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滑空請求1 【ISOLATION】


本日も元気快活ご飯は山盛り二杯、滑空請求のタロウとアーティーは速やかかつスムーズな返済を求めて取り立て中。

「そんな俺らを人でなしよばわりするなんて悲しいよなー借金したほうが悪い。返さないのが悪い。なーたろ」

本人は知らないことだが取り立て屋の影がビル街に落ち、それを見たものは身に覚えがあってもなくても不安になり身近な人間に「おまえ金借りてないよな!? 保証人にしてねえよな!?」と一気に不安になって携帯電話に飛びつく次第なのだが、前述したようにまったくといってアーティーは知らない。
特にタロウは上空にいられるならどこでもよさげ。この時期はよくバテるので。

「本日のお客はーミッシェ街のクラブづとめクラウディア・デニー」

なんだか場末の娼婦にしてはちぐはぐな名前だ。ミッシェ街コーポレビン12号室。下の中あたりがみっしり詰まっているあたり。

「…なんだかなあ…最近、俺の勘って当たるんだよね。良くない方に」

クラウディア・デニー。どうかきちんと耳をそろえて返済してくれますように。


「クラウディア・デニー?」
「そうよ」

年の頃は針山針男と無気力獣の娘くらい。いくら私娼窟だって仕込み段階だろうってな少女が12号室には一人。

「それともママに御用?ママの前の名前がクラウディアだからけっこう間違われるの」

金髪にふわっとしたグリーンの目。そのうちロリコン相手に売りに出されるのも時間の問題かもしれない。

「まあ…ママに用かな」
「ママは夜明け前にならないと帰ってこないわ」
「だろうね。クラウディア、前の名前ってなに?」
「クラウディアは前の名前。お店を変える時に名前も変えるのは常識よ」

なるほど源氏名をそのまま娘につけたらしい。アーティーは部屋を見回す。奔放な女が住むには化粧品やらが少ない。きらびやかな仕事服も…

「こりゃ逃げられたかな」

娘を置いて母親は蒸発したらしい。

「クラウディア、ママの本当の名前を聞かせてくれる?」
「クラウディアよ」
「それはお店で使う名前だろ?君だけが知ってる、ママの名前をお兄さんに教えてくれないかな」
「ママを…どうするの」
「大事なものを返してもらわなきゃならないんだ。クラウディアは図書館で本を借りたことがない?んーじゃあ、君がママのきれいな指輪をちょっとだけ填めたくて借りたとしよう。それは誰のもの?君のじゃないな。ママの指輪だもんね」
「ママも誰かの指輪を借りたの?」
「指輪じゃないけど大事なものをね。それは誰のものかな。君のママ?」
「…ちがうわ」
「君は偉いね。俺が君くらいの時よりずっとすなおだし」

クラウディアはグリーンの目をしぱしぱさせる。

「ママの名前、教えてくれる?」
「…本当の名前は、カーナ。今は、お店で使ってる名前がジュライラっていうの」
「なんだ、カーナのほうがそれっぽいじゃん」

カーナ・デニー。いかにも大都会に夢を持ちながら搾取されていそうな。

「あたしもカーナのほうが好き」

クラウディアは黄ばんだカーテンの青空を見る。次の夜明けが来れば、カーナ・デニーが帰ってくることを信じている。少なくとも信じ込まなければいけないと思って一途に待っている。
それはあんまりにもきよらかで、アーティーには虫酸が走る美しさだった。

「…クラウ、どっちがいいか選んでくれる?待つか、待たないか」
「…ママを?」
「待つといっても、とてもとても長い時間だ。何回も何回も夜明けを通り越して、君が大人になったくらいまで」
「そんなの…」
「でも待った後には必ずカーナは帰ってくるよ。朝まで一緒にいてくれるだろうね。君を一人にする夜はなくなる」

アーティーの言葉にクラウディアは選びかけたせりふを飲み込む。

「もう一つ。君が待たない、待てないと言うなら、それでもいい。カーナにはすぐ会える。その後はどうかは知らないけど、とにかく君のところにいるんじゃないかな」

クラウディアは知っている。自分が選ばれなかったことに。置いていかれた化粧品や服と同じように彼女は。

「ま…」
「どっち?俺は、どっちでもいいんだけど君が選んで叶えられるのはどちらかひとつだよ」
「あたしは…」

クラウディアの目がきらりと光る。翡翠に似ていた。

「あたしは…っ 待てない!ママに置いて行かれるのは嫌!ママが置いていっても今度はあたしがついてくもん。あたしは、待てないの!」

夜明けが来ても帰る人がいなければそれはただ太陽の道行き。クラウディアにはなにももたらさない。

「つれていって!ママのところに!あなた、ママのところに行くんでしょう!」
「行くよ」

アーティーが戸口をつま先で蹴るとタロウがのそりと入り込む。

「クラウディア、君が選んだことはもう変えられないよ」
「…何か悪いことだったの?」
「いいや、それを決めるのは俺じゃない。悪いということは不利益ということだ。俺には不利益でもなんでもない。それに影響されるのは」

タロウの鼻先をアーティーがはじいた。またたく間にクラウディアにタロウは近づく。

「君とカーナのほうだ」

タロウの顎がくわりと割れて少女の首根に食いついた。

「選んだのは君だけどね」

正しいか間違いか、善いか悪いかは、俺には関係ない。



「あーもしもし、アーティーさんですけども、クラウディア・デニー…偽名でしたんで。はいああ、本名はカーナ・デニー。店ではジュライラとか名乗ってるそーです。逃げちゃってるんで利子分だけ今から送りますわ。あー首以外はきれいですんでまー剥製とかにして売っちゃって下さいよ。そしたら本人も半狂乱で出てくるっしょ…足取りはつかめてる? じゃあそっち方面に美少女剥製クラウディアちゃんデビューとか流してね。写真はまあまあだし、観賞用親子剥製でもしちゃえば?そのへんは任せるわ。じゃ」

携帯電話をしまったアーティーは本日のノルマの欄をこう埋めた。

クラウディア・デニー(カーナ・デニー)…利子分のみ徴収。



「賢くても、母親が絡むと正しい目すら曇って見えなくなる。いい人ほど先に死ぬとはよく言ったもんだね」

では本日の取り立ては事務所に利子を届けてから参りましょう。小さな体をくわえたままでタロウはコーポを飛び立った。時折こぼれた赤い水が雑踏に落ちたりしたが、自分の服に落ちて初めて気づき、空に白い蛇の姿を見つけて青くなるのだから鈍すぎる。だからこそこの仕事はなくならないのだが。

「滑空請求、ご利用とご返済は計画的に」

輝きを失った翡翠にアーティーは小さくつぶやいた。