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こたうじ15


喉を震わせるとそれは、古戦場に吹き渡る風のような、不吉な鳥の鳴き声のような、掠れた音。
喉を患った者の吐息にも似た、壊れた笛の音ばかりが小太郎の喉からこぼれる。

「……」

渇きの早い喉のため、ゼヒと弱い空咳が漏れる。
小太郎は声を持たない。情報の漏洩を防ぐため、一昔前の忍びたちは喉を潰され戦場に送り出されるのが主流だった。暗殺を目的とする彼らは、独特の手話と暗号、そして読唇術で会話を成立させ、人の命を屠る。
その喉を傷つけ声を殺す、最後の世代にあたるのが小太郎で、声変わりを始める前に彼は声を失った。

「小太郎」

嗄れた声が小太郎を呼んだ。枯れ木が触れあうような、だが少し甲高い、老人独特の声音を持って小太郎を呼ぶのは一人しかいない。

「おお、上に居ったか。相変わらず高いところが好きじゃな」

瞬時に屋根瓦から、その下の天守閣へ。頭を垂れて現れると、氏政が皺だらけの顔を和ませた。

「冬場は古傷が痛むゆえ、城を氏直に任せて湯治に行こうと思うのじゃ。おぬしには城の守りを頼みたい」

ぱっと顔をあげた小太郎が、如何ともしがたい雰囲気で首を振ったりさげたりした。

「ぬ?小太郎も湯治にゆきたいのか」

そうではない。長の自分をつけずして、誰を氏政の守りにつけるのか。
諫めるどころか、小太郎は声を出そうにもただ魚のように虚しくぱくぱくとすることしかできない。だから、ぐぐっと奥歯を噛みしめ真一文字に口を結ぶしかない。
時折、忍び同士のように「会話」の通じない氏政とこうした齟齬が小太郎にはもどかしかった。
あの時喉を潰さなければ、たとえば上杉の妙なる忍びのように、あるいは武田の気安い忍びのように、容易に主と言葉を交わせるのに。悔しく、やるせない。
主の名を呼びたくても呼べない虚しさを誰が知り得よう。

「小太郎」

氏政の年経た喉から紡がれる己の名前に、応える声が自分にはない。
老爺の城主は結局うつむいた忍びに何を思ったのか、「フム」と声を漏らした。

「小太郎よ、この老骨を甘う見てはいかんぞ」
「……?」

意を計りかねて、小太郎は再度、氏政の顔を見た。跪いている小太郎からすると背の曲がりかけた氏政も見あげなければならない。
その先で、氏政はニカリと大きく笑ってみせた。

「ならば儂の湯治についてくるがよい」
「……、!」

氏政は硬直する小太郎の顔にかるく触ってさらに言った。枝のごとき指先は木のそれと違い、末端まで血が通って温かかった。

「おぬしが口を結んで黙るのは嫌がっておることくらい、儂にはお見通しじゃ。その顔を見ておればよーくわかるわい!」

カッカッカ、と小気味よく笑ってみせ、氏政は支度するのじゃ、と小太郎を立ちあがらせ、自身も忙しく「誰か、湯治に行く支度をせい!」と侍従を呼び始めた。
「……」

ぺた、と小太郎は自分の削げた頬に手をあてる。小太郎は何かを言ったわけでもない。今は背を向ける氏政と、特別な訓練をしたわけでもない。

「……」

氏政様、と呼んでみたところで掠れた数音が喉から漏れるに過ぎない。
だが奥にひっこもうとした氏政の足がぴたりと止まって、その背が振り返った。

「どうした、小太郎」
「っ!」

小太郎は瞬時にそこから姿を消した。逃げ延びた天守閣の瓦の上で、自分の顔をぺたぺたと触りだした。何度も。
声を喪うと同時にまともな表情も抜け落ちたこお顔が、浮かべたものを掌で感じとることはできないのに。
氏政はどんな妙技でそれを読みとったのだろう。
自分の顔を探るのは支度を整えた氏政が呼びにくるまで続き、小太郎はまたしても「小太郎はわかりやすいのう」と主に笑われるのであった。




じっちゃとこたのシリアス風味(長いの)が書きたーい!読みたーい!
※この話ではこたは喉が潰されたという設定ですが、他の話ではそうじゃない可能性もあります。喋れなくても喋らなくてもこたは「……」がデフォだと信じています。