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世界がいないということ」(2009/06/27 (土) 16:21:05) の最新版変更点

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伊藤誠と清浦刹那の二人が正午の放送を聞いたのは、世界の身体を洗うために向かっていた川にたどり着いた直後のことだった。 刹那は、世界の死体を見つけてからずっと放心状態の様子で、 放送が流れてきても内容をメモしようともせず、ボーッとしており、 仕方なく、と言うわけでもないが、放送の内容は、それまで背負っていた世界を川辺に寝かせ、 誠がメモを取った。 刹那は、その間も世界の亡骸の近くで、ただ呆然と突っ立っていた。 「……加藤」 放送の中で、今は川辺に寝かせている西園寺世界の名が呼ばれることは分かっていたが、 それとは別に、誠とは中学時代から付き合いのある加藤乙女の名が呼ばれ、 筆記用具を持つ誠の手は震えた。 「くそ……、何が生を掴み取れだ!一方的に、こんなゲーム強要して……」 放送が終わった直後、誠はそんな風に毒づくと、ジッとしていられないのか、 ソワソワと辺りを歩き回った。 しかし、そうしたところで、このプログラムに対し、誠に何か出来るわけでもないということは、誠自身もわかっている。 結局、誠は筆記用具をしまうと、当初の目的、世界を綺麗にしてやるために、 川辺に寝かせている世界の亡骸に近づき、傍らにいる刹那に声をかけた。 「なあ清浦、世界の身体を洗ってやろうと思うんだけど」 「……うん」 「清浦も、手伝ってくれるか?」 「……うん」 そう答えた刹那だったが、一向に動き出す気配がない。 「……清浦?もしかして俺の話、あんまり聞いてない?」 「……うん」 そんな調子で、一応返事はする刹那だったが、誠の話の内容を理解して受け答えをしているわけでは無かったようだった。 誠は、「はぁ」とひとつため息をつくと、刹那の肩に手を置き、 先ほどよりもゆっくりと、しかし強い調子で言った。 「清浦!世界の身体を、洗ってやろうと思うんだけど、いいか?」 「えっ? あ……、うん」 今度は、刹那も誠に向き直り、内容は同じだがちゃんと自分の意志を込めた返事をした。 「それじゃあ世界、ちょっとごめんな」 誠は、ひと言世界に断ると、世界の身体を洗うのに邪魔な、 最早ボロ布と化してしまっている世界の服を脱がせ始めた。 最初、こういう事は女の子で、世界の親友でもある刹那にやってもらおうと思っていた誠だったが、先ほどの刹那の様子を見て、考えを変えた。 よく考えたら、親友の死体を洗わせるなんて、相当残酷なことのように思えたのだ。 世界の裸を見るのも、今回が初めてというわけでは無いし、 誠は、自分でやろうと決意して、世界の服を脱がせていった。 「…………」 刹那は、そんな誠の考えを知ってか知らずか、黙って世界を誠に任せた。 誠が、血塗れでボロボロになっていた世界の服を脱がせると、 世界はニーソックスのみという、ほとんど全裸と言っていい格好になってしまった。 逆に言えば、世界の服はニーソックス以外、全てボロボロだったのだ。 制服はもはや見る影もなく、下着も恐らく体ごと切り刻まれたのだろう、 世界の血によって、辛うじて世界の身体に張り付いているだけの状態だった。 世界が身に付けていた服の中で、最も損傷の少なかったニーソックスも無傷ではなく、 何箇所か、ナイフか何かで刺されたような穴が空いており、その周りは血で濡れていたが、 とりあえず身体を洗うのに邪魔になることは無さそうなので、 わざわざ脱がせることはせず、そのままにしておいた。 「さてと……」 世界の服を脱がせ終えると、次に誠は自分の着ているブレザーを脱ぎ、 続いて靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾とシャツの袖をまくると、 いよいよ世界の身体を抱き上げて、川に入った。 「つ、冷てー!!」 冬の川の水はとても冷たく、誠は悲鳴を上げたが、それでも何とか耐え、 川の流れを利用して世界の身体を洗っていった。 (くっ……、やっぱり酷いな) そうして世界の全身にこびり付いていた血が洗い落とされていくと、その身体に刻まれた傷の酷さが、改めてよく分かる。 腕や足の傷は深く、傷の中から骨が見えるし、胸の傷は、そのまま引き裂かれるように太ももまで達し、途中で中から肋骨が見えていた。 腹の傷からは、覗き込めば内臓が見えそうだ。 それに、洗う前から分かっていたが、耳たぶが片方無くなっているし、 指の爪は全て剥がされ、口は……。 とてもじゃないが、全てを見てはいられなかった。 誠は、吐き気やめまいが押し寄せてくるを感じたが、 「これは世界だ」と必死に頭の中で繰り返し、どうにか世界の身体を洗い終えた。 「はぁ…………」 こうして、誠は世界を抱きかかえて川から上がると、 先ほど脱いだ自分のブレザーを世界に着せた。 これで、世界の身体に刻まれた傷の大半は隠すことが出来る。 その後、誠は靴下と靴を履くと、再び世界を背負った。 世界が着ていた服は、ボロボロな上に血塗れで、持って行く気にはなれなかった。 「清浦、ここから南に神社があるみたいだから、とりあえずそこに行こう」 「……わかった」 そうして誠が刹那に声をかけると、それまで黙っていた刹那も、今度はしっかり頷いた。 誠と世界が川に入っている間に、少しは落ち着いてきたようだ。 こうして二人はしばらく歩き、菅原神社の鳥居をくぐった。 神道では、死は汚れと見なされるので、神道式の葬式では死体を神社に運んだりはせず、 神主が死者の元へ赴き、お祓いをするのだが、そんなことは今の誠と刹那には関係ない。 誠が神社に向かおうと考えたのは、埋めるのが駄目なら、せめて建物の中にと考えたからで、 先ほどまで居た河原から、一番近い建物がこの菅原神社だったというだけだ。 そこは本堂と社務所だけの小さな神社だった。 社務所の方は鍵がかかっていたので、二人は賽銭箱の横を通り抜け、本堂の方に入った。 社務所の扉はとても簡素な物で、誠でも思いっきり蹴り飛ばせば破れそうに見えたが、 そうするにも、まず誠は世界を降ろしたかったので、後回しにした。 そして、誠が世界を本堂の中、ご神体の前に寝かせると、刹那は世界の横に腰を下ろし、 自分の半身だと思っていた、もう、ピクリとも動くことのない世界の姿を見つめた。 明るく、クラスのムードメーカーだった彼女の姿を見ることは、もう出来ない。 「世界……」 途方もない喪失感が、刹那を支配していた。 「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」 一方、誠はここに来るまでの間に、かなり体力を消耗してしまっており、 刹那と世界から少し離れた場所に座って、休憩していた。 人間を背負う場合、背負われている人が生きている分には、自分でバランスを取ったり、 しがみついたりしてくれるので、背負う方もそこまで大変ではないが、 背負われる方が死んでしまっている場合、その人は自分でバランスを取ったりはしてくれないので、背負う側にも余計に負担がかかる。 もう死んでしまっていた世界をここまで運ぶのは、 せいぜい並程度の体力しかない誠にとって、相当な重労働だった。 「うぅー、さむー」 しかも、ブレザーを世界に着せてしまい、只でさえこの季節を屋外で過ごすには 厳しい服装な上に、川に入ったりしたことで体が冷えてしまった誠は、 冷たい手足を擦り合わせながら、思わず呟いた。 「あ……」 すると、世界の横に座っていた刹那が誠の声に反応し、 誠の方へそっと近寄ると、誠に声をかけた。 「伊藤、寒いの?」 「そりゃあ、川に入ったりしたし」 「そう……」 それを聞いた刹那は、誠の隣に座ると誠に肩を寄せ、さらに誠に抱きついた。 「え、清浦?」 「少しは、温かい?」 「え……、あ、ああ」 最初はビックリした誠だったが、刹那のその言葉を聞くと、刹那の背中に腕を回し、 思う存分、刹那の体温を堪能した。 誠は、冷えてしまっていた身体が刹那の体温と、高まった自分の鼓動によって、徐々に温まっていくのを感じた。 「清浦の身体、温かいよ」 「…………」 二人が、そのまま抱き合っていると、刹那がポツリポツリと、自分と世界の事を語りだした。 「私と世界は、ずっと一緒にいることが当たり前だった。 お互いを半身のように思ってたから……」 そうして誠の腕の中で、幼少期の出来事などを語っていく内に、 世界を亡くした悲しみが膨らんできてしまったのか、刹那は不意に泣き出した。 「あ、あぁ……、ひっく、ああぁ……、」 「清浦……」 「私は……ぐすっ……、世界の……、うぅ、世界……」 「清浦!」 誠は、泣き出した刹那をしっかりと抱きしめた。 そうして、どれだけの時間が経っただろうか? 5分か、10分か、今まで色々ショッキングな出来事があったせいで、 二人とも時間の感覚が狂ってしまっていたが、30分は経っていないように思える。 「伊藤、入学式の時のこと、覚えてる?」 「入学式?」 「伊藤が助けてくれた」 刹那はいつの間にか泣き止み、また別の話をし始めた。 「ああ、俺の知り合いが清浦に絡んでたんだっけ。 でも、助けたってほどのことじゃないって」 「ううん、助けてくれた。嬉しかった」 「そっか」 「私、それからずっと、伊藤のこと好きだった」 「え?」 それは、恋の告白だった。 「でも、世界も伊藤のこと好きだって知って、だから、私、我慢してた。 世界に幸せになって欲しくて、我慢してた」 「清浦?あの……」 「伊藤!」 刹那は、意を決したように言葉を重ねると、何か言おうとした誠の口に自分の唇を重ねた。 「ん……」 「んんっ…………」 またもや刹那に驚かされた誠だったが、こういったことには年不相応な程に慣れている。 誠は、すぐに状況に順応すると、目を閉じ、唇の動きを刹那に合わた。 「ん……はぁ……」 長いキスの後「ちゅむ」という音と共に誠から顔を離した刹那は、潤んだ瞳で誠を見上げた。 さっきまで泣いていたわけだが、そういった類の目の潤みとは違う。 恋する乙女の瞳で、上目遣いに誠を見上げた。 「清浦……」 そんな目で見つめられた誠が、今度は自分からキスをしようと、刹那の肩を抱いたところで、 刹那がそれよりも先に、口を開いた。 「伊藤……、して……」 「…っ!」 その言葉に、誠は一瞬息を飲んだ。 しかし、女の子からこんな事を言われてしまえば、誠の取る行動はひとつだ。 次の瞬間、誠は自分の唇で刹那の唇を塞ぐと、そのまま刹那に覆い被さった。 誠の下になった刹那は、目を閉じ、体の力を抜いて、誠に自分の全てを委ねた。 (世界……良いよな?) 刹那の服に手をかけながら、誠は横目でチラッと世界の方を見た。 気のせいだろうが、少し離れたところに寝かされた世界が、何だか恨めしそうに見えた。 (……許してくれよな、世界。お前の友達を、助けるためなんだからさ) 何も、誠は性欲のままに刹那を押し倒したわけではない。 そうすることで、世界を失った刹那の気が少しでも紛れるなら、と思ったのだ。 「……、…………」 「ん?どうした、清浦?」 ふと気がつくと、刹那も世界の方を見て、文字通り目と鼻の先にいる誠にも聞き取れないほどの小声で、何かを呟いた。 誠がそのことを尋ねてみても、刹那は「何でもない」と返した。 どうやら、誠に教えるつもりは無いらしい。 「そう、か」 少し気になった誠だったが、そういうことならと、深く追求はしなかった。 その時、誠がもっと刹那の口元に耳を寄せていたら、もしかしたら、 「最後の、思い出だから」という刹那の呟きを聞き取る事が出来たかも知れないが、 誠はそうせず、自分の口で刹那の口を塞いでしまった。 ――そして、数十分後。 男女の行為を終えた誠と刹那は、それぞれ、自分の服装を整えると、 誠は、社務所の方を見てくると言って本堂を出ようとしたが、刹那がそれを呼び止めた。 「待って伊藤、ネクタイ、曲がってる」 「え?」 今が、それ程身だしなみに気をつけなければならない場面とも思えず、 「別にいいだろ」と言おうとした誠だったが、それを言う前に、 刹那がツカツカと誠に近づき、誠のネクタイに手を伸ばして整えてしまった。 「清浦って、結構几帳面だな」 「……伊藤には、ちゃんとしてほしいの」 誠は、少し呆れたという表情を浮かべたが、刹那が近寄って来たのをいいことに、 刹那を抱き寄せ、キスをした。 「ん……」 刹那は、先ほどの行為の時ほどには応えなかったが、それでも嫌がる素振りは見せず、 誠が放すまで、その身を預けた。 「……もぅ」 誠から解放されると、刹那は他に誠の服装で変なところがないかチェックした。 そして、特に無いことを確認すると誠から少し離れ、ひとつ深呼吸をして誠に向き直った。 「伊藤……最後に、お願いがあるの」 「なんだ?……ん、最後?」 「そう、最後のお願い。これで…、最後だから……」 そう言って、刹那は少しうつむいた。 刹那の手には、いつの間にかベレッタM92が握られていた。 「私、やっぱり世界がいないと、ダメみたい……」 それが、世界の死体を見てから今まで、ずっと刹那が感じていた喪失感の答えだった。 「だから、私……世界の所へ、逝こうと思うの」 別に、いつも世界が近くに居てくれなくても、世界がこの世のどこかで生きていてくれれば、 寂しいだろうが、刹那も生きていけるだろう。 しかし、もう世界はこの世にはおらず、二度と戻ってこない。これは、変えようのない事実だ。 ならば、刹那は自分の方から、世界の元へ逝くしかないと考えた。 先ほど誠と行った行為は、最後の思い出作りだった。 しかし、一人で死ぬのはやはり怖い。 それに、どうせ世界の元へいくなら、もう一人、連れていきたい人がいる。 「えっ?清浦?」 意を決したように、刹那がうつむいていた顔を上げると、それと連動するように、 刹那の拳銃を持つ腕が上がり、その銃口が、刹那の様子に戸惑う誠の方へ向いた。 「それで、伊藤も……私と一緒に……、世界の所へ逝って欲しいの」 「!?」 そう言いながら、刹那は誠の返事を待たずに発砲した。 パン!という乾いた音と共に発射された9ミリ弾が、誠の腹部を通り抜け、 誠の、所々に世界の血が付き赤い部分もあったが全体的にはまだ白かったシャツが、 真っ赤に染まった。 「えっ!?なっ……、き…、清、浦…………」 「ごめん、伊藤。心臓を狙ったんだけど、外しちゃった」 腹を押さえ、ガックリと床に膝をつき、驚愕の表情を浮かべる誠に向かって、 刹那はそう言い放つと、両手でしっかりと銃を構え、2、3歩、誠に歩み寄った。 「大丈夫、今度は外さないから」 「ま、待て清浦!!まっ……」 パン! そして、誠の制止も虚しく、再び刹那の持つ銃から銃弾が発射された。 その銃弾は、今度も刹那の狙った左胸からは逸れたが、 誠の胸の真ん中に命中し、見事、誠の心臓を捉えた。 「~~~~~~~~~~~~」 誠は喉から、息を吸っているのか吐いているのか、声なのかも分からないような音を出し、 膝をついたままの不自然な格好で、後ろに倒れ込んだ。 (あ、せっかく直したネクタイ、穴が空いちゃった……) せっかく、誠を世界の元に送るならば、ちゃんとした格好をさせて送りたいと思い、 整えたネクタイだったが、穴が空いてしまった。 「…………」 「……はぁ」 刹那は、しばらくの間、驚愕の表情のまま固まり、何も言わなくなった誠を見下ろしていたが、 そのうち、大きく息を吐くと、誠の体を世界の横へと引きずって行き、世界の右隣に寝かせた。 「…………」 次に、刹那はいったん二人に背を向け、数メートルほど離れると、二人の方へ振り返った。 その二人は、遠目には男女が添い寝しているように見えなくも無かった。 それを見て、刹那は何となく、本当にただ何となく、 二人の方に向かって、ピースサインを突き出した。 「それじゃあ、世界……」 そうして、刹那は再び二人の元へ戻ると、世界の左隣に腰を下ろし、 最後に、世界の頭をそっと撫でた。 「今、いくね……」 刹那はそう言うと、自分のこめかみに銃口を当て、目を閉じてゆっくりと引き金を引いた。 パン!と、先ほど2回鳴らされたものと同じ音が神社に響き、 刹那は、世界の隣に倒れ込んだ。 【伊藤誠@School Days 死亡】 【清浦刹那@School Days 死亡】 【残り26人】 【E-2 菅原神社/一日目 日中】 ※ベレッタM92(装弾数12/15)は、刹那の死体が握りしめています。  その他の刹那の持ち物だった支給品一式、レミントンデリンジャー(装弾数2/2)、   毒入り小瓶、誠の携帯は、菅原神社内に放置されています。
伊藤誠と清浦刹那の二人が正午の放送を聞いたのは、世界の身体を洗うために向かっていた川にたどり着いた直後のことだった。 刹那は、世界の死体を見つけてからずっと放心状態の様子で、 放送が流れてきても内容をメモしようともせず、ボーッとしており、 仕方なく、と言うわけでもないが、放送の内容は、それまで背負っていた世界を川辺に寝かせ、 誠がメモを取った。 刹那は、その間も世界の亡骸の近くで、ただ呆然と突っ立っていた。 「……加藤」 放送の中で、今は川辺に寝かせている西園寺世界の名が呼ばれることは分かっていたが、 それとは別に、誠とは中学時代から付き合いのある加藤乙女の名が呼ばれ、 筆記用具を持つ誠の手は震えた。 「くそ……、何が生を掴み取れだ!一方的に、こんなゲーム強要して……」 放送が終わった直後、誠はそんな風に毒づくと、ジッとしていられないのか、 ソワソワと辺りを歩き回った。 しかし、そうしたところで、このプログラムに対し、誠に何か出来るわけでもないということは、誠自身もわかっている。 結局、誠は筆記用具をしまうと、当初の目的、世界を綺麗にしてやるために、 川辺に寝かせている世界の亡骸に近づき、傍らにいる刹那に声をかけた。 「なあ清浦、世界の身体を洗ってやろうと思うんだけど」 「……うん」 「清浦も、手伝ってくれるか?」 「……うん」 そう答えた刹那だったが、一向に動き出す気配がない。 「……清浦?もしかして俺の話、あんまり聞いてない?」 「……うん」 そんな調子で、一応返事はする刹那だったが、誠の話の内容を理解して受け答えをしているわけでは無かったようだった。 誠は、「はぁ」とひとつため息をつくと、刹那の肩に手を置き、 先ほどよりもゆっくりと、しかし強い調子で言った。 「清浦!世界の身体を、洗ってやろうと思うんだけど、いいか?」 「えっ? あ……、うん」 今度は、刹那も誠に向き直り、内容は同じだがちゃんと自分の意志を込めた返事をした。 「それじゃあ世界、ちょっとごめんな」 誠は、ひと言世界に断ると、世界の身体を洗うのに邪魔な、 最早ボロ布と化してしまっている世界の服を脱がせ始めた。 最初、こういう事は女の子で、世界の親友でもある刹那にやってもらおうと思っていた誠だったが、先ほどの刹那の様子を見て、考えを変えた。 よく考えたら、親友の死体を洗わせるなんて、相当残酷なことのように思えたのだ。 世界の裸を見るのも、今回が初めてというわけでは無いし、 誠は、自分でやろうと決意して、世界の服を脱がせていった。 「…………」 刹那は、そんな誠の考えを知ってか知らずか、黙って世界を誠に任せた。 誠が、血塗れでボロボロになっていた世界の服を脱がせると、 世界はニーソックスのみという、ほとんど全裸と言っていい格好になってしまった。 逆に言えば、世界の服はニーソックス以外、全てボロボロだったのだ。 制服はもはや見る影もなく、下着も恐らく体ごと切り刻まれたのだろう、 世界の血によって、辛うじて世界の身体に張り付いているだけの状態だった。 世界が身に付けていた服の中で、最も損傷の少なかったニーソックスも無傷ではなく、 何箇所か、ナイフか何かで刺されたような穴が空いており、その周りは血で濡れていたが、 とりあえず身体を洗うのに邪魔になることは無さそうなので、 わざわざ脱がせることはせず、そのままにしておいた。 「さてと……」 世界の服を脱がせ終えると、次に誠は自分の着ているブレザーを脱ぎ、 続いて靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾とシャツの袖をまくると、 いよいよ世界の身体を抱き上げて、川に入った。 「つ、冷てー!!」 冬の川の水はとても冷たく、誠は悲鳴を上げたが、それでも何とか耐え、 川の流れを利用して世界の身体を洗っていった。 (くっ……、やっぱり酷いな) そうして世界の全身にこびり付いていた血が洗い落とされていくと、その身体に刻まれた傷の酷さが、改めてよく分かる。 腕や足の傷は深く、傷の中から骨が見えるし、胸の傷は、そのまま引き裂かれるように太ももまで達し、途中で中から肋骨が見えていた。 腹の傷からは、覗き込めば内臓が見えそうだ。 それに、洗う前から分かっていたが、耳たぶが片方無くなっているし、 指の爪は全て剥がされ、口は……。 とてもじゃないが、全てを見てはいられなかった。 誠は、吐き気やめまいが押し寄せてくるを感じたが、 「これは世界だ」と必死に頭の中で繰り返し、どうにか世界の身体を洗い終えた。 「はぁ…………」 こうして、誠は世界を抱きかかえて川から上がると、 先ほど脱いだ自分のブレザーを世界に着せた。 これで、世界の身体に刻まれた傷の大半は隠すことが出来る。 その後、誠は靴下と靴を履くと、再び世界を背負った。 世界が着ていた服は、ボロボロな上に血塗れで、持って行く気にはなれなかった。 「清浦、ここから南に神社があるみたいだから、とりあえずそこに行こう」 「……わかった」 そうして誠が刹那に声をかけると、それまで黙っていた刹那も、今度はしっかり頷いた。 誠と世界が川に入っている間に、少しは落ち着いてきたようだ。 こうして二人はしばらく歩き、菅原神社の鳥居をくぐった。 神道では、死は汚れと見なされるので、神道式の葬式では死体を神社に運んだりはせず、 神主が死者の元へ赴き、お祓いをするのだが、そんなことは今の誠と刹那には関係ない。 誠が神社に向かおうと考えたのは、埋めるのが駄目なら、せめて建物の中にと考えたからで、 先ほどまで居た河原から、一番近い建物がこの菅原神社だったというだけだ。 そこは本堂と社務所だけの小さな神社だった。 社務所の方は鍵がかかっていたので、二人は賽銭箱の横を通り抜け、本堂の方に入った。 社務所の扉はとても簡素な物で、誠でも思いっきり蹴り飛ばせば破れそうに見えたが、 そうするにも、まず誠は世界を降ろしたかったので、後回しにした。 そして、誠が世界を本堂の中、ご神体の前に寝かせると、刹那は世界の横に腰を下ろし、 自分の半身だと思っていた、もう、ピクリとも動くことのない世界の姿を見つめた。 明るく、クラスのムードメーカーだった彼女の姿を見ることは、もう出来ない。 「世界……」 途方もない喪失感が、刹那を支配していた。 「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」 一方、誠はここに来るまでの間に、かなり体力を消耗してしまっており、 刹那と世界から少し離れた場所に座って、休憩していた。 人間を背負う場合、背負われている人が生きている分には、自分でバランスを取ったり、 しがみついたりしてくれるので、背負う方もそこまで大変ではないが、 背負われる方が死んでしまっている場合、その人は自分でバランスを取ったりはしてくれないので、背負う側にも余計に負担がかかる。 もう死んでしまっていた世界をここまで運ぶのは、 せいぜい並程度の体力しかない誠にとって、相当な重労働だった。 「うぅー、さむー」 しかも、ブレザーを世界に着せてしまい、只でさえこの季節を屋外で過ごすには 厳しい服装な上に、川に入ったりしたことで体が冷えてしまった誠は、 冷たい手足を擦り合わせながら、思わず呟いた。 「あ……」 すると、世界の横に座っていた刹那が誠の声に反応し、 誠の方へそっと近寄ると、誠に声をかけた。 「伊藤、寒いの?」 「そりゃあ、川に入ったりしたし」 「そう……」 それを聞いた刹那は、誠の隣に座ると誠に肩を寄せ、さらに誠に抱きついた。 「え、清浦?」 「少しは、温かい?」 「え……、あ、ああ」 最初はビックリした誠だったが、刹那のその言葉を聞くと、刹那の背中に腕を回し、 思う存分、刹那の体温を堪能した。 誠は、冷えてしまっていた身体が刹那の体温と、高まった自分の鼓動によって、徐々に温まっていくのを感じた。 「清浦の身体、温かいよ」 「…………」 二人が、そのまま抱き合っていると、刹那がポツリポツリと、自分と世界の事を語りだした。 「私と世界は、ずっと一緒にいることが当たり前だった。 お互いを半身のように思ってたから……」 そうして誠の腕の中で、幼少期の出来事などを語っていく内に、 世界を亡くした悲しみが膨らんできてしまったのか、刹那は不意に泣き出した。 「あ、あぁ……、ひっく、ああぁ……、」 「清浦……」 「私は……ぐすっ……、世界の……、うぅ、世界……」 「清浦!」 誠は、泣き出した刹那をしっかりと抱きしめた。 そうして、どれだけの時間が経っただろうか? 5分か、10分か、今まで色々ショッキングな出来事があったせいで、 二人とも時間の感覚が狂ってしまっていたが、30分は経っていないように思える。 「伊藤、入学式の時のこと、覚えてる?」 「入学式?」 「伊藤が助けてくれた」 刹那はいつの間にか泣き止み、また別の話をし始めた。 「ああ、俺の知り合いが清浦に絡んでたんだっけ。 でも、助けたってほどのことじゃないって」 「ううん、助けてくれた。嬉しかった」 「そっか」 「私、それからずっと、伊藤のこと好きだった」 「え?」 それは、恋の告白だった。 「でも、世界も伊藤のこと好きだって知って、だから、私、我慢してた。 世界に幸せになって欲しくて、我慢してた」 「清浦?あの……」 「伊藤!」 刹那は、意を決したように言葉を重ねると、何か言おうとした誠の口に自分の唇を重ねた。 「ん……」 「んんっ…………」 またもや刹那に驚かされた誠だったが、こういったことには年不相応な程に慣れている。 誠は、すぐに状況に順応すると、目を閉じ、唇の動きを刹那に合わた。 「ん……はぁ……」 長いキスの後「ちゅむ」という音と共に誠から顔を離した刹那は、潤んだ瞳で誠を見上げた。 さっきまで泣いていたわけだが、そういった類の目の潤みとは違う。 恋する乙女の瞳で、上目遣いに誠を見上げた。 「清浦……」 そんな目で見つめられた誠が、今度は自分からキスをしようと、刹那の肩を抱いたところで、 刹那がそれよりも先に、口を開いた。 「伊藤……、して……」 「…っ!」 その言葉に、誠は一瞬息を飲んだ。 しかし、女の子からこんな事を言われてしまえば、誠の取る行動はひとつだ。 次の瞬間、誠は自分の唇で刹那の唇を塞ぐと、そのまま刹那に覆い被さった。 誠の下になった刹那は、目を閉じ、体の力を抜いて、誠に自分の全てを委ねた。 (世界……良いよな?) 刹那の服に手をかけながら、誠は横目でチラッと世界の方を見た。 気のせいだろうが、少し離れたところに寝かされた世界が、何だか恨めしそうに見えた。 (……許してくれよな、世界。お前の友達を、助けるためなんだからさ) 何も、誠は性欲のままに刹那を押し倒したわけではない。 そうすることで、世界を失った刹那の気が少しでも紛れるなら、と思ったのだ。 「……、…………」 「ん?どうした、清浦?」 ふと気がつくと、刹那も世界の方を見て、文字通り目と鼻の先にいる誠にも聞き取れないほどの小声で、何かを呟いた。 誠がそのことを尋ねてみても、刹那は「何でもない」と返した。 どうやら、誠に教えるつもりは無いらしい。 「そう、か」 少し気になった誠だったが、そういうことならと、深く追求はしなかった。 その時、誠がもっと刹那の口元に耳を寄せていたら、もしかしたら、 「最後の、思い出だから」という刹那の呟きを聞き取る事が出来たかも知れないが、 誠はそうせず、自分の口で刹那の口を塞いでしまった。 ――そして、数十分後。 男女の行為を終えた誠と刹那は、それぞれ、自分の服装を整えると、 誠は、社務所の方を見てくると言って本堂を出ようとしたが、刹那がそれを呼び止めた。 「待って伊藤、ネクタイ、曲がってる」 「え?」 今が、それ程身だしなみに気をつけなければならない場面とも思えず、 「別にいいだろ」と言おうとした誠だったが、それを言う前に、 刹那がツカツカと誠に近づき、誠のネクタイに手を伸ばして整えてしまった。 「清浦って、結構几帳面だな」 「……伊藤には、ちゃんとしてほしいの」 誠は、少し呆れたという表情を浮かべたが、刹那が近寄って来たのをいいことに、 刹那を抱き寄せ、キスをした。 「ん……」 刹那は、先ほどの行為の時ほどには応えなかったが、それでも嫌がる素振りは見せず、 誠が放すまで、その身を預けた。 「……もぅ」 誠から解放されると、刹那は他に誠の服装で変なところがないかチェックした。 そして、特に無いことを確認すると誠から少し離れ、ひとつ深呼吸をして誠に向き直った。 「伊藤……最後に、お願いがあるの」 「なんだ?……ん、最後?」 「そう、最後のお願い。これで…、最後だから……」 そう言って、刹那は少しうつむいた。 刹那の手には、いつの間にかベレッタM92が握られていた。 「私、やっぱり世界がいないと、ダメみたい……」 それが、世界の死体を見てから今まで、ずっと刹那が感じていた喪失感の答えだった。 「だから、私……世界の所へ、逝こうと思うの」 別に、いつも世界が近くに居てくれなくても、世界がこの世のどこかで生きていてくれれば、 寂しいだろうが、刹那も生きていけるだろう。 しかし、もう世界はこの世にはおらず、二度と戻ってこない。これは、変えようのない事実だ。 ならば、刹那は自分の方から、世界の元へ逝くしかないと考えた。 先ほど誠と行った行為は、最後の思い出作りだった。 しかし、一人で死ぬのはやはり怖い。 それに、どうせ世界の元へいくなら、もう一人、連れていきたい人がいる。 「えっ?清浦?」 意を決したように、刹那がうつむいていた顔を上げると、それと連動するように、 刹那の拳銃を持つ腕が上がり、その銃口が、刹那の様子に戸惑う誠の方へ向いた。 「それで、伊藤も……私と一緒に……、世界の所へ逝って欲しいの」 「!?」 そう言いながら、刹那は誠の返事を待たずに発砲した。 パン!という乾いた音と共に発射された9ミリ弾が、誠の腹部を通り抜け、 誠の、所々に世界の血が付き赤い部分もあったが全体的にはまだ白かったシャツが、 真っ赤に染まった。 「えっ!?なっ……、き…、清、浦…………」 「ごめん、伊藤。心臓を狙ったんだけど、外しちゃった」 腹を押さえ、ガックリと床に膝をつき、驚愕の表情を浮かべる誠に向かって、 刹那はそう言い放つと、両手でしっかりと銃を構え、2、3歩、誠に歩み寄った。 「大丈夫、今度は外さないから」 「ま、待て清浦!!まっ……」 パン! そして、誠の制止も虚しく、再び刹那の持つ銃から銃弾が発射された。 その銃弾は、今度も刹那の狙った左胸からは逸れたが、 誠の胸の真ん中に命中し、見事、誠の心臓を捉えた。 「~~~~~~~~~~~~」 誠は喉から、息を吸っているのか吐いているのか、声なのかも分からないような音を出し、 膝をついたままの不自然な格好で、後ろに倒れ込んだ。 (あ、せっかく直したネクタイ、穴が空いちゃった……) せっかく、誠を世界の元に送るならば、ちゃんとした格好をさせて送りたいと思い、 整えたネクタイだったが、穴が空いてしまった。 「…………」 「……はぁ」 刹那は、しばらくの間、驚愕の表情のまま固まり、何も言わなくなった誠を見下ろしていたが、 そのうち、大きく息を吐くと、誠の体を世界の横へと引きずって行き、世界の右隣に寝かせた。 「…………」 次に、刹那はいったん二人に背を向け、数メートルほど離れると、二人の方へ振り返った。 その二人は、遠目には男女が添い寝しているように見えなくも無かった。 それを見て、刹那は何となく、本当にただ何となく、 二人の方に向かって、ピースサインを突き出した。 「それじゃあ、世界……」 そうして、刹那は再び二人の元へ戻ると、世界の左隣に腰を下ろし、 最後に、世界の頭をそっと撫でた。 「今、いくね……」 刹那はそう言うと、自分のこめかみに銃口を当て、目を閉じてゆっくりと引き金を引いた。 パン!と、先ほど2回鳴らされたものと同じ音が神社に響き、 刹那は、世界の隣に倒れ込んだ。 &color(red){【伊藤誠@School Days 死亡】 } &color(red){【清浦刹那@School Days 死亡】 } &color(Slateblue){【残り26人】 } 【E-2 菅原神社/一日目 日中】 ※ベレッタM92(装弾数12/15)は、刹那の死体が握りしめています。  その他の刹那の持ち物だった支給品一式、レミントンデリンジャー(装弾数2/2)、   毒入り小瓶、誠の携帯は、菅原神社内に放置されています。

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