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ゼファミリー5」(2006/07/26 (水) 18:11:08) の最新版変更点

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ゼファミリー4 築35年の我が家の風呂釜がとうとう壊れた。今まで一度も故障せずよく保ったと水道屋に感心されるほど使い込まれた風呂だったがさすがに修理は不可能だと言われた。 それが何かの始まりのように今まで何の障りもなかった家電や家具が次々と異常を来してきた。テレビが緑色にしか見えなくなったり、廊下の傘のついた飾り電灯がケーブルごと天井から剥がれ落ちたり、冷蔵庫が突然保冷をやめて中のものがでろでろになってしまったり……と惨憺たる様である。 あちこちのガタはしょうがないと目を瞑ってきたが、限界なのだろう。家の外壁に走る1メートルもの亀裂は倒壊の恐れも示唆していた。 「リフォームと修理だけで今月の食卓のおかず、3品は経るぜ」 冷静にそろばんをうち、家計簿をつけていたリヒトが重い溜息をつく。家族でもない他人だらけで構成されたこの家で、財源を持ち一切の切り盛りをしているのはリヒトだった。 どこでその金を得ているかキラーは知らないが、とにかく男2人と少女1人が充分暮らしていけるだけの資金をリヒトは保持していた。 それでも、家全体のリフォームはなかなか家計に響くもののようだった。 「キラー」 「?」 「おまえ、内臓でも売る?」 「!!!!」 冗談を真に受け洗濯物を畳んでいたキラーが涙目になって首をぶんぶん振った。 「嘘嘘。まぁおまえの内臓なんて誰も買わないよな」 「……」 一方的に虐げられているのだが、キラーはそんなことより売られる=この家から追い出されるということが回避されて心底安堵しているようだった。 「とりあえずだ、当面。ルルは預けなきゃな」 「?」 「馬鹿てめー家をまるごと弄るんだから俺らがうちで生活できるわけないだろ。ルルはエクレメス、おまえは公園かオロロージョんとこいけ。俺は庭でテントはる」 「!! ! !!!!」 一家離散、という言葉が頭を過ぎったらしい。キラーはさっき以上の否定をいっぱいにリヒトに主張した。 ルルススのことは、まだいい。姉のように慕っているエクレメスは風呂釜やリフォームのことを聞いて「ルルちゃんも過敏な時期だから銭湯はちょっとよくないわ。あの年頃ってちょっと潔癖だもの」と言い、快くルルススを預かることを了承した。ルルスス本人も異論はない。 問題はキラーである。いけと言っても聞かないのは目に見えていた。 「!! っ! ……っ」 「ああ?俺にあのチョロ毛野郎に頭下げろってのか。ごめんだな、庭でテント張るくらい何でもないだろ、自分ちなんだから」 オロロージョはワンルームマンション住まいだ。一人ならまだしも男が二人転がりこむには狭すぎる。鷹揚なオロロージョなら気にしないかもしれないが、何よりリヒトのプライドの高さがそれを許さなかった。 「…………っ っっ!」 自分だけそんな楽はできない、手伝えることは何でもするから、と親友の温情よりも育ての親の薄情に耐えようとするキラーは涙が出るほど純粋な性格をしていた。凄みのある極悪人面さえなければ、平凡にそれでも穏やかに暮らしていけただろうに。 自分に拾われたのが運のツキか。 ただほんの少しの期間全員がバラバラになるというだけでここまで動揺するキラーはそれ以外に拠り所を持っていないがための恐れから取り乱すのだろう。 そう仕向けたのは自分だが。 「ったく、しばらくは銭湯通いだぞ」 「っ」 目尻に涙をいっぱい溜めたキラーがリヒトを見つめる。 「みっともなくべそべそ泣くな。男だろ、情けない」 俺よりでかいくせして、とぐしゃぐしゃ頭をかき乱してやるリヒト。 「役にたちゃしねえだろが、飯炊きくらいはできるだろ。大工の厳さんに頼んでおいてやるから、ちったあ手伝え」 「!」 ぱっと喜色満面になったキラーはこくこくこくと勢いよく頷く。まったく上下の振り幅の激しい奴だ。 「そうとなったら二人分の荷物テントに放りこまねえとな。おらキラー、ちんたらしてないで洗濯物たたみ終わったら荷物まとめろよ」 キラーは嬉しそうにもう一度頷いた。 かくしてしばらく、キラーとリヒト二人だけのテント生活が始まった。 リフォーム中ホテル取る金も惜しいので、リッヒー猊下ならテント張るよねと(笑)素人なのに大工顔負けの体力で現場手伝いとしてるのもいいよね。……あれ?何かリヒトに対して間違った見方してる?
ゼファミリー5 「は…………」 「……っくしょえい!」 ご近所でも美男子評判の顔を秒殺できそうな大層大きなくしゃみがリヒトから漏れた。 「へぶしょ、へっ、はっ……くしょんっ」 タメの入ったくしゃみは特に酷い。思わず食卓についていたルルススとキラーがリヒトにあわせるように凍りつくくらいに。 「リヒトだいじょうぶ?」 お茶碗を下ろしたルルススが心配そうに声をかける。リヒトの隣のキラーはおろおろしつつも、リヒトのために居間のティッシュ箱を持って来て渡した。 「おぅぅ、さんきゅ……」 悪態もつく余裕もないのか、ティッシュにリヒトは「ぶーっ」と派手に洟をかむ。すでにリヒトの鼻の頭はかぶれてしまっている。キラーは明日スーパーの特売日じゃなくても「敏感鼻さんに大人気!やさしいやさしいティッシュ」をパック買いしてこようと決めた。ちなみに今使われているのは特売でお一人様1パックのお値段もそれなりのやさしくないティッシュだ。 「今年のかふんしょーは鼻にくるぜ……」 「無理しないで、病院行こうよ。あたし付き添ってあげるから」 「いいやぁ、薬は去年のがあるんだがあれ飲むとぼーっとして……」 そこでまたティッシュに鼻をつっこむようにして「ずびーっ」と洟をかむ。 リヒトの花粉症は年季の入ったものらしく、毎年毎年バリエーションに富んだ症状に悩まされる。この季節、テレビに杉花粉の飛び散る映像を見たものなら、それだけでくしゃみを連発する始末だ。ルルススは年によって、キラーに至ってはこの季節まったく花粉に困らない。まったくもって羨ましい体質だった。 「去年は涙が止まらなくて目を腫らしちゃったから、化膿止めと目薬でしょう?今年は今年のあったお薬飲まなきゃ」 ルルススの言い分はもっともだ。普段リヒトが前に出てすべてを取り仕切っているが、案外ルルススもまとめ役に適した性格をしている。 キラーがうんうん、と賛成するように頷く。 「やなんだよ外来病棟で似たよーな奴らとくしゃみかますの……」 もうただのだだっ子である。たぶん外に出るのも嫌だし、同じような患者と十把一絡げで薬を出される扱いも嫌だし、ルルススに(おまけでキラーに)気を遣われる……そういう事態に陥る自分がもっと嫌なのだ。 「ルルは、元気なキラーと一緒にお花見したいな…今年はエクレメスお姉ちゃんと行っただけだもん」 「うっ」 「ね?明日はあたし学校があるからダメだけど、キラーに付き添ってもらって病院に行こう?お薬もらって、みんなでお花見見れるくらいに元気になって!」 ルルススのお願いに、リヒトは弱い。自分の懐と「敏感鼻さんに大人気!やさしいやさしいティッシュ」が一番安売りしているスーパーはどこか必死に考えていて名指しされたキラーは一瞬飛び上がるくらい驚いたが、すぐにこくこく頷いた。 「……。…、………」 「なんだよ、おまえも花見がしたいのかよ」 「……!」 できることなら、三人で。 「……ち、しゃあねえなぁ!キラー!明日は受付時間開始直後に駆け込むからな!早起きしろよ!」 俺は寝る!と言い捨ててリヒトは寝間のほうにどすどす歩いていってしまった。 「……」 「大丈夫だよ、キラー」 気分を害してしまったのではないかと顔を曇らせたキラーにルルススの声が優しい。 「自分で決めて口に出したことだもん。リヒトは絶対に病院に行ってくれるよ」 リヒトが、キラーが、ルルススが。全員が全員を家族だと思って大切に思っている。形はずいぶん違うけれど、皆この家で同じ暮らしをしている者すべてを愛しく思っているのだ。リヒトとて、それをわかっている。 「あたしたちが普段苦労しないのは、リヒトのおかげだもんね。今はあたしたちがリヒトを大事にしてあげる番」 大人びた少女の言葉にキラーはほんのり頬をゆるめる。どんなに他人が「悪事を企んでいそうな黒い微笑」だと言おうとルルススには安堵するキラーの笑みだとわかっている。たぶんそれは今この場にはいないリヒトにも。 「明日、ちゃんとリヒトを病院に連れて行ってね?」 こっくり。頷いたキラーはつづれない言葉の代わりにルルススをぎゅーっと抱きしめた。精一杯のキラーの親愛の表現だった。

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