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葉皆7 【シュレディンガーの猫 】


擦りよる生き物には卑屈が見えるようで、近寄りたくない。手をさしのべてしまえば、一抹の期待で自分を売り込もうとする軽々しさに嫌気がする。
そうすれば己もまた他者に受け入れられるのだという処世術をつきつけられているような気がして、余計に皆守は生き物をつきぬけて生態だけを見つめてようとしているからやけに成績が良いのかも知れない。

「うう、ニポンゴわからない…」
「都合のいい時だけ帰国子女になるな」
「問題文が読めない時はどうすればいいんですか皆守先生!」
「小学生からやりなおせ」
「ひっどーい!」

返された生物の小テストは教科書を流し読みしていればできる問題ばかりだが、まず葉佩は日本語を形から覚えようとするので切りがない。アルファベットと違って膨大な文字量を誇る日本語に、その勉強法は非効率的だ。
今日も今日とて、見事な赤点をいただいたテスト用紙をくしゃくしゃにして鞄につっこもうとしている。

「サイボーがこーゆー形をしているのはナゼですかっていう問いに、おとーさんとおかーさんのおかげっていうのは間違ってるのが間違ってる!」
「日本の採点式では間違ってる」

帰りがてら葉佩につかまった皆守は、昨日の連続であるかのように同じ色をして沈んでゆく夕日を眺めながら、香りを深く吸い込む。

「あー!!」
「っ…なんだよ、うるせぇな」

突然がばっと走り出して何かを捕まえたらしい葉佩が、皆守にむかってそれを見せつけた。

「見て見て甲ちゃん!」
「…おまえに捕まるなんてよっぽど鈍い猫なんだな…」

追いつく葉佩、と考えるより、葉佩に追いつかれるくらい鈍い、と考えたほうがよっぽどそれらしい。
諦めたように四肢をぶらつかせた猫は、葉佩の腕の中で低く鳴いた。

「ここって生き物があんまりいないよね。野良猫とか初めて見た」

顔と顔をつきあわせた葉佩はめっ、と猫と視線をあわせてみたりする。顔の下半分が黒いその猫は甘えることなくじっと細い目で葉佩を見つめている。瞳孔が開きかけた目は黒目がちで、蛇のように見える昼間の目とは違った雰囲気を与える。潤みきった大きな瞳は、望まなくとも庇護欲を誘うような。

「なんか甲ちゃんみたいだね」
「ああ?」
「すっごく俺のこと見てる」
「…蹴っていいか」
「い・や」

ぱっと猫を放してやると、すぐさま距離をとり、葉佩と皆守の動向をうかがうように身を低くする。

「全身で気にしてる感じ?」
「今まで強引に捕まえてたやつがいたら警戒もするだろ」
「だからー甲ちゃんもそんな感じだよ。捕まえられてなくても」

野生動物というよりは、人に飼われた分ノラよりも人間を知ってる感じだね。
だから怖れもするし、警戒もしている。

「気にしてないふりをしながらね」
「はっ」

鼻で笑った皆守にぴくりと身の毛を立たせた猫が、さっと翻ってどこかへと走り去っていった。

「猫ってタチが悪いからね」

くれなずむ校舎を背にした葉佩が笑ってみせる。

「警戒してるくせに、自分のことを気にしてほしいって思ってるんだ。追いかけてほしいってね」
「…自意識過剰だな」
「でも追いかけずにはいられないだろ?」

猫って、かわいいいきものだから。
主観ばかりを言い続ける葉佩にくだらねぇと吐き出して、先に歩きだす。

「全身で警戒しているのに、全身で気にして欲しがってる。ずるいいきものだよ」

応えもないのに葉佩は、ねぇ、と言って遠ざかろうとする背中を追い始めた。