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識柚8 ノイズレイン

 
雨の夜ひとりで眠るのは煩わしい。精神的な意味でなく、かなり即物的な理由から。

「やかまし…」

家賃の安さは正比例する厄介事を抱えている。
ユーズの住むアパートの隣は古びた工場で日頃から何かと作業の音やアナウンスが丸聞こえだ。まあそれも夜型のユーズにはあまり関係はない。工場が回っている昼間はたいてい寝ているのだから。
問題は雨の夜だ。工場の安いトタン屋根は雨の音を病的なまでにうるさくする。ノイズどころの話ではなく、どうどうざあざあ、発狂させたいのかというほどの雨音をたてる。
珍しく夜に就寝しようとしたらこれだ。
けだるくサイドボードの上から携帯をたぐりよせ、のろのろとアドレスからひとつにコールする。

『…師匠?』
「今すぐ来い」
『…ああ、今日は一晩中雨でしたね』

スピーカーの向こうで苦笑の響きを感じ、ちり、と苛立ちが先立つ。

「来るんか、来ぃへんのかどっちや」
『行きますよ』

手のかかる猫を手懐けるがごとく、やさしい声が宥めにかかる。

『すぐ行きますから、鍵あけておいてくださいね』

俺のほかに誰かを呼ぶのもだめですよ。
そう言いおいて通話が切れた。
思い出したように雨音がひどくなる。声が聞こえなくなった途端に。
鍵のことなど知らない。合鍵を渡しているのに来訪の度に迎えに立たせようとする魂胆を裏切ろうと、ユーズは布団をかぶる。そうすると少しだけ外界の音が遮断される。心持ち、気休め程度に。
早く来いとつぶやきながら目を閉じる。

次に目をさますときは雨音を忘れさせる、優しい腕が添っていればいい。