んだ。暴力で
挑んだ彼女の前に、心ひとつで立ちはだかることで、伊藤は周防に一番難しい道
を選ばせたのだった。加藤乙女を前にして、殺人という一線を越えた周防美琴は
いま、伊藤真司の身を案じて走る。
  
 悩んで悩んで殺せなかった男は、最低の手段で伊藤を死の淵へと追いやり、悩
む前に殺した女は、伊藤を救おうと走っていた。
  
 ……人は、変わる。人間は心ひとつでいつでも変われるし、変わってしまえる
生き物だ。
  
 ときに弱く、ときに強く、ときに猾く、ときに潔く、ときに強かで、ときに儚
い。その生き物は、この島の中でたくさんの誓いを、たくさんの希望を、たくさ
んの悲しみを……そして、たくさんの戦いを紡ぎ出すだろう。
  
 ……十数分後、そんな生き物のひとりである周防美琴はもうひとりを……伊藤
真司を、見つける。明らかに禁止エリア内とわかる、その場所で。
  
「い……伊藤っ!」

 悲痛な声で伊藤の名を呼びながら、周防は慌てて伊藤のもとに駆け寄った。伊
藤の身体を禁止エリアから引っぱりだそうと、彼女は木の後ろに回り込む。結束
バンドで結わえられている伊藤の親指を見て、咄嗟に力の限りに引きちぎろうと
した。だが、もちろんそれは外れない。周防の手で引きちぎれるような、やわな
代物ではなかった。そのことにすぐ気づいた彼女は、結束部の爪の引っかかりを
浮かせてバンドを抜き取ろうとするが、余ったバンド部分が短すぎてうまくいか
ない。
  
(どうしよう、どうしよう……!)
  
 凄まじい焦燥感に焼かれながら、周防は結束バンドと格闘する。この小さな悪
魔の前には、彼女の拳法で鍛えた力など何の役にも立たない。
  
(とれない、なんでだよ、とれないよ……!)
  
 周防の目にうっすらと涙が滲みかけたそのとき、彼女の耳に、自分の名を呼ぶ
小さなうめき声が聞こえた。
  
「す……おう……?」
  
 顔をあげた周防の視線は、首を斜めにひねってこちらを見る、腫れあがった顔
をした伊藤の視線と絡んだ。
  
「いとう……!」
  
 ……禁止エリアが発動する15時まで、残された時間はもう、あとわずか。



【周防美琴@スクールランブル】
【装備】:
【所持品】:
【状態】:拳に軽症 焦燥と疲労
【思考・行動】
基本:
仲間を探す。襲ってくるものに容赦はしないが殺しはしない
1:伊藤、どうしよう、どうしよう
2:川田の様子が気になる
3:同じ学校の仲間を全員探したい
  
【J-6/森の木の根元/1日目-午後】
  
  
【伊藤真司@今日から俺は!】
【装備】:
【所持品】:(自分の支給品の結束バンドで木に括られています)
【状態】:全身打撲(右腕の打撲は特に重傷)、拳に軽傷
【思考・行動】
基本.全員助ける。手段等は人を探しつつ考える。
1:周防……?
2:人は絶対に殺さない
3:マーダーに会っても根性で説得  
  
【J-6/森の木の根元/1日目-午後】

補足1:
伊藤のデイパックは、I-6の南に放置されています。周防が来る途中に見かけたも
のがそれです。中には支給品一式の他、ランダム支給武器(何かは後の方に任せ
ます)がひとつ残されています。周防の支給品一式とロープは、川田のいる診療
所に残されたままです。
  
補足2:
結束バンドについて、なじみのない方もいるかと思ったので以下に例を。
http://www.hellermanntyton.co.jp/product/cabletie/a03_cabletie.html

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最終更新:2009年08月24日 16:53