風のゆくえ<再会編>(かぜのゆくえ さいかいへん)は、粕谷紀子の漫画作品。週刊セブンティーン1985年4/5-11号連載。
風のゆくえも併せて参照されたし
前作から2年後…クラリーチェはヴィットリオへ依存する恐怖から、出奔を図ろうとした。ヴィットリオも彼女を愛するが故に、彼女を幽閉していた。
イル・ラーゴと併合されたボルツァーノの領民は対立していた。従者のエンリコは、その原因は殿もわかっているはずだと、指摘。ヴィットリオはうんざりしてさえぎる。
ヴィットリオが城に戻ると、女官はあわててクラリーチェの装いを整えようとするが、クラリーチェは拒む。そこへ、ヴィットリオが現れる。
クラリーチェはそっけなく、またどこかへ発つのか尋ねると、案の定、ヴィットリオは今夜ヴェネツィアへ発つと言う。クラリーチェはさすがに寂しそうな表情を見せる。ヴィットリオは彼女に近づき、そばにいて欲しいと言えば行かぬと告げ、一方クラリーチェは自由にして欲しいと求める。だが、ヴィットリオはクラリーチェが逃げてしまうのを恐れ、それはできないと言う。
「ばかねヴィットリオ。囚人が牢番を愛せると思うの?」
「愛するようにしてみせる」
彼女を尽き放つようにして、ヴィットリオは部屋を出、いますぐに出発することを城の者に告げる。また、城代家老:ジャコモと、クラリーチェの侍女・シントラを呼び寄せ、クラリーチェの身辺の状況を尋ねる。これまでに刺客は5人、すべて未遂に終わり絶命した。ヴィットリオは、いまクラリーチェに死なれては困ると告げ、ジャコモとシントラに彼女を任せて、ヴェネツィアへ出立した。一方、シントラはジャコモの様子に不快感を感じていた。
クラリーチェは塔の上から、ヴィットリオの出立の様子を悲しげに見つめていた。シントラは意地を張るのをやめるよう諭す。かつてヴィットリオが彼女におくった"世継ぎの剣"、それこそが彼の愛情の証であった。シントラは、イル・ラーゴはまだ小国で、付け入られる隙を見せてはいけない、そのためにもはやく世継ぎをもうけるべきだと言う。また、クラリーチェの愛情に確信が持てれば、ヴィットリオも彼女を自由にするだろうと言い、部屋から辞する。
クラリーチェはヴィットリオの強い愛を受け入れることで、自分を見失いそうで怖かった。だが同時に、二年前のように素直になりたい、とも思っていた。
ヴィットリオは、ヴェネツィアでモンテッキの軍隊を視察する。モンテッキは、ヴィットリオに愛娘:ビアンカを紹介する。モンテッキの言動に不振さを抱いたヴィットリオは、直ちにイル・ラーゴへ帰還する。
イル・ラーゴでは、クラリーチェが毒殺されかけ、侍女が死んでいた。下手人はごく内輪の誰か……。ヴィットリオは、「犯人が誰か知るため」クラリーチェに毒を飲ませる。そして、そっと口づけて、彼女の体をベッドに横たえるのだった。
翌朝、クラリーチェの遺体を見たシントラは絶叫する。まもなく葬儀が行われ、遺体はアラドーロ家の霊廟に横たえられた。
ヴィットリオは、「遺体」の側に潜み、下手人が訪れるのを待った。予想通り、下手人:ジャコモが現れる。だが彼に命令を下した「あのおかた」とは一体誰なのか……。司祭が廟に訪れ、封印した。ヴィットリオはクラリーチェの「遺体」を抱え、秘密の抜け道から脱出する。
「おまえが目ざめるときには きっとそばにいてやろう」
木陰に横たわるクラリーチェは目を覚ます。自分が生きていることを確認する。ヴィットリオが何故だか分からないが、彼女を自由にしたのだ。傍らには"世継ぎの剣"があった。ヴィットリオの考えが分からず、あれほど欲しかった「自由」を得たにも関わらず、クラリーチェは戸惑う。
街道では巡礼中の老人が物取りにあっていた。クラリーチェは剣を振りかざし、二人の盗賊を追い払う。老人の顔をのぞくと、仮面を付けていた。なんでも若い頃、顔に大けがを負ったと言う。老人から公妃クラリーチェの死去を聞くと、クラリーチェはシントラという偽名を用いて、老人と行動を共にする。老人は、剣を見せるな、などと上から目線で命令する。
イル・ラーゴの街につくと、二人は食堂で休息を取る。クラリーチェは硬貨の存在も知らなかった。客達の会話から、やはりクラリーチェは死亡したことになっていることが分かった。そして、クラリーチェが領民から良く思われていない、それどころか「死んで良かった」「公妃の資格は無い」といった言葉も耳にし、クラリーチェは少なからぬショックを受けるのだった。
その夜、馬小屋に寝床をとった二人は眠りにつこうとする。だがクラリーチェは領民達の言葉が頭から離れない。ヴィットリオの真意はどこにあるのだろうか、やはり再婚することが目的なのだろうか……?老人は彼女の様子をそっと見守る。
一方、ヴェネツィアを訪問したヴィットリオは、モンテッキから慰めの言葉をかけられる。モンテッキとビアンカ父娘からカーニバルへ誘われ、ヴィットリオはそれを受ける。彼が辞去した後、モンテッキは娘に告げる。
「心の準備をしておけ 世継ぎの剣を手に入れるのだ」
と。
翌朝、クラリーチェは、仕立て屋をはじめた。彼女の明るい声が町中に響く。世間知らずの「シントラ」の意外な姿に、老人は感心する。収入はわずかだが、クラリーチェは幽閉された公妃としての2年間、修道院の日々を振り返り、「自由」の喜びをかみしめていた。
…やがて老人との別れの時がきた。老人は、次はヴェネツィアへ巡礼すると言う。そして、ヴィットリオの再婚の噂話をする。その話に動揺するクラリーチェ。ヴィットリオの愛の言葉、愛の眼差しは、偽りのものだったのか?しかし、彼の愛を拒み続けた自分に妻でいる資格は無い……そう思いつつ、ヴィットリオの妻になる女性を一目見たいという気持ちは強くなり、彼女もヴェネツィアへ行く決意をする。
クラリーチェは、聖マルコ寺院で、侍女達にかしづかれたビアンカを見る。しかし寺院ではいつの間にか老人は消え、誰かに何かの命令をしている。一方、クラリーチェはミサの最中、尾行されている気配を感じ、慌てて逃げ出す。路地裏で追っ手を巻いたところで、老人と再会した。
夜、二人はモンテッキ宮殿の側まで行く。明日になれば、ヴィットリオもここに到着するはずだった。と、運河の中の船に怪しげな男達の姿が見える。二人の姿に気付き、慌てて逃げ出した。小舟の中には、ビアンカが横たえられていた。
早速、モンテッキから感謝される二人。老人の言葉で、「シントラ」はモンテッキ家の下女として働くことになった。ビアンカに呼び出され、助けたことの礼を言われる。黒い髪にはしばみ色の瞳……クラリーチェとさほど歳は違わない。だが、彼女は傲慢だった。クラリーチェは、婚約者ヴィットリオを愛しているのか、問う。
「愛? なにをいっているの そんなことばは庶民のものよ わたしは公妃になるために育てられたのですもの」
そして「シントラ」が、亡き公妃と同じ金髪であることに気付くと、彼女を侍女にして湖の国へ連れて行くと言う。
「夫が金の髪を恋しがるようなときには、おまえに伽をさせよう!」
……退出したクラリーチェは心の中で叫ぶ
「ヴィットリオ!あんな女性(ひと)と結婚してはだめ!」
カーニバルで華やぐ街の中、モンテッキ家の人々は喜びに溢れていた。1週間後の婚礼には、教皇セレスト5世(※13世紀末のケレスティヌス5世か)も立ち会う予定なのだ。
クラリーチェは、宮殿で開かれた仮面舞踏会の合間、庭園でヴィットリオとビアンカの会話を盗み聞く。ヴィットリオは、失った左目を「愛した女にやった」と説明した。クラリーチェは喜びに震える。と、そこへジャコモが現れ、クラリーチェを怒鳴りつける。仮面を外せと命令されるが、ヴィットリオが「シントラ」に関心を持ったらしい気配を感じたビアンカは、「シントラ」を立ち去らせる。
ビアンカは、金の髪に心を残すならなぐさみに湖の国へ連れて参っても……と提案するが、かえってヴィットリオに笑われる。自室に戻った後、ビアンカは屈辱でヒステリーを起こし、クラリーチェを叩き、髪をひっぱった。侍女達の制止で、クラリーチェは退出させられる。
気位が高く愛を知らないビアンカ……ヴィットリオが彼女を愛するはずが無いと思いながら、クラリーチェの足はヴィットリオの部屋へ向かう。
かたく抱きしめ合う、ヴィットリオとクラリーチェ。だが、やはりビアンカとの再婚は、本心だった。ビアンカとの結婚は、湖の国に莫大な財宝をもたらすだろう…
「それだけのために 愛していない女性と結婚するの?」
しかしクラリーチェは、逆にヴィットリオに問いつめられる。2年間も周囲の反対を圧して、クラリーチェの愛の言葉を待ったのに、彼女は応えなかった。クラリーチェは戸惑う。たったひとこと、彼女が素直に本心を言えば良い。だが、先ほどのビアンカとヴィットリオの姿が頭をよぎり、またも逃げ出してしまった。
そこに、老人が現れる。クラリーチェは老人に本心を打ち明け、愛について相談する。老人はお互いに意地を張っているだけだと、彼女を励ました。
「あのひとが あなたくらいやさしかったらいいのに」
やがてクラリーチェは忍ばせた剣とともに眠りにつく。
「おやすみ "シントラ"、おやすみ クラリーチェ」
その頃、ジャコモはモンテッキの元を極秘に訪れた。やはりジャコモがモンテッキと内通していたのである。ジャコモによれば、"世継ぎの剣"は湖の国にも、ヴィットリオ一行の荷物の中にも無い。モンテッキは、ヴィットリオがビアンカに剣を与えるつもりがないのであれば彼に死んでもらわねばならないと、決意する。
あと7日、あと6日、あと5日……婚礼の日は着実に近づいていく。「シントラ」ら侍女たちも、徹夜で針仕事に追われる。クラリーチェは、持ち帰ったビアンカの日用品を仕立てるうち、いっそ公妃は生きていると名乗り出ようかとさえ思い涙を流す。これ以上二人の姿を見るのに耐えられそうには無い。しかし、翌日、あといちどだけと思いヴィットリオの姿を垣間みれば、胸が震え、どんなに辛くても側にいたいと、ヴィットリオへの愛に苦しむのだった。一方、老人も昼間はどこかへ出かけ、怪しげな仲間を呼び寄せている。
婚礼前夜、ジャコモは"世継ぎの剣"が無いことをヴィットリオに問う。ヴィットリオは、ビアンカの産む子を世継ぎにする意志はなく、剣はクラリーチェの死んだ日に湖に沈めたと話す。彼の死後新たな君主でも共和制でも構わないが、ビアンカに剣を与えヴェネチアの属国になることは避けたいと、ヴィットリオは笑った。ジャコモは挨拶もそこそこに、ヴィットリオの前から退いた。
「行けジャコモ、モンテッキのもとへ急ぐがいい。さあどうでるかな?未来の義父上は」
クラリーチェは仮面の男が覗いているのに気づき、後を追う。しかし、男を見失って迷い、ジャコモとモンテッキの密談を隠し穴から目撃する。やはりジャコモがクラリーチェに毒を盛ったのだ。クラリーチェは重臣の裏切りにショックを受ける。その頃、仮面の男は、さとられぬようにという指示を守れなかったことで、老人に叱られていた。ジャコモとモンテッキの会話は、いよいよヴィットリオ暗殺に及ぶ。クラリーチェはヴィットリオに知らせようと、耳を澄ませるが、とたんに衣擦れの音で存在がバレてしまう。
衛兵に追われたクラリーチェは老人に助けられ、地下牢に逃げ込む。そこはヴェネチア特有の水牢で、死体が何体も転がっていた。逃げるチャンスは、翌日の満潮である10時、それはヴィットリオの婚礼の時間でもあった。
モンテッキは、暗殺を予定通り結構することを確認した上で、ジャコモを去らせた。モンテッキは、カンポ家の紋章を彫らせた短剣を用意し、ヴィットリオもろともジャコモを殺すつもりなのだ。
朝、ビアンカは光り輝くばかりに美しく、教皇をはじめとした要人・名士たちが集い始めていた。クラリーチェは鐘の音で10時になったことを知る。そして、天上の格子窓から水が流れ込んできた。慌てて老人を起こすが、老人は水抜き穴を遺体で塞がせる。驚くクラリーチェに、天窓から脱出するのだと説明する。二人は抱き合って泳ぎ、剣で天窓をこじ開けて脱出した。そこはヴェネチア市街の路上だった。
慌てて走り出すクラリーチェ。老人はやれやれと見送り、口笛を吹いて仮面の男を呼び寄せた。
聖マルコ寺院で、婚礼は予定通り行われた。祝福されて外へ出る二人……そこへ4人の刺客が現れ、花婿をメッタ指しにしたのである。ビアンカは青ざめ、ジャコモは笑みをこぼすが、その途端ジャコモももう一人の暗殺者に胸を突かれて死んだ。場は大混乱となり、モンテッキは暗殺者を殺すよう命令を下した。
やがて法王が現れ、モンテッキから「いとしい娘婿の暗殺に動転して、暗殺者を殺させた」と説明を受け、法王はモンテッキが湖の国を統治するよう伝えかけるが、そこへクラリーチェが「世継ぎの剣」を身の証として名乗りを上げる。
モンテッキの命令下、配下の兵士に囲まれ、死を覚悟したクラリーチェはヴィットリオの遺体の顔を覗き込む。……それはヴィットリオの顔では無かった。兵士がクラリーチェめがけて振り上げた剣を、老人の剣が跳ね返した。何者だと叫ぶ、モンテッキ。
「はて……"いとしい娘婿"の顔をお忘れか」
そう言って、「老人」は仮面を外す。ヴィットリオその人だった。モンテッキの私兵とヴィットリオの部下たちの乱闘、やがて広場は教会軍に包囲され、関係者は法王の前に並ばされる。ヴィットリオ不在に加え、公妃が生きていたとなれば、婚姻は無効となる。そして全く言い逃れの出来ないモンテッキは、教会軍と共和国軍の監視下で自宅待機を命じられた。
上手く事が運んだと喜ぶのはエンリコ、「老人」を襲った追い剥ぎも、クラリーチェが目撃した仮面の男も、みなアラドーロ家の家臣だったのだ。
モンテッキ宮で、濡れた服を脱ぎ、毛布にくるまって火に当たるヴィットリオとクラリーチェ。彼女の側にヴィットリオはずっと側にいた…、そうとは知らず本心を打ち明けていた…。ヴィットリオの「怒っているか?」の問いに、「いいえ」と答えて口づけを交わす二人。心をあずけたのがヴィットリオで良かったと、クラリーチェは感じるのだが、そこへ着替えを持ったエンリコが申し訳なさそうに現れる。
エンリコはモンテッキが財産没収と国外追放になったことを知らせる。クラリーチェはビアンカを気にするが、ヴィットリオは尼僧院長の地位を買うくらいの金は残ると答え、クラリーチェは部屋を飛び出すのだった。
ビアンカの部屋近く、昨日まで同僚だった侍女たちが、一斉にクラリーチェに頭を下げる。ビアンカは既に尼僧となる準備をしていた。クラリーチェは、ビアンカにこれまで通りの暮らしが出来るよう配慮すると告げるが、ビアンカはヒステリーを起こすだけだった。乳母は、身分にふさわしい結婚か、尼僧になるか、高貴な姫の最後の誇りを奪わないで欲しいと、クラリーチェに伝える。閉められた扉に背を向けて、クラリーチェはビアンカもまた政治の犠牲になったと同情する。クラリーチェもまた政略結婚で嫁いだ身。しかし彼女は……
ヴィットリオ一行は、湖の国の国境へ着いた。ヴィットリオはエンリコら護衛を先に行かせ、クラリーチェとふたりで馬を進める。クラリーチェの心は、幸福で満たされていた。いつまでも二人で馬を進めたい……
霧が濃くなった。二人が初めてであったのは、こんな霧の夜だった。あの十字路に差し掛かったとき、ヴィットリオはクラリーチェを「自由」にすると言い放つ。クラリーチェは捨てられると誤解するが、彼の真意は 自由なひとりの女としてクラリーチェが欲しいということだった。もしクラリーチェが彼の愛を受け入れないならば、2年前、この場所で出会ったことは幻だと思おうと。
「本当に思える?わたしは思えないわ あの晩、あなたと出会ったことこそ、わたしの運命だったと思えるの
「あなたを愛しているわ そばにいさせて あなたと離れたら、わたしは生きていけない」
クラリーチェは、ヴィットリオに身を寄せて、馬を乗り移る。
「本当か?おまえを離さなくてもいいのか?」
「ええ」
「おれのものにしていいんだな?」
「ええ、ええ」
馬上で抱きしめ合う二人。
「どこまでもいっしょに行こう」
二人を乗せた白馬は、霧の中を歩み続ける
Fine
(終)