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遊義皇第18話

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   「あぁー、寿老ラーメン…?」


福助・刃咲と別れてから大阪の町を散策していたクロック。
その足は、聞き覚えのある古びたラーメン屋の前で歩みを止めた。


   「あぁー…次郎に大阪まで来たら食えっつってたのが寿老ラーメンっつったっけ。」


同僚の言葉を思い出し、軽い胃袋をひっさげて扉を開け…開けたままの姿勢で硬直した。


   「おう、クロック。 どうしたんだお前。」


クロックが昨日、自分で頭を殴ってまで逃がした男が、その場に居た。


   「あぁー…っつーか、なにしてんだ? 二封気。」


   「なにって…ランチタイム?」


列効二封気、だった。


   「あぁー、なにしてんだ…ってのはそういう意味じゃなくて…。
    …なにしてんだ、って意味だよ。」


   「お前がなにを云ってるのかがわからないんだけどな。
    とりあえず座れ。 美味いぞ、ここのラーメン。 俺のオススメはワンタンメン。」


とか云いつつ、二封気が食べているのはカニチャーハン。
そういう勧め方をする友人だと、クロックは認知している。


   「…あぁー、じゃあ、あんちゃん、ワンタンメンひとつ。」


   「うちのワンタンにはブタ肉を使っているが…そちら、イスラム教徒ではないな?」


店番をしていた男は、長というには若く、言葉の使い方を知らない青年だった。
クロックより年上だろうが、このオンボロ店舗よりは明らかに年下だ。


   「あぁー…あんちゃん、俺、どっから見てもアメリカ人だと思うんだけどよ。」


   「宗教と国籍は関係ない。
    そして、国籍も生まれや顔では判断できないものだ。
    かくいう我輩も、両親が異なる国のハーフで、米・日・中・独のクオーター。
    それに、自分がどこの国の人間かを決めるのは血ではない、自分自身だ。」


   「あぁー…お前、アメリカと日本と中国とドイツのクオーター、って云ったか?」


   「云ったが、それが?」


クロックの脳内に、それを誇りにしている男が1人だけいる。
そして、このラーメン屋に来たのもその男の紹介。
しかも、その男は、目の前の店員と言われればどことなく似ている。


   「…ひょっとして…あぁー、お前、苗字は『ジン』って言わないか? 神って書いて。
    で、弟居ないか? 髪を箒みたいに立てて、年がら年中ジャージのアホっぽいヤツ。」


   「うお、なんで知ってんだ。 クロック。 手品?」


答えたのは店番男ではなく、二封気だった。
店番男も驚いている風なので、間違いなくそういうことなんだろう。


   「あぁー…ってことは…。」


そのときだった。
引き戸の向こう、わめくような声が聞こえてきた。


   「ここなの、ジン? あんたが云ってた店って。」


   「私の名前を呼ぶなと何度云わせるッ!」


   「何回云ったのよ?」


   「この神次郎がそんな小事を覚えているわけがないだろうっ!」


少女と男の声だった。
店員もクロックも二封気も、男の方には聞き覚えが有った。


   「…これでアジトの備蓄食糧より不味かったら××るわよ?」


   「10億%有り得んなッ!」


   「2人とも、騒々しいのは良いが…落ち着け。」


   「ハイ! 落ち着きます! ブラックマイン様!」


小さな引き戸を開け、大きな客が来た。


   「…狭いが、良い匂いがする店だな。」


   「実家の近くの店と雰囲気が違いますけど…なにか似てるような気がします。
    …て、何帰ろうとしてんの! この××××! ジン! あんたも入りなさい!」


   「だから、この神次郎の名を呼ぶな!」


入ってきたのは、正念党最大幹部の七人衆のウォンビックと神次郎。 あとオマケにウォンビックの腹心のトガ。
突然の同僚の登場に驚く前に、クロックはテンパった。
正念党の人間を、二封気に会わせるわけには行かない。


   「あぁー! どわ…! ちょっ…おお!」


身を挺して二封気の前に立ちはだかり、カーテン代わりになるクロック。
テンパっている。 もうクロック、テンパっている。


   「おまえは…苗字を失念し、下の名前は忘却したが……誰だったか説明させてやろうッ!」


   「見間違えようがない。 クロック・ジュフ…だろう。」


焦るクロックよりも早く、ウォンビックが口を開いていた。


   「…知っているんですか? ブラックマイン様?」


   「朝のライディングデュエルを見た。
    相棒の少年には地中に埋まって3年目のセミの幼虫のような未熟さがあったが…良いデュエルだった。」


3年目とそれ以外のセミの幼虫の違いが見てわかるんだろうか、ウォンビックは。


   「クロック・ジュフ…って…。
    第4幹部の…クロック・ジュフ…ッ!?
    ブラックマイン様、こいつ、七人衆ですよ! 遅刻してた!」


   「あぁー…? なんだよオイ、次郎以外には有名だな俺。
    …ん? ブラックマイン…って、どっかで聞いたな、それ。 フドーなんとかの。」


“不動巨人”という二つ名で、グールズ時代から有名なウォンビック。
そのあともヴァイソンダーヅとして活躍し、その名はクロックも知っていたらしい。


   「うろ覚えか、コロッケ・ジュフ!
    この神次郎は覚えているぞ! フルネームはウォンエンドル・ブラックマルイスイカだ!」


   「あぁー、そんな名前だったっけ? 別にそれでもいいけどよ。」


自分の名前にすらツッコむ気がないクロック、そんな温い会話にこの場の紅一点はキレかけていた。


   「あんたらァっ!
    この方はウォンビック・ブラックマイン様! 覚えなさい!
    んで、そっちのトリ頭の×××が神次郎! そっちの紫のコートのオッサンがクロック・ジュフ、でしょ!」


   「ふん! キサマごときに説明されんでも覚えているは! ガトー・ショコラ!」


ブチッ


   「あたしの名前はトガ・ホアンだぁああああッ!
    どう間違えたらそうなるんだあああッッ!
    ×××しかが詰まってんのかぁあああ! テメェの頭はぁあああ!」


   「ダハハッハハハハハッ! ダーッハッハァァッ!」


二封気の爆笑が響く中、トガは置いてあった灰皿でクロックと次郎をリズミカルに殴打する。
普通は死ぬような攻撃も、流血には割と慣れている。


   「…注文しないなら帰れ。」


そこに来て、全員が店員の存在を忘れていたことを思い出した。


   「帰る!
    この神次ろ…いや、神次郎ではないが、私に似ている私は帰る!
    …む? 私が神次郎ならば神次郎に似ている私が私ではなく、神次郎は…ええい、まどろっこしい!」


   「お前が帰る実家、ここだ次郎。
    で? なに食う?」


   「だから、違うと…ッ!」


人間の腹は、鳴る。
そのメカニズムには未だに様々な謎があり、空腹以外にも鳴ることが証明されている。
だがしかし、朝食も食べずに大騒ぎし、その上でラーメン屋独特の旨味成分が染み出しているとしか思えない空気を吸う。
その上で鳴っていれば、99%それは空腹と断定して間違いない。
…神次郎の状況は、そんな感じだ。


   「…私は、ニンニクギョウザ3枚とライス特盛り。」


   「あたしはコーンラーメンにオプションでチャーシュー大盛り。」


   「俺もトガと同じでいい。 チャーシューメンにコーン。
    …クロック、お前も座れ。 色々と聞きたい話がある。」


ラーメン屋の神秘に、『コーンラーメンにチャーシューの追加』と『チャーシューメンにコーン追加』の差異という物がある。
結果として出てくるメニューが同じ物でも、大抵は微妙に値段が違う。


   「あぁー…いや、でも、な…なんつーか、座りたくねーっつーか。」


   「座れって。 立ち食いはマナー悪ぃぞ。
    ジャマでウォンビックとかの顔見れねーし。」


   「あぁー…お前を隠してやってるんだがな…俺は。」


   「隠すって…ああ、俺が会うのがマズイって話か? 今更だろ。
    その2人…新しい七人衆だろ? もう…俺が誰か知ってるみたいだしな。」


   「いただきます。」


   「…なるほど。 ただの逃亡者でもない、というわけか。」


出てきたギョウザとライスを貪りつつも、神次郎の注意は二封気に向いている。
ウォンビックにいたっては、露骨に視線を傾けている。


   「クロック、キサマと列効二封気の関係は、興味はあるがそれ以上ではない。
    だからキサマが二封気を庇おうと構わんが…俺はシャモンの“仲間”だから…な。」


ウォンビックの言葉は、二封気を連れて帰ることを示唆していた。
腕力での話ならば、身長240センチに見合って余りある筋力をもつウォンビックに抗う術はない。


   「あぁー…なんだ、ウォンビック?
    てめーもエビエスみたいに、シャモンに惚れたクチか?」


   「そういうわけではないが…シャモンには恩もあるんでな。
    そのシャモンが会いたいと云うんだ。 見逃す理由はないな。」


恩というのは、ウォンビックと傘下メンバーの正念党参加を条件に、多額の給料のことである。
カネで始まった関係だが、それが孤児院の子供たちになるならば、ウォンビックにとっては恩以外の何物でもなかった。


   「…あぁー、ワリー、二封気。
    ウォンビックが強いだけのヤツだったら別だが…俺は…。」


実際、方法を選ばなければクロックがウォンビックたちを撃退する方法は皆無ではなかった。
しかし、その方法では、多くの人間の心身に多大なダメージを発生させるのは確実。
クロックは友人のために戦える優しさを持つが、その優しさゆえに、クロックには打つ手がなかった。


   「…サンキュな、クロック。 あとは自分で足掻くわ。」


   「…さて、どうする?
    俺とジロウ、二封気とクロックでタッグデュエルと行くか?」


やっぱりというか、ウォンビックは腕力に頼らず、デュエルで来る。
正念党からの資金援助によって、ウォンビックは腕力に頼らなくて良くなった。
だからこそ、ウォンビックはその恩が有るシャモンのために、このデュエルは必勝の気合があるのだが。


   「あぁー…俺は見てるだけだな。
    二封気を捕まえるためのデュエルはできねぇ。
    だが、ウォンビックやジロウとデュエルしようとは思わない。」


   「フハハハッ! フロッグ!
    そういうのをなんというか教えてやろう! モモンガだ!」


   「ジロウ。 アイツはクロックだ。
    そしてニ心の例えに使う生物はコウモリ…じゃなかったか。」


   「そんな細事に拘るなんぞ、器が知れるわ! ブラックマイン!」


   「あぁー、ウォンビックはタッパもあるしよ、器ぐれぇは小さいほうが…
    ってオイ、二封気、どうし…って、あ、てめェッ! なに他人事みてーに笑ってんだッ!?」


腹を抱え、肩を震わせる二封気。


   「プ…ブハ…フヒ…良いなァ! コント集団七人衆!
    正念党には戻らないけどよ、デュエりたくなってきたぜっ!」


ちょっとチャーハンが変な方に行ったのか、ムセっている。


   「…キサマが正念党に戻らない理由に興味はないし、別にコントもしていないがな。
    ルールを決めよう。 俺も早くデュエルがしたい。」


いつだって真面目なウォンビックは既に意を決しており、気を張っている。


   「俺としては2対1とかでも良いぜ?
    アンフェアなハンディキャップマッチとかの方が燃えるからよ。」


   「それでもいいが、俺のデッキがタッグデュエルには向かなくて、な。」


   「フン。 枷を嵌めるならば、天上天下に置いて比類なき私の方だ!
    ブラックマイン! 列効二封気と組め! そして私とデュエルだ!」


   「それも面白そうだけだが…。
    やはり、一番良いのは二封気と組む誰かが居ることだな。」


   「じゃあ、俺がダチをひとり呼ぶか? アイツ、今、大阪にいるはずだし。」


   「誰だ…と云いたいところだが…ラーメンを食べてからで構わないな? 冷める。」


   「気が合うな、ウォンビックっての。
    俺もそう云おうと思ってたところだ。 俺のはチャーハンだけどな。」





誰から云い出すわけでもなく、四人の男たちは同時に立ち上がった。
全員がスープまで飲み干し、クロックなんかはツマヨウジで歯に挟まった何かと激闘しているが。
闘う男の感覚に着いて行けず一歩遅れた少女、トガが勘定を済ませる。


   「…で? お前の友達というのは?」


   「もう来てるだろ。
    …ところで、次郎。 この辺りのソリッドビジョンが出せる場所ってどっかねーか?」


   「それなら寿老ラーメンの駐車場だな。
    車で来る客なんぞ、最近は居ないはずだからな。」


だが、神次郎が視線を向けた先、寿老ラーメンの駐車場には既には先客が居た。
駐輪した自転車の上に器用寝そべり、デュエルディスクを左腕に巻いた坊主頭の男。


   「よォ二封気。 来てやったぞ?」


坊主男の発言に、現七人衆たちは同じ感想を持った。
この坊主頭が二封気の友人らしいこと、そしてこの男が並のデュエリストではなさそうなこと。


   「空蝉うつせみも来たし、始めっか?
    俺と空蝉、ウォンビックとジロウのタッグ。
    俺が勝ったらこのまま俺は逃げるし、負けたら大人しく正念党大阪支部まで行く、いいな?」


   「ああ、構わん。」


   「待て、二封気。
    呼びつけておいて説明もなしでデュエルをさせる気か?」


ウツセミ、と呼ばれた男が常識的な指摘をする。
いきなり呼ばれてラーメン屋の駐車場まで来たら、そこには見覚えの無い外人たち。
比較的外見が良心的なクロックやトガはともかく、髪を逆立てたジャージ男や非常識にデカい男は説明が欲しくなる。


   「ん? 空蝉はタッグデュエル嫌いだったっけか?」


   「そうじゃないが…俺はそいつらの名前も年齢も知らないんだぞ?
    …ああ、一人知ってんな。 朝に: 飛べないアイアン風船バルーンとライディングデュエルしてたヤツだ。」


クロックのことだ。
詳しくは遊義皇14~16話辺りを参照。


   「オイオイ、空蝉、なに云ってるんだ?
    タッグデュエルするなら、デュエリストが4人とデッキが4つあれば良いだろ。」


   「…正論だ。」


今の二封気の回答で納得してしまう辺り、この空蝉くんも立派なデュエル狂らしい。


   「このデュエル、何かアンティはあるのか?」


   「負けると俺の命に関わるくらいで、お前は特にないな。」


軽く云っているが、ゲームの場で過剰表現をする二封気ではないことを空蝉は知っていた。


   「ふウ…そんな大事なデュエルで数年ぶりで腕も判らない俺を相棒に選んで…良いのか?」


   「前からお前が云ってることはズレてんだよなぁ。
    俺の命はそりゃ大事だけどよ、今はどうでもいいだろ? 今大事なのはお前がデュエルするかどうかだけだ。」


   「…確かにな、二封気。 正論だなッ!」


   「ブラックマイン! 話が纏まったようだぞ!」


日本語が判らないウォンビックに、神次郎が伝令として伝える。
しかし、必要は無かった。 空蝉の顔は勝負に生きる男の顔だし、それは万国共通だ。


   「ああ、見て判った。 しくじるなよ? ジロウ。」


   「ッハっ! 逆の可能性が高すぎて悲しくなるなぁッ!」


   「まあ、な。
    強敵や道の敵に挑む…いつでも難しく、血沸く…ッ!」



デュエル狂&デュエル狂 VS デュエル狂&デュエル狂、開戦。






















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