LOG

「ゼファミリー6」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ゼファミリー6」(2006/07/29 (土) 04:25:03) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

ゼファミリー5 「は…………」 「……っくしょえい!」 ご近所でも美男子評判の顔を秒殺できそうな大層大きなくしゃみがリヒトから漏れた。 「へぶしょ、へっ、はっ……くしょんっ」 タメの入ったくしゃみは特に酷い。思わず食卓についていたルルススとキラーがリヒトにあわせるように凍りつくくらいに。 「リヒトだいじょうぶ?」 お茶碗を下ろしたルルススが心配そうに声をかける。リヒトの隣のキラーはおろおろしつつも、リヒトのために居間のティッシュ箱を持って来て渡した。 「おぅぅ、さんきゅ……」 悪態もつく余裕もないのか、ティッシュにリヒトは「ぶーっ」と派手に洟をかむ。すでにリヒトの鼻の頭はかぶれてしまっている。キラーは明日スーパーの特売日じゃなくても「敏感鼻さんに大人気!やさしいやさしいティッシュ」をパック買いしてこようと決めた。ちなみに今使われているのは特売でお一人様1パックのお値段もそれなりのやさしくないティッシュだ。 「今年のかふんしょーは鼻にくるぜ……」 「無理しないで、病院行こうよ。あたし付き添ってあげるから」 「いいやぁ、薬は去年のがあるんだがあれ飲むとぼーっとして……」 そこでまたティッシュに鼻をつっこむようにして「ずびーっ」と洟をかむ。 リヒトの花粉症は年季の入ったものらしく、毎年毎年バリエーションに富んだ症状に悩まされる。この季節、テレビに杉花粉の飛び散る映像を見たものなら、それだけでくしゃみを連発する始末だ。ルルススは年によって、キラーに至ってはこの季節まったく花粉に困らない。まったくもって羨ましい体質だった。 「去年は涙が止まらなくて目を腫らしちゃったから、化膿止めと目薬でしょう?今年は今年のあったお薬飲まなきゃ」 ルルススの言い分はもっともだ。普段リヒトが前に出てすべてを取り仕切っているが、案外ルルススもまとめ役に適した性格をしている。 キラーがうんうん、と賛成するように頷く。 「やなんだよ外来病棟で似たよーな奴らとくしゃみかますの……」 もうただのだだっ子である。たぶん外に出るのも嫌だし、同じような患者と十把一絡げで薬を出される扱いも嫌だし、ルルススに(おまけでキラーに)気を遣われる……そういう事態に陥る自分がもっと嫌なのだ。 「ルルは、元気なキラーと一緒にお花見したいな…今年はエクレメスお姉ちゃんと行っただけだもん」 「うっ」 「ね?明日はあたし学校があるからダメだけど、キラーに付き添ってもらって病院に行こう?お薬もらって、みんなでお花見見れるくらいに元気になって!」 ルルススのお願いに、リヒトは弱い。自分の懐と「敏感鼻さんに大人気!やさしいやさしいティッシュ」が一番安売りしているスーパーはどこか必死に考えていて名指しされたキラーは一瞬飛び上がるくらい驚いたが、すぐにこくこく頷いた。 「……。…、………」 「なんだよ、おまえも花見がしたいのかよ」 「……!」 できることなら、三人で。 「……ち、しゃあねえなぁ!キラー!明日は受付時間開始直後に駆け込むからな!早起きしろよ!」 俺は寝る!と言い捨ててリヒトは寝間のほうにどすどす歩いていってしまった。 「……」 「大丈夫だよ、キラー」 気分を害してしまったのではないかと顔を曇らせたキラーにルルススの声が優しい。 「自分で決めて口に出したことだもん。リヒトは絶対に病院に行ってくれるよ」 リヒトが、キラーが、ルルススが。全員が全員を家族だと思って大切に思っている。形はずいぶん違うけれど、皆この家で同じ暮らしをしている者すべてを愛しく思っているのだ。リヒトとて、それをわかっている。 「あたしたちが普段苦労しないのは、リヒトのおかげだもんね。今はあたしたちがリヒトを大事にしてあげる番」 大人びた少女の言葉にキラーはほんのり頬をゆるめる。どんなに他人が「悪事を企んでいそうな黒い微笑」だと言おうとルルススには安堵するキラーの笑みだとわかっている。たぶんそれは今この場にはいないリヒトにも。 「明日、ちゃんとリヒトを病院に連れて行ってね?」 こっくり。頷いたキラーはつづれない言葉の代わりにルルススをぎゅーっと抱きしめた。精一杯のキラーの親愛の表現だった。
ゼファミリー6 子犬がおぼつかない足取りで母犬に近寄る。母犬は匂いを嗅ぎ、ようやくわが子が帰ってきたことを喜ぶように子犬の顔をなめ始めた。 『こうしてチャッピーはやっとお母さんに再会できたのです…』 感動的なBGMとしんみりした語り口がさらに涙を誘う。 「えっうっ、よがったなぁぁチャッピい…っ」 テレビにかじりついていたリヒトが涙混じりにつぶやき、ずびびびと鼻をすする。すかさず横から「鼻にやさしい花子ちゃん」ティッシュが箱ごと寄越される。 「おう、すまねえなキラー…」 勢いよくズビーッ!と鼻をかんだリヒト。その真横では同じく悪人面に涙目のキラーが感動を引きずるようにテレビを食い入るように見つめた。 「北海道から宮崎だぜキラー…っ 何キロ離れてると思うよ!? それを、チャッピーはっチャッピーはたったひとりで…っ」 「…っ…、……!」 「だよなあ!だよなあ!途中で富山のほうにいっちまうトラックに乗った時は俺ゃもうチャッピーは母さん犬にあえねえかと…!」 非常に寡黙で無口と思われがちなキラーだがただ極度の対人恐怖症と度を越したシャイ・ガイなだけである。 繊細な神経を持つキラーと下町兄貴を地で行くリヒトが並んで見る番組で特に(二人にとって)盛大に意気投合するのがこの動物番組。泣かせどころで必ず号泣・感動にむせぶ二人を見たら番組ディレクターは「やってよかった…」と報われた思いになること間違いなしだ。 「先週の煙草屋のばあちゃんと看板猫も泣けたよなあ…」 「……、…」 「そうそう。15年間ずっと一緒でばあちゃんがいなくなってもずっと店番して…あ、また泣けてきた」 わずかな表情の変化とジェスチャーで会話を成立させるキラーの才能はそれはそれで凄いが、余さずその意志を読みとるリヒトも大したものである。 「…、……」 「あ!?来週スペシャルなのかよ!キラー、ビデオ予約しとこうぜ!」 嬉々としてビデオ予約に今から乗り出す、養い親とその養い子を見ながら、ルルススは冷静に呟いた。 「二人とも、もうちょっと落ち着いて見てもいいんじゃないかなってルルは思うの」 誰も聞いちゃいないが。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: