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「リリイロリリ1」(2006/07/26 (水) 17:57:03) の最新版変更点
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セムリリ2 【「おやすみ」】
刻一刻と迫る、明日。今日はもう、あと数分。
それでも私は眠らない。一人きりの夜に怯えることはなくなった。
私を眠らせないのは、今必死でこの家へと向かっているただ一人の人。
私は目が覚めて、最初に言葉を交わすのがあの人であり。
目を閉じる間際、最後に言葉を交わすのがあの人であればいい。
それだけを待って、静かな部屋の中にいる。玄関から入ればすぐに見通せるソファで雑誌を広げるふりをして。
私は特別、五感が優れているとは思わない。第六感といわれる感覚も飛びぬけて優れているわけではない。
けれどあの人が、近づいてくる感覚は誰よりも敏感に察することができる。呼び合うように遠かったシグナルが近づくような、もとの形に戻ろうとするような動きを、感じる。
それが私とあの人をつなぐ糸であり、私とあの人を隔てる壁であることを、とっくの昔に知っていた。
がちゃん
ドアノブをまわして表した姿は間違うことのない背の高い兄。
「…リリス? まだ起きてたのか」
「おかえりなさい」
「寝てても、いいんだぞ」
靴を脱いで、ソファまでやってきた兄は酩酊の様子はない。この家に帰るまでにはアルコールはどこかに飛ばしてしまう。
兄が理性を飛ばすところは見たことがない。
見せたくないから? 抑えているから? それとも単に酒豪なだけだろうか?
兄自身も気づいていないことだろうから、私は訊かない。
「つい、待っちゃうの。ごめんなさい」
「いや…俺も気をつける。あんまり遅くなると、おまえが寝坊してしまう」
兄はきっと、私が眠っているあいだに両親を失ったから意識のあるうちはぬくもりを求めているのだと未だに思っている。小さなころは確かにそうだった。もう、顔を覚えていない、私によく似ていたという母親のぬくもりが恋しくて夜は兄のベッドで眠っていたことがあった。とても、短い間だったけれど。
今考えれば、あれこそが私にとっての、至福の時間だったのかもしれない。
「帰るとき、電話する」
「ええ」
「今日は、もう寝ろ。俺はちょっと裁断したいデザインがあるから」
「兄さんも早めに寝てね」
「ああ、おやすみ」
午前零時。今日と言う日が始まってしまった。それでも最初に聞けたあの人の声、息、足音。最初に見られた姿、顔。
「おやすみなさい」
それを抱いて私はやっと眠ることができる。
リリイロリリ1
それは日常
「今日も楽しかったー」
DDRで課題にしていた曲がようやく満足いくクリアとなって彩葉は上機嫌だった。
学校のことを考えるとゲーセンに長居はできないけれど、あの独特の空間ですごす時間は、昼間とは違った濃密さを持っている。
「これでお風呂入って明日までぐっすり寝れたら言うことなしね」
「明日のLL、当たってなかった?」
「…いやなこと思い出させないでよぅ」
ご愁傷様、と肩をすくめてみせる。
昨日は今日の連なりであり、今日は明日の連なりである。
けれど同じではない。
「明日になったらまた早くゲーセン行きたいって思ってるんだろうな」
「学校、嫌い?」
「好きよ。毎日いつでもゲーセンに行けてるとそれはそれでつまらないでしょ」
少し彩葉の中では比重はゲーセンに重きを置いているらしい。
「リリスは?学校好き?」
「…そうね、好きだと思うわ」
同じではない日々の中で微かに変わってゆく互いを知ることができる。昼であれ、夜であれ。
また明日という言葉を囁きあいながらも、今日と同じ日を繰り返し演じるつもりはさらさらない。
それが日常。
「学校でもゲーセンでも、彩葉を見てるのは面白いもの」
「観察してるような言い方」
「彩葉もしてるでしょ」
微笑。彩葉が笑みを浮かべると周囲がとても華やぐけれど、今向けられているそれは共犯者への揶揄を含めた、昼間では見られないもの。
「してる」
「お互い様」
互いが互いをひそやかに見つめる。それが日常。
「明日のLL、もしわかんなかったら写させて」
「先生に質問されて困った顔の彩葉、見たいわ」
「悪趣味」
共犯者には共犯の笑みを。
日常における、近さと遠さ。その絶妙な距離を楽しみながら、彩葉とリリスは明日へと時間を移してゆく。