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識柚16 姉神2
僅か15秒で綺麗な関西弁の女性の声は息継ぎなく一息で言い切り、電話機は沈黙した。
吹いたままのユーズが冷蔵庫の前でしゃがみこんでいた。耳を塞いで。
「…し、師匠?」
「…幻聴や」
その肩がかわいそうなくらい震えていた。
「ま、間違い電話じゃないんで…す…、か?」
「…そんならどんなによかったことやろか…」
俺様でアニキなユーズが先ほどまでの勝ち気で横暴な様を引っ込め青ざめている。
「悪夢や…悪夢が来る…」
「…師匠?」
「…いややもう虐げられるんはあの悪魔にわいの生活壊されるどないしょ今からどこに逃げたらいいねや…」
「あ、あのー」
「…国内か国外かいっそ誰かアテ探して匿ってもらわなケイナ?あいつはあかんサイレンは定員オーバーやし…」
「師匠ー?おーい…」
完全にアッチの世界なユーズは識の呼びかけにも答えない。ぶつぶつ冷蔵庫に向かい呟く悲しい姿はどうにかして逃げようとケージの隅でじたばたする鼠のようにしか見えなかった。
「師匠ー…」
「いっそ灯台もと暗し大阪に潜伏…」
だめだこりゃ。
遠い人となったユーズを見捨てて、どうしたものかなと途方に暮れたその時。
ぴんぽーん
滅多に鳴らされない、玄関の呼び鈴が高らかに響いた。
ぴんぽーん
「師匠、お客さん」
「…(ぶつぶつ)…」
ぴんぽーん
「……」
「…(ぶつぶつ)…」
「…ああ、もう」
どうしようもないので識は玄関へと向かった。そのあいだにも呼び鈴は鳴らされ続けた。
しかもだんだんインターバルを狭くして。
ぴんぽーんぴんぽーんぴんぴんぽーんぴんぽーんぴんぴんぴんぽーん
「はいはいはいはい!」
半ばヤケクソ。誰だこんな時間に呼び鈴連打するやつは!新聞勧誘かセールスだったらタチが悪いぞ!
「はいはいどちらさん!?」
識は玄関の扉をあけた。
識柚17 姉神3
「もうゆんちゃん!何回押させる気なん!お姉ちゃん手ぇ疲れてまうところやったで!寝てたん?寝てたんならちゃんと電気消さなあかんて言うてるやろっ」
居間にいた師匠が玄関にいるよー?
勢いよく扉をあけた瞬間、識は固まった。扉の向こうにいたのは、女装したユーズだった。いや違うユーズ女版?
マシンガントークをかます唇には品のいい唇とグロスでつやめき、ぱっちりした目にはアイメイク。肩に届く髪は内側に巻いて遊ばせている。
彩葉が愛読している関西お姉様雑誌の表紙にいてもおかしくない感じのユーズがそこにいて、識はカコンと顎をおとす。
「……あら」
けばけばしくない絶妙なアイラインの瞳がしっかりと識を捉えた。
「ややわー!こないな背の高いイケメンとゆんを間違えるなんて!どちら様?ここ、ゆんちゃんのお部屋ですやろ?」
アナタ様こそどちら様ですか。
目を白黒させていたその時、背後から「な、なんでおるねん!」とうわずった声が廊下に響いた。
前門にユーズ、後門にユーズ。
わー俺の前後に師匠がいるよー
ひきつってオヤジ丸出しなスウェット姿なユーズが、玄関に立つ関西美女なユーズを指さし叫んだ。
「なにしに来たんや!姉ちゃん!」
「なにしに来たも何も電話聞いてへんのゆんちゃん!」
「ゆんちゃんはやめぇ言うてるやろ!」
「ええのよゆんちゃんはゆんちゃんで!お姉ちゃん、留守番電話にちゃーんとメッセージ入れたんやで!」
ずかずか玄関に入りこんだ彼女は識を通り過ぎユーズの前に立ちはだかる。その際玄関に脱ぎ捨てられたヒールの高い靴を見て識はほとんど意識が飛んだ頭でこれ何センチ?などと計っていた。
「さっき聞いたんや!」
「んも!大事なことはすーぐ後回しにするんやから!ゆんちゃんの悪いくせやで!高校受験の時も届け出出すの前日まで忘れてたやろ!」
「ていうか姉ちゃん人前じゃ!」
……ああ、関西の人って素で漫才ができるってホントだったよシーサー……
左右に並んだ男ユーズと女ユーズ。まさしく双子のようにそっくりだった。ついでに言うと背はほんの少しだけ男ユーズが勝ってるようだが、気迫負けしている。
「そやったわゆんちゃん!この人誰?うち好みのイケメンさんやんか!紹介して!」
「人妻のくせに何抜かすんじゃコラ!旦那に言いつけるで!」
「ややわ!旦那がそないなこと気にするわけないやんか~もっちろんイケメンはんには悪いけどうちと旦那はラブラブやし、やっぱり一番のイケメンはうちの旦那やもん~」
「誰も聞いてへん!」
ひとづま!?
コンマ何秒かでバッと女ユーズの左手を見たら、燦然とダイヤの指輪が薬指で輝いていた。
一通り漫才が終わったかと言うあたりで、男ユーズはぐいっと頭を下げさせ女ユーズが識に挨拶していた。
「識君いいはりますんやね?いつもゆんちゃんがお世話になってます。うち、ゆんちゃんの姉です」
彼女はそのダイヤに負けないほどの笑顔で微笑み、識は思わず見とれた。姉の腕に屈しながらユーズが「あかんっあかん識、姉ちゃんの笑顔に騙されたらあかん……!」と必死に目で訴えていたのだが、悲しいかな弟子にその心が通じることはなかった……
神の姉、きたる。