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 思い切って草むらに仰向けで寝てみたのに、目を開けても自宅のベッドではなかった。  首には無骨な銀の首輪。デイパックには金属バットと束ねたロープの膨らみ。いつもと変わらないのはあの青空だけ。 「夢じゃ、ないんだ……」  周防美琴は思った。せめてここが戦国時代だったらと。 曹操や関羽のいた時代なら、戦があらば正規兵でなくとも槍を持ち馳せ参じるのが当たり前のそんな時代だったら、これほど迷うこともなかったろうにと。  朝特有の冷たい風が辺り一帯の草をざわざわと鳴らし、美琴の不安をかきたてた。 「もうみんな、殺され」  不意に口から出そうになった言葉を急いで封印する。いくら天満や一条の平和的な性格がプログラムにおいて致命的とはいえ、それだけは考えてはいけない。  絶対みんな生きている。チーム内では殺しあわなくていいのだから5人揃って帰れる。 帰っても待っているのは引越しだから離れ離れになってしまうが、それでも大切な友達だ。生きていてくれさえすればそれでいい。みんなもそう思ってくれているだろう。  天満に覚悟がないのは天然だから仕方ないとして、沢近や播磨なら状況は理解しているはずだ。だとすれば自分もよくない事が起こる前に少しでも仲間の助けになれるよう行動すべき。美琴はそう理解している。  けれど、立ち上がって一歩を踏み出すことができなかった。 (わかっててもさ、できないことってあるだろ!)  同じ年代の見ず知らずの少年少女を殺害する。人殺し。  できるかそんなものと言って逃げ出したくなるような内容だが、プログラムから逃れることはできない。国を敵に回すような振舞いをすれば家族どころか親類一同に累が及ぶことだろう。できることは歯を食いしばりながら従うことか、何もできずここで最後を遂げることだけ。 「こんなときにいないんだからな……あの馬鹿は」  思わずこの場にいない隣家のクラスメイトへの文句を呟く。  花井春樹。常に全力で、常に生真面目な幼馴染み。普段は真剣なようでいながら勘違いで暴走する面もあるという迷惑な男でありながら、こと美琴への助言に関しては一度たりとて間違っていたことがない。そんな不思議な男。 (アイツなら、私にどうしろって言うんだろ……)  空想する。聞き慣れた声が脳内に染み入る。 「ふむ……難しいところだがこれだけは言えるな」 「さっさと言えよ」 「ご両親は例え人殺しになってでも、お前に生きて欲しいと願っているぞ」 「まあ、そうだよな」  両親も周防工務店のみんなも、自分が返り血にまみれた姿で帰ってきても黙って優しく迎えてくれることだろう。それはそれで本人にとっては残酷だが、それが彼らにできる精一杯の気遣いであると美琴にもわかる。 「じゃあ、お前はどうなんだよ」  空想だが、違っていても何を言うかくらいわかる。十年以上の付き合いなのだから。  それでも確認しておきたかった。自分が絶対の信頼を置いている男の意見を。 「酷なようだが、何をしてでも生きてくれ周防。俺の分まで」 「やっぱりお前もそう言うのな……あれ?」   何か余計な言葉がくっついていた。だがそんなことを気にしてはいられない。  すべきことは決まり、迷いは吹っ切ることができた。仲間を失って一生後悔するようなことになるのは御免だ。すぐにでも歩き出さなければ。  勢いをつけて草むらから立ち上がる。 (よし、身体も動く)  そうしてどちらへ進もうかと見回した途端、すぐそばに他校の制服を着た少女が立っていたのが目に入った。栗鹿毛のポニーテールに細く締まった身体。どことなく親友の愛理を思わせる目つきをしているその少女に美琴は、 「……よぉ」  条件反射的に声をかけてしまった。敵だというのに。 「!!」  反応を見るに、寝ていた美琴には一切気付いていなかったようだ。  単に足がすくんでいるのか、近すぎて背を向けて逃げることはできないと思ったのか、飛びかかればギリギリ届くほど近い位置から動こうとしない。 「えっと……私、殺し合いとかしたくないから……」 「奇遇だな、あたしもだよ。名前教えてもらっていいかな?」  その通りだ。殺し合いなんてしたくない。  誰だってそうだろう。歴代の優勝者の中で殺人を楽しんでいた学生なんて一割もいないはずだ。みんな「そうするしかなくて」殺し合いに身を投じていったのだ。  だから、せめて自分は手にかけた相手の名前だけは覚えておこう。そして一生忘れずにいよう。  美琴はそう決めて、薄い胸をなでおろしながら名乗ったその少女の足元をディパックで横薙ぎにした。 「私は加藤乙女……え? いたっ!」  ひざ下を強打し草むらに尻餅をつく乙女。美琴はそのまま自分のディパックを引き寄せ中身を取り出す。  金属バット。それを見た乙女の顔が強張った。 「弁解はしないよ。恨んでくれていい」  スカートからリモコンのようなものを取り出した乙女に対して、落ち着いた表情で美琴は金属バットを最上段に振りかぶる。倒れた相手と武器を持った自分。飛び道具以外でこのリーチの差を埋める方法はないと彼女はなんとなくわかっていた。 「騙しやがってっ!」  彼女の取り出した物体――スタンガンの先端に流れる電流を場違いにもきれいだなと思いながら、美琴はそのバットを  彼女の脳天に振り下ろした。  鈍い音がして、乙女がうなだれる。  声はあがらない。脳震盪で気絶しているのか、それとも耐え切ったのか。その俯いた姿から表情を覗き見ることはできない。  わからない。いつ起き上がって反撃してくるか全く読めない。不安と恐怖から、美琴は動かない彼女に対して再度金属バットを振り上げた。  ガスッ  全力で振り下ろしたはずなのに手ごたえを感じない。もう一度。  ガスッ  三度目の殴打で、ようやくずりずりと乙女の体は地に崩れ伏せた。 「やった……のか?」  辺りを見回す。自分と加藤と名乗ったこの彼女以外ここには誰もいない。  生きているかどうか確かめようかと思った美琴は再度乙女を見下ろし、そこでようやく彼女の頭が顔の位置がおかしくなるほど完全にひしゃげていることに気付いた。  つまりそこにあったのは、頭蓋を砕かれた、元人間だったもの。 「っ!」  吐き気をこらえながら美琴は後ずさった。  人間がそれほど丈夫にできていないことは武道を習う者として知っていた。いや、知っていたつもりだった。だが実際に人が自分の手によって死体に変わったのを見て動揺しない人間などまずいない。彼女もそういった意味ではただの女子高生にすぎないのだ。 (人の命を奪う覚悟をしたはずなのに、このざまかよっ!)  足ががたがたと震え、立っていられなくなってその場に座り込む。  乙女の鼻血か何かと思われる赤い液体のぬめりを膝に感じながら、美琴は天を仰いだ。  どれほど経ったことだろう。体感では相当な時間だったが時計では数分だったかもしれない。深呼吸をくり返した美琴はようやく落ち着けたところで後始末を始める。  乙女の遺体とディパックは墓荒らしをするようで気が引けるのでこのまま安置。武器として持っていたスタンガンは拾うのに抵抗があるが他者に利用されても困るので金属バットで破壊。案外簡単に砕けてくれた。 「加藤さん。絶対あんたの事は忘れないよ。……忘れたくても無理だろうし」  そして彼女は地図を眺め、時計と反対回りに海岸線を行こうと決める。  矢神高校の5人を均等に割り振ったとすれば、これが一番仲間と会える確率が高いはずだ。もちろん他校の生徒に遭遇する可能性も跳ね上がるがリスクは避けて通れない。 (沢近・天満・一条・播磨! 誰も死なずにいてくれよ!)  その願いがすでに届かぬものとなっていたことを、彼女は知るよしもなかった。 &color(red){【加藤乙女@School Days 死亡】} &color(Slateblue){【残り35人】 } 【H-6/草むら/1日目-朝】 【周防美琴@スクールランブル】 【装備】:金属バット 【所持品】:支給品一式、ロープ 【状態】:やや精神疲労 【思考・行動】 基本.積極的マーダー。ただし一旦相手に名前を聞く 1.海岸線を南から南東へ沿って移動。共闘できる仲間を探す 2.戦意のない仲間(主に天満を想定)に会ったら隠れる建物を探してやる ※乙女の所持品(支給品一式とランダムアイテム0~2)は遺体の側に放置してあります
 思い切って草むらに仰向けで寝てみたのに、目を開けても自宅のベッドではなかった。  首には無骨な銀の首輪。デイパックには金属バットと束ねたロープの膨らみ。いつもと変わらないのはあの青空だけ。 「夢じゃ、ないんだ……」  周防美琴は思った。せめてここが戦国時代だったらと。 曹操や関羽のいた時代なら、戦があらば正規兵でなくとも槍を持ち馳せ参じるのが当たり前のそんな時代だったら、これほど迷うこともなかったろうにと。  朝特有の冷たい風が辺り一帯の草をざわざわと鳴らし、美琴の不安をかきたてた。 「もうみんな、殺され」  不意に口から出そうになった言葉を急いで封印する。いくら天満や一条の平和的な性格がプログラムにおいて致命的とはいえ、それだけは考えてはいけない。  絶対みんな生きている。チーム内では殺しあわなくていいのだから5人揃って帰れる。 帰っても待っているのは引越しだから離れ離れになってしまうが、それでも大切な友達だ。生きていてくれさえすればそれでいい。みんなもそう思ってくれているだろう。  天満に覚悟がないのは天然だから仕方ないとして、沢近や播磨なら状況は理解しているはずだ。だとすれば自分もよくない事が起こる前に少しでも仲間の助けになれるよう行動すべき。美琴はそう理解している。  けれど、立ち上がって一歩を踏み出すことができなかった。 (わかっててもさ、できないことってあるだろ!)  同じ年代の見ず知らずの少年少女を殺害する。人殺し。  できるかそんなものと言って逃げ出したくなるような内容だが、プログラムから逃れることはできない。国を敵に回すような振舞いをすれば家族どころか親類一同に累が及ぶことだろう。できることは歯を食いしばりながら従うことか、何もできずここで最後を遂げることだけ。 「こんなときにいないんだからな……あの馬鹿は」  思わずこの場にいない隣家のクラスメイトへの文句を呟く。  花井春樹。常に全力で、常に生真面目な幼馴染み。普段は真剣なようでいながら勘違いで暴走する面もあるという迷惑な男でありながら、こと美琴への助言に関しては一度たりとて間違っていたことがない。そんな不思議な男。 (アイツなら、私にどうしろって言うんだろ……)  空想する。聞き慣れた声が脳内に染み入る。 「ふむ……難しいところだがこれだけは言えるな」 「さっさと言えよ」 「ご両親は例え人殺しになってでも、お前に生きて欲しいと願っているぞ」 「まあ、そうだよな」  両親も周防工務店のみんなも、自分が返り血にまみれた姿で帰ってきても黙って優しく迎えてくれることだろう。それはそれで本人にとっては残酷だが、それが彼らにできる精一杯の気遣いであると美琴にもわかる。 「じゃあ、お前はどうなんだよ」  空想だが、違っていても何を言うかくらいわかる。十年以上の付き合いなのだから。  それでも確認しておきたかった。自分が絶対の信頼を置いている男の意見を。 「酷なようだが、何をしてでも生きてくれ周防。俺の分まで」 「やっぱりお前もそう言うのな……あれ?」   何か余計な言葉がくっついていた。だがそんなことを気にしてはいられない。  すべきことは決まり、迷いは吹っ切ることができた。仲間を失って一生後悔するようなことになるのは御免だ。すぐにでも歩き出さなければ。  勢いをつけて草むらから立ち上がる。 (よし、身体も動く)  そうしてどちらへ進もうかと見回した途端、すぐそばに他校の制服を着た少女が立っていたのが目に入った。栗鹿毛のポニーテールに細く締まった身体。どことなく親友の愛理を思わせる目つきをしているその少女に美琴は、 「……よぉ」  条件反射的に声をかけてしまった。敵だというのに。 「!!」  反応を見るに、寝ていた美琴には一切気付いていなかったようだ。  単に足がすくんでいるのか、近すぎて背を向けて逃げることはできないと思ったのか、飛びかかればギリギリ届くほど近い位置から動こうとしない。 「えっと……私、殺し合いとかしたくないから……」 「奇遇だな、あたしもだよ。名前教えてもらっていいかな?」  その通りだ。殺し合いなんてしたくない。  誰だってそうだろう。歴代の優勝者の中で殺人を楽しんでいた学生なんて一割もいないはずだ。みんな「そうするしかなくて」殺し合いに身を投じていったのだ。  だから、せめて自分は手にかけた相手の名前だけは覚えておこう。そして一生忘れずにいよう。  美琴はそう決めて、薄い胸をなでおろしながら名乗ったその少女の足元をディパックで横薙ぎにした。 「私は加藤乙女……え? いたっ!」  ひざ下を強打し草むらに尻餅をつく乙女。美琴はそのまま自分のディパックを引き寄せ中身を取り出す。  金属バット。それを見た乙女の顔が強張った。 「弁解はしないよ。恨んでくれていい」  スカートからリモコンのようなものを取り出した乙女に対して、落ち着いた表情で美琴は金属バットを最上段に振りかぶる。倒れた相手と武器を持った自分。飛び道具以外でこのリーチの差を埋める方法はないと彼女はなんとなくわかっていた。 「騙しやがってっ!」  彼女の取り出した物体――スタンガンの先端に流れる電流を場違いにもきれいだなと思いながら、美琴はそのバットを  彼女の脳天に振り下ろした。  鈍い音がして、乙女がうなだれる。  声はあがらない。脳震盪で気絶しているのか、それとも耐え切ったのか。その俯いた姿から表情を覗き見ることはできない。  わからない。いつ起き上がって反撃してくるか全く読めない。不安と恐怖から、美琴は動かない彼女に対して再度金属バットを振り上げた。  ガスッ  全力で振り下ろしたはずなのに手ごたえを感じない。もう一度。  ガスッ  三度目の殴打で、ようやくずりずりと乙女の体は地に崩れ伏せた。 「やった……のか?」  辺りを見回す。自分と加藤と名乗ったこの彼女以外ここには誰もいない。  生きているかどうか確かめようかと思った美琴は再度乙女を見下ろし、そこでようやく彼女の頭が顔の位置がおかしくなるほど完全にひしゃげていることに気付いた。  つまりそこにあったのは、頭蓋を砕かれた、元人間だったもの。 「っ!」  吐き気をこらえながら美琴は後ずさった。  人間がそれほど丈夫にできていないことは武道を習う者として知っていた。いや、知っていたつもりだった。だが実際に人が自分の手によって死体に変わったのを見て動揺しない人間などまずいない。彼女もそういった意味ではただの女子高生にすぎないのだ。 (人の命を奪う覚悟をしたはずなのに、このざまかよっ!)  足ががたがたと震え、立っていられなくなってその場に座り込む。  乙女の鼻血か何かと思われる赤い液体のぬめりを膝に感じながら、美琴は天を仰いだ。  どれほど経ったことだろう。体感では相当な時間だったが時計では数分だったかもしれない。深呼吸をくり返した美琴はようやく落ち着けたところで後始末を始める。  乙女の遺体とディパックは墓荒らしをするようで気が引けるのでこのまま安置。武器として持っていたスタンガンは拾うのに抵抗があるが他者に利用されても困るので金属バットで破壊。案外簡単に砕けてくれた。 「加藤さん。絶対あんたの事は忘れないよ。……忘れたくても無理だろうし」  そして彼女は地図を眺め、時計と反対回りに海岸線を行こうと決める。  矢神高校の5人を均等に割り振ったとすれば、これが一番仲間と会える確率が高いはずだ。もちろん他校の生徒に遭遇する可能性も跳ね上がるがリスクは避けて通れない。 (沢近・天満・一条・播磨! 誰も死なずにいてくれよ!)  その願いがすでに届かぬものとなっていたことを、彼女は知るよしもなかった。 &color(red){【加藤乙女@School Days 死亡】} &color(Slateblue){【残り35人】 } 【H-6/草むら/1日目-朝】 【周防美琴@スクールランブル】 【装備】:金属バット 【所持品】:支給品一式、ロープ 【状態】:やや精神疲労 【思考・行動】 基本.積極的マーダー。ただし一旦相手に名前を聞く 1.海岸線を南から南東へ沿って移動。共闘できる仲間を探す 2.戦意のない仲間(主に天満を想定)に会ったら隠れる建物を探してやる ※乙女の所持品(支給品一式とランダムアイテム0~2)は遺体の側に放置してあります *投下順で読む Next:[[クリムゾンの迷宮]]

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