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セムリリ3 レジェンド
「兄さん」
完全オフと決めた日は兄は電池の切れたおもちゃのようにぴくりと動かない。働き蟻より休む間のないスケジュールで蓄積された疲労も何もかもをその日一日『機能停止』することで解消するように。
そういう日はリリスも出かけずにひたすら家にいることにしている。
夕刻もすぎてしばらく。そろそろ目覚める頃だろうとベッドの傍らに座り込む。
うつ伏せ寝で熟睡する兄の寝息は息を潜めても聞こえるかどうかのひそやかさで、リリスは時々、魂の遊離してしまった器のそばにいるような気にさえなる。顔をよせて、静かすぎる寝息に耳をすまし、上下する背中の骨の線を確認しても消えない不安に駆られる。
「毒林檎を食べた白雪姫ってこんな感じかしら」
それとも百年の眠りにとらわれた茨姫か。
どちらでも大した差はない。
「兄さん」
呼びかけても微動だにしない横顔に添う。
「キスをしたら、目を覚めてくれる?」
まるで逆の立場でも、それであの黒瞳に自分が映るのならば、いくらでもキスを捧げるのに。
セムリリ4 ストラップ
ぷつりと画面が消え、打っていた文面がすべて失われた。
「また電池切れ?」
「そうみたい」
リリスが持っている携帯は新しくない。いいかげん時代を感じさせるデザインだが、ツヤ消しのされたノーブルさに惹かれた、自分にとっての初めての携帯はそれなりに愛着があった。
だがそれ以上に。
「今度、兄さんに相談してみる」
「ついでにストラップも変えたらどう?おそろにせえへん?」
「だめ。これも気に入ってるの」
「…ごちそうさま」
何も言わないで通じる関係は心地よすぎて時々怖い。
兄は新しもの好き。相談してみると他機種にまで詳しい。ただし評価が辛口な上、偏りすぎだから宛にする人はあまりいない。
「じゃあ今度、店員さんに聞いてくるわ」
「それでいいのか?テレビも音楽もないが…」
「あっても使わないものだって」
「そういうものか?」
リリスは事前に集めたクラスメイトの一般的な意見とセムの偏見を吟味しつつ候補を決めた。
「これは、変えないから」
「それくらい、新しい奴はいくらでも作れるのに」
セムはリリスの携帯にぶらさがっているストラップを苦々しく見つめた。過去の作品が目の届く位置にあるのが気に食わないらしい。
「気に入ってるの」
元はくたくたした生地はだいぶ汚れ、白というよりは灰色に近い。
親指の先ほどの手作りしろろストラップは携帯を初めて買ったその日に端切れでセムが作ったものだ。
「…布じゃなくて樹脂で作るから、な?」
色々譲歩してくるセムにリリスは苦笑した。
「初心に返るのはいいことじゃない」
まだ自分が思うとおりのデザインやパターンを世に出す前の兄はリリスに見えないところで苦労を重ねながら世の中を渡ってきた。それにつれリリスが不自由を感じることは少なくなった。
けれど時々、二人きりで何もない中で生きてきた頃を想う。
不自由さを時々、懐かしく、慕わしく。
「…頑固だなあ」
「物持ちがいいの」
でも樹脂のしろろも欲しいかも、と呟けばセムはようやく破顔した。
「そしていつか、兄さんは同じことを言うのよ」