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遊義皇第2話

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分子結合の強制化・強制解除が若干9歳の少年によって解明される!
長年研究されてきた「分子結合の強制化」が今月の12日にホーティック・モーガン君(9)によって解明された。
彼は10000ピースのホワイトジグソーパズルを3歳の時点で22時間で解いた事で有名だが、
この発見によってダイアモンドの破片を集めて巨大な塊に構築したり、鉄の中から僅かな金を取り出す事が可能となった。
だが発見したホーティック君は「これが一番難しい問題だったなんてがっかりだ、次はもっと難しい問題に挑戦する」との事、これからの活躍が更に楽しみである。
以上、7年前の世界物理報告2月号、7ページより抜粋。




第2話風邪引きニューヨーカー








   「手加減されて…負けてた…?」


雨には慣れている、濡れても着替えれば良いだけだ。
負けることには慣れている、負けるたびに強くなってきた自信があった。


   「ゴメン、ドリアード……。」


ドリアードを犠牲にして戦うのも初めてではない。
3歳の頃、ドリアードで戦うことを悩んだこともあった。
4歳の頃、墓地に送ることを悩んだこともあった。
5歳の福助にとってドリアードは飾りではなく、共に勝利するパートナーなのだ。
そのために墓地に送ることは何度もあったし、そのことはドリアードと相手に対する礼儀だと理解している。
しかしドリアードを犠牲にした挙句、手加減をされて負けたのは初体験。


   「ワウァゥァア、ぁあああがああっっ!」


幼児独特の叫び声とも怒声とも取れる泣き声だった。
欲しいカードを買ってもらえなくても泣かず、ケンカで負けても泣かない福助が泣いたのは久しい。


   「はぁ、あ、あああ。」


泣きすぎて喉が痺れるような乾くような感覚がやってくる。
泣いてる間も歩いていたらしく、食べ物屋かカフェのように軽快に鳴り、刃咲医院の扉は開いた。


   「あら、福助くん、ちょっと待ってて、タオル持ってくるから。」


   「お気遣いなく。 刃咲くんはいます…か?」


見渡すと、そこには手招きをしている一人の少女。
福助の記憶ではカゼを引いて唸っているはずの従姉妹、壱華だ。


   「福助ー、こっちこっち。」


   「あ、蕎祐のお見舞いなら、壱華ちゃんが居る部屋ね。」


不思議に思いつつも、福助は雨が滴る足を部屋に向ける。
部屋の中には風邪で顔を紅潮させた刃咲と、元気な壱華がいた。


   「福助も来てくれたのか、ありがとな。」


刃咲くんと壱華ちゃんはベッドに半身を入れながら机にデッキを置き、デュエルをしていた。


   「刃咲くんもだけど……壱華ちゃん、具合は大丈夫なの?」


   「風邪なんて3時間も眠れば治らないほうがおかしいのよ。
    で、暇潰しも兼ねて刃咲のお見舞いをね。」


39度7分って、そんな軽い症状だったか…そう思いつつ、福助は特に言及する事はしなかった。


   「それより刃咲くん、早くカード出すかエンドしてよ、息の根止められないでしょ?」


僕はそこで初めてフィールドに置かれたカードの状況とメモ帳に鉛筆で書き込まれたライフを見た。



刃咲 LP3700 手札1枚 
〔共鳴虫〕(攻撃表示)
〔黒きハイエルフの森〕
伏せ0

壱華 LP8000 手札4枚
〔熟練の白魔導師〕(攻撃表示 魔力カウンター1)
伏せ0


熟練の白魔導師 光属性 魔法使い族 レベル4 ATK1700 DEF1900
自分または相手が魔法を発動する毎にこのカードに魔力カウンターを1個乗せる。
(最大3個)
魔力カウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分の手札・デッキ・墓地から「バスター・ブレイダー」を1体特殊召喚する。

共鳴虫 地属性 昆虫族 レベル3 ATK1200 DEF1300
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体をフィールド上に特殊召喚することができる。

黒きハイエルフの森 フィールド魔法
フィールド上に存在する昆虫族モンスターの攻撃力・守備力が300ポイントアップする。
昆虫族モンスターが破壊された時、そのカードのコントローラーのライフを1000ポイント回復する。(オリカ)


   「…辛いね、ライフも全然削れて無いし…。」


セキ混じりにこれからのドローで逆転だ、と云って刃咲はカードを抜き放つ。


   「…俺は〔貪欲な壺〕を発動だ。」


貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


〔魔導雑貨商人〕:墓地→デッキへ。
〔ドラゴン・フライ〕:墓地→デッキへ。
〔ドラゴン・フライ〕:墓地→デッキへ。
〔アルティメット・インセクトLV3〕:墓地→デッキへ。
〔アルティメット・インセクトLV5〕:墓地→デッキへ。
〔熟練の白魔導師〕:魔力カウンター1個→2個

刃咲:手札1→手札3


   「俺のメインフェイズだ〔電動刃虫〕を召喚するぜ!」


電動刃虫 地属性 昆虫族 レベル4 ATK2400 DEF0
このカードが戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に相手プレイヤーはカードを1枚ドローする。


〔電動刃虫〕:攻撃力2400→攻撃力2700 守備力0→守備力300
〔熟練の白魔導師〕:魔力カウンター2個→3個


   「ガガハっ…ぜー、ぜー、ただ殴るだけなんてつまらねぇ技じゃねぇぜ?
    この〔電動刃虫〕はなぁ………壱華へのプレゼントだ! 〔強制転移〕発動!」


強制転移 通常魔法
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。
選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。(オリカ)


   「…〔熟練の白魔導師〕を指定。」


   「俺は〔電動刃虫〕を指定!」


   「こ…攻撃力2700のモンスターを渡した!?」


刃咲の手札を覗いていた福助だが、この戦術は予想外だった。
〔強制転移〕とのコンボなら〔共鳴虫〕が王道だと思っていたのだ。


〔電動刃虫〕:刃咲のフィールド→壱華のフィールド
〔熟練の白魔導師〕:壱華のフィールド→刃咲のフィールド


   「壱華は分かってるみたいだな…〔共鳴虫〕を攻撃表示に変更して〔電動刃虫〕へ攻撃!」


   「!? 攻撃力は〔電動刃虫〕の方が上なのに!?」


〔共鳴虫〕(攻撃力1500)VS(攻撃力2700)〔電動刃虫〕
→共鳴虫破壊、共鳴虫墓地へ。 刃咲LP3700→LP2500

刃咲LP2500→3500(黒きハイエルフの森の効果)



   「グォッホ、グォッフ! この瞬間、〔共鳴虫〕の効果発動!
    デッキから〔共鳴虫〕を特殊召喚し、さらに壱華の〔電動刃虫〕の効果でドローする!」


〔共鳴虫〕:デッキ→特殊召喚
刃咲:手札1→手札2

…あ!


   「更に! 新しく召喚した〔共鳴虫〕も自滅攻撃して1枚ドロー、
    効果でもう一度〔共鳴虫〕を召喚して更に自滅攻撃とワンドロー!
    〔ドラゴンフライ〕をサーチしてもう一度自滅ドロー!
    とどめに〔アルティメットインセクト LV3〕を召喚して自滅攻撃だァアアア!」


〔共鳴虫〕(攻撃力1500)VS(攻撃力2700)〔電動刃虫〕→共鳴虫破壊、共鳴虫墓地へ。
刃咲LP3500→LP2300→LP3300
〔共鳴虫〕:デッキ→特殊召喚
刃咲1枚ドロー(手札2→手札3)
〔共鳴虫〕(攻撃力1500)VS(攻撃力2700)〔電動刃虫〕→共鳴虫破壊、共鳴虫墓地へ。
刃咲LP3300→LP2100→LP3100
〔ドラゴンフライ〕:デッキ→特殊召喚
刃咲:手札3→手札4
〔ドラゴンフライ〕(攻撃力1700)VS(攻撃力2700)〔電動刃虫〕→ドラゴンフライ破壊、ドラゴンフライ墓地へ。
刃咲LP3100→LP2100→LP3100
〔アルティメット・インセクト LV3〕:デッキ→特殊召喚
刃咲:手札4→手札5
〔アルティメット・インセクト LV3〕(攻撃力1700)VS(攻撃力2700)〔電動刃虫〕→アルティメット・インセクト LV3破壊、アルティメット・インセクト LV3墓地へ。
刃咲LP3100→LP2100→LP3100
刃咲:手札5→手札6

ドラゴンフライ 風属性 昆虫族 レベル4 ATK1400 DEF900
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

アルティメット・インセクト LV3 風属性 昆虫族 レベル3 ATK1400 DEF900
「アルティメット・インセクト LV1」の効果で特殊召喚した場合、このカードがフィールド上に存在する限り全ての相手モンスターの攻撃力は300ポイントダウンする。
自分のターンのスタンバイフェイズ時、表側表示のこのカードを墓地に送る事で「アルティメット・インセクト LV5」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。
(召喚・特殊召喚・リバースしたターンを除く)

   「一気に5枚もドローした!?」

   「…いや、刃咲のデッキには〔ドラゴンフライ〕が3枚あった。
    完全にコンボが決まれば、更に2枚ドローできたはずよ。」


手札1枚で逆転できるのがこのゲームなので、7枚といえば圧倒的な資材であると云える。


   「途中でドローを挟むのがこのコンボの難点でな。
    俺みたいに運が悪いと、2枚も〔ドラゴンフライ〕が手札に来やがる。」


この二人の攻防を、福助の目には憧憬として写った。
やはり難度の高いオリジナルのコンボを決めるのはデュエルモンスターズの中でも最も絢爛な華のひとつだ。


   「ゴフォ! 2700なんての俺のカードをほおっておくわけにもいかねぇからな、
    〔死者への供物〕で〔電動刃虫〕を破壊…2枚セットしてエンドだ。(手札3・伏せ2)」


死者への供物 速攻魔法
フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊する。
(次の自分のドローフェイズをスキップする。)

〔電動刃虫〕→破壊、墓地へ。


   「私のターン(手札5)……〔大嵐〕を発動!」


   「…っち………俺は〔スケープ・ゴート〕をチェーンするぜ。」


大嵐 通常魔法
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

スケープ・ゴート 速攻魔法
このカードを発動する場合、自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)を4体守備表示で特殊召喚する。
(生け贄召喚のための生け贄にはできない)


言いながら枕元に置かれた袋入りのアメを四つ場に横向きで置いた。
トークンはカードが存在しないので、このように存在を示す“何か”を代替で置くのだ。


〔羊トークン〕:無→特殊召喚
〔羊トークン〕:無→特殊召喚
〔羊トークン〕:無→特殊召喚
〔羊トークン〕:無→特殊召喚
〔黒きハイエルフの森〕:フィールド置き場→破壊
〔ライヤー・ワイヤー〕:魔法・カード置き場→破壊


   「〔黒きハイエルフの森〕が壊されたのは痛ぇが…。、
    これで俺の場はトークン込みで5体、そう簡単には突破できねえぜ?」

刃咲は逸った笑顔を浮かべるも、壱華は堂々と勝利を確信したように口角を跳ね上げた。


   「逆ね、そのカードの発動があんたの生き目を潰したわ!
    手札1枚を墓地に送って、〔THE トリッキー〕を手札から特殊召喚。」


〔魔法都市エンディミオン〕:壱華の手札→墓地へ。

THE トリッキー 風属性 魔法使い族 レベル5 ATK2000 DEF1200
手札を1枚捨てることで、このカードを手札から特殊召喚する。


   「そして〔洗脳-ブレイン・コントロール-〕を発動して〔熟練の白魔導師〕を奪還するわ!」

洗脳-ブレインコントロール 通常魔法
800ライフポイントを払って発動。
相手フィールド上の表側表示モンスター1体を発動ターンのエンドフェイズまで、
選択したカードのコントロールを得る。


壱華LP8000→LP7200
〔熟練の白魔導師〕:刃咲の場→壱華の場


   「っへ、〔羊トークン〕がいるからな、攻撃力で中途半端に競っても意味無いぜ?」


   「中途半端じゃなく、圧倒的に勝つわよ!
    二体の魔術師を生贄に捧げ、宇宙を総べる女王、〔コスモクイーン〕を召喚する!」

コスモクイーン 闇属性 魔法使い族 レベル8 ATK2900 DEF2450
宇宙に存在する、全ての星を統治していると言う女王。

〔熟練の白魔導師〕:フィールド→墓地へ。
〔THE・トリッキー〕:フィールド→墓地へ。


   「だから、俺の場には〔羊トークン〕があるって……まさか?」

   「次のカードはこの2枚! 〔メテオ・ストライク〕! 〔拡散する波動〕!」


メテオ・ストライク 装備魔法
守備表示モンスターを攻撃した時、装備モンスターの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフポイントに戦闘ダメージを与える。

拡散する波動 通常魔法
1000ライフポイントを払い発動。
自分フィールド上のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体のみが攻撃可能になり、相手モンスター全てに1回ずつ攻撃する。
この攻撃で破壊された効果モンスターの効果は発動しない。


   「…うお?」

   「〔コスモ・クイーン〕で羊トークンへ同時攻撃! ミサイル・スターダストぉ!」

〔コスモ・クイーン〕(攻撃力2900)VS(守備力0)〔羊トークン〕→羊トークン消滅、刃咲LP3100→LP200
〔コスモ・クイーン〕(攻撃力2900)VS(守備力0)〔羊トークン〕→羊トークン消滅、刃咲LP200→LP-2700
〔コスモ・クイーン〕(攻撃力2900)VS(守備力0)〔羊トークン〕→羊トークン消滅、刃咲LP-2700→-LP5600
〔コスモ・クイーン〕(攻撃力2900)VS(守備力0)〔羊トークン〕→羊トークン消滅、刃咲LP-5600→-8500


   「かぁぁぁ、ライフのマイナスが8000超えやがった……!」


   「ら、く、しょ、うッ!


今のデュエル、福助が見始めた時点では壱華ちゃんの勝機が農高だった。
されど、次のターンには刃咲が逆転し、更に次のターンには壱華の逆寄せで逆転。
これがデュエルモンスターズの真髄、1ターン先の逆転だ。


   「ありがとう、壱華ちゃん、刃咲くん、いいデュエルを…て、あれ、刃咲くん?」

   「…吐くかも…カード頼む。」


福助に纏めたばかりのカードの束を押し付け、刃咲はゴミ箱に頭を突っ込み、そして嗚咽のような不快音。


   「助姫おばさーん! デュエルに熱中してバカが熱上げてゲロ吐きましたー!
    医者と代えのゴミ袋ーッ!」


壱華ちゃんが大声で叫びが終わるか終わらないかの内に、既に助姫は手に鞄を持って走ってきた。


   「大丈夫よ、蕎祐!
    私は五本のちぎれた指を麻酔無しで繋ぎ合わせるほどの名医よ!」


   「風邪の治療には関係のねぇ過去の栄光を例に挙げてどうするゥウウウ、うえぉっ!」


結論:とりあえず、病人はデュエルするな。





ゲロ騒ぎから数十分後。
風邪の予防にハチミツのたっぷり入った生姜湯を飲まされてから、福助と壱華は帰路についていた。


   「……で? 福助は刃咲になにを言いに来てたのよ?」


兄弟同然に育っているだけあり、壱華は福助の機微を捉えていた。


   「僕とドリアードが負けた二封気さんのデッキ…あれ、全力じゃないんだって…。」


   「どういう意味?」


   「……前に二封気さんが参加してたグループの人と話してるのを聞いたんだ。
    デッキの切り札とか7枚を刀都屋を買う資金に売っちゃったっ…て。」


思い出し笑いならぬ、思い出し泣きをする福助に、壱華はうっとうしそうにしつつ、あることに気が付いた。


   「それは変よ福助。
    確か刀都屋は借家で、売ってないって誰かが言ってたわ。」


   「…どういうこと?」

   「売ったって言うのはその友達って人を追い返す言い訳じゃない?
    相手を帰すなら“嫌だ”よりも“無理だ”の方が通りやすいわ。」


   「…じゃあ、二封気さんの切り札は…。」


   「十中八九現存でしょうね。
    明日にでもその事実突き付けて全開のデッキとやらと手合わせしてもらえば?」

聞いた途端に福助の顔に、雨上がりの今の空のように満面の笑顔が戻った。





ギラギラと耀くネオン街、ここはアメリカのニューヨーク。
そこには例日どおり聳え立ち続ける摩天楼と、その斜面を重力を無視するように奔る二つの影があった。


   「はほほふははっははぁ! アホウがァ!
    制々正念党幹部七人衆が一人! この神次郎じんじろうから逃げられると思ったか!」


頭髪はヘアバンドで逆立て、服装はニューヨークにはミスマッチなジャージ。
この男は、半合法カードハント組織、制々正念党の最高幹部のひとりで、ニューヨーク支部所長も勤める男だ。


   「っちぃっ!」


神次郎の前を行く黒フードは、アメリカで活動するもうひとつのカードハント組織、ヴァイソンダーヅのメンバーだった。


   「決闘もせずに武力を以って弱者よりカードを奪い取るヴァイソンダーヅよ!
    逃げるなどという姑息な真似はせず、私に敗れることを生涯の誉れとし、この眠らない町に永眠するがいい!」


   「ちょっとそこの×××なあんた!
    正念党の何が偉いって言うのよ!? そっちだってただのカードハント組織じゃない!」


   「私が正義だ! アホウが!」


威張れるはずのないことを、堂々と威張る神次郎。


   「あんた頭が×××って……きゃぁっ!?」


神次郎は喋りながらも、目の前を走る黒フードの少女――トガ・ホアン――を捕まえる準備を着々と進めていた。


   「アホウがッ! カウボーイごっこと忍者ごっこで鍛え上げた! 天才的投げ縄だ!
    百発百中…いや! 千発百中よ!」


むしろ命中率が落ちていることに気が付いていない。
とにかく、神次郎は縄はフードごしに少女のウエストと腕を縛りつけ引き倒すことに成功した。


   「チクショウッ! ×××××の×××××ッ! 縄を解け!」


   「それが実現すると思うかアホウが! トガ・ホアンッ!
    貴様はヴァイソンダーヅの首領:ウォンビック・ブラックマインの恋人だ、ということは知っている!」


   「え、なっ!? あたしがブラックマイン様のこいび……えええ!?」

   「ほう!? この私の部下の調べた情報が間違いだとでもいうつもりか!?
    お前はレアハンターとしてもブラックマインを支え、私生活でも一緒に暮らしている、と聞いたが!?」

“!”と“?”をセットで付けないと喋れないかのように高いテンションで喋る神次郎。


   「ヴァイソンダーヅではそれは補佐はしてるけど、
    ブラックマイン様の家は孤児院だから他にも沢山の子供たちとの共同生活だし……!」


   「意味が半分ほど理解できなったが、つまり貴様はただの部下、とでも言うつもりか!?」


   「ハッキリと言わないでよ! あたしだって気にしてるんだからッ!
    ブラックマイン様がただの部下だとなんと思っていようと、あたしは……ッ!」


   「ただの部下、ではないぞ、トガ。」


半泣きのトガを宥める様な声に続き、二人が足場としていたコンクリートをぶち破り、黒い塊が浮上した。
黒い塊は優に2メートルを超える巨躯で、神次郎がそれが人間だということに気付くのに数秒を要した。


   「はふほほははっはは!……なんだ!?」


黒い塊は、トガを縛っていた縄をフードごと引き千切り、片手であっさりと抱きかかえた。


   「………挨拶はせんが正念党よ、人質というみすぼらしい行為をとるんじゃない。」


   「この神次郎の行動が…みすぼらしいだとォ!?」


   「例えるなら、公園のゴミバコから缶コーヒーの得点シールを集めるようにみすぼらしい。
    今日はこれにて引くが……次に俺の大事な部下に手を出すことがあれば……俺がお前を殺す…ッ!」


黒い塊――ウォンビック・ブラックマイン――は素早く身を翻し、ニューヨークのビル街へと消えていった。


   「お、おのれええええええ!」

負け犬くさいというか、悪役くさいというか、神次郎の咆哮がビルの谷間を突き抜けた。



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