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「葉取3」(2006/07/26 (水) 03:43:45) の最新版変更点
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葉取2 夜の底
夜に潜む闇は深いけれども、すべてが人の心に牙を剥き襲うわけではない。
なぜなら眠りの腕に誘うのは紛れもない優しい闇なのだから。
「え、飲み会…?」
今夜も探索なのだろうと思いながら寮の玄関口にやってきた鎌治に、葉佩はどんと紙袋を押しつけて「今夜は飲み会すっぞー」と言った。
「は、はっちゃんお酒なんてどこから…!」
もちろん校則で禁じられている。教員とてバーで飲む以外のアルコール類は生徒の目につかないようにと言い渡しされているほどなのだ。
けれども鎌治の腕の中では一升瓶やら缶チューハイという文字の躍ったアルミ缶がぎっしり詰まっている。
「一升瓶はまりりんがくれたんだぜ! なんか調合とかで使えって言われたんだけどコレ、いい酒だからさ!せっかくだから今日は探索休んで鎌治と飲もうと思って!」
同じように真理野から振る舞われた一升瓶で男子寮のいくつかは酒盛り状態であるらしい。
「え、じゃあこの缶のほうは…はっちゃんの!?」
「おうよ、トランクの中にぎっしり詰めてな! 空港出てすぐに酒屋があってさ、オレ外国暮らしが長かったもんだからあんなにいっぱい缶の酒が並んでるのがすごい新鮮で買っちゃったってわけ」
買っちゃったって…ひとりで飲むの?この量…
おそるおそる覗いてみたが、まるでパーティーでもやらかすくらいの量だ。
「じゃあ寮に戻ったほうが…」
「ダメダメ、今日は鎌治と夜のランデブー! 騒ぎたい奴らは寮にいるんだし、俺達はもっと静かなところで飲もうぜ」
「ど、どこで…?」
「廃屋街」
暗視ゴーグルもないのに、葉佩は悠々と廃屋街の奥へ奥へと進んでいく。
「は、はっちゃ…」
墓地とは違う暗がりが宿り、うち捨てられた事物ひとつひとつが自分たちを見つめているような気にさせられる。うっかりすると先をゆく葉佩の大きくはない背中を見失ってしまいそうで、慌てて鎌治も追いかける。
「こっちこっち、墨木がさーいい場所教えてくれたんだ」
GUN部の野外演習に使われるだけあって障害物の多い廃屋街をまるで自分のホームグラウンドであるかのように軽い足運びの葉佩。きっと何度も訪れているに違いない。
闇には未だ慣れない。いや、慣れるという感覚ではなく親しんでいた記憶やその感触を思い出すことができない。姉と蛍狩りにいった幼い頃とてあるし、ピアノを弾く時はむしろ夜を好んでいた。
じゃり、と靴を擦ったゴミを避けながら、まっすぐに伸びた背中を見つめながら鎌治は思う。
この暗がりにも通じた闇に触れてから一切の感覚を喪っていたあの頃から自分はなにひとつとして変わっていないのではないかと不安になるのだ。変わりたいとあがきながら、実はけっして前には全く進めていないのではないか。あっという間に自分は…
(僕は君に置いていかれているんじゃないか…)
杞憂であってほしい。ただの物憂さなら晴らすこともできる、と空元気を振るって脚を動かしていると葉佩の背中が遠ざかるのをやめてぴたりと止まった。
「ここだ、ここ」
風雨に晒され、崩れた家屋のど真ん中に出た。倒壊一歩前のそこは屋根からぽっかりと大穴があき、弓を張った月がやわらかく光を零していた。
「この時間だと灯りいらずなんだ。フーリューだろ」
暗い道を歩くのに暗視ゴーグルを用いなかったのはそのためだとも、葉佩は手頃な瓦礫に腰を下ろして言う。
だが鎌治は腰を下ろすよりもその、静物画を見るような風景に目を奪われていた。廃墟の中で満ちているのは、相対する闇と光。だが調和したそれらは混ぜあい、とけあい、ひとつの光景を作り出している。
「すごい…ね、はっちゃん…」
「ん。オレさ、みんなと騒ぐのも嫌いじゃないけど、こういう静かなとこにいるのも好きだからさ」
静けさを乱さない鎌治と一緒なら、もっといいと思ったんだ。
「はっちゃん…」
「みんな連れてくるとやかましいからさ、鎌治とオレだけの秘密の場所な」
あ、墨木にはバレてるけどアイツも言わないし、とつけたし、鎌治に持たせていた袋から缶を二つほど取り出し、ひとつを自分にもうひとつを手渡す。
月に光る缶はもっともらしく描かれた果実の絵もひとつの芸術品のように照らす。
人工の光も遠く、頼りない光の中で始まってゆく酒宴。
鎌治は自分すらも、静寂な世界の一部になっていくような錯覚を覚え始めていた。
end
~後日談~
「はっちゃん…あのね」
「ん?」
「僕…実は、あんまりお酒が…飲めないっていうか…」
「いいよ、オレが飲みたいだけ飲むから」
「いや、あの、ええと…飲むのも初めてだから…」
「え? マジで? 一滴も?」
「うん…なんていうか、小さい頃にすぐ回っちゃうから姉さんがあんまり飲んじゃダメだって言ってくれて…それからは全然…」
「か、鎌治! 飲め! いっぱい飲め! たくさん飲め!」
「え、ええ!? はっちゃん…っ」
「オレが許すから飲んじまえ!! 看病はオレがするから!」
シタゴコロ丸見え葉佩がそこにいる(笑)
葉取3 あめふるよる
※某所の「鎌治の心の闇の部分は人格をもって鎌治の中で存在する」という個人的萌えに乗っ取って、闇取手×表鎌治プラス葉佩という話ですご注意ください。
(いやなんていうか葉取←闇取な感じかもしれない)
息苦しい…
意味もなく首元をまさぐり、しかしそこはもう今朝から始まる息苦しさからとっくに一番上のボタンは外されていたのを思い出す。
微熱に似た気怠さが体中を支配し、静まりかえって安息を得るはずの自室に圧迫感を感じる。
ベッドに横たわったままの鎌治は、ぱたりと首から腕を落とす。
…雨のせいだろう…
薄闇の中、閉め忘れたカーテンから濡れた空が見える。
しとしとと降り大気を濡らす雨を見るにつけ、鎌治のつく息は浅く、しめやかだ。吸っても吐いても、湿気がまといつく感覚。
電気を灯せば気分も変わるかもしれないのに、それすら起こる気になれない。
(…こんな夜には…)
このような夜には、「彼」がやってくる。
「…呼んだかい…?」
部屋の隅の、特に闇の濃い部分を意識的に見ないようにしていたのに。その声がすれば見ずにはいられない。
考えまいとしても、いつかは思考に絡みついたそれが知らずに導く。
「僕を呼んだろう…?」
先ほどより、濃く、濃くなった闇から、ぼうっと真白い指が空から浮かび上がる。まるで淵から体を乗り出すようにずるりずるりとゆっくり、その腕は伸びてゆく。
「呼んでなんか…いない…」
「そうかな。今夜は僕の居心地の良い夜だ…」
学生服に包まれた、驚くほど長い腕が這い伸びたと思えば、闇から唐突にあらわれる白い顔。
それ以上を見たくなくて、部屋の隅から目をむりやり引きはがし反対側に体ごと転がす。
「僕に会いたいと思ったんだろう…こんな夜は…」
「触る…なっ!」
「雨の音が鼓膜を叩いて、叩いて…やまないノイズがまざるような夜だ…こんな夜は僕が慰めてあげられる…」
「そんなこと望んでなんかいない…っ」
ひんやりした指が背後から頬に触れた。這いでた「彼」はベッドの上にまでやってきて、覆い被さるように鎌治に手を伸ばしていた。
振り払ってもその手はすり抜けるように感覚がないのに、離れず、頬を首筋を耳を。辿るように愛撫する。
「違う…僕は…会いたいと思ったのは…っ」
「僕だろう? 違うはずがない…」
「違うんだ!」
闇の中、降り止まぬ雫の音に苛まれても。
見失いたくない、掴みたいと思ったのは。
聞きたいと望む声は。
「おまえじゃ…ない!」
けして、闇を悦び堕落を誘うような。
自分自身では、けして。
コンコン
雨に混ざって硬いものを叩く音が聞こえた。
コン
ハッと気づくと鎌治はベッドの上に仰向けになっていた。相変わらずの薄闇の中だったが、部屋の隅には何事もなかったかのように、ただただ埃のように薄闇が凝っているだけとなっていた。
「鎌治ー? …寝てんのかな」
扉の向こうでくぐもりつつも聞こえた声。自分の人より敏感な耳は余すところなくそれを聞くことができる。一瞬それに感謝する。
「ぁあ、あっ、はっ…!?」
「ん? かまちーおーい」
「あ、あ…待って、今あけるっ」
慌てて縺れながらも扉をあけると、何やら口をもごもごさせた葉佩が、「よっ」といつものようににっかり笑って立っていた。
「こ、こんばんわはっちゃん…っ」
「大丈夫か? なんか早退したってリカちゃんが言ってて来てみたんだけど…今日の遺跡潜り、やめるか?」
「…少し寝たら平気になったよ、大丈夫」
背中には、まだ薄気味の悪い何かが貼り付いているような気がする。けれどそれを必死に押し隠して鎌治は微笑んだ。笑えているかは自信がなかったけれども、今不意にとはいえ現れてくれた葉佩から離れてしまえば、また「彼」が蠢いている部屋に取り残されると、鎌治は本能的に悟っていた。
「ふーん…まぁ今日は雨も降ってるしなー気が滅入るよな」
もごもごと口を動かす葉佩から、何やら甘い匂いがするとここに至って鎌治は気づいた。
「はっちゃん…なにか食べてる?」
「んーん? やっちーがくれたの。食う?」
ごそごそとポケットを探った葉佩が掌を開く。余った弾丸だの硬貨だのに混じって、小さな透明なビニールに密封された、場違いなくらい明るい黄色い飴玉だった。真ん中が刳りぬいてあって、とある形状を真似ていたそれの名前は、鎌治でも知っていた。
「パイン飴…?」
「こーゆー日は甘いもんでも食べて気分転換しようぜ。な?」
「あ、ありがと…」
手渡された何粒かのうちの一つの袋を破り、口に放ると甘い、だがどこか酸味をもった独特の風味が舌に広がった。幼い頃に姉と食べて、それっきりだったその味は何年もたったというのに変わっていない。
「お礼はやっちーにな。俺、こういうの食べたことなかったしー」
「そうなの…?」
「ガムばっかりだったかな」
ちょっと新鮮だ、と噛まないように必死になってみせる葉佩を前に自然と鎌治は笑いを漏らしていた。飴の甘みと変わらぬ笑いが呼び起こしてくれたように。
掌の袋をぎゅっと握りしめる。そこにはポケットにあった温もりが残っているような気がした。
「行こうか、はっちゃん」
「おう、鎌治!」
闇の中、降り止まぬ雫の音に苛まれても。
見失いたくない、掴みたいと思ったのは。
聞きたいと望む声は。
ただ一人の、君。