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オリジナル 火龍と藤 【僕の火種】


「どうしても許してくれないのか?」
「断る。新参者、私はおまえが来るよりも前からここに植わっているのだ」
「そうは言ってもナァ」

頑固に言い放つ少年に鋭い視線を投げかけられながら男は所在なげに頭を掻いた。燃えるような赤い髪と朱色の派手な柄の着物が、深閑な森にはひどく不釣り合いだった。

「龍の連中は無礼だ。この地に住まう我らに立ち退けだと? この地から生まれ育ち、枯れるのが身上。どうしても私を動かすというのなら殺せばいいさ。根の一本も残さず燃やせばいい」

対する少年は、男の肩ほどまでしか背丈がないというのに溢れんばかりの矜持と存在感を纏わせている。萌葱色の着物に白い肌はよく映え、紫がかった黒髪が高貴な雰囲気をもたらしている。
湖畔を縄張りとし、枯れた巨木に緑の蔓を這わす藤の精、紫芳(しほう)は怒りの眼でその薄紫の双眸を炎のように光らせた。

「落ち着いてくれよ、藤殿。俺は単にここが気に入ったから住まわせてくれって言ってるだけだよ。あんたに迷惑をかけようとか、出て行けとかそういうことを言ってるんじゃないんだよ」

紫芳の剣幕にたじたじとなりながらも、若い龍の男はなるべく穏便にと事を進めたいようだった。だが余計にそれが紫芳の怒りに火を注ぐ。

「おまえがいるだけで火気が増えるのだ! 消え去れ、火蜥蜴!!」

そう、紫芳が追いたてようとしているのは炎の中で生まれ体じゅうに火気を纏わせている龍、火龍なのである。



この若い火龍が降りたった湖畔には、火気のものどもが好むような岩場や熔岩を内包したような地ではない。木々と水が共存する、むしろ火気のものが嫌うしっとりとした空気が漂っている。
それなのに三日前に突然現れた火龍はなんとも居心地よさそうにそこに住まいたいと縄張りを仕切っている紫芳に面会を求めたのである。
龍といえば妖のうちでも上位に属する。つまり水気と土気よりも火気が優り、おかげであちこちの木々は乾燥しはじめ、紫芳自身も息苦しい日が続いているのだ。縄張りにしているといっても、紫芳は生きている年数が火龍よりも長いというだけ実力としては開きがある。勝ち目はない。
それでも芽の頃から育まれ、守り続けてきた地には愛着がある。おいそれと渡すわけにはいかない。
だから普段は穏やかに日々を過ごす藤の木の紫芳が眦を釣り上げて威嚇し続けているのだ。

「……俺は争いごとは嫌いでね。火気の好むところには自然とけんかっ早い連中がごろごろしていてうんざりしていたんだ。静かに暮らしたいんだよ」
「静かだと? そんなものおまえのおかげで消え去ったようなものだ。私とてこうして声を荒げたくもないのに、無性にいらいらする」

それも火気の影響だと言わんばかりに溜息をつく。
火龍が近くにいるだけで、肌がひりついていくような気にさえなって、紫芳はそこから離れ湖の淵で足をつけた。裸足には冷たい水だったが、もともと木である紫芳には心地の良い水分の摂取である。ささくれだった心も癒されていくようだった。

「お、俺が力を抑えてもダメか?」

心持ち火龍が声も低めにしながたお伺いをたてるように紫芳に近づいた。

「力を抑えるくらいだったら俺にもできる。あんたらに迷惑がかからないように火気を抑えておくから、そのぅ……」

正直紫芳は唖然とした。

「おまえがこの地に執着する理由がわからん」

火気に属する妖は確かに立ち入ることはないだろうが平穏が欲しいからといって、自分の力を抑えこんでまでこんなところに居たいという火龍の言葉がわからなかっった。
何か深いわけがあるなら言ってみろと紫芳は目を向けた。

「その、だな」
「なんだ」

火龍は躊躇うように一度、二度と唇を開けたり閉めたりしたが意を決したように話し始めた。

「俺は、火龍の長の血筋なんだ。といっても親父には妾が何人もいて、今だって卵抱いてる愛人もいる。当然正妻のも妾のも取り合わせて、兄弟がすごくたくさんいる」

俺は男兄弟の39番目だと火龍は言う。

「……火龍の長は色気違いか。そんなに子供を作って」
「龍はよく生まれるけど弱い子供が多いんだ。うまく孵っても障害を持ってたり、ころころ走り回ってるやつがいきなり死んじまうこともある。俺のところは、子供は全部で60人近くいる。でも半分くらいは今にも死にそうな奴らばっかりだ。きちんと成人できたのは俺を含めて、全体の二割ってところか」

だから跡目争いも熾烈を極める。それぞれ生きているだけで精一杯の子供でさえ渦中に巻き込み、なんとしても我が子を長に迎えたいという母親や、その氏族の思惑でいいように扱われる。

「俺も漏れなくその跡目騒ぎに放り込まれたんだけど、体が丈夫な以外は長に向いてないって自覚してるんだ。それなのに継げ継げって言われて、だんだん嫌気がさしてきて」

昨日まで体を気遣い、励まし合ってきた兄弟達と泥仕合を演じなければならない愚かさに故郷を飛び出してきたのだという。

「ギスギスして、嫌な感じだよ。火気だからけんかっ早いのもあるし、爬虫類なのには変わりないからねちねち影では陰惨でね。もう最悪」
「……それは、そうだろうな……」
「だからね、行き場のないままうろうろ飛んでる時にここを見つけたんだ」

火龍はうっとりと上空から見つけた湖を語る。円に近い湖、あたりはひっそりとした木々が多い、ぽっかりと空の色を移して、そこだけは鏡のように澄み切っていた。

「藤殿の匂いもした」
「私の?」
「そう、あれだ」

巨木に絡みつく見事な紫芳の本体である藤の木を指す。春と夏の間の一時だけしか咲かせない藤は今を盛りとして房を無数にたらし、まるで紫の雫をこぼすように花弁を散らす。そして気高くも甘い香りをあたりに漂わせる。

「あんないい香り、嗅いだことがない」

飾らない率直な言葉に紫芳のほうがむず痒さを覚える。若いがゆえに、この火龍は衒うことなく真剣に言葉を放つことができるのだ。

「ここで暮らせたらどんなにいいかなぁって思ったんだ。うるさい同族もいないし、俺自身も癒されたくて。火龍の俺が言うのもなんだけどさ。ここはすごくいいところだ。静寂に充ちているけど、冷たいわけじゃない」

みだりに乱したり、ましてや壊していいような場所じゃないと火龍が言う。
じゃあ来なければ良かったのだと紫芳は言えない。火龍の事情を聞いてしまってからには、無碍に出て行けとは言えなくなってしまう。

「長が決まって、ほとぼりが冷めるまででいいんだ。ここに住まわせてくれないか? さっき言ったように、俺の力は抑えるから。な?」

拝み倒す勢いの火龍に、すっかり紫芳は怒気を削がれてしまっていた。

「……おまえ、名前は」

しょんぼり落とした肩から、「祥閃(しょうせん)」という短い言葉が返される。

「祥閃」

思い切り顔をうつむかせていても、紫芳が下からのぞき込めば悄然とした顔が伺える。

「おまえの事情はわかった。おまえがその火気をできるだけ、抑えてくれるならここにいてもいい」
「本当か!?」
「ただし! よく聞け、期間はその跡目騒動が収まるまでだ。それ以降居座ろうというなら……」
「わわ、わかった! それでいいから!」
「では今すぐその火気を収めろ!」

ゆるゆるの自分が無意識に放つ火気を宥め、体のうちに収めながら水辺に立つ萌葱色の着物の少年を見つめた。
藤の香りに惹かれてやってきたのは嘘ではない。平穏ここに極まるといった風情に心癒されたのも。
何よりそこを治め、無防備に水辺でしどけなく眠っていた藤の精を見つけた時の胸の高鳴りを祥閃は忘れていない。
なにもかもが、これからだ。



 
エセ和モノで妖怪もの。大好きです!これからもちまちま妖ものを単発でやっていけたらな!