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オリジナル 人魚と俺1


 親父が嫌に喜んで地下の水槽に何かを放り込んだ。
 見るなと言われれば見たくなるもので、家族が寝静まった頃にそろそろ地下に忍び込んだ。
 生粋の海洋学者の親父はぽんぽんと家を空ける代わりに新種の生物だの論文だのを連発するバイタリティに充ちた研究者でその辺の学者と比べると格段に金持ちだった。俺に言わせれば研究以外にまともな興味を示したりしないからそういう成功を収めてるんだろうと思う。
 婿入りしたお袋の実家が裕福だったせいもあるけど、ラボに完璧な循環機能を備えた水槽を持てる親父は本当にお袋を妻として認識しているのか怪しいくらいだし、俺に対してもその辺の海草ぐらいにしか思ってないんじゃないかと思う。
 俺の名前はカイ。親父がつけたということを知ってから、この名前が嫌いになった。

「……嘘だろ」

 地下の階段を下りるとそこは青い光に満ちていた。まるで海の青を引き込んだみたいに揺らめいている。海底洞窟に似た青さを保つ水槽は5メートルくらいの深さと奥行きを持った、ちょっとしたプールのようだった。水槽の淵で柵が設けられている部分と、俺がいる、水槽全体を見ることができる底面の部分でわけられた広大な地下の水槽は秘密めいた水族館に似て、ひんやりと湿った空気を保っていた。
 だが俺が驚いたのはそこじゃない。新種のナマコだの傷ついて連れて帰ったイルカだのがよく泳いでいた水槽は俺にとって馴染みのものだ。問題は中でゆうゆうと泳いでいたモノだ。
 幅広で長い尾びれがかすかな流れでも優雅にたなびく。白銀の鱗を鈍色に光らせて、それは水面に浮かび上がっていた。けれど魚の部分は半分だけだった。それから上は人間の体をしていた。

「人魚……?」

 物音を聞きつけたらしいそれは、水中からこちらを見た。背中と腕に尾びれと同じようにひらひらしたひれがついていた。髪の毛も同じように水の中で踊っていたがその色は黒かった。黒髪の間から切れ長の目が俺を見る。



 人魚だった。間違いなく。小さい頃お袋が嫌がる俺に読んで聞かせた絵本のように体の半分は人間、そして半分は魚の体を持つ、神秘的な海の生き物。
 だが貝殻の胸当てをしているわけでも、真珠の首飾りをしているわけでもなかった。
 人魚は男だった。