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DD1 列効我道希

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84gzatu

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2020年 11月1日
コロッセオの十六の方角にそれぞれ設置された門の一つが開いた。

   「まずは一人目、北門から!
    十六番目に本戦出場決定した男!
    実家は日本屈指の大企業、列効カンパニーだが、その令息がなんでこんなところに!?
    身に付けた技、その名を屠術! 列効我道希!」

一人のドリアードファイターが入場する。
彼の出場に沸いているのはコロッセオの観客だけではない。
テレビカメラ越しに観戦する地球規模の視聴者たちも一緒だ。

   「それでは、コメントをお願いします!」

   「そんなことはどうだっていい!」

彼はこの一言だけで勝ちあがってきた。
最強無比、自分の強さに磨きを掛け、鍛え続けた肉体と精神。




〔序〕
2019年 12月11日

 北海道最北端、稚内わっかない
 その市内、数ある道場の中でも最北にある武術の道場、北風館。
 なんと読むのか、その男には判らない。
 だがホクフウカンだろうとキタカゼカンだろうと、その男にとってはどうだっていい。
 ――なぜならば。

   「ん、なんだ、入門希望者か? だったらこっちじゃねーぜ。
    あっちにプール見えるだろ、その横の更衣室が受付だ」

 来訪した“男”を出迎えた門下生は別にふざけているわけじゃない。
 この道場は、戦争で本校舎が倒壊し、使い道が無くなった体育館に畳を敷いて再利用している。
 そのため、プールの女子更衣室を応接室として再利用しているのだ。
 だが、それすらもその男にはどうだっていい。
 ――なぜならばっ

 次の瞬間、その門下生は宙を舞っていた。

   「頼もぉーッ! 看板を叩き折りに来てやった!」

 その男の声に、修練に汗を流してた門下生たちの視線が一転に集まり、驚きが広がった。
 『死』『殺』という漢字で飾られた貫頭着に、大きなリュックサック。
 深い傷が刻まれたスキンヘッドには凶暴な眼球ふたつ、顎は五連のピアスでアクセント。
 野生児というか、野獣そのものの男が居た。

   「な、なん…」

   「キサマらの疑問なんぞどうだっていい、立ち合え!」

 道場破りの口癖、『どうだっていい』、彼はこの一言だけで生きてきた。
 この道場の名前がキタカゼでもホクフウでもどうだっていい。
 奪ったら叩き割って終りにするのだから。

 この道場の元が小学校でもどうだっていい。
 どうせすぐ無くなる道場なのだから。
 ――その男、道場破りにつき。




〔壱〕





   「お師さん…シャウタス・ドライアドスキィが消えました」

 道場横の応接室。
 道場主の男は、知人の弟子の発言に目を丸くしていた。

   「…シャウトが消えたって、どういう意味で?」
   「そのままの意味です、行方不明です。私たちの弟子にも行き先を告げず、忽然と」

 現在というには古く、過去というには忘れられない二十年前。
 悪の秘密結社やら異星人やら地底人やら地球を中心とした宇宙大戦があった。

 その戦いで繰り出された太陽すら蒸発させるビーム。
 そのビームを弾き返すような巨大ロボット。
 そのロボットを独力で破壊する超人。
 その超人の中でも最強に果てしなく近かった男、シャウタス・ドライアドスキィ。
 常識離れと人間離れはできても、弟子離れが出来ない武闘家だ。

   「別にシャウトにだってお前らに秘密にしたいこととかあるだろ。
    例えば…」

 思いつかない道場主に、少女が詰め寄った。
 よくみれば、少女の大きな瞳には溢れ出しそうな涙を蓄えられている。

   「福助さんは思いつきますか!?
    未だにあたしたち弟子と一緒にお風呂に入りたがって!
    あたしたちが武術大会で外泊するだけで心配で一分ごとにテレパシーを送る!
    しかもベジタリアンの偏食だから野菜しか食べれないし、果物を食べればすぐ種とか喉に詰まらせる!
    …あたしたち弟子と一緒じゃなかったなんて…一日も…なかったんですぅ…」

 シャウタスの三人の弟子、紅一点のマイカン・ブラックマインの涙腺は限界だった。
 長く伸びた金髪、切れ上がった目、服を下から押し上げる大きな乳房。
 それだけなら美少女という形容だけで終れるのだが、師匠譲りのハイセンスなコーディネートがそれを許さない。
 頭は赤い毛糸のニット帽、足は赤い毛糸の厚底ブーツで、他の部分も全部同色の毛糸編み。
 これはもう宗教か何かじゃないと説明が付かないが、彼女はそれを好んで着ているだけだ。

   「外に女ができたとか?
    あいつは顔もいいし、若作りだしな」

 この道場主も三十目前なのに未成年と間違えられるほどには若いが、
 シャウタスはまた別格で、この道場主が五才の頃に出会ってから老け込まない。
 小学校というには無理があるが、下手すれば中学校ぐらいは通えるかもしれない、その若さだ。

   「…それも考えたんですけど、それなら逆にあたしたちに相談すると思うんです。
    お師さんのことだから、好きになったら嫌われないために必死になると思いますし」

   「…オッケ、事情は判った。
    弟子たち挨拶したら俺も動くことにする。
    修行中の連中には悪いが、シャウトに何か有ったとすると世界の危機ってヤツだしな」

 そう云ってから道場主の男は、80年代を思わせる真紅のボンバージャンパーを羽織った。
 下半身もビンテージでもない安っぽいボロのジーンズに、すすけたスニーカー。
 この道場主、その名を倉塔くらとう福助ふくすけ、シャウタス四天王と呼ばれた男の一角

だ。

   「ありがとうございます、福助さん! 一緒に探してくれるんですね!?」

 一瞬、福助が言葉を捜そうとしたが、面倒だったらしく諦めた。

   「あ、いや、一緒ってのはダメ。
    俺の移動手段は徒歩だけど、マイちゃんってまだ高速道路を走るとかできないだろ?
    いくら俺でも、マイちゃんを連れて高速道路に入るのはキツイわ」

   「…えっと、それってつまり…生身で高速道路を走る、ってこと…ですよね」

 質問するだけ無駄、マイカンは確認するに留まった。
 師であるシャウタスは新幹線と併走したことがあり、次ぐ身体能力を持つこの男ならば間違いなくできる。
 というか、このひとたちの感覚では高速道路に生身で入ることを“徒歩”と呼称するらしい。

   「この倉塔家の家訓でね、車よりも自転車、自転車よりも徒歩。
    エコだよエコ、マイちゃんも始めればどうだ? 楽しい…アレ?」

 福助は自分の超人的体力をちょっとした健康法程度にしか認識していなかった。
 そして、その超人的な聴覚は、離れているはずの体育館改造道場の音を耳にすることもできていた。

   「聞こえたかマイちゃん、弟子たちの悲鳴が?」
   「え、いえ、聞こえませんでしたけど?」
   「ハッキリ聞こえたんだ、緊急らしい」

 福助は消毒プール用のくぼみを飛び越え、体育館へと走るが、その姿は足のないオバケのようだった。
 股関節から下、足全体は超音速で走り続けており、常人の動体視力では残像すら捉えられない。
 全くの余談だが、筆者が思うに幽霊に足がないというのは、幽霊が高速で足を振り続けているゆえに見えないだけでないだろうか。

 空気抵抗で引き裂かれたスニーカーの破片が舞い散る中をマイカンが走る。
 決して遅くはなかったが、マイカンが道場に着いたとき、既に福助は道場破りと対峙していた。



〔弐〕


 説明するならば、読者諸君の出身小学校の床一面に畳を敷き詰めた感じだ。
 今は、その畳の上に十数人が死屍累々と倒れ伏している。
 その全員が背中に『北風』と書かれた空手着を着、黒帯を巻いている。
 どうにも、北風館は空手の段位を参考にしているらしい。

   「キサマがここの道場主か?」
   「そうだけど、そちらさんはどちらさん?」

 目付きの悪い道場破りが、さらに顔を険しくして問い、
 元から緊張感のない福助はやはりテキトーな感じで問い返した。

   「倉塔館長、こいつは屠術使いの道場破りです! 有段者のみんなを殴り倒したんス!」

 累々と倒れていた黒帯門下生のひとりが、しっかりと喋ってみせる。
 よく見れば彼の両足も変な方向に曲がっていたりするが、なぜだかまだ痛みを感じていないらしい。

   「…屠術って…対大型獣用の殺傷技術だろ?
    ああいう風に、動物に痛みを与えずに活け造りにしたりする無痛技術だろ?」

   「そんなことはどうだっていい、オレが強いかどうかを試すだけだ」

 屠術も戦う技術には違いないが、武術ではない。
 武術にはルールがある、禁じ手がある、相手を殺さないための安全弁がある。
 いわば“過程”をも問う、それが武術。
 だが、屠術は対象となる生物を殺せば良しとする“結果”だけを磨く技術。

   「…の割には、うちの門下生、全員生きてるぜ?」
   「殺す価値もない連中の命はどうだっていい、勝負だ、倉塔」
   「サツバツとしてんなー、お前も。 別にいいけどよ?」
   「って福助さん!? なに云ってるんですか!?
    あの人は格闘家じゃないなら、ただの暴漢です、警察です!」

 マイカンがキャンキャンと喚くが、気にもしない男連中。

   「お前ら、負けた仇、取って欲しいよな?」

 福助は倒された十数人の黒帯連中に呼びかけるが、そのうちのひとりが痛みを引きずりつつ口を開く。

   「必要ありません…ッ、館長! 自分の敵は…自分で倒します…ッ!」

 他の黒帯…意識を失ったメンバーすらも寝顔で同感と告げている。

   「な? マイカンちゃんよ、俺たちはそういう人種なんだよ。
    師匠にも譲れない敵をどうして警察に譲れるんだよ」

 大多数の格闘家とは…というか、男という生命体はある矛盾を抱えている。
 平和という言葉の魅力を理解しつつ、常に敵を求め、そのために拳を磨く。
 強いと云われたい、強いと認められたい、弱いままでは終われない。

   「だがな、お前ら、この道場破りは俺が倒す…文句は無いよな?」
   「…仕方ありませんね、俺たちが…弱かったんスから」
   「うーし、じゃあ茶帯連中ー? ちょっと黒帯を運び出してくれや、あと救急車。
    巻き添えにしない自信もねーし、離れてろ?」

 渋々ながらも門下生たちはしたがい、一分も経たない内に道場の中は、
 道場破りと倉塔福助のふたり、観客として毛糸服女のマイカンひとり。
 マイカンは福助の弟子でもないので命令を聞く筋合いもなく、それは全員が理解している。

   「さて、掛かってきていいぜ道場破り。殺す気で、な」

   「禁じ手を決めろ、倉塔福助、それが先だ」

 寝耳に水というか、福助が我道希に対して抱いていたイメージとしては最も遠い言葉だったかもしれない。

   「…なんで?」

   「終わってから屁理屈を云われるのが嫌いなだけだ。禁じ手を決めろ、従う」

 意訳すれば、『ルールを作らせてやるんだから負けても文句を云うな』ということらしい。
 相撲で云う物言い、クレーマーというヤツは格闘家にも居るので、それが嫌なのだろう。

   「そうだな、それだったら…。
    今現在、この部屋にあるものだったらなんでも武器にしていい。
    勝敗のルールはどっちかのギブアップか意識喪失…死亡含みな。
    TKOとかカウントはなし…こんなんでどうよ?」

   「福助さん!?」

 マイカンの悲鳴寄りの抗議が飛ぶが、福助はとりあえず無視する。

   「なんでも…?」

   「武器の定義って面倒だろ。
    相手の襟とか取って畳に投げつけたりするが、それもまあ武器にしてるっていえばしてるしな。
    だから今、お前が持ってるもの、俺が身に着けてるもの、なんでもOKだ」

 福助は、道場破りは背負っているリュックサックに視線を向けた。
 ナイフなり缶切りなりあるだろうに、それも容認すると云っているのだ。

   「武器を持参されるのは興奮するが、オレが使うのは興醒めだ」

 リュックサックやらポケットの中の小銭やらを投げ捨て、道場破りは構えた。
 ボクサーのようにあごと胸の前に二本の腕を置きつつも、その手首は握られることはない。
 さながら魔術を掛けようとしているように異質な構えだった。

   「OK…じゃあ、負けても文句云うなよ?」

   「こっちの台詞だ、倉塔福助」

   「――ところでお前の名前、なんだっけ。聞いてないよな?」

   「そんなことはどうだって―」

 そのとき、道場破りの視界から福助が消えた。
 福助が移動したわけではない、ふたりを分かつように何か“塊”が飛んでいた。
 道場破りは反射的に身をひねり、その“塊”は通り過ぎて壁に突き刺さった。

   「ゴングは鳴ってるんだぜ? ルールを決めた時点でな」

 第二・第三の“塊”が道場破りに向けて飛来する。
 受身も取れない――そんな判断が下った瞬間には既に道場破りは畳を返して壁代わりにしていた。 
 そして、そこに来て道場破りは、“塊”の正体を知った。
 ――畳だ、見間違うことなく畳だ。
 今、眼前には、福助が放った畳の突き刺さった畳が立ち尽くしていた。

   「道場破り、お前も畳を返せるんだったら遠慮せずにこっちも武器として使えるぜ」

 道場破りの畳返しは幼少期に大掃除の際に道具を使って畳を外した経験があり、その応用で返したに過ぎない。
 その経験がなく、畳の構造のイメージがなければ、今のでノックアウトされていただろう。
 福助は喋りながらも足の指先で畳をひっくり返し、手元に二枚の畳を揃えている。

   「…武器を使うことに躊躇ちゅうちょせんのか、お前は」
   「これでも戦争経験者だからね、ヤルからには全力だよ」
   「ほぉ…面白い、そうこなくてはな!」

 道場破りも習って畳を返し、盾代わりに構える。
 それを見て、むしろ福助は安心していたようだ。
 あれができるなら、てかげんしなくても死なないだろう、と。

   「じゃあ、行くぜ?」

 福助は足で剥がした畳をサッカーのコーナーキックばりに蹴飛ばした。
 畳はヒザの高さで飛び、先ほど道場破りが作った畳障壁を爆砕した。

   「く、どういう威力だ!?」
   「こーいう威力に決まってんだろうゥがァッ!」

 そこからは 相互に投げあう畳合戦。
 枕投げのように、フレスビーのように、バラエティー番組の専用パイのように、楽しそうなまでに畳が飛び交う。
 傍観者たるマイカンにも何枚か流れ畳が飛んできたが、避けつつ観戦続行。
 六十畳のほとんどが剥がされ、道場の木造構築が晒される。
 畳が畳に、壁に、天井に、突き刺さり、その姿は畳の密林、タタミ・ジャングル。
 タタミはそれぞれが支えあい、ジャングルタタミ状態。

   「なんかオブジェみたいになったな」
   「そんなことはどうだっていい、行くぞ」

 道場破りの両手には、ギラリと光るアルミ製ナイフがふたつ。
 タタミを投げながら、門下生の誰かが飲んでいたジュース缶を拾い、使い捨てナイフを作っている。
 作り方は簡単。
 缶を潰して真ん中を握力で切ってふたつにし、飲み口と底の部分を取っ手にする。
 このジュースもルールを決めた時点で間違いなく道場の中にあったので、違反はしていない。

   「刃物か、そう来るなら俺は…こうだな」

 福助は上着を脱ぎ捨て、横にあったタタミジャングルの中に逃げこんだ。
 タタミジャングルは相当数の畳を使っているせいか、ジャングルジムを二個ぐらい重ねた大きさになっている。
 逃げ込まれたら道場破りは追って中に入ってくる―そう思いきや。

   「ンぞォォぉォをォッ!」

 耳を塞ぐマイカン、道場破りの大音声は道場内に響き渡る。
 道場破りはタタミジャングルに手を掛ける。十の指が畳に沈み込む。
 畳を返したことのなる人間ならばなんとなくイメージできると思うが、畳というのは意外に軽い。
 素人でも二枚は難しいが、一枚ぐらいなら運べる。十二分に人間に持てる重さだ。

   「あの畳の塊…四十枚ぐらいは絡み合ってるのに!?」

 ポロポロと畳の破片が落ちるが、本体はびくともせず、完全に浮かせた。
 道場破りはタタミジャングルを自身の頭くらいの高さまで持ち上げていた。
 床板が抜け、道場破りの足が沈むが、道場破りの言葉を借りれば、そんなことはどうだっていい。

   「どおおおぁああッッ!」

 紙飛行機しかり、竹とんぼしかり、プロレスしかり。
 万有引力、上げたものは落とすしかない。 それが地球のお約束。
 放り投げられたジャングルは、道場の天井をぶち抜き、地球に吸い寄せられて床板を貫き、大地を揺らす。

   「マグニチュード5…といったところか、さあ、出てこい! 倉塔福助!」

 タタミジャングルへと呼びかけるが、無反応。
 マイカンの心中は、先ほどの人工地震のように揺れていた。
 福助は人間離れはしていたが、人間ではあった。
 大地を揺らすほどの落下衝撃に、人間は耐えられるのか?
 反応の無さに、道場破りは無言でタタミジャングルへと歩み寄る。
 落下の衝撃でかなり損傷を受けているが、それでも原形を留め、もう何度かは投げられるだろう。

   「ま、待ってください!」

 マイカンの呼びかけに、道場破りは一歩だけ足を止めたが、目もやらずに歩み続ける。

   「やめてださい! 福助さんでもあんなのをまた食らったら死んでしまいますッ!」

   「…オレは倉塔福助の降参宣言を聞いていない、キサマは?」

   「それは…っ!」

 聞いてなんていないし、緊急事態に突発的にウソを吐けるほどマイカンは場慣れしていなかった。

   「オレには倉塔福助が死ぬまで攻撃を続ける義務がある。
    既に福助が死んでいるという確証があるなら、聞いてやらんでもないが」

   「あなたは…! あなたというヒトは…!」

   「っていうか、死んでねえんだけどな」

 その声が床下から聞こえていると気付いたときには、福助の反撃が始まっていた。
 床板を突き破って生えた雑草的右手首は、道場破りの足首をしっかりと捉え、そのまま浮き上がるように手首に続く部分が生えた。
 腕、肘、二の腕、頭、肩、胴体、足、その姿は紛れもなく倉塔福助。
 しかも無傷ではないが、五体満足の姿だ。

   「が、うおおおッッ?」

 片足を持たれて宙吊りになったまま、道場破りは混乱していた。
 ありえない。
 生きていることは可能でも五体満足なんて物理的に不可能だ。
 畳が特別な材質だった? いやありえない、投げて裂けた畳に異常は見えない。
 投げる前に脱出していた? いやありえない、持ち上げた瞬間、重心の位置でその存在を確認した。
 なら投げてから脱出? 幻覚? 
 確かに福助は落下したはずだ、そのはずだ。

   「これでも宇宙人と殴り合って勝ってるんでね、年の甲だな」

 足を持たれ逆さ吊りされつつも、道場破りは拳で金的を狙う。
 しかし体勢が体勢だけに、そのパンチは肩から先の筋力しか使えない。
 福助はバランスも崩さず、左足の裏で踏みつけるように受け止める。

   「無理だって。 そこから打てるパンチだったら目を閉じたって受けられる」

 それでも道場破りはあきらめず、両の拳でジャブラッシュ、福助も変わらず左足の裏で捌き切る。

   「じゃあ良いよ、そのままで話聞け。
    ドライア同盟の上位メンバーは衝撃の操作ができる。
    宇宙中の全ての存在は熱量に変換でき、愛もまた熱量…つまり、大体の攻撃は愛として吸収できる」

   「福助さん!? それは門外不出ですよ!」

 観戦に回っていたはずのマイカンは、完全に血相を変えている。
 奥義の理論の暴露に、階級を忘れて異議を申し立てをしているのだ。
 しかし、福助は気にも留めずに続ける。
 もちろん、この間も道場破りはラッシュ、福助は靴底ブロック続行中だ。

   「もちろん、愛も多くなりすぎれば心身を病むし、吸収限界はある。
    だが…お前の半端な拳じゃ、満タンには遠い」

   「半端…だとぉっ?」

   「半端だよ、中途半端だ。
    ドライア同盟系武術の基本は、無心最速の連打か、全ての感情を乗せて重くした一撃だ。
    それがお前のは感情が半端に乗ってて濁り、遅く軽いから防ぎやすい」

 感情論だ、そう断言したかった。
 だが、事実として道場破りは福助のブロックを突破できずにいた。

   「で、俺はお前に全霊の一撃を見舞う。
    これを食らって生き延びるには俺の突きをエネルギーに変換・吸収するしかない、降参するか?」

 その回答は、最初から無い。
 道場破りはラッシュをやめて、両腕を戻して防御姿勢に入る。

   「結局、お前、名前なんていうんだ?」

   「…我道希がどうき列効れっこう我道希がどうき

 名乗りに、福助は今日始めての表情を覗かせた。
 驚きだ。恐怖や疑問を含まない、純然たる驚きだった。

   「列効って…お前、身内に二封気って人、いないか?」

 確認に道場破りこと我道希は無言で首肯し、楽しそうに福助は拳を構えた。
 傍でマイカンが喚いているが、気にもしない。

   「来い、福助ェッ!」

 握っていた足首を基点に、福助が我道希を放り投げた。
 ただ浮かせただけだが、その瞬間に福助の拳が真っ直ぐに我道希の胴体へと向かっていた。
 ――拳が遅い、一向に近づかない。 まだ遠い。
 それどころか、我道希の脳内には様々な思い出が浮かんでいた。
 四才のときに親に殴られて自分の弱さを感じたとき。
 十才のときに修行の旅にでたとき。
 十二才のときに師匠にであったとき。
 十三才のときに自分より大きい獣を殺したとき…その他もろもろ。
 幾度目かの走馬灯、その中でも最大のピンチ。
 この思考的猶予に打撃のエネルギーをなんとかする方法を考えなければならない。

   「(来た来た来た来たァ!)」

 つぶれ、へしゃげ、ゆがみ、くしゃくしゃになる音。
 風を切る、重力を振り切って空へと向かう。

   「…をー、飛んだ飛んだ」

 先ほど我道希が投げたタタミジャングルが貫いた天井の穴を我道希が飛んでいく。

   「なにを考えてるんですか福助さん! 吸収できない人間にあなたの突きには耐えられるわけ…!」

   「耐えたよ、我道希は。
    俺の直突きで上に飛んでったってことはエネルギーを拡散できたってことだ。
    そうじゃなければ、破裂して内蔵を撒き散らしてる…えーっと…この辺りかな?」

 そういって、福助は雲もない日本晴れの空を見上げ、マイカンも従う。
 まだまだ上昇しているらしく、マイカンの視力では影すら捉えられないが福助には見えているようだった。

   「えーっと…うーん…ここだな、ここ」

   「…なにしてるんですか?」

   「我道希のヤツ、どうにもエネルギーは拡散したが急に加速して気絶してるらしい。
    さすがにこの高さで落下したら死ぬからさ、受け止めてやらねえと」

   「…見えてるんですか?」

   「そりゃあな、せいぜい高度200メートルぐらいだし」

 福助は、凡フライを捕る野手のように仰け反り、空を眺め、そして受け止めた。
 もちろん、落ちてきたのは道場破り男、列効我道希だ。
 全身打撲の状態で意識も無いが、生きてはいる。

   「俺はもう行く…多分、我道希のヤツ、意識を取り戻したらもう一度戦え、とか云うだろうしな」

   「? どうしてわかるんです?」

   「…ガキの頃の俺が、同じことをしたことあるからだよ」

 門下生が呼んだのだろう、救急車のサイレンが鳴り響いた。
 その音に目覚めが近いらしく、我道希が呻いた。

   「じゃあ、俺は行くから。 あとよろしく」

 相槌も待たない大跳躍によって、福助の赤いジャンパーが空の青に飲み込まれる。
 残されたマイカンは、ただ呆然とするしかなかった。

   「どうしよう…あたし…!」

 急転直下にマイカンは取り残されていた。
 シャウトの行きそうな場所の手掛かりなんてない。
 自分以外の弟子たちも同じ状況だろうし、福助以外の四天王もまた同じだろう。
 呆然とする中、我道希が平然と立ち上がり、周囲を見渡した。

   「オイ! 女ァッ! 倉塔福助はどこに行った!?」

   「…福助さんならもう居ません、もう出発しました」

   「だから、どこに行ったと訊いているんだ!」

   「…知りません、あたしが知りたいくらいです」

   「ならば、探せ!」

   「何度も言わせないでください、どこに行ったかもわからないんですッ!」

   「そんなことはどうだっていい! 判らないから探しに行くんだろうが!」

   「…え?」

 自信過剰、それがマイカンの我道希に対する印象だったし、それは今も変わっていない。
 だが、それこそが、シャウタスや福助を追う上で、自分に必要なものだった。

   「おーい、キミたち! 大丈夫かー!」

 サイレンの音はいつの間にか止まっていた。
 救急隊員と警察官がセットになってボロボロの道場に入ってきていた。
 捕まれば面倒で大幅なタイムロスが待っているのは目に見えていた。

   「俺は行くが、女、キサマも一緒に来い、福助の使った技の説明をしろ」

   「女、じゃなくて、あたし、マイカン・ブラックマインって云います。
    我道希くん?」

 それは孤児院育ちのマイカンの無意識でのちょっとしたルールだった。
 年上が相手であっても、対等な相手ならば“さん”ではなく、“くん”を尊称として使う。
 今、我道希は自前のリュックサックを背負い、マイカンを横抱きにして飛び上がった。
 広大な空の下、福助の背中はもう見えなくなっていたが、それでも我道希は探し出せる気がしていた。




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