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ホリチュン1 【残像の恋】 『実体のない私が感情論を語るのも愚かだと思うがね』 教師であり、親であり、創造主である、半透明のからだをした男は言った。 『人間の感情の発露というものは、植物の苗を土に慣らすような簡単なものではない。それは、わかるだろう?』 ゆるゆるとこの世界で生きてゆくための知識を流し込まれながら、語らう日々はまるで今思い返すと、熱のないセピア色に染まっている。 『怒り、哀しみ、喜び、憐れみ…名前がなくとも人間の感情は豊かにして膨大、そして繊細なものだ。それは機械の数値でも表現しつくせない』 これが懐古というものなのだろうか。 『こればかりは私も教えることはできない』 『ホリックは、何でもできるんだと思っていた…』 『買いかぶられたと言うべきか、それとも、お褒めにあずかり光栄だと言うべきかな』 グラススコープの下、細いナイフで刻んだような薄い笑み。 『私は確かにヒトを超えたモノではある。けれど、ヒトのすべてを把握する…いわゆる神ではない』 おまえを私が創ったように。 私もまた、ヒトが創りしものだから。 『この私の感情というものも、複雑にプログラムされたもの。自我はあっても、基本的な思考回路は制御されている』 『じゃあ、俺もホリックにプログラムされているのか? その、感情とか自我とか…』 遠い日、実体を持たない<マシン・ゴースト>は否、と言った。 『おまえは私が創りし個体。体の構成も遺伝子の情報も私が組み上げたもの。けれど』 おまえの感情だけは、おまえが育むものだ。 育ちきらない知能しか持ち得なかったエレクトロはただ見あげるまま、ホリックの影のない腕の抱擁を受けた。
ホリチュン2 【ミザントロープの夕暮れ】 俺は健やかに寝息をたてるアーミーとグラビティに毛布をかけ直してやりながら考える。アーミーはどちらかといえば浅い眠りを繰り返すタイプで俺が身動ぎするだけでも反応する、ブレインタイプとしては過敏な反応を返すが、連日難解なプログラミングに取り組むせいかここのところは熟睡している。 こちらが気持ちがいいほど爆睡してくれるのはグラビティ。寝起きの重力制御の暴走が堪らないが、寝付きの良さはピカイチなうえ、疲労を数時間の深い眠りで解消してしまうのは実戦投下型の性質なのかもしれない。 かく言う俺は、充電が必要とされるまでは眠らなくてもいい。こいつらが安眠できるように寝ずの番ができるし、きちんと電力消費のスケジュールをたてておけば昼間俺が眠っている間に二人が活動したり、その逆ができたりとなかなか都合がいい。 よくも悪くも俺達は均一とまではいかないが、バランスのとれた三角形のような生活を送っている。 「……さてと」 首の後ろの端子に俺はいくつかのケーブルを差し込む。この感触はあまり気持ちのいいものじゃないが、背に腹は代えられない。ケーブルは旧式の電話回線だがそこからネットワークにダイブすることができ、俺はそこから自分自身を通して回線から入りこむことができる。 アーミーなんかはこの能力を羨むけど一概に便利だとは言い切れない。容量のでかくない普通の人間がデータの海に飛び込めば、あっというまにノイズやらで精神をやられる。ノイズやバグに対する自浄作用や解析機能を持ち、なおかつ創造主様のおかげで普通の人間の一千倍の容量を持つ俺だからこそできる専売特許だ。 「今日くらいなんか掴めるといいけど」 俺が探しているのはその創造主。 ホリックとも呼ばれる、マシンゴースト様だ。 10年と4ヶ月、さらに言うと15日と7時間3分前。 俺はホリックに捨てられた。捨てられたというか、放逐された。それまで俺を育て、教育していたラボからホリックが姿を消し、マシンゴーストのホリックが引き込んでいた電力も供給されなくなって、必然的にそこに居続けることが不可能になってから、俺はその場を去った。 その時人間的な思考回路が皆無だった俺は、ただホリックが戻ってくることをひたすら待った。ホリックが俺のそばを離れ、いなくなるなんてことが今までありえなかったからだ。マシンゴーストは実体を持たない。それゆえに思考分身を作って、複雑な作業でも同時に進行することができたから、俺からホリックが離れる必要などどこにもなかった。 物理的な姿を持たないホリックが身を潜める場所と言えば、ネットワークしかない。だから電力量を計算しながらその場でネットワークに接続し、サインを送り続け、捜しもしてみた。だが電子世界で生まれたホリックが本気になって身を隠せば俺のようなひよっこに捜し出せるわけもない。ついに諦め、俺はラボから去った。 電力が空になり、機能停止すれば、ホリックが戻ってくるかも知れない。でも戻ってこない可能性だってある。そうまでして俺を顧みないホリックが俺をそのまま起動させるかという保証もなかった。 そのまま見捨てられるかもしれないという恐怖にかられた。だからせめて、歩き出して電力を得ながら探すことにした。同時に理由も考えた。なぜホリックが途中で投げだすように出奔したのか。 まだ理由は探し出せないでいる。まだなにかピースが足りていない。それをわかっているかのように10年経ってもホリックは俺に尻尾を掴ませない。そのくせ、マシンゴーストの噂ばかりが耳にひっかかる。どこぞの研究施設を半壊させただの、リバースバベルにとどまっているだの、はたまたネットの世界で裏方に徹しているだの。 ネットの世界の噂は実際の噂の十分の一の信頼性だって持っていない。ソース元が不明だったりデマだったりするものが平気で横行する。それを見分けるの自分の力だ。 俺はネットの中でひとつの書庫を持っている。ホリックに関する情報、ありとあらゆるものをファイリングして収納しておく、延々と続くスペースだ。そこに行っては定期的に集められたホリックの情報をひとつひとつ紐解いて、手がかりになるものはないかと探す。機械は情報を得たり分別することはできても、信憑性や信頼のおける判断を下すことまではできない。ここからは俺がする作業だ。そういうところがアナログで歯がゆい気もするが、下手に機械に任せると飛んでもないものが「信頼できます」と言ってくるので安心できない。さすがに、ホリックが金鉱目指して木星の衛星に行ってるなんていうのは色んな意味でありえないだろう? 「いったい、どこにいるって言うんだ? ホリック」 延々と続く電子書庫に立ちつくしながら俺は小さくシグナルを送ってみる。もちろん返されることはない。でもわかっている。ホリックはどこかで見ているはずだ。ネットの世界でも、現実の世界でも。俺をずっと観察し続けている。気配なんて感じることはできないけれど、あのグラススコープの奥で読むことの出来ない眼差しが絡めとるように俺を見つめ続けていることだけは、わかる。 何を思っているのか。何を考えているのか。 俺にはまだわかりそうにない。 ホリックは、それを待っているんだろうか。深く紡いだゴーストの思惑を俺が悟ることを待っているんだろうか。 「わからない、ホリック」 以前なら理解不能だ、と言うところを俺はあえて、わからないと人間的に呟いてみた。ホリックの考えていることはけして機械的なことじゃないという直感から。

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