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遊義皇第9話

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絵本作家筋肉博士氏の新作、「ニック・シルバー船長に英語を学ぼう! 顎力(がくりょく)強化!」発売。
幼児向け絵本として20年前から発売されている「ニック・シルバーシリーズ」の第53冊目が今月4日に発売される。
このシリーズは冒頭1~5ページは幼児向けの英語から始まるのだが、途中から不自然すぎる流れで特定の筋肉の鍛え方に変わり
そのコミカルな絵と強引なストーリーから子供にも人気が有り、トレーニング内容も医学的見地から見ても斬新かつ効率的と定評がある。
以上、月間ブックコレクション2月号、編集部プッシュベストテンページより抜粋。(ちなみに順位は2位。)

作者視点

ニューヨークの珍しくも無いコンクリートの道路。 珍しくも無い日常。
そんな中に前触れなくドアが落ちて来た。
通行人たちが上を振り仰ぐと、廃墟となったビルの窓から投げ出された物だった。

今現在、このビルの中では正念党とヴァイソンダーヅのデュエル組織同士とは思えない乱闘が起きていた。

   「ヴ、ゥォオオオ!」

先ほど窓からドアを投げ捨てた男は、今度は両脇にテーブルを抱えこみ、正念党員との格闘をしていた。
ヴァイソンダーヅは、前身となる組織:グールズで獲物の退路を断つ『壁役』をやっていたメンバーが多く所属している。
その為、ヴァイソンダーヅは『デュエルよりも身体を動かす方が得意』という超体育会系組織なのだ。

そのため、このような格闘戦では勝ち目はない……はずだったが、正念党は勝ち目の無い戦いを挑むほど勇猛でも果敢でもない。
一人の党員は男が振り回してた机を首に叩き付けられたが、堪えた様子も無く立ち上がった。
そして、何人もの正念党員は木に群がる蟻のように男の足にしがみ付き、怪力男を完全に制圧した。

   「なんじャそりゃああァ~~!?」

人海戦術。 それは人が波のように襲い掛かり、敵を征圧する戦術。
正念党員たちは『一人』を除いてヘルメットから防弾チョッキ、ブーツや手袋に至るまで、目が痛くなるほどに真紅で統一されたコスチュームだった。
しかも、それらの服は全て溶接されたようにつなぎ目が分からず、貝の刺身のようにコリコリと妙な触り心地がする。

   「カファーハッハッハ!
    私達の部隊が着ているヘルメットや服は第3幹部発明、その名も『アルティメット・ファイヤー・アーマー』!
    このスーツはN○SAもびっくりの耐久力でなぁ、いかなる衝撃や圧迫にも屈しない耐久力を持っている。
    極端な話、ロケットエンジン搭載のタクシーが突っ込んできても生き残れるかもしれないと言う優れ物だ!」

さきほど挙げた真紅の強化服を着ていない『一人』――この部隊の指揮者、神次郎はやけに偉そうに言ってみせた。
ダボッっとしたジャージ、ところどころ金髪の混じった黒髪をオールバックにした自信に満ち溢れた面持ちの男だ。

   「『かもしれない』って未定かよ! しかもそんなタクシーねぇし!
    そして見逃す所だったが! スーツネーミングの方向性がダサい!」

   「んで、威張ってるけど隊長の手柄、って訳でもないッスね。
    隊長はさっきから威張ってばっかりで何にもしてくれてませんし。」

神次郎の部下達は、顔も見えないし、攻撃に対しては無敵なスーツを着ているので、かなり言いたい放題である。

   「ええい! 上司を尊敬しない部下なんぞ要らん!」

   「部下を大事にしない上司を、どうやって尊敬しろっつーんスか。」

   「……ええい! 私の脳にはお前達からのクレームなんぞ覚えてやるようなゆとりはなァい!」

威張るなよ。 ダメ上司か。 お前は。
掛け合いをする中、ドアの外れたドアをくぐって、金属バットやパイプ椅子で武装したヴァイソンダーヅの面々が踏み込んできた。
既にアルティメット・ファイヤー・アーマーを着込んだ正念党員と戦ったらしく、かなり疲れている様子だ。

   「ちょうどいい。 私の戦いぶりに憧れろ。 部下ども。」

神次郎は強化服もなしに、ボクシングなら階級が6つは違いそうな大男たちに突進する。
ヴァイソンダーヅの面々も疲れを感じさせないスピードで神次郎に対応するが……素早すぎた。

   「アホウが! 攻撃が素直すぎるわ!」

素早く拳を繰り出すということは、それだけ拳を胴体から遠くに放すと言うこと。
故に人間は、拳を突き出すと戻すまでは完全に無防備になる。

   「ッァッ!」

言葉にならない叫びと共に、神次郎の十指は素早く男達の鍛え抜かれた関節にもぐりこみ、プチプチを捻り潰すような音が断続的に鳴った。

   「が、な、なんじゃこりゃあああああ!?」

ヴァイソンダーヅの面々の腕関節や膝はガクン、っと重力に負け、崩れるように倒れた。

   「フハーッハッハッハッハ! 見たか!
    私流、関節外し! 貴様らの両肩・肘・膝の関節は完全に脱臼させたァ!」

数人の男達の攻撃を回避しきり、数秒の間で外しきる……地味だが、凄まじい技量である!

   「おー、さすが隊長。 スゴイ。 スゴイ。 地味だけど。」

   「っぐうう、まさかこんなバカ丸出しな男がこんな地味にスゴイ技を使うとは……っぐう!」

神次郎の額にビシィッと血管が浮く。

   「地味地味言うんじゃない! アホウどもが!
    そいつらを縛る時は少し緩く縛れよ。 関節が付けにくくなるからなァッ!」

   「了解です。」

関節を戻すのも、神次郎は素早かった。
見ている人間も戻されている張本人も、いつ関節がくっ付いたのか瞬間が分からないほどに。

   「神第5幹部。 6階より上を担当していた小隊から連絡がありません。」

   「――それよりもお前、そこをどけ。 邪魔だ。」

連絡係の男は、言葉の意味も解さぬままその場所を譲った。
直後、天井を破砕して隕石のように1人の男が降って来た。

   「……な……人間が、振って来たァ!?」

   「ウォンビックさん!」

後ろでに縛られた男の誰かがその男の名を呼んだ。
褐色の肌に整ええられた角刈り、そしてこの状況には不釣合いな静かな眼光。
だがしかし、それよりも特筆すべきはその巨躯。
天井が壊れていなければ天井に頭が着いていただろうし、180センチの神次郎よりも頭3つか4つ分高い。
しかし――神次郎は、その圧倒的な身長差に気付いてすらいないように、落下直後のウォンビックに襲い掛かった。


2人が交錯する。 激突!


そして、ポコンっと軽い音を立てて、ウォンビックの右肩が浮いた。
それと同時に、神次郎は後ろにステップして距離を取った。

   「昨日は私を『みすぼらしい』と言った報いとしては……軽すぎるなぁっ!? ブラックマイン。」

神次郎はニッ、っと気持ち良さそうに笑った。
ちなみに、神次郎とウォンビックの邂逅について覚えてない方は2話を参照して欲しい。

   「無事か。 お前ら。」

しかし、ウォンビックは、神次郎に頓着せずに縛られた部下へと意識を向ける。

   「私を無視するなァッ!」

無視続行中。

   「俺らは無事ですから、逃げるにしろ戦うにしろ、その腕を何とかしてください! ブラブラしてます!」

外れた右腕に、ウォンビック以上に駭然としている部下の面々。

   「ああ、これか。……フンッ。」

ウォンビックは残った左手で右肩を掴み、空き缶でも握りつぶすような感じで力を込め……右肩を動かし、初めて神次郎と目を合わせた。

   「さて……正念党。 お前たちは俺たちの『領域』に入ってきた。
    お前たちにはたった一匹で密輸されてきたコーサカスオオカブトムシのように、この『領域』のルールに……がッ!?」

よくわからない例え話をするウォンビックの顔面に拳が叩き込まれた。
叩き込んだのはもちろん、神次郎。

   「アホウが。 貴様らの作った単純なルール、『ドッグ&マン』なら知っている。
    素手での殴り合いとシングルデュエルの二本勝負を行って、両方で勝った者を勝者とする……私でも一回で理解できるほどに単純だ。」

補足だが、二本勝負なので1勝1敗になる場合が多々あるが、その場合は勝者ナシのノーゲームになる。
殴り合いではヴァイソンダーヅの面々は負けようが無いので、このルールは勝ちは有っても負けは無い、ヴァイソンダーヅが無敵になるルールなのだ。

   「……この攻撃は、『ドッグ&マン』の合意と見て良いんだな? 正念党。」

   「だからアホウだと言っている。
    敵陣に攻め込んだ人間が、なぜ相手の提示したルールに従わねばならん?
    状況やルールを作る者が勝敗をも作る……兵法の基本だ。 ブラックマイ~ン。」

見下すようにに神次郎が講釈を垂れる。
しかし、ウォンビックの顔面は腫れても出血もしていないキレイな状態であるにもかかわらず、殴った神次郎の拳は皮がすりむけ、薄っすらと出血してたりする。

   「正念党の。 ルール無しで殴りあうならば、一夏鳴いた蝉のように……お前……燃え尽きるぞ。」

   「私に敗北は存在しない。
    貴様……自分の肩を見てみろ。」

ああっ! と驚きの声を上げたのはウォンビックではなく、双方の部下たち全員だ。
先ほど外され、ウォンビックが自力でハメた右肩は、コンビニの中華まんほどに腫れあがっていた。

   「人間の関節というのは簡単に外れるものじゃない。
    それの脱着自在を可能にするのは私が天才たる証拠であり、素人が簡単に出来る技ではない。
    貴様のように腕力に任せて筋や筋肉の方向も考えずに入らないような角度で関節をハメれば、腫れもするッ!」

勝ち誇る神次郎を見詰め、ウォンビックは右拳をコンっと無造作に当てて、壁の一部を労せず粉砕した。

   「……コンクリートを砕く程度ならば、腫れていようがいまいが問題は無い。
    モーゼ以外の人間が海を割れないように、お前に何度関節を外されても何度でもハメればいいだけだ。」

   「アホウが。 あと3回もそんなやり方で関節をハメれば神経が確実に切れる。 関節が繋がっていても動かん。」

さきほどバックステップで広げた間合いを、テクテクと歩み進めて潰していく神次郎。

   「お前が俺の関節を3回外すのが先か、俺がお前を殴り倒すのが先か……初めてだな、互角のケンカというのは。」

ウォンビックは根を張ったようにその場で身構えた。
一方の神次郎は前屈気味にジリジリと間合いを詰める。

   「あ……。」

   「……。」

   「――ゴクッ……。」

見る者たちにまで緊張を強いる静寂。
その静寂を破ったのは、たった一発の蹴りだった。

仮にその蹴りを放ったのがウォンビックならば、彼の一挙一動にも集中していた神次郎ならば避けられただろう。
しかし、その一撃はウォンビックがさきほど開けた穴から飛び降りてきた一人の少女の繰り出したものだった。


べぇぐんッ!


   「こんの×××ッ! ブラックマイン様になんてことすんのよォッ!?」

現れたのは、大きな瞳にカメリア色のチョッキに片足の裾がないデニムパンツ。
全身で『元気』をアピールしているような少女だ。

   「トガか……脱サラしようかどうしようか悩んでいるところをリストラされたサラリーマンのような……良いのか悪いのか、わからんタイミングだ。」

警戒を解き、ウォンビックは右腕をさすった。
その少女の名前はトガ・ホアン。 年齢は13才と若いがデュエルでも体力でも他のヴァイソンダーヅの面々に劣らない。

   「倒しては……いけなかったんですか?」

人を蹴り倒した時でさえも動揺しなかった少女だが、ウォンビックの一言ごとに反応する。

   「……いいや、よくやってくれた。 この男と殴り合っていたら……負けていたかもしれない。」

その言葉に、ホっと胸をなでおろすトガ。
ヴァイソンダーヅには……というより、ウォンビックには負けてはならない理由がある。
だからこそ、負けるかもしれない相手との戦いは、どんなにデュエルしたくとも避けてきた。
負けないルール、『ドッグ&マン』を作り出した。

   「……互角のケンカ、か。」

   「なにか言いましたか? ブラックマイン様?」

   「……いいや、なんでもない。」

ウォンビックは、名も知らぬ神次郎を羨ましがっている自分自身を認めると、静かに拳を正念党員へと向けた。

   「ういぃ!?」

   「お前たちはどうする? デュエルか? 実力行使か?」

正念党員たちの着ているアルティメットファイヤーアーマー……長いからUFAとしておくが、UFAは脱ぐのにかなり手間が掛かる。
まず蒸気でスーツの隙間を埋めている接着剤を溶かし、パーツごとを留めている針金を切り……書くだけで5行か6行を要する。
さらに、このUFAは当然格闘を前提としているので、デュエルディスクのような重りは付けられない。

故に、格闘・デュエル共に秀でる神次郎はスーツを着ないで(本人が『この美しい顔を隠すのは嫌だ』とゴネたのもあるが)、デュエルを担当していた。
その神次郎が意識を失った今、他のヴァイソンダーヅを片付けたように残る手段は人海戦術以外は無い。

   「……デュエルするつもりはないようだな……。 屋上が一番広い。 そこで決着をつけよう。」

正念党員たちは、その言葉に抗う意思と方法を持っていなかった。



作者視点
オセロ村では、福助と刃咲のタッグが正念党のデュエリストたちをバッタバッタと切り崩していた!

   「僕のバトルフェイズで〔エレメント・ドラゴン〕で〔灼岩魔獣〕を撃破!」

エレメント・ドラゴン 光属性 ドラゴン族 レベル4 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう一度だけ続けて攻撃する事ができる。

灼岩魔獣 炎属性 岩石族 レベル4 ATK1500 DEF1000
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「氷岩魔獣」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた場合、フィールド上で表側表示の魔法または罠カード1枚を破壊する。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1体まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)

〔エレメント・ドラゴン〕(攻撃力2000)VS(攻撃力1500)〔灼岩魔獣〕→灼岩魔獣、破壊・墓地へ。 
ガチャピンスナフキン:LP300→LP0

   「うああああ!」

   「さらに! フィールドに〔精霊術師 ドリアード〕がいるので、〔エレメント・ドラゴン〕はもう一回攻撃できます! いけぇッ!」

ひとりをなぎ倒し、エレメントドラゴンはその勢いに乗ってガチャピンスナフキン(仮名)のパートナーのライフも削りきった。

   「ヌゥ…。」

アフロ侍:LP1200→LP0


   「今のがタッグデュエルかぁ、楽しかったね! 刃咲くん!」

   「俺はそれより次の反応が楽しみだ。」

最後の2人組を撃破し、刃咲は今までのニックから続いている伝統パターンを待った。

   「お前のかーちゃんデーベソ!」

   「ムーミン谷に帰っちまえー!」

謎の捨てゼリフを残して泣きながら走り去るのが彼らの流儀らしい。

   「今日は沢山デュエルできて良かったね♪ 刃咲くん♪」

   「数はデュエルできたけど内容は軽かったぜ? これなら壱華の方が倍は強いぜ。」

事実、彼らはカードの知識に疎いというか、まだ始めて短いというか。
やけにマイナーで、誰も使わないようなカードを使っていた。
……いや、まあ、それはドリアードを使う福助も共通するところでは有るが、こいつは生まれてからずっと使っているのもあるだろうが、かなりの強さを誇っていたりする。

   「さあ! あとはクロックさんの手札交換を見極めるだけだ! クロックさーん!」

   「先に福助がやれよ? 俺はデッキ調整だ。」

といいつつ、福助戦でクロックの手捌きを見定める腹積りの刃咲。
……しかし、刀都屋は福助の声に応えはしない。

   「……二封気さーん? クロックさーん?」

不振に思った福助は、刀都屋の中に入っていった。
その背中を刃咲はポケットのカードとデッキのメインカードを入れ替えながら見送った。
そして、刃咲が2~3枚カードを入れ替えるほどの時間が過ぎてから、その声は聞こえてきた。



う、うああああああああああ!?


刀都屋から響く、福助の悲鳴。
刃咲はデッキをデュエルディスクに差込み、刀都屋に突撃した。
そこまで広くも無い刀都屋を一望し、友人の姿を求めて二封気の居住スペースである二階への階段を踏みしめ、そして見つけた。

   「どうしたフク……って、うお!?」

腰を抜かした福助と、頭から血を流したクロックが倒れていた――。

   「生きてはいるな…二封気は!?」

   「い…居ないよ!?」

出口である刀都屋出入り口の前でオレ達がさっきまでデュエルしていて、その間誰も出ていない。
…これは完全な密室殺人だ!

※1、死んでません。
※2、刀都屋には裏口が有ります。
※3、この小説は「遊戯王」のパロディです、間違っても「探偵歩けば人が死ぬ」系列のパロディではありません。


作者視点
ヴァイソンダーヅ所有ビル屋上。
ウォンビックが『山』を積み重ねていると、彼が待ち望んでいた声が聞こえてきた。

   「ふはははははは! ちょっと待ったァ!」

後頭部にタンコブを作り、貯水タンクの上からウォンビックとトガを見下ろすその男の名は、神次郎。

   「突然現れて、大声出すとは……カラスか、お前は。
    ……名前を聞いていなかったな、カラスでも名前ぐらいは名乗れるんだろう?」

いや、名前が「カァー」とか「アホウ」とかじゃない限りカラスは名乗れないと思いますよ…あ、アホウか。

   「私は正念党第5幹部にしてニューヨーク支部長、神 次郎!
    悪の巣窟、ヴァイソンダーヅを率いるウォンビック・ブラックマイン!
    正義と英知と力と技とスピードと根性と愛と……とかで貴様を倒す男だ!
    そして部下達! 貴様等の失敗は寛大にも私が尻拭いしてやろう! 寛大にな! ふははははァア!」

屋上の隅に山の様に積み上げられた意識の無い部下達に向かって更に声を張り上げたアホウ。
そう、彼らは実力行使で片腕が使えないウォンビックに挑む、惨敗したのだ。

   「名乗ったからには貴様にも質問に答えてもらう!
    どうやって『アルティメット・ファイヤー・アーマー』を着込んだ部下達を倒した!」

   「……確かにその服は硬かった、だが例えるならタッパーにプリンを入れて振り回す様に…中身に振動を与える拳を使った。」

例えが逆に分かり難い、つーか普通はそんな事はしない。

   「なるほどな! ところで! 私はどうやってここから降りたら良いのだろうか!?」

貯水タンクに乗ったままの神次郎の足が、ちょっと恐怖にプルプル震えてたりする。

   「……ケンダマのボールのように飛び降りたら良いじゃないか。」

ケンダマの玉が落ちたらまずいと思います。 紐が切れてます。

   「足を挫いたり関節が外れたりしたら痛いじゃないか! そんな事も分からんのかアホウが!」

   「……貴様、本当は大馬鹿だろう。」

正解。

   「バカって言った方がアホウなんだぞ! アホウが!」

   「……ブラックマイン様、あんな奴を相手にしないで、縛られてる連中を助けに行きましょう。」

トガの超常識的発想に、神次郎が真っ青になった。

   「おい! 待て! 私を降ろせ! まず降ろせ! お前が降ろさなかったら降りてやらん!
    降りれないわけじゃないぞ! 降りてやらんのだ! いいのか!? この私がこんなところで生活するのだぞ!? いいのか! ええ!?」

理屈の『り』の字も無い傍若無人な発言にも、ウォンビックは身長240センチを使って神次郎を降ろした。
更に『登る時に手が汚れた!』と主張し、手を洗いに行ってからデュエルを開始した…なんだこの人。

   『デュエル!』

戦いの開始宣言と共に、神次郎は髪を掻き上げてヘアバンドで…ホウキまたはパイナップルのようなツンツンなヘアースタイルで固定した。

   「これだな、気合が入る……うおおおっ!?」

神次郎は、その時初めてウォンビックの付けているデュエルディスクの異様さに気が付いた。
デカい。  ウォンビックが身長240センチという規格外の大きさを持っているのに対比として違和感が無いぐらい大きい。

   「特注品の奇形デュエルディスクでな。 名前は『BATTLE・AX(斧)』。
    通常のデュエルディスクはデッキホルダーは50枚程度が上限枚数だが、これには150枚入る。」

   「改造デュエルディスクか、面白い! 掛かって来い! 貴様のターンからだ!」

何が面白いかはわからないが、神次郎は威勢良く構える。

   「俺のターン、ドロー(手札6)!
    ……俺は、カードを1枚セットし、〔つまずき〕を発動する。」

つまずき 永続魔法
召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したモンスターは守備表示になる。

ウォンビックが発動したのは、『地味にウザイ』ことで定評のある妨害系カードだ。

   「さらに俺はカードを1枚セット。 追加でもう1枚セットして、ターン終了だ。(手札2・伏せ3・発動中1)」

結果として4枚の魔法・罠カードをウォンビックはプレイしたが……モンスターを出してない。
神次郎は、瞬間的にこういう状況でありうる状況を想定する。

1:モンスターをドローできなかった。 2:こういう戦術。

可能性は細かく分ければもっとあるだろうが……神次郎は、考えるのをやめた。
相手がどんな戦術を取ろうと私は私のプレイングをやめてやるつもりはない、と。
重要なのは、『あの男の場には魔法・罠カードばっかりでモンスターがない。ダイレクトアタックのチャンスだ』ということだけだ、と。

   「ファーッハッハハ! 私のターン! ドロー(手札6)!
    ライフを2000ポイント支払い、〔ハーピィの竹箒〕ぃいいいい!」

ハーピィの竹箒 通常魔法
ライフを2000ポイント払い、以下の効果から1つを選択して発動する。
●フィールド上の全ての魔法・罠カードを破壊する。
●自分のライフを半分にし、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て除外する。(オリカ)

   「〔ハーピィの竹箒〕……ライフコストは掛かるが、禁止・制限カードの〔ハーピィの羽箒〕や〔大嵐〕と同等の効果を発揮するレアカードか。」

   「その通りよ! 私はLP2000を払って大嵐にする! 貴様の魔・罠はァ……一掃ォっ!」

神次郎:LP8000→LP6000

しかし、制限カードと同じ効果があっても所詮は1枚のカードである。
いかなる力を持っていようとも、カードに打ち消されるのもまた必然。

   「カウンター罠発動、〔魔宮の賄賂〕だ。 〔竹箒〕を止める…神次郎、1枚ドローしろ。 そういう効果だ。」

魔宮の賄賂 カウンター罠
相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし、そのカードを破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。

神次郎:手札5→手札6

   「せっかくの除去魔法だが……無駄だったようだな。」

   「無駄? 何を言っている。 お前に〔魔宮の賄賂〕を発動させる事に成功した。
    私は〔竹箒〕を失って1枚ドロー、お前は〔賄賂〕を一方的に失った……私のほうが有利だ。」

その言い分に、ウォンビックはなにか記憶に引っ掛かる感覚を覚えた。

   「私は魔法・罠の除去能力を持つ〔ライトロード・マジシャン ライラ〕を召喚する!
    フハーッハッハッハ、ハーッハッハハ! 効果を発動して〔つまずき〕を破壊するゥ!」

シーン。
神次郎の発動宣言は、虚空へ響いた。

   「……あんた、××××?」

   「神次郎、〔ライトロード・マジシャン ライラ〕の効果は自身を攻撃表示から守備表示に変更する効果が含まれる。
    ……今、俺のフィールドには〔つまずき〕がある。 〔ライラ〕は召喚された瞬間に守備表示に変更され、発動条件を満たせなくなったのだ。」

ライトロード・マジシャン ライラ 光属性 魔法使い族 レベル4 ATK1700 DEF200
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果を発動した場合、次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分のエンドフェイズ毎に、
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

   「そ……そんなことはわかっている! 私はカードを1枚セットし、ターン終了(手札4・伏せ1)!
    〔ライトロード・マジシャン ライラ〕の効果で、私のデッキ3枚を墓地に送る。」

サイクロン:デッキ→墓地
ウェポン・サモナー:デッキ→墓地
ならず者傭兵部隊:デッキ→墓地

どう見てもわかってなかった顔だが、そこをツッコミ入れるほどウォンビックはお喋りではない。

   「俺のターン、ドロー……カードを1枚セット、終了だ(手札2・伏せ3・発動中1)。」

   「貴様、私を侮ってるな?」

序盤は手札が多いので、多くのカードが飛び交うのが普通だ。
それをウォンビックは、召喚もせずにただ伏せカードを追加しただけだ。

   「……俺は甲子園準決勝の先発投手並に全力のつもりだが?」

なんでアメリカ人が甲子園知ってるんだ、とかのツッコミは野暮だ。

   「ならばいい! 貴様が負けた時に『手加減して負けた』なんぞと言われたら不愉快極まりないからな!
    全力の相手をこの私が美しく蹂躙する! 他に道無し! ドロー(手札4)! 〔ライラ〕を攻撃表示に変更し、効果発動!」

瞬間的に攻撃態勢を取ったライラは、即座に守備態勢に戻った。

つまずき:フィールド→墓地

   「〔ライラ〕は守備表示になったから攻撃できんが……〔ライトロード・ウォリアー ガロス〕を通常召喚する。」

ライトロード・ウォリアー ガロス 光属性 戦士族 レベル4 ATK1850 DEF1300
自分フィールド上に表側表示で存在する「ライトロード・ウォリアー ガロス」以外の「ライトロード」と名のついたモンスターの効果によって
自分のデッキからカードが墓地に送られる度に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
このカードの効果で墓地に送られた「ライトロード」と名のついたモンスター1体につき、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

   「まずは先制攻撃だ、〔ライトロード・ウォリアァァ ガロス〕ゥ! 直接攻撃だ。」

急所であるはずの腹部を露出するという型破りな鎧を身に付けた戦士が、ガッチャッガッチャとウォンビックに襲い掛かる!

   「届かんな。 〔ドレインシールド〕だ。」

ドレインシールド 通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

ウォンビックの何も持っていない右腕に、ソリッドビジョンによって丸い盾が生じた。
ガロスの戦斧による一振りを、体格で勝るウォンビックはハエタタキでトンボを潰すように軽々と弾き返した。

   「〔ドレインシールド〕の効果発動だ。 ライフポイントを回復する。」

ウォンビック:LP8000→LP9850

   「あんた、よっぽど頭に×××が××ってる××××ね? 伏せカードぐらい警戒しなさいよ。」

トガの罵倒とも忠告とも取れる言葉を、神次郎は笑って跳ね除けた。

   「フハーッハハッハゥ、最近では手札からでも発動する効果モンスターも多い!
    そんな中で伏せカードだけに警戒するなんぞ愚の骨頂! 伏せカード? 心理戦? ブラフ? 気にする奴がアホウなのだ!
    自分の生きる自分で私が決めるように、貴様を侵略する方法は私が決めて遂行する! それが『決闘』よ!」

罠にハマったというのに、無意味なまでに迷わないよこの人。

   「カードを1枚セットして、〔ライトロード・マジシャン ライラ〕の効果発動、デッキトップからカードを3枚墓地に送る!」

大嵐:デッキ→墓地
ライトロード・ハンター ライコウ:デッキ→墓地
神の宣告:デッキ→墓地

   「さらに、〔ガロス〕の効果発動! ライトロードによってカードが墓地に送られた時、追加で2枚墓地に送る!
    その中に、ライトロードがあれば追加でカードをドローできる!」

ソーラー・エクスチェンジ:デッキ→墓地
ライトロード・ビースト ウォルフ:デッキ→墓地

   「よし、墓地に送ったカードの中にライトロード! しかも〔ライトロード・ビースト ウォルフ〕がある!」

ライトロード・ビースト ウォルフ 光属性 獣戦士族 レベル4 ATK2100 DEF300
このカードは通常召喚できない。
このカードがデッキから墓地に送られた時、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

   「まずは〔ライトロード・ウォリアー ガロス〕の効果で1枚ドロー! 手札は4枚!
    そして、〔ライトロード・ビースト ウォルフ〕の効果によって、〔ウォルフ〕自身を特殊召喚する!」

ガロスが墓地に置かれたばかりの新品の棺桶を引きずり出し、自分の傍らに置いた。
そして、棺桶から狼顔の男(ウォルフ)の目がギラリと覗いた。

   「それは通せんな……〔おジャマトリオ〕だ。」

ウォンビックは最初のターンに伏せていたカードに手を伸ばした。

おジャマトリオ 通常罠
相手フィールド上に「おジャマトークン」(攻撃力0・守備力1000・地属性・獣族・星2)を3体守備表示で特殊召喚する。
このトークンは生贄にできず、破壊された時、トークンのコントローラーは1体につき300ポイントダメージを受ける。

ジリジリと恐怖を煽るように棺桶から出てこようとするウォルフ……。
しかし! 突如として乱入してきた黄・緑・黒の豆に手足を生やしたようなブサイクなモンスターたちが外から棺桶を押さえつけた。

――なにをする!? おのれらぁ!?
――うるさい! ここは俺たちの椅子だ! 出るな出るな!
――ガムテープもってこい! グリーン!
――オラオラオラオラ!

棺桶をガムテープでグルグル巻きにして、3体のモンスターは3つの力を1つに合わせて棺桶を墓地に投げ捨てた。

おジャマトークン(緑):無→フィールド
おジャマトークン(黒):無→フィールド
おジャマトークン(黄):無→フィールド

   「モンスターは1プレイヤーに付き5体までしかフィールドに存在できない。
    そして、お前のフィールドには既に〔ライラ〕と〔ガロス〕の2体。
    〔ウォルフ〕が蘇生するより先に、3体のモンスターで場所を塞がせてもらった。」

――イェーイ! ウォンビックー! 今日もやってやったぜぇー!
――報酬は例のスイス銀行の口座にいれてくれよなぁ! 全部2000円札で!
――バカヤロウ! 2000円札は2000年発行! この小説は1997年って設定だッゼ!

ウォンビックはクールに言い切るが、残念ながらおジャマトリオがバカ騒ぎをしているため、イマイチカッコよくは見えない。
神次郎はといえば……。

   「……フハーッハッハッハ、フヒャハ、フアークワファッハ!」

おジャマトリオにも負けないほどのハイテンションと大声で高笑い。

   「……ウォンビックぅ、貴様、アホウだ。 真性のアホウだ。」

   「…何?」

   「互いの手札とフィールドの状況を確認してみろ?」



神次郎
  • LP:6000
  • 手札:4
  • モンスター:ライトロード・ウォリアー ガロス、ライトロード・マジシャン ライラ、おジャマトークン、おジャマトークン、おジャマトークン
  • 魔法・罠:伏せカード、伏せカード

ウォンビック
  • LP:9850
  • 手札:2
  • モンスター:なし
  • 魔法・罠:伏せカード、伏せカード



   「これが、なんだ?」

   「貴様のコントロールしているカードは伏せカード2枚と手札2枚でぇ、たったの4枚ッ!
    対して私のカードは手札4枚にモンスター5枚に伏せカード2枚で合計11枚! その数は2倍……この差によって私の勝利は確定的!
    いや、確定的という言葉ですらまだ弱い! 確定している! 確実に私は勝てる! いやむしろ既に勝利している!」

   「っは、あんた常識ってモノがないの?
    おジャマトリオのトークンをそれぞれ1枚、ってどういう数え方……あれ?」

その時、少女の脳内には思い出さない方がよかった記憶が蘇った。

   「……ブラックマイン様、この男、『追走者』じゃないですか?
    グールズが現存時代に『戦いたくないデュエリストランキング』で2位だった、あの。」

どんなものにも順番を付けたがるのは人間の習性のようなものだ。
それはグールズも例外ではなく、自分をどう評価されているのか、それをアンケートという形で知りたがる。

   「ほほう? そういえば貴様らヴァイソンダーヅもグールズの余り部隊だったな。
    まぁ、私は他人の評価かなんぞは気にせんが……フフン、ハハハァ、知っていたか。」

自慢げに胸を逸らし勝ち誇る神次郎。

   「戦いたくない……それはすなわち、『こいつの戦術が嫌だ』と思っているという事ォ。
    闘争とはいかに相手の嫌がることを敢行するか! これよ! これが全てよ!
    私はグールズで2番目に嫌がられ、2番目に認められたデュエリストということになるなぁ!」

ランキングなんぞ気にしないと言っておきながら、ノリノリで過去の栄光を自慢する神次郎に、ウォンビックは冷ややかに言葉を紡ぐ。

   「ひとつ、教えてやろうか。 神次郎。」

   「訊いてやろう、ウォンビック・ブラックマイン!」

   「そのランキングで1位を取ったのは俺………『不動不死』のウォンビック・ブラックマインだ。」

神次郎の顔面筋肉が凝結した。

   「『不動不死』……攻撃する術を持たない『不動不死』か!?」

他人の全く興味の無い神次郎も、変質的なデュエリストが多いグールズでも一際目立っていた『不動不死』の話は聞いていた。

   「通常のデッキは相手を倒すコンボ……大ダメージやエクゾディア完成などの『剣』、そして相手の攻撃を止める防御カード…『盾』を持つ。
    しかし、俺のように剣を完全に破棄し、両腕に盾を持てば………片手だけに持った剣を止めるくらいはできる。」

ウォンビックの理屈に、神次郎は嘲るように眉を寄せる。

   「アホウがァ! 篭城だけで敵を殺せるか? 利子を払い続けるだけで借金が消えるか!? 攻めずに敵が死ぬか、アホウが!」

   「……神次郎、お前、自分のデッキの枚数を覚えているか?」

まるで今まで食べたパンの枚数を訊く吸血鬼のように冷徹に言い放つ。

   「何の話だ?」

   「初手のドローで5枚、2度のドローフェイズで2枚、俺の〔魔宮の賄賂〕で1枚、〔ガロス〕で1枚。
    そして、〔ライトロード〕のデッキ圧縮効果3回で8枚……合計17枚のカードが山札から削られ、残りは23枚だ。」

その言葉に、神次郎は自分のデッキを律儀に数え……確かに23枚だった。

   「それは無意識下の呼吸で減っていく酸素のように、デッキは減っていく。
    俺は、両手の盾で攻撃を防ぎ続け、お前が酸欠になるまで待つだけだ。」

イカれてる。
そんな戦術が成立するはずが無い。
ライフポイント8000なんて、現在の環境ではちょっとしたミスで削りきられる数値でしかない。
その数値を相手の持ってる40枚のカードを全てを使わせて防ぎきる、そんな戦術が可能なはずが無いのだ。

   「〔ライトロード〕は酸素を多く消費する。 神次郎、お前のデッキは俺と相性が悪いぞ?」

   「ふっ、ふはぁっ! 面白い! 面白いぞ! 」

神次郎は、大きくのけぞって両手を広げて高笑い。

   「私の両親はそれぞれ異なる国のハーフで、その子供の私は4つの国民の血を引くクオーターだ。
    生まれついて私は4つの国の魂と血統を受け継ぐ天下無敵のデュエリスト……ゆえに、相性の悪さ程度のハンディはちょうどいい!」

   「知っているか、神次郎。」

ウォンビックはビシィっと拳を構えた。

   「天下無敵、とは天の上には敵が居る、と認める言葉だということを。」

お互いに手札を構え、相手の戦術を打ち砕くべく、自分が出来る妨害のパターンを考えだした。

※:旧バージョンではデュエル内容を省略してますが、リメイク版では全部掲載します。 リメイク10話をお楽しみに!


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