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葉皆 煙ひとゆら  気配で悟るより先に、鼻をくすぐる香りでそれが誰だかわかる。 「甲太郎」  振り返ればやっぱり皆守がいて、いつものようにアロマをくわえていた。 「よぉ」  気怠げな目が少しだけ、親しいものを見つけて晴れる。  いつもどこかで遠くで憂えている皆守が、自分に接する時、現実に戻ってくるような瞬間が好きだ。  それはまたすぐ再開されてしまうけれど、葉佩はいつでもその瞬間を新鮮な気持ちで迎える。 「マミーズ?」 「おう」  マミーズで昼食メニューはカレー。この學園に来てから1ヶ月ほどしか経過していないとは思えない自然さで、教室からマミーズに足が向かう。奥のテーブルを陣取って、注文を取りにきた奈々子にいつもの、と頼んで、ウチにいつもの、はないですぅーと言われながらも、しばらくすればカレーを置かれる。 「なぁ、九ちゃん」 「んー?」  開口一番今日もカレーがうまい、と言うだろうと思っていた予測が外れ、葉佩はついと手を止めた。 「今夜も遺跡に行くのか」  それは疑問というよりは確認に近かった。 「おう」 「俺の忠告なんか聞き耳持たないってか」 「違うって。逆逆」  スプーンをぴしっと向けて、葉佩は不敵に笑って見せた。 「俺が遺跡に行くたび、甲太郎がそう言ってくれっから毎回気張っていけるんだよ。初心忘るべからずってやつ?」  昨日習った現国のことわざを持ち出す。もちろん皆守がくれる忠告は日をおうごとに苦渋が滲んでいるのだが、それを言われれば言われるだけ、遺跡に対する情熱が増すのは単に天の邪鬼から来るものではない。 「この學園は遺跡に縛られてるようなもんだろ? 生徒会や執行部や…教師も、全然関係ない生徒も」  學園のひそやかで重い空気が漂う源が、どこであるかなど誰でも知っている。だが口を噤む。それが本能的に手出しできない領域だと知っているからだ。 「…甲太郎も、そんな気がする」  ラベンダーの煙がくゆる。 「だから余計に…暴くっていうと言葉が悪いけど。秘密をね、知りたいわけ」  それがトレジャーハンターの、抑えることのできない本能のようなもの。  誰もが縛られている秘密を、真実を手にするために。 「今夜も行くよ、甲太郎」  スプーンを動かして、一口で肉を頬張る。 「で、甲太郎も来てくれるんだろ?」 「…調子にのんじゃねぇ、だりぃ」  不機嫌に頭をがしがし掻いて、皆守はそっぽを向いた。 「誰が決めたんだよ」 「俺」 「ったく…」  また、がしりと一掻き。けれど苛立ちはそれほど強くはなく、呆れているのだろう。 「…何時」 「九時。寮の前な」 「け、だりぃ…5限目、ふける」 「あれ、いいのか? 次雛川センセの授業だろ。…フケたらやばくない?」 「…っ なんでおまえが俺の出席率知ってんだよ!」 「なんででしょう」  この野郎…とテーブルの向こうの皆守を尻目に、葉佩はさも美味しそうにカレーを食べてみせた。 「甲太郎、カレー冷めるぞ」 「うるせぇ」  しゅ、という炎とジッポの油より香り高く、ラベンダーがあたりにたちこめる。  眼差しがアロマに酔って遠のき始めたのを、少しだけ寂しく思いながら。  夜にはまた悪態をつきつつ背後を守る皆守の、少し未来を思い描き、葉佩は早く夜が来ればいいと思った。  解放の夜まで、あと一歩。
葉皆 4/12 別に祝われたいと思うわけでもないのに、自分の生まれた日は勝手にやってくる。 幼稚園や小学生のガキじゃあるまいし、盛大なお誕生会なんてまっぴら御免だ。やりたい奴だけやっておけばいい。 そう思って今日は一日自主休校。落ち着いていれば、今日なんて言う日はさして特別でもなく来たときと同じように勝手に過ぎ、終わっていく。 俺にはそれがちょうどいい。 「…そういえば今日はあいつからメールこねぇな…」 いつもは一日に一回はメールが来て、『今夜は一緒に遺跡に行くぞ!』などと、誘いというよりは強引な呼び出しがかかるもんだが…今日に限って俺の携帯は机の上で沈黙している。 まぁ、他の誰かと一緒なんだろう。地下に潜れば電波なんて問答無用に届かないわけだし、あいつが俺に何かメールを送ったとしても届くわけもない… 「…だりぃ」 つらつらそこまで考えて俺はやめた。焚きしめた匂いに包まれるとぼんやりと何もかもどうでもよくなってくる。精神が安らぐというよりは、思考の動きを鈍らせるといったほうが正しいかもしれない。 そのまま眠りについて、気がつけば太陽が昇っている。 そうした日常に埋もれようとしていたその時に、コンコンと扉が叩かれた。 「…だりぃな、誰だ」 時間は午後11時58分。こちりとデジタル表示が切りかわって59分。 …こんな時間にやってくるのは奴しかいない。 そのまま無視しようかとも思ったが、俺の睡眠欲の寝付きの良さが反比例していることをよくわかっているらしいノックの主は、コンコンと音をやめない。 「ちっ」 チェストに乗せていたアロマをくわえ、俺は乱暴に扉を開けた。低く、寝起きを起こされたように(実際俺は寝入るところだったんだから機嫌が悪くて当然だろ?) 「…だれ」 「こーたろー!! ハッピーバースデーー!」 いつものベストと暗視ゴーグル姿ではなく、部屋着にしているらしいジャージ姿が葉佩がなぜか鍋を持って部屋の前で俺に満面の笑顔を見せた。 …しかもその鍋どっかで見覚えあるような… 「……なにしてんだ、おまえ」 「なにって今日甲太郎の誕生日だろ? 普通に祝ったんじゃありきたりだからサプライズ! 驚いた?」 葉佩はぐっと「まだ4月12日だろホラ!」と後10秒くらいで日付の変わる腕時計を見せつけた。 「…っ、おせぇんだよっもう日付変わるだろが!」 「まーまーそう言うなって、ほらコレ!」 今日甲太郎ガッコ来なかったから明日はいっぱいプレゼント攻撃されちゃうぞ、と葉佩は笑い、今度はその鍋を押しつけた。 「なんか珍しいスパイス取ってこいって依頼があったんだけどさ、カレーに入れてみた!俺からの誕生日プレゼント!」 カレーと聞いて無碍に押し返そうとした手が止まる。 カレーに罪はない。 「ちっ、…入れ。カレー喰ったら帰れ」 「ひっでー!それが親友に言うセリフ!?それにありがとうって言うのが礼儀ってもんだろー?」 鍋からは微妙に嗅いだことのない匂いがする。たぶんこいつのことだからまたレトルトカレーに得体の知れないものをブレンドしてそのスパイスやらをぶちこんだに違いない。まったくスパイスって奴は繊細なんだぞ… ごちゃごちゃ言いながらちゃっかり部屋に入ってきて勝手に茶を入れだした葉佩の背中に蹴りでも入れてやろうと思ったが、やめる。   4月12日はとっくに終わっていたが、俺の生まれた日を祝う大バカやろうはまだここにいる。

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