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遊義皇22話

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とにかく広く、値段も相応のマンションの一室。
制々正念党がアジトとして使っている部屋でありながら、七人衆の総員である6人が揃うのはこれが初めてだった。


   「…もう一回、云ってくれる?」


   「二封気に会ったがデュエルで敗けて、連れて来れなかった」


聞き返すシャモンに、ウォンビックは濁さずに明瞭に発する。
大海原で釣り針を垂らすような感覚、次の瞬間には釣竿がどうなっているか判らない緊張感。


   「…もお! ウォンビックくん、次郎くん!
    キミたち弱いんだから俺に電話してよ! 電話越しででも俺がデュエルするよ!」


歳相応、シャモンのポップなまでの幼声だが、緊張は拭えない。
シャモンという男の感情ベクトルの方向を読みきることは、どんなデュエリストにもできはしない。
天性の笑顔のポーカーフェイス。
切り札を出すときも、守りを固めるときも、コイツの表情に緊張はない。


   「…その場の俺たちがデュエルするのが筋だろう」


   「図に乗るなよシャモン・B・ウノンテッ! キサマとのデュエルでは私が花をもたせてやったに過ぎん。
    そして今度のデュエルは、ブラックマインのヤツのミスと私が貸してやったカードが強すぎたせいだ」


“弱い”という言葉は否定しないし、したとしても結果が無ければただの言い訳…だが、堂々と負けた言い訳をする彼は神次郎。
彼にはネガティブとか自信喪失、という言葉は似合わず、理解もしないのだ。


   「…もぉ、気が利かないなぁッ!
    デュエルで勝てなかったなら両手足切ってでもいいから連れてきてよ!」


二封気が予想した通りのセリフに、クロックは苦笑い。
だが、当のウォンビックと神次郎は苦笑いどころではない。
そのあとに続いた予想、『お前らの骨の一本や二本折るかもしれないからな』まで当たる可能性がある。


   「あぁー、シャモン、二封気のヤツ、まだしばらく大阪に居るぜ?
    っつーか、状況的に考えて、多分、ナニワカップにくるヤツに用があるみたいだな」


出された助け舟に、シャモンの意識がクロックへと向いた。


   「…なんで?」


   「あぁー、当然だろ?
    二封気にしてみれば、正念党がナニワカップに手を出すのは想定してるはずだ。
    つまり、俺らに鉢合わせするリスクが高ぇ、ってわけだな」


   「なるほど。
    そんなリスクを冒してまで大阪に来ているという事はナニワカップに用があるからだ、と。
    一理有りますね」


   「…うん、わかった」


云いつつ、シャモンはベランダの窓を蹴っ飛ばしている。
防弾ガラスはあっさりと割れ、いくつかの破片になっていた。


   「分かっていてもさァ~~…イライラが止まらないんだよォ~ッッ!」


いくつかのガラス片を拾い、フリスビーでも投げるように軌道を描いてイライラの根源を切り裂くべく連投する。
当然、その先のイライラの根源とは、ウォンビックと神次郎のことだ。
えぐり込むように、ナイフのように、ガラスが深々と突き刺さる。


   「フハハハハハ、ハハっ…死ぬかと、死ぬかと思ったが…」


   「喋るなジロウ、何を言っても格好が付かん」


穴だらけのソファーだけはウォンビックを恨むかもしれないが、他の七人衆は賞賛していた。
一呼吸の間でそばに有ったソファーを起こし、自分は身体を丸めてその後ろに入る。
ただ、そこまでやってもソファーが小さく、ウォンビックが大きかったので腕に小さいのが刺さったが。
神次郎の方は反射的に天井に張り付き、やりすごした。


   「あぁー、さて、シャモンのストレス発散が終わってジロウとウォンビックの曲芸も見た。
    本題は? いつ、なにをするために七人衆を揃えたんだ?」


   「喋ンのは俺じゃないよ、エビエス、ヨロシク」


   「お任せを。 シャモン様。 皆様、よくお聞きください」


全身にピアスをジャラジャラとくっ付けている男、第七幹部のエビエスが資料を手渡していく。
彼にとってはシャモンだけが心中から敬意を払う相手であり、他の幹部は全て挨拶をするだけだ。


   「我々の目的は一つ、明日開催するナニワカップの参加者の使うレアカードの奪取です」


   「…あぁー、シンプルで良い説明だがエビエスよぉ、資料もシンプルすぎるぜ?
    奪うカードが書いてねェ、参加者の名簿と所持カードだけだ」


どこから入手したかは知らないが、エビエスが用意した分厚い資料は、参加選手の情報が詳細に明記されていた。
その資料には、数時間前に参加表明したばかりの福助や刃咲の名前と所持レアカードまで載っていた。
だが、その内のどのカードを奪うか、その情報は書いてない。


   「書いてませんよ、必要ありませんから」


   「あぁー…判るように頼むわ」


   「では、逆に伺いますが…我々が奪わなくてもいいレアカード、とはどんなものでしょうか?」


   「あぁー…そういうことか」


   「奪わないカードがないならば、答えはひとつです」







第22話デュエリストの条件
















   「…というわけで、明日の大会の予選では、登録されたカードは使用不可でのデュエルを行う。
    手持ちの〔カイバドル〕で、施設内の売店でカードを買って、即興でデッキを作ってもらうよ」


   「じゃあ、僕の〔ドリアード〕は使えないんですか?」


驚いている福助に笑顔で応えるゼーアシュバルツ。


   「そうなるね。本戦まで勝ち上がれば使えるようになるからさ、頑張ってよ。
    プロデュエリストになると、構築の相談とかもあるし、強いだけじゃライセンスは渡せないんだよね」


   「じゃあ、ゼーアさんたちも他の人のデッキ構築とかするんですか?」


   「まあね…客じゃないけどうちの弟なんか酷いよ。
    普通のデッキさえ回してれば俺より強いのに、『〔レオ・ウィザード〕は絶対に三枚積み!』って譲らなかったり…」


   「ゼーア・シュバルツ、いいんスか?」


正念党のアジトより手狭なナニワカップ運営委員用のマンションは、大会資料の詰まったダンボールでさらに手狭になっていた。
その空間に運営委員全員がミーティングの為にそろい、しかも参加者の子供ふたりがそれを見学している。
空蝉の『いいんスか』も、もちろんその参加者のふたりのせいだ。


   「空蝉くん、いいんすか、って何が?」


   「大会の内容を参加者に教えて良いのか、ってことですよ。ヒイキじゃないです? それ」


   「俺たちのことか、って聞くこともねえな、指差されてるし」


   「黙って向こうで時間潰してろよ、参加者の坊ちゃんら。ネットデュエルでもゲームでもなんでもいいから」


   「…口調はともかく、云っていることを吟味すると『ネットゲームも楽しいよ♪』ってことだね、空蝉くん」


余計な一言に、空蝉は余分にあるパイプ椅子をゼーアに投げつけた。
普通なら流血騒ぎだが、ゼーアは近距離から放った椅子を遠くから投げたフレスビーのように優しくキャッチしている。


   「…パソコン使い方わかんねーんだけど。オセロ村にはパソコンなんて無かったし」


そんな曲芸に驚きもしない五歳児と八歳児…むしろ有ったら使えるのか。


   「じゃあ神成くん、頼んで良い? ふたりに教えちゃってよ」


返事もせず、呼ばれた男、神成鏡真は気だるそうに立ち上がった。
デュエリストとして運営委員を引き受けたというのに、やらされる仕事が子供にパソコンのレクチャー。
腹を立ててもおかしくないのだが、彼に限ってはそれはない。人間ができているから、というわけではなく、彼にとっては大会どころか、全ての事実に関心がないのだ。


   「で、話戻しますけど、盗聴器付けてきた参加者も居たよね、今回。
    でも、俺はそういう人たちにペナルティを課すつもりもないし、注意もしない。
    デュエルが強いだけじゃ勤まらないのがプロで、情報収集やコネも、力のひとつってのが俺のモットー。
    …もちろん、こういうパイプ椅子ジャグリングなんかもね、神成くん」


   「あんたのモットーで勝手に決めて良いんスか?」


   「俺、運営委員長だけど、それがなにか」


その一言に空蝉は二の句を失った。
残る2名の運営委員の女たちに助言を期待するも妄想の域をでない。
そもそも、彼女たちは細かいルールに興味を持ってすら居ないし、ただ強いデュエリストと戦えれば文句のないという人種だ。
それについては空蝉も大差ないのだが、そこは男性脳と女性脳、理論に走りたがる。


   「まあ…いいですよ、それなら。
    俺は俺で大会は楽しませてもらいますよ…ただし」


   「わかってるよ、正念党が出てきたら君たちカップル…。
    空蝉くんとザインちゃんに伝えれば良いんだろう、鵜殿ちゃんもそれで構わないね?」


   「よろしおす…よほどの御耳の方でなければ、お譲りします」


   「いや、耳が良かろうと譲ってくださいよ、八兵衛さん」


   「御無体なことをおっしゃいますなァ。
    手前も人間…誓約よりも滾る下腹部から突き上げる熱情がございますゆえ。
    耳垢に泣いている美耳びじをお持ちのレアハンターならば、手前でお相手させていただきます」


応えたのは、運営委員の鵜殿八兵衛、二十七歳。
イヤーエステ…いわゆる他人の耳掃除をして生計を立てている人種だ。
八兵衛の膝枕での耳掻きは、月並みながら天に昇るほどの快感を伴い、予約は年単位で埋まっている。
これで男だったら犯罪的だが、名前に関わらず女性、しかも着物美人。
…なにもせず、いわなければ、ただの美人なのに…。


   「そんなに良いモノですかね、耳掃除ってのは」


   「それは勿論の事。
    日本の誇る文化…ああ、でも、空蝉はんの耳は勘弁させてくださいまし」


   「それはまたどうして?」


そう訊いたのはゼーア・シュバルツ。
空蝉自身は、話題が話題だけに、なんとなしに聞きにくかった。


   「好いてる人が居てはるなら、その人にやってもらうのが一番。
    耳掻きの一番の技術は、愛どす」


   「それはもしかして私のことか」


最後の運営委員、彼女の名は天辺才印。
八兵衛ほどではないが女に付ける名前ではない。
肉付きが少なく、男女共用できそうな簡素な服装で男女の見分けが付かず、しかもパトカーか救急車かは判らないが、通報間違いなしのファッションをしている。


   「空蝉はんが好いてらっしゃる女子さまが他にいらっしゃいますかな?」


   「八兵衛さん、俺はともかく、ザインを冷やかすのはやめて貰えませんかね。
    結構恥ずかしがりやで、すぐ顔に出すんで」


   「お前は包帯越しに私の表情が判るのか」


通報間違いなしというファッションは、大昔のホラードラマの主人公のマネか、覆面のように顔は包帯巻き。
しかも、顔面の正中線を通るように『我全盲』と墨で一筆書いてある。
ということは、彼女は一回包帯を解くたびに新しく書いているんだろうか。


   「それはまあ、愛してるからな、お前のことは何でも判るぜ?」


   「それは凄い能力だな。
    ただ、何でも分かる天敵デュエリストに私はデュエルで負けた覚えがないが」


   「俺が勝ってこれ以上俺に惚れ直したら、好きすぎて死んじまうだろ?」


スキュタレー暗号みたいなコスチュームの恋人に、堂々と惚気る空蝉高差。
こういうセリフを吐かせる辺り、恋は盲目という言葉は使いやすい。
盲目な少女に恋して盲目な青年、といえばもう喜劇にしかならない気がするが。


   「…お前のそういう発言が最も私の神経を逆撫でするのだが、その自覚はあるだろうな、高差」


   「熱いなぁ、若いなぁ、羨ましいなぁ、ふたりは。
    ずっと見てたいよ、君たちの夫婦漫才」


   「…殴りますよ、ゼーア・シュバルツ」


   実際に殴りかかりそうなザインの気配を察し、ゼーアはわざとらしく笑ってから『話を戻すけど』と前置きをした。


   「正念党はやっぱり問題だね。他にもレアハンターは居るわけだけど、数が違うからね。
    あちらさんがデュエルを仕掛けてきても、私怨があるザインちゃんと空蝉くん以外は買わない感じで。
    もし実力行使を仕掛けてきたら簡単に相手してあげてね、殺さない程度に…かつ二度と歯向かおうなんて思わないくらいには痛めつける感じで」


   「…あんたのギャグ、判りにくいんですけど」


   「いやいや、俺、こう見えてもシャレって好きじゃないんだよね、センスないしね」


その発言こそがギャグだと祈りたいが、自認するようにゼーア・シュバルツにはその類のセンスはない。
どういうリアクションを取ればいいのか空蝉が迷っているとき、隣室で子供たちにパソコンを教えていたはずの神成が顔を出した。


   「ゼーアシュバルツ…えーっと」


   「どうしたの、神成くん?」


   「…」


何から喋ろうか、そう考えを巡らせるような態度を見せた神成だが、すぐに自分でテレビを点けた。この方が面倒じゃなくていい。


   【…ーイ、繰り返しまーす! テレビ、ラジオ、衛星通信は俺たち、制々正念党が借りたよー。
    これから明日の朝5時まで、バッチリ付いてきてねーッ!】


テレビに映っていたのは六人の男たち。それぞれが縁日のお祭りで売っていそうなプラスチックのお面を被っている。
喋っているのはその中央、特撮ヒーローのお面をさかさまにして点けている緑色のフードの少年だ。


   「…なんだ、コレ…?」


   「電波ジャックだろう? さっきテレビの中のヤツがそう云っただろう?」


   「そういうことじゃねえだろ、ザイン。
    正念党って…なんでレアハンターが電波ジャックなんてするかってことを聞いてるんだよっ」


   「これから説明するだろう、少し黙れ」


   【ルールはカンタンッ! ナニワカップに集まったみんなと俺たちとの総力戦ッ!
    大阪市内の全てのカードショップにレアハンターを配置してまーす。
    んで、その中の誰かに勝つとそのレアハンターの直属上司のレアハンターの居場所を教えてくれま~す。
    それを繰り返していくと、俺以外の…後ろのみんなの所在地に到達しまーす】


先頭の少年レアハンター――どう考えてもシャモンだが――が指を差して後ろの五人を呼ぶ。


   【第二幹部…ロックデッキを使う…何人で掛かってきても構わない】


   【第三幹部です。多くの方に来ていただけたら嬉しく思います】


   【あぁー…第四幹部だ、俺ンとこには来るなよ、面倒だから】


   【ハーッハァぁッ! 私の名前は神じ…名前NGだとッ!? それでは私だと判らないではないか!
    …っち、第五幹部だ。倒す価値のないザコは他の連中のところへ行け、私のところには来るな】


   【第七幹部です…私だけこのようにお面ではなくピアスですが、常日頃からこのような顔をしています。
    今日以外にも、機会があれば是非にお相手ください】


   【以上、七人衆のみんなでした~。
    というわけで、各カードショップには第二、第三、第四、第五、第七の直轄の人たちがいまーす。
    その人たちを倒すと、次はちょっと強い人…星認定で云うと星5~星6くらいかなー…って人たちの所在地を教えてくれまーす。
    その人を倒すと、次は今喋ってくれた幹部のみんなとのデュエルができまーす。
    それでも勝つと、今度は俺、第一幹部とデュエルできるよ。
    で、俺にまで勝つと、こちらの商品をプレゼントしまーす】


そう云って第一幹部はカメラの外側に置いてあったらしいカバンを持ち出し、中身を見せた。


   【九大レアの〔無限の力〕〔サイクロン・ブレイク〕を含む、レアカード詰め合わせ1万枚セット!
    これでデッキを作ってもよし、売ってもよしッ…あ、アンティのレアカード持参と移動のタクシーとかは自腹でお願い、あと路上デュエルは危ないからご法度…そんな感じで、待ってまーす】


その発言が終ると、『ハーイ、繰り返しまーす! テレビ、ラジオ、衛星通信は俺たち、制々正念党が』…などと完全にループしているらしいセリフに戻った。


   「大阪府内の全ての通信をジャックって…スゴイねえ、発想とか技術とか、その他諸々」


ゼーア・シュバルツの云うとおり、これは並の出来事ではない。
現代日本において通信とは様々な防護がされており、どれかひとつを掌握するだけで何人のエキスパートが必要になるのやら。
その気になれば日本国一つを敵に回せるだけの技術力、その誇示である。


   「何をノンキな。わたしたちはどうしおす?、ゼーアはん。
    連絡ができないいうことは海馬コーポレーションとも音信不通…あんたはんに決めていだかんと」


   「んー、鵜殿さんや神成さんは命令を聞いてくれるかもしれないけど…。
    仮に待てって云っても、空蝉くんとザインちゃんは行くでしょ?」


返事こそなかったがそのカップルの滾る闘志を鑑みれば、そもそも返事を待つ必要すらない。
恨みというのは下らないと誰かが云った、許すことが大事だとその人物は云う。
だが、無理なものは無理、空蝉とザインには止まれない理由がある。


   「…で、まあ、雇い主の海馬コーポレーションさんも多分動き出すとは思うんだよね。
    あそこの社長さんだったら地球の裏側からだって駆けつけてくれるだろうし…それまでは…」


   「それまでは?」


   「それまでは…俺たち運営委員は全員で“この事態の収束のため”に正念党に戦いを挑む。
    その結果としてカードを得たりしても、それはそれ、役得ってことで」


   「それは…ヤル気でるわ」


依然として覇気のない神成だが、いつの間にか腕にデュエルディスクを嵌めているあたりが彼のいうヤル気の現れなのだろう。
一枚のレアカードが数十万円する昨今、それが一万枚のレアカードとなれば、何代か遊んで暮せるだけの報酬なのは間違いない。


   「で、どうする? 蕎祐くんに福助くん、ちょっと荒っぽい事態になりそうだから勧められないけど?」


うつむいて沈黙していた幼児ふたり。だが、彼らの沈黙理由は全く異なっているわけだが。


   「やりますよ、僕はッ! 強い人がたくさんいるってことですから!」


ナチュラルボーン・デュエリスト、その震えと沈黙は敵への興奮、倉塔福助。


   「あのダメ大人…なにやってんだ、とうとう犯罪者かよ…ッ!?」


動画に写っていた『第四幹部』を自称する“あぁー”が口癖の男が誰かに気付いていた刃咲は動揺していた。
ゼーアも午前中に幼児ふたりの保護者として現れた男…クロックと物腰から連想はできているらしく、刃咲の現在の状況をただひとり把握していた。


   「安心しろッ…ていうのは何か違うけど、これは犯罪には問われないだろうね。
    普通のカードハント組織がこんなことができるわけがないし、その常識によって『名を語られただけ』という主張が大勢だと思う」


   「そういう問題じゃないッ、通信って…夜とは云っても緊急の用事だってあるだろ!
    救急車とかパトカーとか…たくさんの人に迷惑を掛けて…なんなんだよ!」


   「テンパらないで蕎祐くん。
    デュエリストっていうのは…なんていうか…ある程度、そういう人種なんだよ」


   「ハアッ!? 意味判んねえよ! なんなんだよ!」


なぜこんなに興奮しているのか、刃咲自身にもわかっていなかった。


   「これがデュエリストっていう職人の世界、っていう他に言い方が思いつかないな。
    だから、みんなはもう決めた」


刃咲が意識を外に向ければ、既にゼーア・シュバルツと福助以外に室内にデュエリストがいない。
開け放たれた玄関からは『デュエル!』という掛声が聞こえている。


   「…多分だけど、価値の高いレアカードを持っているデュエリストの家にはそれぞれに刺客が来てるんだろうね。
    今、外で神成くんが相手してくれてるみたいだ。これから朝五時までって云った大して時間がないからね、俺も行くけど」


言い残し、ゼーアは当たり前のようにベランダへ向っていく。
既に窓が開けられていることを考えると他のメンバーもそうやったのかもしれないが…とにかく、ゼーアは四階のベランダから当たり前のように飛び降りた。
窓の外から聞こえてきたのは、余裕すら伝わってくる『スタっ』という擬音だけ。


   「チクショウ…なんなんだよ、なんなんだよ、何が…何がデュエリストなんだよ…!?」


   「刃咲くん…? どうしたの? 行こうよ」


悩まない福助、年齢ゆえに状況がわかっていないのか、それとも天性のデュエリストだからか、福助は愚直であった。
愚直だから悩まない、愚直だから道を知らない、道を知らないから躊躇わない…その結論を賢者たる刃咲は実感してしまっていた。
どちらにせよ、自分には理解できない領域だった。


   「なんでだよ、なんで…意味が判んねえよ…」


テレビでバトルシティで優勝者が決まった瞬間を見た者は、“真のデュエリスト”とは武藤遊戯を差すと実感するだろうし、刃咲も例外ではなかった。
根拠もなく、説明はできないが、それでも何か、絶対的な確信があった。
少なからず憧れていた。誰だって憧れた。自分もあの領域に行きたいと、刃咲蕎祐もやはり例外ではなく思った。


   「最初から“道”が判ってるヤツじゃないと…いけないのかよ…!
    凡人は…ビビってるヤツは…デュエルしちゃあ…いけないのかよ…」


刃咲の苦悩を福助は理解できないという経験則。
それが3才という年齢差なのか、才能というべきものなのか、答えのない問いだけが刃咲の中に積もっていった。
何度もループ再生されている正念党のルール説明だけが響く部屋の中。
刃咲は早すぎる人生のターニングポイントに立っている感覚を味わっていた。


   「…勝手に行けよ、タクシー代くらい持ってるだろ」


   「よくわかんないけど…刃咲くん」


   「なんだよ…」


   「悩んだら、まずはデュエルすれば良いと思うよ」


   「…!?」


いつの間にか、福助は両脇に大人用のデュエルディスクを2台抱えていた。
1台はもちろん自分のもの、そしてもう1台は…。


   「ほら、僕ってお父さんとお母さんの顔も知らないじゃない?
    それで泣いてたんだけど…刃咲くんがそんなとき、デッキを貸してくれたんだよね。
    『スカッとするからやってみろ』って。だけど刃咲くんは手加減とかしてくれなくて…」


   「そんなこと…あったか…?」


   「それで何度も負けたけど、その内、僕も〔ドリアード〕とデッキを作ったら、悩んでる時間も全部デュエルと〔ドリアード〕のこと考えてて…
    悩んだらデュエルだよ、考え込んでたってお父さんやお母さんの顔がわかる訳じゃないもん」


福助はデュエルディスクをリュックサックに詰め込んで、愛用の小さなスニーカーで出て行った。
目の前に置かれた昆虫族デッキが挿入されたデュエリストの称号を睨みつつ、刃咲は立ち上がれなかった。
だが、立ち上がれなかった。
それでも、立ち上がれなかった。


   「…あのダメ大人には…借りが…あったな」


やはり立ち上がれない。
一向に立ち上がれない。
全く立ち上がれない。
“まだ”立ち上がれない。


   「負けっぱなしは、趣味じゃァねーな…っ!」


膝が伸びた。涙は拭った。“もう”立ち上がった。


   「まだ答えはわからねぇ、だが、それは“まだ”だっ!」


そして、部屋の中には誰もいなくなった。
開け放たれた玄関とベランダの中を風が通り抜け、カーテンが揺れ動かす部屋の中。
ループ再生されている正念党のルール説明だけが残響し続けていた。
映し出されたのは、正念党一の目立ちたがり屋、第五幹部の神次郎。
そして相対するようにバイクを唸らせているのは、十数時間前にクロック&刃咲とライデングデュエルを演じたロールウィッツ。


   【緊急放送ッ! これから正念党第五幹部VS俺様の世紀の一戦が開催するぜ!
    ああ? 俺が誰かって? アクロバットデュエル集団、飛べない風船アイアン・バルーンのロールウィッツ・ウェンディエゴ様だよ!】


   「さあっ、踊ろうぜ!」
















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